がちゃS・ぷち

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No.3433
作者:翠
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2011-01-12 20:49:42
萌えた:2
笑った:36
感動だ:4

『祥子VS祐巳』

 無印のパロディで、キャラ設定やら性格やらが作者に都合良く弄られています。なので、殆どの登場人物が、どこかしら変です。また、所々に妙なネタも紛れています。微妙にオリキャラも出ます。それでも構わない、という海どころか宇宙よりも広い心の持ち主な方以外は、読まれない方が良いかと思われます。
 【No:3409】【No:3412】【No:3416】【No:3423】【No:3428】【No:3430】→【No:これ】→【No:3438】【No:3440】【No:3446】【No:3449】




 今日の稽古は第一体育館を使う予定だったので、「先に体育館に行っている」という言葉が真実であれば、祥子さまはここにいるはずである。
 仕返しされるのはこの際仕方のない事だとしても、できれば無茶な仕返しは遠慮したいなー、と思いながら体育館に足を踏み入れた祐巳は、入ってすぐに舞台に腰掛けている祥子さまを見付けた。
 腕を組み、前方を睨むように見ている祥子さまの姿は、男嫌いが原因で館から逃げ出した人のものには見えなかった。けれど、実際には逃げ出したのだ。そうでなければ、ゲストである柏木さんや山百合会の皆を置いて、一人でこんな所に来るはずがない。
(でも、祥子さまは――)
 確かに一度は逃げ出してしまったけれど、ここに来て立ち向かう覚悟を決めたのだ。あの顔はそういう顔だ。覚悟を決めた女の顔だ。
(もっとも、相当無理してるみたいだけど……)
 よく見れば祥子さまの顔色は蒼白で、組んだ腕はプルプル震えているわ、真っ直ぐだった視線はあちこち泳いでいるわ、おまけに先ほどから何度も溜息を繰り返していた。
 とりあえず、あの様子なら恐ろしい仕返しをされる心配はないだろう、と安堵しながら近付いていると、
「あ……」
 泳いでいた祥子さまの視線が祐巳を捉えた。
「祐巳……?」
「はい。あなたの祐巳です」
 普段とはかけ離れた弱々しい祥子さまの姿に、祐巳は駆け寄って思い切り抱き締めてやりたい衝動に駆られたが、それをなけなしの理性で無理やり抑えつつ惚けた事を抜かしながらゆっくりと足を進めた。
「隣、良いですか?」
 辿り着いた所で、腰掛けている祥子さまを見上げながら尋ねる。
「嫌よ」
「おーい」
 祐巳が「ここは普通、頷く場面のはずです」と抗議すると、祥子さまは「そうなの?」と弱々しく微笑んだ。
「ああもうっ。勝手に失礼しますね」
 祐巳は舞台に手を突いて飛び乗ると、無理やり祥子さまの隣に腰掛けた。
「スカートが汚れるわよ?」
 横目で祐巳を見ながら祥子さまが言う。
「祥子さまだって」
「私はハンカチを敷いているから汚れないわ」
 逃げ出すほど追い詰められていたくせに余裕あるなぁオイ? と思ったが、祐巳は言葉にしなかった。その代わりというわけではないが、「どうして、ここに?」と尋ねる。
「……」
 祥子さまは答えず、無言のまま祐巳から視線を逸らした。どうやら答える気がないらしい。祐巳としても、プライドの高い祥子さまが最初から素直に答えてくれるとは思っていなかった。
「ん〜〜〜〜……」
 伸びをする真似をしながら、祥子さまの横顔を盗み見る。
「……」
「……」
 俯き加減の祥子さまからは、普段の覇気が全く感じられない。時が止まっていると錯覚してしまうほど静かなこの体育館も、気が滅入る原因の一つとなっているのかもしれない。
 しばらくの間祥子さまの横顔を眺めていた祐巳は、意を決すると「えいっ!」と大きな掛け声と共に舞台から飛び降りた。着地した所で振り返って、祥子さまに向かって手を差し出す。
「私と踊りませんか?」
 祐巳からの突然の誘いに、祥子さまは鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。
「せっかく体育館にいるんですから、踊りましょうよ。初めての頃と比べると、随分上達したんですよ、私」
「あれだけ練習して少しも上達していなかったら困るわ」
 少しだけ元気が出てきたらしい祥子さまが微笑み、祐巳の差し出した手を取った。
「とはいえ、上達したのはステップだけなんですけどね」
 練習を始めてまだ五日目。今日はまだ練習していないので、実質四日。さすがに、四日で振り付けを全部覚えるのは無理だ。
「まだ時間はあるから、焦らずにゆっくりと覚えれば良いわ。あんまりのんびりしていては駄目だけれど」
「男性パートなら完璧に踊れるんですけどねー」
 祐巳はそう言って祥子さまを引き寄せると、彼女の腰に右手を回した。でも、男性役であるはずの祐巳の方が背が低くて見上げる格好になっているので、何だか不恰好だ。
「あなたが演じるのはシンデレラ。若しくは姉Bよ」
 祥子さまが冷めた眼差しを祐巳に注いでくる。その虫ケラを見下すかのような眼差しに、背筋がゾクゾクした。きっと恋に違いない。もっと蔑んでください。
「せっかく令さまが踊っているのを見て必死に覚えたのに……」
「あなたって無駄な事が好きよね」
 祥子さまのこの言葉には、比較的温厚な祐巳も久々にカチンときた。
「あのですね、祥子さま。無駄ってのは、遊び心なんです。そして、遊び心ってのは人間に必要なもので、それがないと人は笑顔を失ってしまうんです。その証拠に、人生から無駄というものを取り除いた祥子さまは、笑う事ができない冷血人間になってしまわれました」
「誰が冷血人間ですって?」
「おかしな事を聞きますね。祥子さま以外に誰がいると言うんです?」
「……ちょっと、そこに正座しなさい」
「嫌ですよ。ここの床、ただでさえ冷たかったり硬かったりするのに」
 祐巳が文句を言うと、祥子さまの目が据わった。
「私は『文句を言え』ではなく、『正座をしろ』と言ったのよ」
「ひっ! ぼっ、暴力反た――って、また鷲掴みですかっ!? いや、ちょっ、待っ、そんなに力を込めたら頭蓋骨がマジで割れり゛ゅっ!?」



