がちゃS・ぷち
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No.3199
作者:ケテル
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2010-07-11 23:51:40
萌えた:15
笑った:8
感動だ:1
『血筋』
ここは特別教室棟。
リリアンにそんな物があったかどうかは、私の記憶には無いんですが………まあ、ここは1つ ”よっしゃ!”の心で、このSSでは存在するという事にしておいて下さい………。
”コン、コン” ノックを二回。
「失礼します。 山百合会から参りました」
「はい、どうぞ〜」
乃梨子と瞳子は、物理化学準備室に入った。
背の高い整理棚に囲まれた真ん中に理科室で使われているのと同じ大きさの机が二つ、その内の一つに生徒が五人集まっていて燃焼実験をしていたらしい、ガスバーナーに火がつけられていて、辺りに金臭いにおいがする。
「え〜、どのようなご用件ですか? 白薔薇の蕾、紅薔薇の蕾」
「はい、これを言付かって来ました」
乃梨子はクリアーフォルダーからA4の用紙を取り出した。
「…廃部勧告です」
「え?」
「ぶ、部長! は、廃部勧告だそうですけど!」
「え? は、廃部勧告?」
「は、はい、廃部勧告だそうです」
部長と呼ばれた2年生があわてて戸口までやってくる。 残りの部員たちは『廃部なの?』『廃部?!』『そんなぁ〜』とか言っている。 志摩子に付き従って、何度か廃部勧告の通知をしたことのある乃梨子だが、大抵似たような光景が展開される。
もちろん、何度やっても気分のいいものではない。
「な、何かの間違いじゃあないの? 確かに人員はぎりぎりの五人だけど、文化祭は必ず出展しているし、都の発表会に参加したりレポートを送ったりしていて活動実績は十分あるつもりだけれど?」
「乃梨子、乃梨子」
「なによ、瞳子」
「ここ、ここを見てよ」
「? ………え? だ………第……2?」
「………第2…科学部…?」
「…ここは?」
「ここは”第1科学部”です」
「じゃあ、第2科学部は? …って、何で科学部が2つもあるんですか?」
「第2科学部ならそこ、その扉がそうよ。 何で二つに分かれたのかって? 方向性の違いよ」
「はぁ、バンドが解散する時の様な理由ですね。 すいません、こちらの落度でお騒がせしました」
乃梨子は指し示された扉をノックする。
「失礼します、山百合会から参りました」
「…あっ、乃梨子待っ…」
「なに? …ぅあきゃ?!」
乃梨子がノブを回して、ドアを開けて中へ一歩踏み出したのと、何かに気が付いた瞳子が声を掛けたのが同時だった。 瞳子の方を振り返った乃梨子の足元は、床ではなく階段になっていた、バランスを崩した乃梨子は、奇妙な感触の壁に手を付いて、なんとか転倒してしまうのを避けた。
「った〜〜。 なによここ、階段になってるの? …瞳子? どうしたのよ?」
「…乃梨子……”ぅあきゃ?!”って言うのをもう一度…」
「…はたくよ…。 で? どうかしたの?」
「ああ、そうだわ。 乃梨子、ちょっとここ横から見てみてよ」
「……なによ……ん?」
壁から10cmくらい離れてそのドアは立っていた、向こう側が見える。 二回瞬きをした後、乃梨子はドアの内側を覗き込む。 階段と硬質スポンジのような感触の壁があり、科学準備室の方は見ることが出来ない。
「それと、ここの校舎の間取りを思い出してみて」
「ここの校舎の間取り?」
乃梨子は特別教室棟の間取りを脳裏に思い浮かべてみた。
良家の子女が集うリリアン女学園は、教室の構成も贅沢になっている。
