がちゃS・ぷち

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No.757
作者:柊雅史
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2005-10-22 02:12:22
萌えた:1
笑った:34
感動だ:3

『シマコフ(ロシア人)不条理な出来事』

私はとても日本が好きだった。

「トードー先生、こんちは〜」
「オウ、ユウキくん。コンニチハ」
花寺学院の生徒たちには裕福な家庭の子供が多いからか、外国人を見ても身構えたりはしない。恐らくパーティなどで青い目を見慣れているのだろう。私にもとてもフレンドリーに話しかけてくれた。
もちろん、中にはごく普通の家庭に育ち、少し外国人コンプレックスを持っている生徒もいるのだけど、例えばこのフクザワユウキくんのように、人種の違いなど物ともせずに話しかけてくれる子も多い。
「先生、荷物持とうか? それ、結構重そうだし」
「オウ、ソレハタスカリマス」
花寺学院は私にとって天国のような職場だった。興味のある日本文化的にも、多くの古い資料を抱えているし、何よりも生徒たちが賢く、優しく、そして文武に熱心である。
私の受け持つロシア民俗学など、受験には全く関係のない科目だが、大学までの一貫教育である花寺学院なので、興味を抱いて熱心に授業を聴いてくれる子も多い。このユウキくんもその一人である。
ユウキくんもそうだが、総じてここの生徒たちは度量が大きい。余程伸び伸びと育てられたのだろう、外国には外国の文化・歴史があり、そこに根付いた生活や習慣があることを素直に受け入れられる。私はかつてアメリカやヨーロッパ、そして母国であるロシアでも教鞭をとったことがあるのだが、この学院での生活が一番楽しかった。やはり私も一教師、優秀な子達に物を伝えることに楽しみを覚えてしまう。
「そういえば、先生の名前ってなんでしたっけ? ちょっとリリアンに送る書類に書く必要があるんですけど」
廊下を歩きながら、ふとユウキくんが聞いてきた。
私の名前はロシアでもちょっと珍しいのだが、日本人には少々発音し難いものである。トードーとユウキくんは言っているけれど、正確には「トードゥ」だし、ファーストネームも一度で正しく発音できた日本人はいない。
「ワタシノナマエデスカ? ワタシノナマエハ――」



ロシアに生まれ、いくつかの国を渡り歩いた民俗学教師である私は、それこそ、この地に骨を埋めても良いとさえ、思っていた。
そう……ある年の、秋半ばを過ぎるまでは。



「先生、ごきげんよう」
「オウ? ゴキ……?」
「ごきげんよう。挨拶の一つだよ」
「オウ、ナルホド。ニホンゴニハイロイロナアイサツガアルノデシタネ」
ある日、私は突然珍しい挨拶で生徒から声を掛けられた。日本語はとても難しい。挨拶一つ取っても、英語とは比べ物にならない数である。
「ごきげんようっていうのは、まぁ、丁寧な挨拶ですね」
初めて聞いた挨拶について尋ねると、ヤマノベ先生がちょっと笑いながら教えてくれた。
「あまり使われない挨拶ですが、とても綺麗な日本語だと私は思いますね」
「ソウデスネ。ゴキゲンヨウ……トテモヤサシイヒビキデス」
私はちょっと嬉しかった。その日以降、何人かの生徒たちが私に「ごきげんよう」と挨拶してくれるようになったのだ。
それが――これから起こることの、予兆だとは知らずに。


「ごきげんよう、ロサ・ギガンティア」
「ゴキゲンヨウ……ロサ……?」
「先生のことですよ〜」
「ワタシノコトデスカ? エート、ロサ……?」
「ギガンティア」
ある日、私は妙な呼び名で呼ばれるようになった。
「ロサ・ギガンティアというのは、えっと……確か、白薔薇さまのことですよ」
「シロバラサマ……?」
「ええ。ただちょっと、どうしてトードゥ先生がそう呼ばれるようになったのかは分かりませんけど」
「ソウデスカ……」
ヤマノベ先生に言われて、私も首を傾げた。
私が白薔薇、というのはどういう意味だろうか。
「それよりも、トードゥ先生。今度、リリアン女学園から臨時講師の依頼が来たそうで」
「エエ、ソノトオリデス。ライゲツニ。トテモユウシュウナガッコウトキイテイマス」
「そうですね。あそこはお嬢様学校でもありますし」
「トテモタノシミデス」
私はヤマノベ先生にリリアン女学園のことを教えてもらった。
花寺学院とは姉妹校的存在であること。
この辺りでは有名なお嬢様学校であること。
そこの山百合会というところが、花寺学院での私の授業の評判を聞いて、臨時講師を依頼してきたということ。
何故かヤマノベ先生はその辺りの事情にも詳しかった。とても頼りになる先生だ。
「ソウデスカ、ワタシノヒョウバンヲ。トテモウレシイデス……」
私は危うく涙を零すところだった。遠く海を渡って教師をしていて良かったと思う。
お陰で、しばらくの間は私が急に変な呼び名で呼ばれるようなことなど、すっかり忘れてしまっていた。
それを思い出したのは、帰り道でコンビニエンスストアに寄った時のことだ。
『薔薇族』
ふと、そんな雑誌が視界に飛び込んできたのだ。
「ソウイエバ、ロサ・ギガンティアハバラノコトデシタッケ」
呟いて、その雑誌を手にし――私は、その場で凍りついた。