「――なので、私は冷血人間などではなくってよ。どう? 分かったかしら?」
 本当に割れたんじゃないかと思うほど痛む頭を抱えつつ、硬くて冷たい床に無理やり正座させられて説教を受けて「はい、そうですね」なんて、いくら宇宙よりも広い心の持ち主である祐巳だろうと頷けるはずがなかった。
「私に対するこの仕打ちは、冷血人間でもなければ不可能かと。今日から冷めた血の子と書いて、冷血子(さちこ)と名乗る事を強くお勧めします」
「うふふふふ。言ってくれるじゃない」
「あはははは。言ってやりました」
 結局、お互いに笑顔で威嚇し合っているうちに皆が来てしまったので、二人きりで踊る事はできなかったのだけれど、多少なりとも祥子さまを元気付ける事はできたようなので良しとしておいた。

 ところで、前より頭が軽くなったような気がするんだけど、本当に割れてないよね? 中身、出ちゃったりしてない? 前から軽かったような気がしないでもないけどさ。



「初めまして。小笠原と申します」
「……こんにちは」
 シンデレラと王子さまのご対面は、祥子さまの笑顔が引き攣っている事と柏木さんが若干戸惑っているように見える事を除けば、さしたる混乱もなく、滞りなく行われた。どうやら男嫌いだからといって、いきなり滅殺とか、とりあえず撃滅とか、そういう事はやらないらしい。ちょっと期待していたのに残念だ。
「じゃあ、そろそろ――」
 ダンス部が合流した所で、舞踏会のダンスシーンを合わせてみる事になった。本日、柏木さんと踊るのは祥子さまだ。男嫌いとプライドを秤にかけた所、プライドの方が重かったらしい。笑顔を引き攣らせたまま立候補していた。祐巳は後日、祥子さまと入れ替わる事になっていて、それまでは令さまとペアを組む。
「以前より遥かにレベルアップした私を見て驚くが良いです」
「いや、毎日一緒に練習してるから、上手くなっているのは知っているんだけど……」
 令さまから極めて的確なツッコミなんて入れられつつ、一緒に舞台手前の端にスタンバイ。他のペアの位置も決まった所で音楽がスタートした。