校舎の一番端にある特別教室が物理化学室、今いる物理化学準備室は当然その隣。
その隣は生物室、生化学準備室、地学教室、地学準備室…、と言う具合になっている。
「この位置だと、当然そちらは生物室よね」
「行き来する扉なんか無かったわよね・・・」
「必要ないと思うわよ。 防災用と言うのも苦しすぎるし、確かこの裏あたりには生物部が(ごにょごにょ)して手に入れたレッドアロワナを飼ってる水槽があったはずだもの」
「でもこれ…階段になってるわよ…」
「階段よね………。 物理化学準備室の下は被服準備室、当然、物理化学室の下は被服室。 では、生物室の下は?」
「………調理実習室…に、階段なんて無いわよ?!」
「本当に、どこにつながっているのでしょうね〜…。 いくらリリアンでも、階段が作れるほど校舎の壁が厚いわけないと思うけど」
疑問に答えてくれる者はいなかった。
乃梨子と瞳子は、下に続く階段を呆然と見つめ続けた。
秒針が一回りした頃、乃梨子はグリスが切れて動きが悪くなったロボットの様に瞳子に顔を向けた。
「瞳子……先に降りて」
「な、何でよ?!」
「舞台度胸付くわよ」
「いえ、十分持ってますから! それに今日は、”乃梨子の仕事の手際”を見せてもらうために来たんだし。 私が先頭に立ってどうするのよ?!」
「ううう〜、なんか放り出して帰りたくなってきた」
『呼ばれましたか? 御用なら階段を下りてきてください』
スピーカーらしい物は見当たらない、地の底に続いているんじゃないかという階段の底は暗くて見えない。
「………………」
「ささ、参りましょう」
瞳子に背中を押されて、気を取り直して階段を下っていく乃梨子。
普通に一階分階段を降りると、高さが三階分もある体育館ほどの広い空間に行き着いた。 いくらリリアンでも、キッチンスタジオじゃあるまいし調理実習室の天井は高さが三階分もあるわけが無かった。 広い空間のはずなのだが、よく分からないガラクタや、たぶん機械の数々でいっぱいになっていて、足の踏み場も無いくらいだ。
天井近くまで達するような装置も2〜3ある。
そんな中、リリアンの制服の上に白衣を引っ掛けた、愛嬌のある丸ポチャ美人さんが笑顔で出迎えてくれた。
「ごめんなさいね〜、散らかってて」
「いえ、まあ〜それはいいんですが……。 その〜部長さんは、いらっしゃいますか?」
「部長は私。 ”豪田美織(ごうだみおり)”よ。 まあ、立ち話もなんだしこっちに来て」
「は、はあ……」
「この自転車何なのですか?」
ジャンクヤードの中に辛うじて存在する踏み分け道を20メートルほど歩いて来た時、瞳子が無造作に置いてあったMTBルックの自転車によせばいいのに気がついた。 わけが分からないガラクタの集積地の中で、見慣れた物が有ったから目が行って口を吐いて出てしまっただけなのだが。
「あ〜、”反重力自転車”よ」
「は、反重力?!」
「我ながら駄作だわ」
「そ、そうですよね。 反重りょく…」
「動かなかったのですか?」
乃梨子はこの仕事を早めに切り上げて、志摩子の待つ薔薇の館へ戻りたかったのだが、瞳子が興味を示して話を広げるきっかけを作ってしまった。 反重力なんて自分の知識の範疇外だ、自分の見えない所で勝手にやってもらいたい話題だ、もちろん実用化されたのなら話しは別だが。
「動くわよ、ちゃんと。 でも上下方向にだけしか動かないのよ。 一生懸命ペダルを漕いでも、前後にも左右にも動かなかったの」
「前後方向用にプロペラを付けたら良いのではないですか? ペダルを踏めばプロペラが回るようにすればいいと思いますわ」
「それってすごく疲れそうね”楽をする”って言うコンセプトからするとちょっとねぇ〜」