薔薇族という雑誌は――いわゆる、ホモ・セクシャルの雑誌だった。


「ごきげんよう、ロサ・ギガンティア」
「ウ……ゴキゲンヨウ……」
「ごきげんよう、ロサ・ギガンティア」
「ゴキゲンヨウ……」
今日もまた、皆が私をロサ・ギガンティアと呼ぶ。
私は声を大にして叫びたかった。
私には男色の気などない、と。
どうしてこんなことになったのだろう。何が私の、楽園のような学院生活を狂わせたのだろう。
ヤマノベ先生と仲が良いのが悪いのだろうか。
しかし私は、ヤマノベ先生を尊敬しているだけである。それだけで男色疑惑なんてあんまりじゃないだろうか。
「トードゥ先生、最近元気がないようですが……」
「ヤマノベ先生……」
「今日はリリアン女学園での臨時講義の打ち合わせでしょう? 少しのんびりと気晴らしをしてくると良いですよ」
「ハイ、ソウデスネ……」
私はヤマノベ先生に見送られながら、学院を出た。その道中も、生徒たちが少し笑いながら私に声を掛けてくる。
ごきげんよう、ロサ・ギガンティアと。
私は泣きたくなった。
どうして私がこんな目に合わなくてはならないのだろう。
楽しかったはずの学院。天国のようだと思った職場、だったのに。
「ママン……モウカエリタイヨ……」
遠く、ロシアの地に残してきた母の顔が浮かんだ。
厳しい冬が近付いている。母は元気だろうか。
「コトシデ……カエリマショウカ……」
ふと、そんな呟きが口をついて出て来る。
そして、突如私を襲った原因の分からない変化に、沈み込んだ気持ちのまま、私はリリアン女学園の門をくぐったのだった。



「ごきげんよう、トードゥ先生。本日はようこそおいでくださいました」
丁寧な物腰で私を迎えてくれたのは、ふわふわな髪を腰まで垂らした少女だった。
僅かな物腰だけで、この子が淑女であることが分かる。横に控えているショートカットの少女も、非常に知的な光を目に宿していて、私はこの二人の出迎えに非常に感心した。
礼儀正しく、優雅で知的な物腰。ヤマノベ先生の言っていた「お嬢様学校」というのも納得である。
「先生の授業はとても面白いと聞いています。不躾なお願いを快く受けていただいたことを、皆とても感謝していますわ」
来客用のスリッパを揃えながら、その少女が柔らかな笑みを浮かべる。
「イエ、コチラコソトテモコウエイナコトデス。エエト――」
「あ、申し訳ありません。私ったら、挨拶もしないで」
私に名乗っていなかったのを思い出したのか、その少女は慌てて居住まいを正した。
「私、ロサ・ギガンティアをしています」
「ロサ……?」
「はい。生徒会の役職のようなものですわ。ロサ・ギガンティアをしています、藤堂志摩子です。よろしくお願いします」
ぺこり、と丁寧に頭を下げる少女に。
私は、思わず叫んでいた。



「お、お前が原因か――――――――――――――――――――っ!!!(ロシア語)」



私の名前はシマコフ・トードゥ。
日本人は「h」の語が呼びにくく、聞き取り難いのか、大抵の日本人は最初にこう、私の名前を間違える。


『シマコ・トードー』


かくして、花寺学院学園祭より始まった、私を取り巻く不条理な出来事の原因は判明し。
私は、来年故郷に帰ることにした。


(コメント)
柊雅史 >素直に謝っておきます。もうホント、ごめんなさい。(No.3782 2005-10-22 02:12:41)
ケテル・ウィスパー >久々の連投ですね。 お疲れ様^^(No.3785 2005-10-22 02:23:03)
柊雅史 >久々だったので、忘れられないように頑張ってみました。というか、シマコフが出て来た時点で連投決定w 誰だか分かりませんが、凄い素敵なキーワードをありがとう、って気分です。全然マリみてキャラ出てこないけど、すんごいノリノリで書いちゃいましたw まぁ、是か非か分かれそうなものですけど……。(No.3786 2005-10-22 02:42:19)
春霞 >知らず、一人の純朴なる教育者の人生を狂わせる。 おまえは魔性の女だよ。 志摩子 ふっ。(涙 (No.3787 2005-10-22 02:55:19)
joker >シマコフさんが、なぜかヴォルグに……。(No.3792 2005-10-22 04:41:35)
まつのめ >すみません。シマコフ入れたのは私です。 (そうきたか(No.3795 2005-10-22 06:01:53)
いぬいぬ >マリみて知らない人に「薔薇の館」って単語聞かせたら、ホモセクシャルの館を連想するんだろうな・・・(No.3797 2005-10-22 06:26:18)
くま一号 >事情が分かったらそのままリリアンに居着いてしまいそうなきがしなくもなく(No.3805 2005-10-22 11:14:42)
水 >花寺の生徒諸君、イタズラが過ぎますね。みんなしてタチ悪すぎ(笑)(No.3952 2005-10-25 20:33:49)

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