「きゃっ」
「わわっ」
 足を踏んだわけではない。また、踏まれたわけでもない。では何の悲鳴なのかというと、この人数で踊るとなると、普段は広く感じる舞台の上もやたらと狭い空間となってしまうのだ、っていうのが答え。
 そういう、実際に舞台の上で踊ってみなければ分からなかった問題を解決しようと、薔薇さま方が知恵を絞って指示を出すわけなのだが、
「歩幅を調整した方が良いわね」「チェンジを多用して――」「主役のペアはセンターから大きく動かないように」「端のペアは、舞台袖に消えないように気を付けて」「表情が硬い。もっと笑って」「良いわ、その調子」「じゃあ、そろそろ脱いでみよっかー」「ちょっと、祐巳ちゃん!」「さあさあ祥子さま。脱ぎ脱ぎしましょうねー」「ひっ!? どこを触って――」「うへへへへへへへ、これがいずれ私のものに――ぎゃんっ!?」
 ダンスって奥が深い。あと、祥子さまのってやっぱデカい。頭痛い。暴力反対。拳骨嫌い……。



「じゃあ、ラスト一回いきまーす」
 いくら難しいものでも三度目ともなればそれなりに上達するものであって、それは祐巳も例外ではなく、今では踊りながら祥子さまの様子を見る事ができるほどの余裕が生まれていた。
「おー、引き攣ってる引き攣ってる」
「あれじゃ、観客が引くよ」
 思わず零してしまった言葉に、令さまが応えた。祐巳と同じように、祥子さまの様子が気になっていたらしい。厳しい視線が、顔を引き攣らせたまま踊っている祥子さまへと向けられていた。
「対照的に、柏木さんが笑顔なのが痛過ぎますよね」
 あんたはホストか。ちょっとは自重しろ、と言いたくなる。言った所で聞きはしないのだろうけれど。
(それにしても、もう少しマシになると思っていたんだけどなー)
 祥子さまがあれでは、身体(頭)を張って気を紛らわせようとした自分が殴られ損ではないか。この手に残っている柔らかな感触は別として。
「祐巳ちゃん、顔が怖い……」
 祥子さまのボリュームのある胸の感触を思い出した祐巳がニヤケて、それを見た令さまがドン引きしているうちに音楽が終わる。
 祥子さまは素早く柏木さんから離れると、祐巳たちの横を通り抜けて外へと出て行った。
「親友の出番ですか?」
 祐巳が尋ねると、稀にポカする事もあるけれど、それなりに空気を読める令さまは「妹(プティ・スール)に一番近い子の出番じゃない?」と答えた。それは祐巳が欲しかった答えであり、それを祥子さまの一番の友人だと思われる令さまにもらったという事は、ここは祐巳の出番だという事だ。ちなみに、祥子さまのお姉さま(グラン・スール)である蓉子さまは最初から祐巳たちに任せる気のようで、祐巳が視線を向けても微笑み返してくるだけで動こうとしない。
「んじゃ、行ってきます」
「よろしくね」
「任されたー」
 令さまに軽く手を上げて答えた祐巳は、祥子さまの後を追った。



 祐巳が見付けた祥子さまは、体育座りで項垂れていた。随分と参っている様子である。それでもしっかりとハンカチを敷いている点が、本当に落ち込んでいるんだよね? と祐巳を悩ませたのだけれど。
「十五分休憩したら、お芝居の稽古をするそうです」
「……そう」
 プライドの塊のような祥子さまが項垂れたまま答えた。あまり深く考えていなかったのだが、この様子を見る限り、男嫌いというのは祥子さまにとって随分と深刻な問題のようだ。
「調子が悪いなら、休ませてもらった方が――」
「心配しないで。あの場所空気が悪かったから、深呼吸しにきただけよ」
 祐巳の言葉を遮って、祥子さまが言った。
「そうですか」
 体育座りで深呼吸って……。とってもツッコみたいのだけれど、今の祥子さまを下手に突付くと本気で怒らせてしまいそうなので、祐巳はやめておく事にした。普段は意図して空気を読まない祐巳だって、たまには空気を読むのだ。
 だが、
「ところで、体育座りで深呼吸ってのは難しいと思います。もう少しマシな言い訳は思い付かなかったんですか?」
 それを裏切ってこその福沢祐巳。場の空気を無視できる良い女。今、祐巳は間違いなく世界で一番輝いていた。
「……何か、とてつもなく不愉快な言葉が聞こえたような気がしたわ。あなた、何か言ったかしら?」
「いいえッ! 何もッ!」
 祥子さまの一睨みに全身を硬直させた挙句、自分の発言をなかった事にしてしまった祐巳は今この瞬間、間違いなく世界で一番のヘタレだった。



