がちゃS・ぷち
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No.327
作者:いぬいぬ
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2005-08-08 17:09:30
萌えた:4
笑った:43
感動だ:3
『ローキックで一撃大感謝祭』
志摩子は剣道部の道場へと急いでいた。
薔薇の館で書類を書いていたのだが、令にしか判らない部分が出てきてしまったため、本人に聞きに行こうとしているのだった。
道場が見えてくると、丁度タイミング良く令が竹刀を片手に道場から出てくるところだった。竹刀とは反対側の手にタオルをもっているので、どうやら休憩するところらしい。
志摩子は小走りに令に近付いた。
「令さま」
「志摩子?どうしたの」
令が志摩子に気付き、立ち止まる。
その時、後ろから一個のテニスボールが転がってくるのに、志摩子は気付かなかった。
「ちょっと書類の事で令さまにお聞きしたい事が・・・」
そう言いながら、さらに令へと近付く志摩子が、先程のボールを踏んづけた。
「きゃぁ!」
丁度、地面に付こうとしていた足の下にボールが入り、その足が前方斜め上へと滑り・・・
げしっ!!
「いだっ!?」
令のふくらはぎを直撃するローキックとなった。
後に剣道部員の三年生はこう語る。「はたから見ると、竹刀を持った令さんに志摩子さんがローキックを放っているという異種格闘技戦のような光景であった」と。
「祐巳、本当に一人で大丈夫なの?」
荷物を抱える祐巳に、祥子が心配そうに聞く。祥子と祐巳は、学園祭に使った備品を運んでいるところだった。
「大丈夫ですよお姉さま。かさばるけど軽い物ばかりですから」
実際、軽い物しか無かったのだが、山ほど荷物を抱えている祐巳の姿を見て、祥子は心配しているのだ。
その時、祐巳の荷物から、小さな箱が転がり落ちた。
箱は校舎の角の向こうへと転がり、見えなくなってしまった。
「あ!」
「もう、無理に一人で運ぼうとするからよ。良いわ私が拾うから」
「すみません、お姉さま」
祥子は背をかがめ、転がって行った箱を追いかけた。
その時、志摩子もまた学園祭の備品を運んでいた。
早く運び終えて、乃梨子の書類を手伝おうと思っていたため、自然と早足になっていた。
急いで校舎の角を曲がろうとすると、曲がり角の向こうから、小さな箱が転がってきた。
「あっ!」
志摩子はその箱を踏むまいと大きく歩幅をとり、箱をまたぐように左足を振り出した。
その時、校舎の角からすっと踊り出してくる影があった。
めき
「お姉さま!」
箱を追い、背をかがめて歩く祥子を後ろから見ていた祐巳はこう語る。「校舎の角、つまり右側から突然足が出てきて、お姉さまの横っ面にローキックの一撃を加えたんです。その時お姉さまの顔が左に90°捻られて、とても痛そうでした」と。
学園祭を終えた時期、薔薇の館では少しヒマな時期になったので、館の大掃除が行われていた。
「・・・・・・蔦子さん。掃除なんか撮ってて楽しい?」
祐巳が不思議そうに聞くと、蔦子はこう言った。
「いくら私でも、掃除の時間は掃除するしかないからカメラかまえていられないじゃない?写真を整理してみたら、一枚も無いのよ、掃除中の写真。そんな訳で、丁度良い機会かなと思って・・・」
「ふぅん」
「蔦子ちゃん、写真を撮らせる代わりといってはなんだけど、後で一階の倉庫の整理を手伝ってくれるかしら?」
祥子の提案を、蔦子は「写真を撮らせてくれるなら喜んで」と快諾した。
二階の会議室では、志摩子が掃除機をかけていた。普段はホウキやモップで掃除するのだが、折角の機会だからと、職員室で借りてきた物だ。
「さて、掃除機をかけ終わったんなら、モップで拭きあげちゃおうか」
令の一声で、志摩子は掃除機を片し始める。
「あれ?床になんか挟まってる」
由乃は床板の隙間に糸くずが挟まり、ひらひらと風になびいているのに気付いた。
掃除機のホースを外す志摩子の横で、その糸くずを引っこ抜こうとしゃがみ込む。
「・・・・・・・この電源ケーブルはどうするのかしら?」
家ではホウキと雑巾しか使わない志摩子が不思議そうに考え込んでいると、乃梨子が助け舟を出す。
「このボタンを押せば、勝手に巻き取ってくれるよ」
乃梨子に教わったとおりにボタンを押すと、ケーブルはシュルシュルと巻き取られて行く。志摩子が感心してその様子を見ていると、ケーブルは巻き取られる勢いで、床の上で蛇のようにのたうち始めた。
そして、先端が志摩子の足に絡み付いてしまった。
「あ!」
志摩子は慌てて足を引き抜こうとしたが、ケーブルはしっかりと巻きついている。志摩子は強引に引き抜こうと足に込める力を強めた。すると、ケーブルはほどけ、力を込めていた足が突然自由になった。
自由になった足の先に、由乃がしゃがんでいた。
ごすっ! (カシャッ!) ばたん!
