がちゃS・ぷち

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No.3416
作者:翠
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2010-12-21 21:10:40
萌えた:15
笑った:70
感動だ:8

『ただものじゃない乙女達』

 無印のパロディで、キャラ設定やら性格やらが作者に都合良く弄られています。なので、殆どの登場人物が、どこかしら変です。また、所々に妙なネタも紛れています。微妙にオリキャラも出ます。それでも構わない、という海どころか宇宙よりも広い心の持ち主な方以外は、読まれない方が良いかと思われます。
 【No:3409】【No:3412】→【No:これ】→【No:3423】【No:3428】【No:3430】【No:3433】【No:3438】【No:3440】【No:3446】【No:3449】




 絹を裂くような悲鳴が響いた。
 夕暮れ時のリリアン女学園、薔薇の館。そこで、一人の少女が襲われていた。彼女の名前は島津由乃。黄薔薇のつぼみの妹と呼ばれる、病弱で儚い雰囲気を持つ美少女だ。
 そんな由乃さんに襲いかかっているのは、彼女の従姉妹である支倉令さま。ギラギラした目をしながら「由乃たんハァハァ」とか言ってる所を見ると、普段は理性によって抑え込まれている欲求が許容量を超えて暴走してしまったらしい。
「令ちゃん、ダメッ! こんな所じゃ――」
 襲われる事自体は構わないのか、と心の中でツッコミを入れつつ窓をぶち破って室内に侵入した祐巳は、
「正義の味方。タイツ・ザ・フクザワ参上!」
 真っ赤な全身タイツという変人としか思えないような格好で、ビシッと格好良くポーズを決めた。これが特撮ヒーロー番組で、サブタイトルを付けるとしたら間違いなく、『第一話 怪奇タイツ女』だろう。

 どう考えても私が怪人です。ありがとうございました。

「私が来たからにはご安心を、由乃さ――じゃなかった、可憐なお嬢さん。さあ、そこの性欲を持て余しているあなた、さっさとその子から離れなさい。っていうか、そういう事は家に帰ってからヤれ!」
 胸元に付けられた、ロサ・キネンシスを象ったブローチがキラリと輝く。
 由乃さんと令さまはというと、突如現れた怪人風正義の味方に動揺を隠せない様子。とはいえ、真っ赤な全身タイツの怪人――じゃなくて、人間が突然窓をぶち破って現れたのだから、当然と言えば当然かと思われる。
 由乃さんはしばらく口をパクパクさせていたが、大きく深呼吸すると思い切ったように口を開き、こう言った。
「何してるの、祐巳さん?」
「なは――――っ!? どっどどどどどどうして?」
 バレるはずがない。絶対にバレないように、この全身タイツは、息苦しいが顔まで覆っているのだ。何せヒーローにとって、正体がバレるという事は自らの死を意味するから。特に祐巳の場合、真っ赤な全身タイツって所が大問題だ。明日から学校に来れなくなるのは当たり前、ご近所さんの話題に上る事も間違いなしなのである。そんなこんなで正体が絶対にバレないよう気を遣っていたのに、まさか第一話でバレてしまうだなんて――。
「だって、さっきフクザワって言ってたから」
「ガッデーム!」
 祐巳は、床に拳を叩き付けながら神を呪った。神様呪う前に、自分の迂闊さを呪えって話だが。



『朝〜、朝だよ〜、朝ごはん食べて学校行くよ〜』



「うおっ!? ……久しぶりに使ってみたけど、やっぱりこの目覚ましって超ヤバイ! クセになりそう」
 祐巳は目を擦りながら、枕元に置いておいた目覚まし時計を止めた。
「……あと、酷く頭の悪い夢を見たよーな気がする」



「お待ちなさい」
 とある月曜日から二日後。
 銀杏並木の先にある二又の分かれ道で、祐巳は背後から呼び止められた。
(あ、祥子さまだ!)
 ここ数日で完璧に脳内にインプットされた声から正体を導き出し、祐巳はかつてないほど優雅に振り返った。
「ごきげんよう、祥子さま」
 かつてないほど丁寧に挨拶の言葉を述べて、かつてないほど柔らかく微笑む。目には見えないけれど、祐巳の周囲には、かつてないほど無数の華が咲いているに違いない。
「え、ええ、ごきげんよう。……何だか今日は、いつもと違うのね」
 普段とは違う雰囲気を纏う祐巳に、祥子さまは落ち着かない様子。
「あら、そうですか? いつもと同じなんですけれど」
 頬に手を当て、鈴を転がすような声で祐巳は「くすくす」と笑った。
「それで、私に何かご用でしょうか?」
「え、ええ。その……今のあなたにはとても言い難いのだけれど……、タイが解けていてよ」
 祥子さまの言葉に視線を下に向けると、制服のタイが解けて風に靡いていた。祥子さまは誤解しているようだが、これは自然と解けたのではない。だからといって、自分で解いたのでもない。単純に、結ぶのを忘れていただけだ。だって、結んだ記憶がないし。
「……それならそうと、早く言ってくださいよー。せっかくのお嬢さまキャラが台無しだし、慣れない事して肩凝っちゃったじゃないですかー」
 いつもの調子に戻ってブツブツ文句を言いながらタイを直そうとすると、なぜか「持って」と祥子さまが鞄を差し出してきた。祥子さまの意図を瞬時に察した祐巳は、同じように鞄を差し出す。
「何のつもりかしら?」
「ユニフォーム交換とか、そういう類のものかと」
「……いいから、さっさと持ちなさい」
 何が何でも自分の鞄を祐巳に持たせたいらしい。
「下級生苛め?」
「違うわよ。タイを直してあげるから、持って、と言っているの」
「ああ、それなら喜んでお持ちします」
 祐巳が引っ手繰るようにして鞄を受け取ると、祥子さまの手が伸びてきて、首の後ろへと回された。身長差があるので、祐巳が見上げる格好だ。
「背、高いですね」
「そうかしら? 普通だと思うのだけれど」
「香水とか付けられてます?」
「付けていないわよ」
 とすると、微かに香ってくるこの匂いは、シャンプーとか石鹸の匂いなのかもしれない。
「髪、枝毛ないんじゃないですか?」
「一本もない、って事はないでしょうね」
 色付きの良い柔らかそうな唇で、祥子さまが笑った。
「キスしても良いですか?」
「投げるわよ」
 今の祐巳は、奥襟を取られている状態だった。昨日からずっと考えていたのだが、ひょっとすると祥子さまは、護身術か何かで柔道を習っていた事があるのかもしれない。
 祥子さまはキュキュッと手早くタイを直し終えると、祐巳から離れながら言った。
「身だしなみは、いつもきちんとね。マリア様が見ていらっしゃるわよ」
「お手洗いとか着替えとかも見守られているのかと思うと、何かヤですよね」
「あなたはどうして、そういう事ばっかり――!」
 朝から祥子さまの雷が落ちた。