 十五分の休憩が終わり、お芝居の通し稽古が始まった。
 祥子さまは休憩前と変わらず不機嫌で、令さまを差し置いて後を追ったくせに彼女を元気付ける事ができなかった祐巳は、
「パトラッシュ、僕はもう疲れたよ……」
「誰がパトラッシュよ?」
 舞台下から演技指導していた紅薔薇さまに話しかけて、ジト目で睨み返されていた。
「ここは、『祐巳ちゃん大丈夫?』と、落ち込んでいる後輩を心配する場面だと思われるのですが」
「え 落ち込んでいたの?」
「それはもう、せっかく覚えた台詞を片っ端から忘れてしまうくらいに」
「それなら、明日は休日返上して練習しないといけないわね」
「さて、冗談はこのくらいにして」
「あなたね」
 半眼で睨んでくる紅薔薇さまに、祐巳はペコリと頭を下げる。
「申し訳ありません。せっかく任せていただいたのに、私では祥子さまを元気付ける事ができませんでした」
「ッ!?」
「いや、そんな仰け反るほど驚かれるのは心外なんですけど」
 紅薔薇さまは、(゚Д゚*ノ)ノ エェェェッ! って感じに驚いていた。その隣では、祐巳たちの会話を聞いていた白薔薇さまが同じように、(゚Д゚*ノ)ノ エェェェッ! って感じに驚いている。二人とも、祐巳が素直に頭を下げたのが信じられないらしい。
「どうやらお二人は、私という人間を勘違いされているようですね」
 やれやれ、と首を振りながらの祐巳の言葉に、
「自分勝手で、何事も面白ければそれで良いと考えている駄目人間」
 紅薔薇さまが答え、
「他人をからかう事を生業としている、自己中心的な似非お笑い芸人」
 白薔薇さまが続いた。
「お前らって、綺麗な顔してるくせに容赦ないのな」
 二人のあんまりな答えに、祐巳は顔を引き攣らせた。けれども、強ち間違ってはいないので強くは言い返せない。
「私だって協調性の欠片くらいは持っているんです」
「ふーん」
「それで?」
「うわぉっ。本当なのに、何て冷たい反応。どうして信じてくれないんです? 私ってば、こんなに素直で良い子なのに……」
 祐巳が涙ながらに訴えると、白薔薇さまは言った。
「祐巳ちゃんは、イソップ寓話の『嘘をつく子供』っていう話は知ってる?」
 それは、『オオカミ少年』と言った方が馴染み深いであろう、とても有名なお話だ。詳しくは知らなくても、どこかで耳にした事くらいはあるだろう。
「勿論知っています。それは、満月の夜――」
「はい、もうその時点で思いっきりアウトだから。本当は知らないんでしょう?」
 白薔薇さまによる容赦のない冷たいツッコミ。優しさと愛が足りない上に、ツッコミを入れるタイミングも早過ぎる。まったく、これだから素人は。
「ちょっとした冗談ですよ。正しくは、オオカミになった羊飼いの少年が村の娘たちを次々に襲うという、性的な意味で十八歳未満はお断り要素満載なお話ですよね?」
「……それ、本気で言ってるわけじゃないわよね?」
「当たり前じゃないですか」
 『嘘をつく子供』とは、「狼が出た!」と羊飼いの少年が繰り返し嘘を吐いていたら、本当に狼が現れた時に誰も助けに来てくれなくて、羊を全て食べられてしまった、という羊がとってもかわいそうなお話だ。
「そんな話を引き合いに出してまで白薔薇さまが何を伝えたかったのかは知りませんが、羊飼いでも少年でもない私には全く関係のないお話ですね」
「……ねえ蓉子。この子、絶対に分かっていて言っているわよね?」
「このニヤケ顔を見れば一目瞭然でしょう? 間違いなく、分かっていて言っているわね」
「私、祐巳ちゃんが江利子に見えてきた……」
「奇遇ね。私もよ」
 白薔薇さまと紅薔薇さまが、深い溜息と共に揃って肩を落とした。