「自転車を使ってる時点でダメなのではないですか。 球形にしとけばよかったのに」
「……ああ、そっか! その辺にあったから特に考えないで使っちゃったのよね〜。 せっかくタイヤと同じサイズの”ヘリオトロン型核融合炉”作ったんだけど…」
国や大学の研究機関でも秒単位でしか出来ていない核融合を、一介の女子高生が自転車のタイヤの中に納まるほど小型化して実用化しているってどういう事だろう? この空間の存在自体がどういう事なのかも聞いてみたい所だが、乃梨子はやめることにした。
「まあ、エレベーター代わりには使えるかもしれないわね、私は乗りたくないけど。 山百合会でどう? あそこのボロ階段もうそろそろ崩壊しそうだし」
「私も乗りたくありません。 薔薇の館の階段でしたら、まだもうしばらくもつと思います。 私たちの卒業後は責任持ちませんが。 ……あれも失敗作ですか? あの銀色の冷蔵庫のようなものは」
「あ〜、あれは”全自動万能調理器”よ。 ジャガイモと玉ネギとニンジンとお肉を入れるとカレーライスができるの。 大帝国ホテルのシェフ真っ青の一晩寝かせたカレーライスに仕上げてくれるわ! それと、入れた材料から作る料理を類推してパパッっと手早く作ってくれる…」
腰に手を当てて得意気に説明を始める美織さま。
「それってすごいではないですか」
「カレーのルーはどこから?……」
「………さぁ〜…でもカレーになって出てくるわよ?」
”ライス”はどこから来るのだろう? そして何より”お皿”は、いったいどこから出てくるのだろう?
「そう言えばなんでかしら? 何を入れてもカレーライスになっちゃうのよ」
「……カレーライス…に…ですか?」
「そう。 肉じゃがの材料を入れても、フルーツパフェの材料を入れても、シュールストレミングを入れてもカレーライスになるの。 シュールストレミングは開けるのいやだったからそのまま放り込んだんだけど、ちゃんと陶器のお皿に乗ってご飯の上にカレーがかかって出て来たから金属非金属委細かまわずカレーライスにするみたいね……材料判定機のプログラムを間違えてるのかしら?」
『カレーライスしか出来ない時点で”万能”じゃないのでは?』そう乃梨子は突っ込みたかったが、話が長くなりそうだったのでスルーすることにした。
「Gが入っちゃった時のカレーは、さすがに味見する気にならなかったけどね〜」
「あ、洗ったんですよね? ちゃんと」
それまで出来た物もちゃんと試食していたんだろうか? 出来てくるカレーライスばかり延々と食べ続けている美織さまを想像して…………え? Gって……もしかして……あれ?
「あ〜、大丈夫よ、分解して部品単位で洗浄したわ。 青酸ガスも使って、キッチンハ○ターも使ったから完璧よ! ただ…ねぇ〜…、組み上げて改めて動かしたら……今度は何を入れても”お子様ランチ”になって出てくるようになったの〜」
「…どういう構造なんですか?」
「ほんと、どういう構造でそうなっちゃったのかしらね〜? 勘で作ったから最初のと違って二、三本ネジの付け方間違えたのかもしれないわね」
二、三本ネジの付け方が違っただけでメニューが変わってしまう装置、……しかも出てくるメニューは一品のみ。 コンセプトは悪くないはずの”全自動万能調理器”だが、決定的に何かが間違っている気がして乃梨子はため息を吐いた。
「あの奥のずいぶんメカメカしい鉄塔は何ですか?」
「ニコラ・テスラが造った”無線送電システム”を現代風にアレンジして造ろうと思ったのよ」
「? 出来なかったんですか?」
「ここで使う電気を賄おうと思ったの。 ほら、なんだかんだでかなり使うから、変電所辺りから拝借しようかと思ったのよ〜」
「…それ窃盗ですよ…」
「一回仕掛けて…」