「ねえ、何か変な噂を聞いたんだけど」
 教室に入るなり、桂さんに捕獲された。
「噂? マリア像が動いたとか、実はマリア象だったとか?」
「何よそれ」
「初等部の頃に流行ったでしょ? リリアン女学園七不思議。マリア様に見守られているこの学園には七不思議なんて存在しない、ってのが七番目の不思議ってオチだったけど」
「ああ、そういえば、そんな噂が流行った事があったような気がするわね。でも、今回の噂とは関係ないわよ。今回のは、祐巳さんに関する噂だから」
 何でも、祐巳に関する噂があちこちで囁かれているそうだ。
「黄薔薇のつぼみと踊っていたとか」
「踊っていたというか、足を踏み合っていたというか。とりあえず、踊っていたんだと思いたい」
「薔薇さま方を手玉に取っていたとか」
「笑いなら取っていたんじゃないかな?」
 おそらく、これらの噂の出所はダンス部。
「祥子さまを振ったとか」
「あー……うん、まあね」
 これは、薔薇の館での出来事。噂には、薔薇さま方が絡んでいるはずだ。志摩子さんが言いふらすなんて有り得ないし、祥子さまも噂なんて流すような人柄ではない。由乃さんと令さまの事はあまりよく知らないが、やっぱり言いふらしたりするような人たちではない思う。というわけで犯人は、一癖もニ癖もある薔薇さま方で決まりだ。
 どうやら薔薇さま方は、祐巳の事を相当気に入ったらしい。そして、逃す気もないようだ。祥子さまを振ったとなれば嫌でも注目され、祐巳はこの一件から手を引く事が難しくなってしまう。
(うーん。参ったなー)
 薔薇のお三方には、間違いなく賭けを持ちかけた理由を見抜かれている。祥子さまに知られたら、とんでもない目に遭わされそうな理由なのだけれど、こんな噂が流れているって事は、それも含めて祐巳を気に入ったって事なのだろう。それか、単純に面白がっている。紅薔薇さまはともかく、白と黄の薔薇さま辺りは有り得そうだ。
「私が知らない間に、いったい何があったのよ?」
「全部説明するのは面倒だから簡単に説明するけど、噂通りの事があったんだ」
「……」
「いや、マジで。だから、そんなに睨むなってば。せっかく可愛い顔してるのに台無しだよ?」
 ほらほら、と桂さんの頬を突付いてやると、ぷにぷにっと素晴らしい感触が指先に伝わってくる。驚く事に桂さんの頬ってば、志摩子さんや栞ねーさまの胸に匹敵する柔軟さを保有しているのだ。ぷにぷにー。
「ま、詳しくはお昼休みにでも話すよ。ところで、さっきの七不思議の件だけど、あの噂、栞ねーさまが発信源だって知ってた?」
「……私、あの頃から栞さまに振り回されていたのね。何だか、過去の自分が哀れに思えてきたわ」
「大丈夫。今も哀れだから」
「そういう祐巳さんだって、今も振り回されているじゃない」
「桂さんは良いよね。初等部からだもん。私なんて、幼稚舎に入る前からずっと振り回され続けているんだよ? 家も隣だし。もうね、こうやって、何もかも諦めて笑う事しかできないんだよね。あはははははは」
「ごめん、祐巳さん。私はまだまだ幸せなんだって、たった今気が付いたわ」
「良かったね。呪われてしまえ」
 