「どうして私が見送りまで……」
「悪いね」
「本気で悪いと思ってない人に謝られてもなー」
 銀杏並木を柏木さんと並んで歩きながら祐巳はぼやいていた。稽古が終わって、柏木さんを正門まで見送るように薔薇さま方から申し付けられたのだ。調子に乗って、からかい過ぎたのかもしれない。
「今日は祐巳ちゃんと踊れなくて残念だったよ」
「私は祥子さまと踊る事ができなくて涙目です」
 真面目に対応するだけアホらしい柏木さんの戯言は、サラッと流しておく。それよりも、皆が来るのがもう少し遅かったら祥子さまと二人きりで踊る事ができたであろう、あの時の事だ。あの時、祥子さまと無駄に張り合わなかったら、もしかするとキスまで行けたかもしれない。或いは、その先にまで進展していたかもしれない。いやいや、それどころか、将来を誓い合っちゃったりしていたかもしれない、と思うと血涙が溢れそうになる。
「いや、さすがにそれはないと思うよ」
「心を読まれた!?」
 これには祐巳もびっくりだった。だって、これは夢の中の出来事ではないのだから。
「顔に出ていたんだよ」
「どんな顔っ!?」
 柏木さんによると、ニヤケ具合が三段階に変化したらしい。このままでは乙女を返上しなければならないという段階になった所で、祐巳の思考を遮ったそうだ。感謝します。そしてそのニヤケ顔の事は永遠に忘れろ。
「あ、ほらほら、マリア様ですよ。せっかくだし、もう一度お祈りしておきませんか?」
 館まで案内する時にも通った二又の分かれ道まで来ると、祐巳はわざわざ足を止めてマリア像を指差した。
 柏木さんは感心したように頷き、子供を褒めるように祐巳の頭にポンッと手を置く。
「話題を変えようとした努力は認めるけど、ちょっと強引だったね」
「……」
 祐巳はマリア様に、「私の隣で笑っているこの人に、とびっきりの天罰を与えてやってください」とお祈りしておいた。早く叶うと良いなっ♪



 祐巳が館に戻ると、祥子さまの張り詰めていた雰囲気が穏やかなものになっていた。とはいえ、完全に立ち直ったわけではないようだ。
「ご苦労さま。今、お茶が入った所だから」
 祥子さまの淹れた紅茶は、濃くて渋かった。皆はお砂糖や粉末のミルクに手を伸ばしていたが、味についての文句は言わなかった。どうやら気を使っているらしい。
 祥子さまの隣に座った祐巳は、何も足さないで飲んだ。祥子さまがそうしていたからだ。
 この渋い紅茶を飲みながら、祥子さまは何を考えているのだろうか……っていうか、マジ苦い。舌が痺れてきた。やっぱり無理せずに砂糖を入れようか。いやしかし、せっかくここまで我慢したのだから、このまま最後まで頑張ってみるべきでは?
 祐巳が複雑な思いでいたその時、祥子さまがポツリと衝撃的な事を口にした。
「言っておくけれど、苦いのはあなたの飲んでいる紅茶だけよ」
「んふっ!? ん……んんっ……んんん〜〜〜〜っ……ごふッ!」
 噎せた。何とか堪えようとはしたのだけれど堪え切れず、飲んでいた紅茶が鼻の方にまで逆流するほど思いきり噎せた。
 静かだった部屋はたちまち、「ぎゃあ、祐巳ちゃんが噴いた!」だの、「口と鼻から滝みたいに!」だの、「早く雑巾を取って!」だの、阿鼻叫喚の大騒ぎとなる。その中で祥子さまだけが落ち着き払い、とても優しい眼差しで激しく咳き込む祐巳を見つめ続けていた。
「『必ず仕返しする』って、白薔薇さまから聞いたでしょう?」
 聞いた。確かに聞いていた。色々あったせいで、すっかり忘れていたけれど。
「私は負けず嫌いなのよ」
 そう言って不敵に微笑む祥子さまは、祐巳が賭けを持ちかけた時と同じように、やたらと格好良かった。最近はヘコんでいるか怒っているかであまり目にする事がなかったが、これが祥子さまの本来の姿なのだ。
 その上で、
「気付いていないようなので言いますが、私が噴き出した紅茶がスカートに散ってますよ」
「――ッ!? きゃあぁぁぁっ!」
 想定外の事態に陥った時の、この見事なまでの慌てっぷり。ああもうホント可愛いなぁこの人、と祐巳は頬を緩めるのだった。