「…おいおい」
「システムを動かして送電してみたんだけど、街中が停電しちゃって…いや〜結構使ってたのね〜」
「…それまでどこから電気得てたんですか?」
「以前街中が停電したのってそれが原因なんですね」
「やっぱりシステムを動かすたびに停電したんじゃあ実験どころじゃあないでしょ?」
「…考えるなら、まず”みんなの迷惑”じゃあないですか?」
「ってわけで、”縮退炉”造っちゃった方が手っ取り早かったからそうしたわ」
「……気のせいかしら? 日本の終わりって聞こえたんだけど」
「そう? 私には、地球の半分が消滅するって聞こえたわ」
「大丈夫よ、もし仮に爆発しても影響が出るとしたらリリアンから半径5Kmくらいで収まる…はずよ?」
「…アメリカ人の”ノープロブレム”、中国人の”友愛”、韓国人の”ウリナラ起源”なみに信用なら無い発言なんですが…」
「スルー、スルー……、なかなか大変なんですね。 あ、あのいかにも空飛ぶ円盤みたいなのって何かの装置ですか?」
「……………………さあ? ……………あれってなんだっけ?」
瞳子が指差した、所謂”アダムスキータイプ”と言われている銀色のUFOのような物を見て腕組みをして考え込んでいる先輩。 本気で分からないようだ。
「設計図引かないで思い付きで作ってるから、時々わけ分からなくなるのよねぇ〜、困ったもんだわ〜」
「空飛ぶ円盤じゃないんですか? ホントにそれっぽいんですけど」
「ホント困ったもんだわ……」
わりとノー天気な美織さまに乃梨子は、またため息を吐いた。
― * ― * ― * ― * ― * ― * ― * ― * ―
「え〜〜と、それで何の御用だったかしら?」
差し出されたカップからは、紅茶のいい香りが漂ってくる。
淹れている所を見ていたから茶葉などには問題ないだろう。
問題は、支えも無く空中に浮いている金網と複雑に絡み合うパイプ、その先に付いている蛇口から出て来た水の方が大丈夫なのかと言う事。 乃梨子は真剣に悩んでいた。
体育館の舞台にあたる場所まで通された乃梨子と瞳子は、ビーカーや丸型フラスコがガラス管で複雑に繋げられている棚の横の比較的整えられている机に着いた。 棚の三角フラスコやアルコールランプであぶられている試験管から、時々オレンジ色やムラサキの煙が噴出している、二つの丸い金属球の間には青白い放電が飛び交っている、いい具合にマッドサイエンティストの実験室の雰囲気をかもし出している。
もっともこれらは実用品ではなくインテリアなんだそうだ。 いい趣味をしている。
「はぁぁ〜〜」
「なにため息吐いてんのよ瞳子?」
「あら? 紅茶嫌いだった? ギムネマ茶か減肥茶でも出しましょうか? そうそう、紅茶キノコの出物もあったわね」
「なんなんですそのチョイスは…」
「タンポポコーヒーがいい?」
「…色々お持ちですね……」
「いえ、ここまでいい舞台装置があるのに、出された紅茶が……」
「普通のじゃない」
「こういう場合ビーカーにお茶を淹れて『なんでそんな事を〜』『てへっ、カップが無かったから〜』とかするのがこういうSSの美学って物ではないかと」
「いらないもの語るな」
「そっちの方がよかった? じゃあ淹れなおしてこようかしら…」
「ぜひっ! …やはり雰囲……」
「いえ、そんな事して頂かなくても結構です美織さま。 今日うかがいましたのは…」
瞳子が妙な事を言い出す前に、乃梨子は持参した書類を美織に差し出す。
「………はあぁぁ…ついに来ちゃったか…。 ”廃部勧告”ね……」
「創部されて三年目ですけれど、その間部員は…美織さまだけだったようですし、今年も新入部員は今のところ『 0 』」
「うん、わかってはいるんだけどね〜」