 昼休み。
「突然ですが、新聞部です」
「福沢祐巳さんをお願いしまーす」
 取材のために一年桃組まで訪ねてきた、上級生と思われる新聞部の生徒二人に、
「祐巳さんならあちらに」
 教室の中を適当に指差しながら答えた祐巳は、桂さんと一緒にお弁当箱片手に教室から出た。
「顔色一つ変えずに嘘を吐ける祐巳さんの将来が心配なんだけど」
「相手は新聞部。まともに断ろうとしても押し切られるだけだって。それに、お昼休みくらいゆっくりしたいでしょ? って事で、どこで食べる?」
「ミ」
「ミルクホールなんて馬鹿な事言ったら、昼休み中ずっと胸揉んでやるからね」
 祐巳の顔を知っている人たちも使っているから、間違いなく注目の的になる。
「それなら、静さまの所は?」
「駄目。何度か遊びに行ってるから、顔を知られてる。能天気に訪ねようものなら、クラス全員に囲まれる事間違いなし。同じ理由で、栞ねーさまの所も却下」
 おまけに栞ね―さまの場合、祥子さまがクラスメイトだったりする。話題の人物が一箇所に揃うような状態を、自ら作り出してどうする。
「困ったわね」
「うん。本当に困った」
 二人で頭を抱えながら階段を下りていると、下から声をかけられた。
「祐巳さん。こっち」
「おっ、私の嫁の声だ」
 手すりから下を見ると、白い手が手招きしている。
「今日は薔薇の館に行かなくて良いの?」
 尋ねながら手すりから身を乗り出すと、そこには志摩子さんの笑顔があった。
「今日は祐巳さんたちと一緒に食べるからって、断ってきたの」
「だってさ、桂さん。って事は」
 同じように手すりから身を乗り出している桂さんに視線を向ける。
「行き先は、志摩子さんお気に入りのあの場所って事ね」
 以心伝心。さすがは、初等部一年生の頃からの幼馴染。
 ところで、ふと思ったのだけれど。幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられるこの学園には、祐巳のように幼稚舎からずっと通ってる人が多いわけで。幼馴染、量産されているような気がするんだけど。……下手すりゃ、クラス全員幼馴染とか。
「何してるの、置いていくわよ」
「おわっ。置いてかないでー」



 そこは講堂の裏手。銀杏の中に一本だけ桜の木が混ざって生えている、静かで目立たない場所だった。
「そういえば、志摩子さんって中等部からの外部入学だったよね。ここにきて、何か変わったな、って思うような事はあったりしない?」
 何とはなしに尋ねた祐巳の問いに、志摩子さんは真面目に考え始める。
「変わった事……それなら、挨拶があるわ。本を読んでいて、『こんにちは』で違和感を抱くようになったの」
「うんうん。順調に、リリアン色に染まりつつあるようだね」
「リリアン色?」
「うん。そのうち、挨拶の言葉のどれもが『ごきげんよう』じゃないと納得できないようになる」
「馬鹿な話してないで、さっさと食べない?」
「桂さんにしては、良い提案だ。だが、馬鹿な話とはいただけない。私の痛みを思い知れ」
「やんッ!? ちょっと、何でいきなり胸触るのよ?」
 詰め寄ってくる桂さんに、祐巳は彼女の胸の感触を確認した右手を見つめながら言った。
「成長の余地はまだ残されている。頑張るが良い」
「余計なお世話よっ!」
 桂さんの怒鳴り声に、「ま、私もあんまり変わんないんだけどね」と苦笑いしながら、祐巳はお弁当包みを広げて腰を下ろした。