 ところで、噴いた紅茶で制服がびしょ濡れなんだけど、どうすれば良いと思う?



「るんるんるん♪」
 桂さんに教わった歌を鼻歌にしながら祐巳がビスケット扉(祐巳命名)を開くと、
「ごきげんよう、祐巳さま。お待ちしていました」
 部屋の中央に見慣れない少女が立っていた。
 日本人形を思わせる、おかっぱ髪の少女だ。
「ごきげんよう。んで、『待っていた』って事は私に何か用が……って、今『祐巳さま』って言った?」
 名前の後に「さま」を付けて呼んだという事は、彼女は祐巳よりも年下となるのだが、祐巳はこの春に入学したばかりの一年生だ。そんな祐巳よりも年下という事は、彼女は中等部の生徒でなければならない。しかし彼女の着ている制服は、タイのラインと同じ黒くて細いリボンを蝶結びにする中等部用の制服ではなく、アイボリーのセーラーカラーを結ぶ高等部仕様。
 この呆れるほどお嬢さま学校なリリアンで、わざわざ高等部の制服を手に入れて忍び込んだ、なんて事はないだろう。しかもそれが、祐巳に会うためだけに、なんてもっと考えられない。
 だから、きっと言い間違えただけに違いない、と祐巳は考えたのだが、
「はい。確かに私は、先ほど『祐巳さま』と言いました。ですが、言い間違えたわけではありません」
 あっさりと彼女本人によって否定されてしまう。
「って事は、あなたは中等部の子?」
「いいえ、違います」
「それじゃあ、あなたは――」
 どこのどなたなの? と続くはずだった祐巳の言葉を遮って、日本人形を思わせるおかっぱ髪の少女は答えた。
「私は未来の世界からやって来た如来型ロボットで、ニョラいもんと言います」
「……」
「漢字で書くと、如来者となります」
「……」
 誰か私を助けるが良い、と祐巳は周囲に救いを求めたが、生憎とこの場には彼女と自分の二人しかいなかった。今すぐ回れ右をして来た道を戻る、というのは駄目だろうか。
「私の持っている様々な秘密道具で、困っている祐巳さまを面白おかしくお助けします」
「そ、そう? ありがと」
 真面目な姿勢を崩さない日本人形を思わせるおかっぱ髪の少女に、祐巳の目が泳ぐ。言ってる事はとてもおかしいのだけれど、全く笑えない。何というジレンマ。ところで、「面白おかしく」って何だ?
「どうやら、私が未来から来たという事を信じていただけていないようですね」
 どこに信じられる要素があったのか逆に教えて欲しい、という思いが顔に出ていたらしい。
「では、証拠をお見せしましょう」
 そう言って、日本人形を思わせるおかっぱ髪の少女改めニョラいもんは、制服のポケットから懐中電灯のようなものを取り出した。
「『BIG懐中電灯』」
 平坦な声で告げられたネーミングセンスの欠片も見当たらないそれは、きっとその懐中電灯の名前なのだろう。感情を感じさせない声で、ニョラいもんは説明を続ける。
「一見何の変哲もない普通の懐中電灯ですが、ライトを点ける事によって、この懐中電灯自体が大きくなります」
「なってどうすんの!?」
「放っておけば、際限なく大きくなります。建物や人を押し潰したり、地軸を歪めたり、自転、公転に影響を及ぼすなど、世界を滅ぼす事も可能な兵器です」
「兵器だったの!? っていうか、私に何させたいの!?」
 困っている祐巳を面白おかしく助ける、って言ってたはずだ。何がどうなって、世界を滅ぼすなんて話になった?
「これで、私が未来から来たという事を信じていただけたでしょうか?」
「信じられるわけないでしょ」
 ポケットから結構な大きさの懐中電灯が出てきた時は少々驚いてしまったのだけれど、それだけで信じるほど純粋でなければ馬鹿でもない。
「それから、どうせなら如来型って言うよりも、座敷童子型って言った方が似合ってると思うよ。勿論、外見的な意味で」
「……」
 無表情で祐巳を見つめていたニョラいもんが、「ポチッとな」とBIG懐中電灯のスイッチを押す。すると不思議な事に、BIG懐中電灯が眩い光を放ちながら巨大化し始めた。
「えええええっ!? 何で本当に大きくなってるの!?」
「ライトを点けると大きくなる、と最初に説明したはずです」
「ごっ、ごめんっ! 私が悪かったから早く止めてよっ!」
 目の前で巨大化し続けているBIG懐中電灯を見て、祐巳は必死に懇願した。
 ニョラいもんが頷き、もう一度スイッチを押すと、BIG懐中電灯の光が消えて元の大きさへと戻り始める。
「信じていただけましたか?」
「うん! すっごく信じた! だから、いつでも押せるようにスイッチに指をかけるのはやめよう? ね?」
「えー」
 そんな無機質な声で、「えー」って言われても困る。本当は世界を滅ぼしにきた、とか言わないよね? と不安になってしまうではないか。
「ほらほら、そんな物騒なものはさっさと片付けてさ。他にどんな道具を持っているのか教えて欲しいなぁ」
「分かりました」
 とりあえず、間の抜けた説明に反して恐ろしく物騒な代物であるBIG懐中電灯を片付けさせるために祐巳が猫撫で声で催促すると、ニョラいもんは拍子抜けするくらいにあっさりとBIG懐中電灯をポケットに戻した。うんうん、世界を滅ぼしにきたわけではないようで一安心だ。