「由乃!?」
後頭部にローキックが炸裂し前のめりに倒れ込んだ由乃に、慌てて令が駆け寄った。
「・・・・・・蔦子さん」
「あはは・・・・・・思わず撮っちゃった」
呆れたような祐巳の言葉に、蔦子は思わず照れ笑いを返した。
後に由乃はこう語る。「サスペンスドラマなんかで、鈍器で殴られて死ぬチョイ役の人の気持ちが少しだけ判った」と。
志摩子は環境整備委員の仕事をしていた。花壇の柵を新しい物に換えていたのである。
仕事を終え、新しい柵の入っていたダンボール箱を抱えた志摩子は、そのゴミを焼却炉へ運ぼうと歩き始めた。
ふと足元を見ると、ダンボールの蓋にあたる部分に貼ってあったガムテープが、自分の右足に貼り付いているのに気付いた。
志摩子はぴこぴこと足を振ってみたが、ガムテープはひらひらするばかりで剥がれようとしない。志摩子は少し意地になり、右足に貼りつくガムテープをにらんだ。
だから気付かなかったのだ。笑顔で駆け寄ってくる祐巳に。
志摩子はガムテープを振り払おうと、思い切り右足を振り抜いた。
「志摩・・・」
どしっ!!
「ぐあぁっ?!」
祐巳のスネ。いわゆる「弁慶の泣き所」に、志摩子の全力ローキックがクリーンヒットした。
たまたまその場にいた環境整備委員の一年生は後にこう語る。「山百合会幹部同士の戦いが始まったのかと思い、私は恐ろしくてその場を逃げ出す事しかできませんでした」と。
お昼休み。今日は天気も良いので、中庭で乃梨子と昼食をとる事になっていた。
少し用事で遅れた志摩子は、約束の場所へ急いでいた。銀杏並木に一本だけある桜の根元で昼食を食べる事になっているのだ。
乃梨子は桜の木のもたれかかり、志摩子を待っていた。
「志摩子さん遅いなぁ・・・」
待つのに飽きた乃梨子は、ちょっとしたイタズラを思いついた。桜の裏側に回り込み、通りからは見えない所に座ったのだ。
(私の姿が見えなかったら、志摩子さんどんな反応するかな?)
密かに微笑んでいると、誰かが近づいて来る気配がある。
「・・・・・・乃梨子?」
近づいてきたのは志摩子だった。乃梨子の思惑どおり、志摩子は乃梨子の姿が見えないので、少しうろたえていた。
(あまり遅いから帰ってしまったのかしら?)
乃梨子が志摩子を置いて帰る事などありえなかったが、志摩子は不安にかられ、キョロキョロとあたりを見回している。
(うわぁ・・・慌ててる志摩子さんなんて珍しいモノ見ちゃった)
桜の後ろ側に座り込み、その様子を盗み見ていた乃梨子は密かに満足していたが、あまり困らせるのもイヤなので、そろそろ姿を現す事にした。
その時、志摩子は木の後ろ側を探そうと、勢い良く桜の木を回り込もうとしていた。
「志摩子さん、ここ・・・」
どかっ!