「という事があって、祥子さまを振った挙句、お手伝いだけじゃなくて賭けまでする事になったわけ」
「はー。それで、あんな噂が流れていたのね」
 朝に約束していた通り、祐巳は桂さんに今回の事を全て話した。薔薇さま方からは箝口令なんて敷かれていないし、隣で話を聞いていた志摩子さんも止めようとはしなかったので、話しても問題はなかったのだと思う。それに桂さんは、こういう事を誰彼構わず言いふらすような人じゃない。
 コップとなっている水筒の蓋に、熱いお茶を注ぎながら二人に視線をやると、桂さんは聞きたかった事が聞けて満足したのか、ご機嫌な様子で大好物のカキフライに齧り付いていて、志摩子さんはお茶を啜りながら銀杏の木を見上げていた。
 その表情は、まるで恋する乙女。ギンナンが大好物という志摩子さんは、ギンナンが落ちてくる日を心待ちにしているのだ。
「あ、志摩子さん見てて思い出した。そういえば、志摩子さんにお願いしたい事があったんだ。ね、ちょっと良い?」
「何かしら?」
 うっとりとした顔で銀杏の木を眺め続ける志摩子さんに、祐巳は声をかけた。
「私の弟が花寺学院に通ってる、ってのは知ってるよね?」
「ええ、前に祐巳さんが言っていたから知っているわ」
 頷き、お茶を啜る、西洋人形風美少女。お茶と西洋人形という組み合わせなのに、志摩子さんだと違和感がないから不思議だ。
「その弟に聞いたんだけど、花寺では小寓寺ってお寺の住職さんを呼んで、講義する事があるらしいんだ」
「ぷ――――――――っ!?!?」
「吹いた……」
「志摩子さんがお茶吹いた……」
 信じられない光景に、呆然となる祐巳と桂さん。
「けほっけほっ……ご、ごめんなさい。私ったら……」
「あ、いや、良いよ。気にしないで。えっと、大丈夫?」
 ポケットからハンカチを取り出して、志摩子さんの口の周りを拭いてあげる。このハンカチは、今この時より福沢家の家宝とする事に決めた。
「ええ、大丈夫よ。それよりも、その小寓寺のご住職がどうかしたのかしら?」
 何とか落ち着いたらしい志摩子さんが尋ねてくる。
「あ、うん。その人の講義がとっても面白いって話なんだけど、志摩子さんのお父さんなんだって? できれば今度、家にお邪魔させてもらえない? ウチの祐麒がベタ褒めしてた住職さんのお話を、私も聞いてみたいなーって……」
「――」
 祐巳の顔を見つめる志摩子さんは、ピクリとも動かない。おーい、大丈夫? と目の前で手を振ってみても、頬を突付いてみても微動だにしない。
 困った祐巳は、顔を横に向けた。
「ねえ、桂さん。志摩子さんが固まった」
「みたいね」
「何で?」
「さあ?」
「……」
「……」
 二人で顔を見合わせて待つ事一分。
「お待ちになって!」
 ようやく志摩子さんが再起動を果たした。
「動いてない」
 一歩たりとも。
「祐巳さんに同じく」
 さっきから座ったままだ。
「どうして私が、父の娘だと分かったの?」
「花寺では有名らしいよ。リリアンに通っている娘さんがいるって。住職さんが、そう話していたそうだけど……って、私何かマズイ事言った?」
 志摩子さんの顔が蒼白になっている事に気付いて、祐巳は慌てた。
「だって、家がお寺なのよ。お寺の娘がカトリックの学校に通っているなんて……そんなの、許されるはずがないでしょう?」
「私としては、栞ねーさまがシスターを目指しているって方が許されないと思う。人格的に。ね、桂さん?」
「栞さまの耳に入ると、とんでもないペナルティーを科せられるのでノーコメント」
 祐巳から顔を逸らしながら答える、根性なしの桂さん。
「でも、意見を言わずに逃げたって事は、桂さんも私と同じように思ってるって事だよね?」
「……ここだけの話、そうかもしれない」
 そっぽを向いたまま、桂さんが小声で肯定した。
「とまあ、私たちはこう思ってるんだけど、ネガティブハートにロックオンされてる志摩子さんは、これじゃ納得できないみたいだね」
 考えを改めるつもりがないらしい志摩子さんの様子に痺れを切らした祐巳は、お弁当箱を置いて立ち上がった。
「この際だから、言わせてもらうね」
 志摩子さんに指を突き付ける。
「志摩子さんが何でそんな事で悩めるのか、私にはちっとも分かんない」
「え?」
「私、志摩子さんの家がお寺だって知っても、へえ、そうだったんだ、くらいにしか思わなかった。シスター志望なのに家がお寺って事で悩んでいるって分かっても、それってそんなに悩む事? くらいにしか思わなかった。こう言っちゃ何だけど、志摩子さんが糞真面目に悩んでる事って、私にとってはその程度のものでしかないんだよね」
「……」
「で、お寺の娘がカトリックの学校に通っているのは許されない、だっけ? うん、許されないね。どんなに寛大な神様でも許す事ができないくらい馬鹿な考えだ。勿論、私も許せない」
「――っ」
 祐巳の辛辣な言葉に、志摩子さんの華奢な身体が小さく震える。そんな志摩子さんの肩に手を置いて、祐巳は柔らかく微笑んだ。
「だって、馬鹿な事を考えた志摩子さんを許せるのは、それを考えた志摩子さん自身だから……ごめん、ギブアップ。何とか綺麗に纏めようと頑張ってみたけど、もう限界。いったい何を言ってるのか、自分でも分かんなくなってきちゃった」
「途中までは割と良かったわよ。最後の方は、確かにグダグダだったけど」
 そんな感想を述べつつ、二個目のカキフライに齧り付く桂さん。
「ノリと勢いだけじゃどうにもならない事もあるんだって、今日初めて知ったよ。今までの私の人生、全部否定されたような気分だ……」
 と――。
「祐巳さん」
 大きな大きな溜息を零していた祐巳のスカートの裾を、志摩子さんの白い手が引っ張った。
「私、間違っていたわ」
 志摩子さんは頬を上気させ、潤んだ眼差しで祐巳を見上げている。
 祐巳は、目を白黒させた。
 桂さんは、齧りかけのカキフライをポロリと落とした。
「……どうやら、祐巳さんの想いが通じたみたいね」
「いや、何で通じたのかサッパリ分かんないんだけど」
「私にしか許す事ができない。ええ、そうね、確かにそうだわ。祐巳さんが私に伝えたかった事、確かに受け取ったわ。私自身が神様に――いえ、神になれば良いのね? そして、自らの罪を全て許してしまえば良い。そういう事なのね? ああっ、どうしてかしら? 私、今とても清々しい気分なの」
「……どうしよう桂さん。志摩子さんってば、おかしな方向に目覚めちゃったみたい」
「私、今まで何で志摩子さんが祐巳さんと友達なのか分からなかったけど、ようやく理解できた。潜在的な類友だったのね」
「って事は、桂さんも同類って事か」
「なっ!? そっ、そんな……」
 祐巳に指摘されて桂さんの目が死んだ。もう少し考えてから喋れば良いのに。
「でも、過程はともかく結果もちょっと予想外だったけど、志摩子さんも分かってくれたようだし、最初より状況は良くなったと思いたい――じゃなくて思う、思います、思え! うん。だから、これにて一件落着。後はもうシラネ(゚听)」
 額から流れ出る大量の汗を袖で拭いながら、ここに来た時と同じように腰を下ろす。
 ずっと喋っていたためか喉が渇いていたので、水筒の蓋を手に取り、注いであったお茶を口に含んだ祐巳は、
「ぶっほ――――――――ぅっっ!?!?」
 先ほどの志摩子さんよりも激しく吹き出した。
「ちょ、ちょっと、祐巳さんまでどうしたのよ!?」
 自力で茫然自失状態から復活を果たした桂さんが、慌てながら尋ねてくる。
「かっ、カキフライ入ってた!」
 並々と注がれている祐巳のお茶の中には、桂さんが落としたと思われる齧りかけのカキフライが沈んでいたのだった。