 祐巳が胸を撫で下ろしているうちに、ポケットをゴソゴソと探っていた彼女が次に取り出したのは、
「『ドジっ娘ンピューターペンシル』。テストの時に役立ちます」
 いかにもドジっ娘そうな少女の絵がプリントされた一本の鉛筆。
「一見普通の鉛筆ですが、内蔵された超小型コンピューターによって正しい答えが導き出され、自動的に答案用紙に記入されます」
「『ドジっ娘』って部分が、凄く引っかかるんだけど……」
 というか、付いていてはいけない単語だと思う。
「八十八パーセントの確率で解答欄を間違えるという、ドジっ娘的な萌え機能が付与されています」
「何なの、その馬鹿みたいな機能は?」
「更に、十パーセントの確率で名前欄が未記入の時もあります」
「無駄に高性能っ!?」
「その上、カンニングが見付かった時のために自爆装置まで付いています」
「そこには個人的に惹かれるものがあるなぁ」
 自爆装置は祐巳的三大浪漫の一つだ。
「ですが、作動させると星ごと消えてなくなります」
「自爆装置って規模じゃないと思うよ!?」
 彼女はいったい、どれだけダメダメな未来からやって来たのだろうか。悩むと同時に、そんな馬鹿馬鹿しい機能を取り付けるような未来が自分たちを待っているという事に、祐巳は心底不安になった。
「他には何かないの?」
 何かしら使えるものを紹介してもらって、未来は捨てたものじゃないって安心したい、という気持ちから尋ねてみる。
「『虫ケラ帽子』はどうでしょう? 被ると、他人から虫ケラを見るような眼差しを向けられるようになります」
「特殊な性癖を持ってる人くらいしか使わないと思う……」
 もっとも、その視線を向けてくるのが祥子さまだけであったなら、祐巳は喜んでその帽子を被っただろう。祐巳は、祥子さまだけに苛められたいという、我侭なマゾっ娘なのだ。
「では、こちらの『暗器パン』。見た目はパンですが、斬撃、刺突、打撃、投擲、といった多彩な攻撃が可能な武器です。また、鉄のように硬いですが、曲がりなりにもパンなので、根性を出せば食べる事ができるかもしれません」
「鉄のように硬いんじゃ無理だと思う」
 というか、未来人はどうしてパンを武器にしようと考えたのだろうか。
「これらが気に入らないとなると、後は……そうですね、未来の出来事を知る事ができる道具はいかがでしょうか?」
「それは役に立ちそうだね。出してみて」
「はい」
 祐巳が促すと、ニョラいもんは待っていましたとばかりに素早くそれを取り出した。
「『恐怖新聞』」
「そう来たか……」
 今までの経験からマトモなものが出てくるとは全く期待していなかったのだが、これは酷い。しかも祐巳が唯一苦手としているオカルトものを持ってくるという、嫌がらせとしか思えない憎いチョイス。ついでに言わせてもらえば、それって未来で開発された道具ではない気が……。
「霊魂の存在を実証する記事や未来の出来事などが書かれていますが、一日読む毎に百日ずつ寿命が縮まります」
「いや、説明されても使う気ないから」
「それはとても残念です」
 どうせ惚けられるだろうからわざわざ聞かないけれど、いったい何が残念だと言うのだろうか。
「では、次に――」
「待って」
 このまま彼女に付き合っても疲れるだけだ、及び、未来は予想以上に駄目らしい、と考えた祐巳は、次の道具を紹介しようポケットに手を突っ込んだニョラいもんを止めた。
「あのさ、別に無理して助けようとしてくれなくても良いよ? 今は特別困ってる事はないし」
 胸のサイズをワンランク上げて欲しい、という願いはあるが、おかしな道具しか出てこないだろうから口にしないでおく。
「それよりも、私は未来がどんな所なのか聞きたいな」
 道具ってのは、生活を便利にするために作られるものなのだ。どんな世界であれば、あそこまで使い所のない道具が生み出されるのか、祐巳はとても興味があった。
「当然と言えば当然なのですが、今よりもずっと科学が発達しています。好きな所へ転移できる装置、宙を飛ぶ車に自家用シャトルなど、現在の科学力では作る事のできないものが当たり前のように存在している所です」
「だろうね。紹介された道具を見ていても、そう思うよ」
 どれもこれも、用途はともかく性能に於いて有り得ない道具だった。
「ですが、科学者や研究者と呼ばれる人たちにとっては、つまらない世界でした。なにしろ、生きていく上で必要と考えられるものは全て揃えられていて、新たに作るものなんて一切ない所でしたから。そこで彼らは、皆が笑顔になれるものを作り出そうと考えたんです」
 そういう経緯があって、遊び心満載な道具が多々生み出されたらしい。未来は、笑顔に満ち溢れた世界なのだそうだ。未来の人たち、ごめんなさい。勘違いしてました。あなたたちは、とても素敵な人たちです。
「ですが、その性能を遺憾なく発揮したドジっ娘ンピューターペンシルが、うっかり自爆装置を作動させてしまったので滅びてしまいました」
「……」
「その時私は、運良く別の世界にいたので生き延びる事ができました」
「……」
「祐巳さま。ここは笑う所です」
「……ごめん、無理」