「乃梨子?!」
満面の笑みで桜の木の裏側から顔を出した乃梨子の顔面に、志摩子は走り込みながらのローキックを命中させてしまった。
乃梨子は後にこう語る。「人間って頭部に強い衝撃を受けると、本当に視界に星が見えるんですね。それも白いヤツが」と。
放課後の薔薇の館、山百合会のメンバーは今日も仕事に追われていた。
いつもなら仕事の合間でも雑談くらいは出るのだが、今日の館は静かだった。志摩子以外のメンバーが、体のどこかしらに包帯を巻いているのに原因があるようだ。
もちろん志摩子は、ローキックの餌食にしてしまった相手にはその場で深く謝ったし、相手も悪気があった訳じゃないので許していたのだが、なんとなく重苦しい雰囲気はぬぐえなかった。
そんな時、ビスケット扉がノックされた。応対に出た乃梨子が扉を開けると、そこには七:三と眼鏡、つまり真美と蔦子が立っていた。
「ご注文の品をお届けに参りました」
真美がニッコリと微笑みながら封筒を差し出す。祥子はそれを受け取り、中味を確かめる。中味は書類のようだった。
だが、他のメンバーは何故か一切関心を持っていない。
「・・・・・・なかなか良い出来ね。発行してちょうだい」
(発行?)
祥子の言葉に疑問を持った志摩子は、祥子の持っていた封筒を見た。すると祥子が無言で封筒の中味を差し出してくる。
「・・・・・・・・・これは!?」
志摩子は驚きで声にならなかった。ドコからどうやって撮ったのか、その紙には薔薇の館の住人に志摩子がローキックを放った瞬間が克明に印刷されていたのだ。
「これはいったい・・・」
志摩子がなおもその紙を見つめてみると、それはリリアン瓦版で、タイトルには「白薔薇さま、山百合会完全制圧!戦いの女神、ここに舞い降りる?!」と派手な見出しが躍っていた。
「な!これは!どういう事ですか!」
志摩子が慌てて真美に詰め寄ると、真美はいたって冷静に対応してきた。
「志摩子さん、落ち着いて良く読んで。ちゃんと状況説明はしてあるから」
言われて志摩子が瓦版に目を通すと、確かにその場面ごとの状況が書いてあり、すべて事故であった事が説明されていた。
「でも!このタイトルでは・・・」
確かに誤解を産むだろう。と言うか狙ってタイトルを付けたとしか思えない。
しかし、祥子からは冷徹な一言が繰り出された。
「かまわないから発行して。出すのは明日の朝かしら?」
「いえ、もう全校分の発行部数は刷りあがっているので、許可さえ頂ければいつでも」
真美が恐ろしい事を平然と言いのけた。志摩子は山百合会のメンバーを見渡したが、誰も書類から顔を上げようとしない。乃梨子さえも。
(やはり根に持たれているのだろうか?)絶望的な気持ちで、志摩子は最後の砦とも言える蔦子にすがった。
「蔦子さん!本人の許可が無ければ写真は公開しないんでしょう?」
しかし、その言葉に答えたのは蔦子ではなかった。
『私達が許可しました』
志摩子を除く山百合会の全員が答えたのだ。
「山百合会を敵に回したくないしねぇ・・・」
蔦子は申し訳無さそうに言うが、目が笑っていた。
「そんな!・・・・・・私の清純なイメージが?!」
思わず口走る志摩子に、その場にいた一同の表情が引きつる。
そして祥子が青筋を立ててこう言った。
「・・・・・・・・・ちょっとした冗談のつもりで一部だけ作らせたんだけど、今の一言で気が変わったわ。真美さん、かまわないから本当に発行してちょうだい」
「ああっ?!もしかして墓穴を?!」
志摩子は頭を抱えたが時すでに遅し。真美は最近スクープの無かった瓦版のために、この「志摩子特集号」を印刷すべく席を立つ。
「ま、待って!」
志摩子は真美に追いすがろうとしたが、祥子の「由乃ちゃん」の一言で、由乃にガッチリと拘束されてしまった。
「志摩子さん、あきらめてね?」
祐巳が笑顔で言う。
「そうそう、これでまた殻を破った新しい志摩子になれるよ」
令が半笑いで言う。
「てゆーかもう遅いから」
由乃が志摩子の後頭部にささやく。
志摩子はなんとかこの暴挙を止めようと、乃梨子に目で助けを求めた。
「志摩子さん」
乃梨子はさわやかな笑顔でこう言った。
「どんなに猛々しいイメージを持たれても、私は志摩子さんの味方だから」
つまり、今回はあきらめろと。
自分の周りには一人も味方がいない事を実感し、志摩子はガックリと頭を垂れた。
この日から志摩子は『ヴァイス・ヴァルキューレ』、つまり『白い戦女神』としてリリアンで一目置かれる存在になるのである。
卒業するまで。
(コメント)
しろくま >ローキックは基本であり最強ですから。(No.16367 2008-03-22 00:24:35)
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