がちゃS・ぷち

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No.2904
作者:若杉奈留美
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2009-03-25 10:12:51
萌えた:1
笑った:3
感動だ:5

『黄色い薔薇に今衝撃シ姉妹の試練』

「激闘!マナーの鉄娘」

もう忘れられてるかもしれませんが…。


(最終章その4・嘘情報と穴あき靴下)


「今、なんと言ったのかしら?」

鋭い目つきで現紅薔薇のつぼみをにらみつける少女が1人。

「聞いていなかったの?『菜々さまは手先が不器用』と言ったのよ」

薔薇さまとしての貫録か、あるいはハッタリか、表情は変わっていない紅薔薇のつぼみ。

「…智子さん。酔っているのかしら?」
「珍しくシラフですけど何か?」

すると相手の少女が、いきなり声を荒げた。

「誰がそんなでたらめ信じるっていうのよ!菜々さんが不器用!?冗談じゃない。
何やらせても人並み以上の完成度を誇る江利子さま直系の黄薔薇さまじゃないの!
そんな人のどこが不器用だっていうの!?」
「そうね、確かに世間からはそう思われてる。でもね」

智子はずいっと相手に近づいて、その両目をまっすぐ覗き込んだ。
あまりにも強いその目力に、思わず相手も後ずさる。

「菜々さまは江利子さまの域には達していない、ということよ」
「どういう、ことなのかしら」

少女の声が若干震え始めたのを見てとった智子はさらにたたみかけた。

「いまどき破れた靴下を縫ってまで履く人なんてそうはいないんじゃないの?
おまけに菜々さまはこれまで剣道一直線に生きてこられた方だから、そういった細かい手先の動きが必要なことはなさってこなかったはず」

(よし、ここまで順調)

ここで油断してはならないと気を引き締める智子。

「私が知っているのはここまで。今言ったことをどう解釈するかはあなたたちの自由よ」

あまり細かいところまで話すとこちらが不利になる。
ここはさっさと戻らないと…
そう思ってレジスタンスメンバーに背を向けた矢先だった。

(やれやれ、スパイも楽じゃないね)

「待ちなさい、智子さん」
「まだ何かあるの?」

うんざりした顔で振り向く智子。

「今くれた情報が真実であれば…そうね、フランス産の最高級ワインとチーズでどうかしら?」
「たったそれだけ?」
「…現金が必要だとでも言うのかしら?」
「私もリスク背負ってここに来てるのよ。それなりの報酬は頂かないと」
「分かったわ。でも今の話が嘘なら…」
「嘘なら?」

一瞬、レジスタンスの少女の目に暗い光が宿った、ように見えた。

「…なんでもないわ。さっさと行けば?」

去りゆく智子の背に向かって、少女は声に出さずつぶやいた。

(殺してやるから)

そのころ、試合会場では。

「さあ皆さん、お待たせいたしました!
穴あき靴下100枚早縫いレースの時間がやってまいりました。
ルールは簡単。選手の目の前にある100枚の靴下。
これらの靴下にのみに穴があるとは限りません。
この一見地味な競技に挑むのは…!」

いつの間にかできていた大観衆をあおるだけあおり、司会者が叫ぶ。

「見た目は男役、中身は娘役!元祖ミスターリリアン、支倉令!」

薔薇よりなお黄色い歓声の飛ぶ方へ、令は余裕の笑顔で手を振る。
その様子を苦虫をかみつぶしたような顔で見るのは、

「剣道一筋17年、培った集中力は伊達じゃない!有馬菜々!」

今度は菜々に向かって歓声が飛ぶ。
それを見た彼女はさっきまでの固い表情を一変させ、やわらかな顔を見せた。

「両者とも準備は整いましたね?それでは、用意、スタート!」

プゥーッ。
鳴り響くラッパの音とともに、2人は無心に針を動かし始めた。


レースも中盤にさしかかったときだった。
司会者のもとへ突然駆け寄ってくる人影。
その人は何やら司会者に渡すと、すばやくどこかへと去っていく。

(松平瞳子と瀬戸山智子が何者かによって誘拐された模様)