「祥子さまや令さまは警告のようなものを出したのではないんですか?」
「出したかった…でも出せなかったんじゃないかな? え〜〜と確かコピーが……あ、あったこれこれ」
「…なんです? 『豪田美織ちゃんの卒業までは、何があろうと部を存続させておくこと。 佐藤聖、鳥居江利子、水野蓉子』なにこれ?」
「書いてある署名から見ると、水野蓉子さまはいやいやだったみたいだけど。 他の二人に押し切られたんじゃないかしら? どういうカラクリでそうなったのかは知らないけど…」
「あ〜、やっぱ金塊が効いたのかしらね〜」
「は? 金塊って…?」
なにか聞き捨てなら無い言葉を聞いたような気がして、乃梨子は美織に向き直る。
『 金塊 = 賄賂 』
もしも薔薇さまが賄賂をもらって部の有利になるような事をしていたとなると由々しき事態だ。 たとえそれが先々代の薔薇さまだとしてもだ。
「まあまあ、そんなに眉吊り上げないで、順をおって話すわよ。 私もね新入部員獲得はしなくちゃって思ったんだけど、やっぱり一定レベル以上の人じゃないと入部しても面白くないだろうと思って条件をつけたのよ」
「はあ……」
何を言い出してんだこの人、この話と金塊とがどう繋がるのか皆目検討がつかず、曖昧な返事をして美織さまの次のセリフを待つ乃梨子。
「”鉛のインゴットを金に変えられる人”って条件をつけたの。 高校生ならこんなの基本中の基本でしょ?」
「……乃梨子…出来る?」
「……残念ながら”錬金術T”なんて授業出た記憶ないわね」
「今年のカリキュラムにも無かったと思うけれど…」
「え? 出来るでしょ? 日本はかつて黄金の国って言われるほど”金を造ってた”のよ」
「はあ…」
「やっぱりお醤油と鰹節があったのが勝因ね。 まあ、新入部員は入らなかったんだけど、佐藤聖さまと鳥居江利子さまの前でやって見せたのがうけたのね、その時こられなかった水野蓉子さまを説得して、そのコピーさせてもらった書類の条件を付けてくれたのよ」
「あ〜『金塊が効いた』ってそう言う事だったんですか」
「あの…、いま作れますか?」
「出来るわよ、そろそろ資金繰り用に造らなくっちゃなって思ってたから。 じゃあやってみせましょうか」
そう言うと美織さまは、机の上に1リットルの醤油と鰹節、味醂と日本酒等々の材料と2kgくらいの漬物石みたいな石を”ドン”と置いた。
「さ〜あ、始めるわよ〜。 まずはお湯を沸かして……」
大きな鍋にお湯を沸かして、厚めに削った鰹節を入れて出汁を作り……。 意外と手際のいい美織さまの手元をボ〜ッと見ている乃梨子には、どう見てもうどんか蕎麦のつゆを作っているとしか思えない。 めんつゆのいい匂いが辺りに立ち込める。
「ふふふ、上手に出来ちゃった」
「あ、あの〜…めんつゆなんか作ってどうするんですか?」
「お蕎麦くらいでしたら食べてもいい時間ですけどね。 ちょうど小腹も空いてきましたし」
「”全自動万能調理器”にそのドリル入れて”お子様ランチ”でも作ったら?」
「……どこにドリルなんかあるんですの?!」
「で〜、出来たこれを〜」
美織さまは、乃梨子と瞳子の言っている事など聞いていないようだ。
出来ためんつゆを漬物石に、ちょろちょろ〜っとかけだした。 とたんに湯気とは違う金臭い煙がもうもうと吹き上がる。
「「ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ!」」
あまりの煙に二人は咳き込んでいるが、美織さまは慣れっ子になっているのか涼しい顔をしている。
待つこと三分………。 金塊ができた。
「……本物…だと思うけど…」
「ウソ………マジで?」
「少なくとも乃梨子さんよりは金を見てますもの」