 あ、そうそう。志摩子さんの家には、そのうち招待してくれるそうです。今から楽しみです。その時は、ついでなので、志摩子さんの部屋を隅々まで探索しようと思っています。ホンット楽しみです。うふふふふふふ。



 放課後。いつものように音楽室の掃除を終えて、静ねーさまとの世間話を開始しようとしていると、
「ごきげんよう。通りすがりの久保栞よ」
 珍しいお客さんがやって来た。
 その珍しいお客さんである栞ねーさまは、腰まで伸ばしてある長い黒髪を翻しながら祐巳たちの傍に寄ってくると、静ねーさまの隣に並んだ所でピタリと足を止めた。
 何だかやたらとニコニコしている幼馴染に、好奇心から尋ねてみる。
「どうしてここに?」
「通りすがりだから」
 さすがは栞ねーさま。今日も良い感じに意味不明。
 困った祐巳は仕方なく、もう一人の幼馴染であるリリアンの歌姫こと静ね―さまへと視線を移した。
「きっと、祐巳ちゃんに用があるのよ」
 祐巳にもよく分からない栞ねーさまの生態をよく知っている静ねーさまがそう言うのなら、そうなのかもしれない。祐巳は、栞ねーさまへと視線を戻して言った。
「私に何か用――なんて素直に尋ねると思ったら大間違いよ、おばかさぁん」
 どうやら静ねーさまの言った通り、祐巳に用事があったらしい。祐巳の言葉を聞いて、待ってましたとばかりに栞ねーさまが説明を始める。
「以前から伝えていた通り、今日から両親が一泊二日の旅行なので……ば、バカ? さっき、バカって言った?」
「気のせいじゃない?」
「そ、そうよね。祐巳ちゃんが、私に向かってバカなんて酷い事言うはずがないわよね」
「そうそう、言うはずがないよ」
 白々しく頷いた所で、祐巳は急に寒気を感じた。何事かと周囲を窺ってみると、目を細めて祐巳を見ている静ねーさまと目が合う。
(な、何?)
 本能的な恐怖を感じて怯む祐巳に、静ねーさまは両手を自分の頭の横に持っていくと、その手を横に引いてみせた。
 その一連の動作から、一昨日の静ねーさまの言葉を思い出す。
『嘘ばかり吐く悪い子には、お仕置きしないと』『引っこ抜くわよ?』
「……ヤックデカルチャー」
 トレードマークのツーテールを引っこ抜かれて桂さんに爆笑されている姿を思い浮かべた祐巳は、どうしてかは分からないが、どこかの巨人型異星人の言語で呻いていた。ちなみに、「ヤック」は「何と(いう)」、「デカルチャー」は「恐ろしい(または、信じられない)」という意味だ。
「栞ねーさま! 何か困ってるなら言って。私、全力で力になるからっ!」
「急に優しくなったように思えるのだけれど、何か企んでいる?」
「あはっ、私ってばちっとも信用されてねぇ。まあ良いけどさ。んで、小父さまと小母さまが旅行だからどーしたって?」
 先ほどから停滞気味の本題を進めるため、先を促す。
「ええ、それで、祐巳ちゃんの家に泊めてもらうつもりなのだけれど」
「それも以前から何度も聞いてる。まさか、それを確認するために、わざわざここまで来たの?」
 この暇人め、と余計な一言は付け加えない。一昨日までは自分も帰宅部だったし、何よりも栞ねーさまの隣で目を光らせている静ねーさまが怖いから。
「人の話は最後まで聞いてね。昔から何度も言っているけれど、祐巳ちゃんの悪い癖よ」
「はーい。で、続きは?」
「私、好き嫌いが多いから、夕食は自宅で食べて、それから祐巳ちゃんの所にお邪魔しようと考えていたの。でも五時間目の授業中に、とても重大な問題を思い出してしまったのよ」
「何を思い出したの?」
 栞ねーさまの表情が、かつてないほどに曇る。
「私が料理をすると、なぜか凶悪な生物を創り出してしまう事」
「ああ、祐麒に食べさせたアレか」
 聖女さまである栞ねーさまには傍迷惑な摩訶不思議パワーが備わっていて、料理を作ると地球上に存在しない新しい生命(本当に生きているわけではない)を創り出してしまうのだ。ちなみに、外見はちとアレ(異形の生物にしか見えない料理)だが、一般的に使われる食材しか使っていないので食べる事はできる。ただし、味とお腹が無事だという保証はない。
「じゃあ、夕食もウチで食べれば? お母さんには、私から伝えておくから」
「良いの?」
「勿論。さっき言ったでしょ。『全力で栞ねーさまの力になりたい』って」
「う……ん。うん、ありがとう。……ありがとう祐巳ちゃんっ」
 祐巳の手を取り、目に涙を浮かべながら感謝の言葉を述べる栞ねーさま。心底自分で作った料理を食べるのが嫌だったらしい。不憫過ぎて祐巳も泣いちゃいそうだ。
「困った時はお互い様。栞ねーさまには、いつもお世話になってるからね」
 お世話している事の方が多いような気がするのだけれど、きっと気のせいだろう。
「ぅ……う、ひぐっ」
 感極まってポロポロと涙を零し始めた栞ねーさまに、「大きな子供だね」と苦笑いしながら近付くと、
「祐巳ちゃーんっ!」
「うっぎゃ――――ッ! 痛い痛い痛いイタイイタイ離してぇ――――っ!」
 いきなり抱き締められて、背骨がギシギシと軋んだ。
「好きだよぅ大好きだよぅ。祥子さんやめて私と姉妹(スール)になろうよぅ」
 益々強くなる栞ねーさまの抱擁。祐巳の背骨がボキッと鳴る。
「ちょっ……息、できな……マジで死…………あ、お祖父ちゃんだー……………………」
 急速に薄れていく意識の中、祐巳は嬉しそうに手招きしている祖父の姿を見た。