それを一瞥した司会者はとっさに観衆の中に視線を送った。

(選手たちにはこのままレースを続けさせ、秘密裏にユーゲントに指示を送って対応させるように)
(了解)

この判断のおかげで、令と菜々は何も知らずに靴下を縫い続けることになったのである。

「終了しました!」

2人はほとんど同時に手を挙げた。

「それでは審査に入りますので、選手の方々は別室で待機してください!」

実はこれが非常事態を示す暗号だった。
今回の勝負を受けるにあたり、ちあきはユーゲントたちにレジスタンス勢力の動向を事前に探らせていた。
案の定、この勝負を山百合会の内部分裂の兆しととらえていたレジスタンスたちが、これをきっかけに一気に勢力を拡大しようとしているという情報がもたらされた。
しかし一般生徒たちを巻き込むわけにはいかない。
敵のねらいは山百合会だけなのだから。


そのころ、レジスタンスのアジトでは。

「申し訳ございません…私たちのせいで、こんなことに…」
「気にしないで。ちあきの姉という立場上、私も狙われるのは分かっていた。
だから注意は怠らなかったつもりだったけど…」

手足を縛られ、口をふさがれた状態で、瞳子と智子がくぐもった声で会話をしていた。
そこへ近づく足音。
忍び寄る不気味な気配。

「おとなしくしていれば危害は加えません」

高飛車なもの言いに、智子は思わず反発した。

「いったい何なのよあんたたち…」
「こうなったのも智子さんがいけないのよ。
あの有馬菜々、不器用どころかあんたたちの親玉以上じゃないの。
だいたい初めから怪しいと思っていたのよ、次世代のナンバー2がわざわざ
ここに来るなんて」
「それならそんな私に騙されたあんたらの方がバカじゃん」
「黙れ!」

自分たちに銃口を向けるレジスタンスのメンバー。
いつもながらに思うが、なぜ一介の女子高生が米軍の軍用銃など持っているのだろうか。

「それ以上何か一言でも言ってみなさい。言葉次第ではあんたたちの命がないわよ」
「…好きにすれば?」

(智子ちゃん…私たち、助かるの?)

メンバーが立ち去ったあと、瞳子はつい弱音をこぼした。

(それをあなたが信じないでどうするんです!あなたの妹は誰ですか、私の姉は誰ですか!
今までだって一緒に戦ってきて、危険な目にはいっぱいあってきてるじゃないですか。
でもいつもその危険を一緒に潜り抜けてきた…そうしてきたからこそ今があるんでしょう!?)

今までになく強い眼で、智子が訴えかけている。
それはいつも見ている、大酒飲みでだらしないあの汚ブゥトンとは似ても似つかぬ、
りりしい戦士の姿であり、姉という存在を絶対的に信じてやまない妹の鑑だった。
やはりちあきには見る目があったのだ。
改めて瞳子は、ちあきにロザリオを渡してよかったと心の底から実感した。

(必ずあの人は来ます。ユーゲントや他のみんなと一緒に…
私たちが信じなければ、今までの日々がうそになってしまう!
たとえそのために命が危なくても、もう死ぬことなんて怖くない。
最後まで、最後まで、一緒に戦いぬきましょう!)

自由を奪われた手足を必死に動かし、智子のもとへ近づくと。

(がんばりましょう)

そっと智子に寄り添った。

(がんばりましょう)

智子も寄り添い返した。
そのときだった。

「瞳子さま、智子さま、遅くなりました!」

ユーゲントの中でも特に戦闘能力の高い5人が、散弾銃をたずさえて乗り込んできた。
その後ろに、最愛の妹、そして姉の気配。

「ちあき!」
「お姉さま!」

ちあきはユーゲントとともにあたりをぐるっと見回すと、はっきりと告げた。

「私の姉と妹を返しなさい」


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