「ほっとけ! それより……なんでその辺の台所にもありそうな材料で、金塊を作るための溶液が作れるわけ?!」
「錬金術だからじゃないんですか?」
「錬金術じゃないわよ〜。 西洋の錬金術師達もまさか鰹節と醤油は盲点だったみたいね〜…」
「でも、部員は集まらなかったんですね」
聖と江利子には受けたようだけど。 『私、出来ます!』と手を上げる生徒は永遠に現われない様な気がした。
「……そうなのよ……、基本的過ぎてバカにされたと思ったのか、一年目には誰も入部してくれなくて。 二年目にはちょっと難しくしたのよ…」
「いえ、まずもっと別な事を……」
「”一時間でホムンクルスを作る”って言うの。 ね? Lv上がったでしょ?」
”金を造る”から”ホムンクルス(人造生命体)を造る”になって、どの程度のLvアップなのか乃梨子には判断が付かないが、自分ならそんな物造れ…な…。 …あ、協力者と十ヶ月くらいの時間があれば……志摩子さ〜……、そこまで考えて顔が赤くなる乃梨子、瞳子もなんか赤い顔をして自分の両肩を抱いてクネクネ動いている。 同じか……、でもこの場合”ホムンクルス(人造生命体)”って言えないだろう。
「私の最短記録は38分58秒なんだから〜、1時間あれば余裕よね!」
まるで自分の持久走の記録を話すような感じの美織さまは、三年生とは思えない程キャイキャイとうれしそうに話しながら、いそいそとパン作り用の強力粉を取り出すはじめた。
「十月十日位に負かりませんか?!」
「口走るなそんなこと!! 相手居ないだろ相手が!」
「医学の力で祐巳さまと!」
瞳子は乃梨子に張り倒された。 普段冷静な乃梨子にしては珍しい現象だ。
「やみれ! 洒落に聞こえないわ。 大体あんたとこのおじいさんは普通の開業医じゃない」
「くぅぅ〜っ、かくなるうえはほぼ同じ顔の祐麒さんと!」
「見境なしか…」
「クローン位でよければ造ってあげられるかも」
「ホントですか?!」
「そこ! 乗るんじゃない! 喰い付くんじゃない!」
「ビニール傘4本と、三色ボールペン2本、S○NYの携帯スピーカー三つと60cm水槽三つ、後一番重要なのが牛乳瓶十二本。 あ〜あと体細胞が要るわね、一応……」
「……一応?」
無くても作れるんだろうか?
美織さまが言われたのがクローン作成装置の材料なんだとしたら、乃梨子の想像の範疇を超えた物になりそうだ。
「そして、この装置から現われたクローン志摩子さまとクローン瞳子が、後に火星で乃梨子さんに目撃されることとなるのです。 と言う裏設定があるのですよ」
「また時間軸がメチャメチャな裏設定ね。 呆れられるわよいろいろな所からいろいろな意味で」
ホントどうしましょう。
「あらあら、わたしの作った装置がそんなお役に立ってたんですね〜」
「すごいです! 300年も動いてたんですよ」
「ビニール傘と三色ボールペンと携帯スピーカー、それと水槽と牛乳瓶なのにね」
ちなみに今年の課題は”電送人間”だったんだとか。 そう言えばジャンクヤードの中に、ガラスのビン2本を何本ものパイプでつないだそれっぽい装置を見た気がする。
「まあ、それは置いておいて。 勧告の件は……どうさいます?」
「どうも出来ないでしょう? 部員は私一人で、放って置いても来年には消滅だもの、今さら部員を募ったって……ねぇ…」
「では、1週間以内に部室を明け渡してもら……えそうも無いですね……」
眼前にある体育館大の広大な空間を埋め尽くしている大小の一見ガラクタの山を眺める。 美織さま一人に任せておいたら、全部運び出すのに100年位かかりそうだ。 大体ここは本当にリリアン女学園の中なんだろうか? 部室といえるんだろうか?