 暴走する栞ねーさまの意識を、首筋への一撃で刈り取るという静ねーさまの活躍により一命を取り留めた祐巳は、
「祐巳さん、祐巳さん」
 酷い目に遭った、と音楽室から出た所で声をかけられた。
「あ、蔦子さん。教室の掃除はもう済んだの?」
「ええ。だから、行き違いにならないように急いで来たの。祐巳さん、鞄を持って掃除に来ているみたいだったから」
 音楽室は一年の教室から結構離れているので、いちいち鞄を取りに戻るのが面倒なのだ。それに、ここは昇降口にもクラブハウスにも近いから、鞄を持っていた方が帰宅するにしても部活に行くにしても便利なのである。その事を知っている蔦子さんも、この後部活へ向かうのだろう。祐巳と同じように鞄を持っていた。もっとも、祐巳が向かうのは部活ではなく、薔薇の館なのだが。
「私に何か用?」
「私が写真部に所属しているのは、知っているわよね?」
「うん、有名だからね」
 授業中以外は、ほぼカメラを手放さない。シャッターチャンスを逃した時の悔しさを思うと、そうせざるを得ないのだそうだ。そういえば、いつ撮られていたのだか分からない写真を渡された事がある。その写真は、平凡な自分の顔が三割増くらい可愛らしく写っていたので、お気に入りになっていたりするのだけれど。
「学園祭が近いじゃない? だから、この所早く出てきて、部活の早朝練習を撮ったりしているの」
 蔦子さんの被写体は、専ら人物だ。細かく言えば、「女子高生」がテーマ。あと、「汗」とか「エロス」もあったような気がする。あまり構え過ぎると良い写真が撮れないという事で、隠し撮りまがいの行為もする危険人物だ。
「覗き見みたいな撮り方、やめた方が良いんじゃない?」
「大丈夫。ボツ写真はネガごと燃やすし、発表する場合は事前に本人の同意を得ているから」
「じゃあ、ボツじゃなくて発表しない場合は?」
「私の秘蔵コレクションの一部となるわね」
「どこがどう大丈夫なのか、ものすっごい疑問なんだけど」
 自分の知らない自分の写真が世に存在するってのは、結構気持ちの悪い事だと思う。まあ、蔦子さんだから悪用はしないと思うけど……しないよね?
「細かい事は気にしない。それよりも、こちらを見てもらえる?」
 蔦子さんはそう言って、二枚の写真を祐巳に向かって差し出した。
「……え? これって」
 それがどんな写真か理解するまで、祐巳はきっかり三秒の時間を要した。
「一枚は、望遠で撮ったからアップね。でも、もう一枚の方が全身が写っていて、イケナイ雰囲気が出ていて良いと思わない?」
 祐巳はあまりの衝撃に、その写真から目を離せなかった。蔦子さんは、祐巳の大袈裟とも言える反応に満足したように微笑んでいる。
 蔦子さんが、気に入った写真には必ずタイトルを付ける事を知っている祐巳は、「この写真のタイトルは?」と尋ねてみた。
「『躾』よ」
「『躾』?」
 返ってきた答えに、『意外性』とか『人の秘めたる可能性』とか『人格崩壊』とか『胸キュン』じゃないの? と不思議に思いながら写真を見つめていた祐巳は、ある可能性を思い付き、「ああ、そういう事か」と頷いて、蔦子さんの両肩に手を添えた。
「落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
 祐巳の真剣な表情に何かを感じたのか、ゴクリと唾を飲み込む蔦子さん。
「な、何かしら?」
「私が思うに、蔦子さんは見せる写真を間違えているんじゃないかと」
「え?」
 祐巳の指摘に、差し出していた写真を自分に見えるように引っくり返した蔦子さんは、顔色を一瞬で真っ青にした。
 どうやら、祐巳の推測は正しかったらしい。
 おそらくタイマーを使って撮影したのだろう。その写真には、人気のない体育館のステージ上で、普段の知的なイメージからかけ離れた、言葉では説明できないほどに可愛らしいポーズを取っている蔦子さんが写っていた。
「イ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ェ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!」
 誰にも見せたくはなかったであろうそれを、思わぬ所で晒してしまったやり切れない気持ちは分からないでもないが、次からはもう少し女性らしい悲鳴を上げてくれるように願いたい。



「んで、結局何を見せたかったの? まさか、さっきの写真で合ってる、なんて言わないよね?」
 実に眼福な写真だったが、自分の弱みとなってしまうかもしれないものを、わざわざ祐巳に見せたりはしないだろう。馬鹿にされたり、見下されたり、言葉で責められたいのなら別だが。
「そんなわけないでしょ! こっちよこっち! こっちを見せたかったの!」
 唾を飛ばしながら否定する蔦子さんは、鞄から幾つかの封筒を取り出すと、その中の一つから二枚の写真を取り出して祐巳に手渡した。
「私と祥子さま?」
「ええ、そうよ」
 それは、祐巳と小笠原祥子さまのツーショット写真。何でも、今朝撮ったものであるらしい。その出来は、写真について素人であるはずの祐巳も、わざわざ見せてきただけの事はある、と思わず唸ってしまうほどのものだった。
「でも、さっきの写真の方が私好みだった」
「お願いだから忘れて。あれは、ちょっとした出来心だったのよ」
 蔦子さんは、ごく稀に無性に自分を撮ってみたくなる事があるそうで、今回のアレもそれが原因だったらしい。誰も来ない事を良い事に撮影枚数を重ね、調子に乗っているうちに、あんな人格崩壊起こしているような可愛らしいポーズを取っていたそうだ。
「若さって恐ろしいわね」
「実際に若いんだから良いじゃん」
 祐巳たちは遊び心溢れる十代。思い出作りの一環だと思えば、あれくらいは十分許容できる範囲のはずだ。たとえそれを見た人たちが、「え? これマジで蔦子さん?」と一様に目を丸くしたとしても。
「で、話を戻すけど、この写真を私に見せてどうするつもりなの? プレゼントしてくれる、ってわけじゃないよね?」
 祥子さまとのツーショット写真に視線を落としながら尋ねる。
「実は――」
 蔦子さんは、「今年度最高の一枚」と自ら褒め称えるこの写真を、今度の学園祭でパネルにして展示したいらしく、そのために祐巳と祥子さまの許可を取りに来たそうだ。
「私は構わないけど、祥子さまが許可してくれるかな?」
「それなら大丈夫だと思うわ。噂、聞いたわよ。面白い事になっているみたいね。今の祐巳さんなら、簡単に許可をもらえるんじゃない?」
「それって、私に祥子さま許可をもらって来いって事?」
「そうよ。いくら怖いもの知らずの蔦子さんでも、さすがに山百合会の幹部は恐ろしい。って事で、私よりも怖いもの知らずな祐巳さんに任せる。無事に許可をもらってくれば、その写真は祐巳さんのものよ」
「えー、タダじゃもらえないの? 勝手に撮られた挙句、妙な条件付けられてもなー」
「でも、私が撮らなければその写真は存在しなかったのよ。ね、お願い。ちょっと豪華な記念写真を手に入れるためだと思って。ね?」
「んー、そうだねぇ」
 手にしている写真へと視線を落とす。豪華な記念写真どころか、宝物にしてもおかしくない一品だ。
「仕方がない。良いよ、引き受けた」
 蔦子さんの顔が、ぱあっと輝いた。その顔を見れただけでも、引き受けた甲斐があるってものだ。
「良いの? 本当に?」
「うん。でも、それにはちょっとした問題があるんだよね」
 祐巳は一旦頷いてから、難しい顔をしてみせた。
「問題?」
「祥子さまに許可をもらうのは、蔦子さんも言ってたように難しい事じゃないと思う。でも、その前の段階に問題があるんだ」
「前の段階?」
 大きなヒントをあげたのに皆目見当が付かないらしく、蔦子さんが首を傾げる。
「要するに、私の頭が薔薇の館に辿り着くまでそれを覚えている事ができるのか、って事。私の頭ってば、新しい事を覚えると古い事をすぐに忘れちゃうんだよね」
「……」
 蔦子さんが、首を傾げたまま固まった。
「あと、覚えていても、途中で面倒臭くなって投げ出してしまったりするような事もあるかもしれない」
「それじゃ、駄目じゃないの」
 祐巳がつい余計な事を言ってしまったため、蔦子さんはお怒りのご様子。
「じゃあ、今回に限っては覚えておくし、投げ出したりもしない。約束する」
「信じて良いのね?」
 祐巳は、蔦子さんを安心させるために殊更大きく頷いた。
「約束した以上は守るよ。だから、沈没船に乗った気で待ってて」
「それ、沈んでいるじゃない」
「良いじゃん。それ以上沈む事はないんだから」
「……確かにそうね」
 納得したような、できないような、微妙な表情の蔦子さん。
「目的地に辿り着く事もないけど」
「やっぱり信じられないんだけどっ!?」
「あははっ、ジョーダン冗談。ちゃんと許可もらってくるよ。って事で、期待して待っててね。んじゃ、まったねー」
 祐巳は蔦子さんにヒラヒラと手を振ってから、薔薇の館に向かって駆け出し始めた。



 山百合会のメンバー全員が既に揃っていた会議室へと駆け込んだ祐巳は、部屋の扉を開くなり、
「ごきんげんよー」
 と皆への挨拶もそこそこに、祥子さまの所に急いでこう言った。
「いきなりで悪いんですが、許可をいただきたいんです」
「……あのね、祐巳。あなたは人と話をするに当たって、とても大切な部分を端折っているの」
 頭痛でも感じているのか、祥子さまが額に手をやりながら言う。
「あ、そっか」
 言われてみればその通りなので、祐巳はポンッと手を打った。
「急いでいたんで、つい。端折っちゃダメですよね」
「そうよ」
 祥子さまが頷いた。
「では、改めて」
 他の人たちも興味があるのか、祐巳に注目する。
「いきなりで悪いんですが、『祥子さまの』許可をいただきたいんです」
「あなたは私を馬鹿にしているのかしら?」

 何かね、ほんのちょこーっとからかっただけなのに、すんごい叱られました。ドちくしょう。でも、後でちゃんと理由を話したら快く許可をいただけたので、めでたしめでたしです。