「あ〜、ここは ”私物”よ。 …でも、そうねぇ〜科学準備室からはどかなきゃならないわね。 ……運んでくる時も満員電車の車内とかで迷惑かけたわね〜。 まあ、撤去は5分かからないけれど」
「え? そうなんですか?」
「何なら見ていく? 確認したいでしょ?」
「あ〜、いえ別…」
「ぜひ!」
「はぁぁ〜…瞳子、あんたね……」
『もういいです、撤去なんか私の見えないところでやってください』っとはっきり言えなかった乃梨子は、美織さまと瞳子に引かれてジャンクヤードを貫けて階段を昇り、存在しないはずの空間からリリアンの”校舎内”に戻ってきた。 第一科学部はまだ燃焼実験の続きをしていた。 乃梨子は『方向性の違い』の意味がようやく理解できた。
「すぐ済むから」
別に待つと言った覚えもないが、さっさと作業に取り掛かる美織さま。 ドアの横にいくつかあるボタンの一つを押す。
「ちょっと待ってね」
「…? 何をなさっているんですか?」
「”セーブ”よ、基本でしょ?」
「はあ……、なるほど……」
「それで、美織さまこれからどうされるんですか?」
「それを聞いてどうする?」
「そうねぇ〜、卒業まで少しあるし。 まだ部屋の片付け終わってないから家に持って帰っても邪魔なのよね。 学校に置いておいちゃダメかしら?」
点滅しているボタンを眺めて『さすがにちょっと重いわね〜』と、のほほんとしている。
「どのくらいのスペースが要るんでしょうか?」
まさか体育館一棟分って事は無いと思ったが、乃梨子は一応聞いてみた。
「……うん、うまく行ったみたい。 スペースはね……、よいしょ! これが置けるくらいでいいわ」
そう言いながら美織さまは無造作にドアを抱えると、それをポンポンと叩いて見せた。 案外軽いのかもしてない。 当然だがドアの裏には階段なんか存在しない。
「こ、これって…」
「通販で買ったの、”亜空間秘密基地ドア”よ。 いいでしょ」
偏っているとはいえ、ネットの海は良く徘徊している乃梨子だが、通販でこんなドアを扱っているサイトにはお目にかかった事は無い。 ひょっとしたら無意識に視線を外していたのかもしれない。 安いようなら買いたい……仏像とか写真集とかDVDとか志摩子さんとかを仕舞っておくのに。
「まあ、その扉一枚くらいならばどこに置いても問題ないと思います」
「……なんでしたら薔薇の館の一階でもかまわないですよ」
「瞳子、それは許可を…」
「そう? 悪いわね。 まあまあ、そんな顔しないで、大丈夫よちゃんと鍵かけておくから」
ドアノブの所を良く見ると、乃梨子でもヘアピン一本で簡単に開けられそうな鍵穴が1つある。 もちろんあの中を見て来た乃梨子は開けようとは思わない、鍵が簡単だったとしても、他にどんな仕掛けがあるかわからない。 うっかり手を出して別の世界へ飛ばされたりしたら泣くに泣けない。
『そういうのは別のSSだけで十分だ!』
・・・・・・・・もっともだ。
―――――……… 時は経ち。 入学式も終わった。
あのドアは………まだ、薔薇の館の横の壁に立っていた。
そして…………………。 どこで嗅ぎ付けたのか、菜々が頻繁に出入りしている。
―――――――・〜・〜・〜・〜 … 了 …〜・〜・――
(コメント)
bqex >そして、この謎の技術が生み出したアイテムは、勇者桂と素敵な仲間の壮大な物語でいろいろと活躍するのであった(オイイィ)(No.18675 2010-07-12 00:50:38)
ケテル >この豪田美織さまは、後にWMA(世界マッドサイエンティスト協会)の発起人の1人に名を連ねる人なのです。 ちなみにこの人の子孫の”豪田みのり”の活躍は『みのりちゃんの実験室 世界征服のすすめ』と言う本で読むことができます。(No.18676 2010-07-13 00:50:57)
ケテル >bqexさま> 美織さまにかかるとシャーペンと単三乾電池一本で何とかしちゃいますよ。 しかも『なんとかなった。』の一行で終了。(No.18677 2010-07-13 00:56:11)
mathersonr >required led live(No.18678 2010-07-13 17:06:16)
クゥ〜 >むっ、あのお二人にこんな裏設定があったとは(あっは)(No.18680 2010-07-14 18:26:23)
ケテル >本気にしないで下さい。 あの二人については何か考えないといけませんけど、どうしましょう?(No.18705 2010-07-18 12:02:48)
くま一号 >え?クロスの元ネタわかる人がいるの? って密林で検索したら、新書合本で再刊されてるんだ、ふーん。(No.18715 2010-07-19 13:37:16)
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