 学校から帰宅した祐巳がベッドに寝転がって漫画を読んでいると、ピンポーンとチャイムの音が聞こえてきた。
(起きるの超メンドー)
 なんて思いながらも起き上がろうとした祐巳だったが、
「はーい」
 と一階から聞こえてきたお母さんの声と玄関に向かっていく足音に、結局起こしかけた身体を元に戻した。
 何となく天井の模様の数を数え始めてから、三分ほど経った頃。トントントン、とリズム良く階段を上がってくる足音が耳に届いてきた。
 それから更に三秒ほど経ってから、いくら祐巳の性格が捻じ曲がっているからと言っても、決して上下に開いたりはしない普通のドアがノックされる。
「開いてるよー」
 祐巳が間延びした声で答えると、ゆっくりとドアが開いた。
「お邪魔するわね」
 という一言と共に部屋に入ってきたのは、お泊りグッズを詰め込んでいるのであろう大きなバッグを担いでいる栞ねーさまだ。
 シンプル且つ動き易い服装が好みという栞ねーさまの今日の服装は、レッドのチェックブラウスチュニックにブルージーンズ。普通に着ているだけなのにファッション誌のモデルのように見えるのは、生まれ持った顔が一級品な上にスタイルも抜群に良いからだろう。
「はろはろ〜」
 寝転がったまま手を振る祐巳の隣に、栞ねーさまは腰を下ろした。
「残念だわ。祐巳ちゃんの事だから、私がこちらで夕食をいただきたいという事を、小母さまに伝えるのを忘れているはずだと期待していたのに」
「妙な期待すンな」
 帰宅して一番に伝えたんだから、と言い返しながら祐巳が起き上がると、栞ね―さまは持っていたバッグの中をゴソゴソと探っていた。
「何してんの?」
「忘れないうちに渡しておこうと思って」
 祐巳の質問にそう答えた後、ようやく目的のものを見付けたらしい栞ねーさまが、「はい」と空のお弁当箱を手渡してきた。
 それを受け取りはした祐巳だったが、栞ねーさまの意図が読めずに首を捻る。
「何これ?」
「明日のお弁当、よろしくお願いするわね」
 思わず見惚れてしまう笑顔で、そう言ってくる栞ねーさま。
「どうして私が?」
「料理が得意だから」
「それは理由になってない」
「じゃあ、祐巳ちゃんの作ったお弁当を食べたいから」
「じゃあ? ふうん。私の手作りのお弁当は、栞ねーさまにとって『じゃあ』で言い換える事ができる程度の価値しかないんだ?」
 頬を膨らませる祐巳に、栞ねーさまが慌てた。
「あ、あ、待って、違うの。祐巳ちゃんの作ったお弁当を食べたいっていうのは、間違いなく本当なの。でも、それを正直に言ったら、祐巳ちゃんの事だから絶対にからかうと思って……」
「まさか。からかったりなんかしないよ。それどころか、私の作るお弁当を楽しみにしてくれているんだって感じられて凄く嬉しい。でも、自分の分だけならまだしも、二人分もお弁当作るのは面倒だからお断りだッ!」
「相変わらず、断り方もその理由も凛々しくて素敵。でも、そう言わずにお願い」
 絶世の美少女と言っても過言ではない栞ねーさまの上目遣い攻撃に、祐巳は「うっ」と怯んだ。
「ね? 祐巳ちゃん」
 ウルウルお目々で祐巳を見上げてくる栞ねーさまは、反則的に可愛い。
「あぅ〜」
 当然、美少女に甘い祐巳にそんな栞ね―さまの頼みを断れるはずがなく、祐巳は情けない表情を浮かべると同時に大きく溜息を吐き出しながら項垂れて肩を竦めるという、ややこしい仕草をしてみせた。
「……はあ。分かった分かった、私の負け。作るよ。作りますよ。作れば良いんでしょう?」
「ありがとう。ちょっと上目遣いでお願いしただけで何でも引き受けてくれる便利な祐巳ちゃんが、私はとっても大好きよ」
「ふっ、照れるぜ」
 祐巳は爽やかな笑顔で前髪を掻き上げながら、栞ねーさまのお弁当を日の丸弁当とする事に決めた。


(コメント)
翠 >先週に公開する予定でしたが、遅くなりました。頭痛と吐き気と熱とMHP3rdのせいです。(No.19526 2010-12-21 21:21:25)
凛 >蔦子さんの写真で吹きました(笑)(No.19527 2010-12-21 21:30:29)
通行人ドM >待ってました!!!次回も期待してます。(No.19528 2010-12-21 22:33:03)
ケテル >名雪の目覚まし時計をどこで手に入れたんだろう? 蔦子さんは・・・笙子が来たらどうなるんだろう?(No.19530 2010-12-21 23:05:54)
名無し >志摩子さんの壊れっぷりが……大爆笑でした。(No.19531 2010-12-22 04:38:57)
関東生まれ関東育ち >各員の壊れっぷりが妙に可愛くて危険だ・・・(No.19532 2010-12-22 17:20:54)
クゥ〜 >いや、本当に笑いました。栞さまのペナルティが気に成ります。(No.19533 2010-12-22 17:48:43)
砂森 月 >白関係の人達が素敵に面白すぎます(爆笑) 大好きだもっとやれ(おい(No.19539 2010-12-23 05:59:19)
翠 >滅多に見ない、静さま、栞さまの両名にスポットライトを当てたSSなのです。嘘ですが。(No.19600 2011-01-03 02:57:34)

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