「笑えない」
 お日様の匂いが漂う暖かな布団の中で目を覚ました祐巳は、溜息混じりに呟いた。
(酷いのはオチなのか、それとも、あんな夢を見た私の頭の方なのか)
 もしかすると自分の頭の中には、お医者さんに診せたら大爆笑されてしまうような面白おかしい何かが詰まっているのかもしれない。いや、そんな馬鹿な。きっと夢とか希望とか、そういう素敵なものが詰まっているに違いないはずだ。うん。素直に脳みそって単語が出てこないのはなぜだろう?
 ああもう、馬鹿な事ばかり考えてないでそろそろ起きるか、とベッドから降りた所で、むにゅっ、と足の裏に奇妙な感触。どうやら何かを踏ん付けたらしい。「うぎゅうっ」と可愛らしい呻き声が聞こえたような気がしたが、なーに、きっと気のせいに違いない。うん。
「……」
 すーはーすーはー、と大きく深呼吸。おーけー、現実逃避はやめよう。
 そういえば昨日は、次の日が日曜日という事もあり、福沢家の両隣の家に住んでいる幼馴染たちと毎月恒例のお泊り会を催したのだった。会場となったのは福沢家で、祐巳以外の二人は床にお布団を敷いて寝ていたはずだ。となると、この足の裏の感触は、どちらかの人物を踏ん付けてしまったものなのではないだろうか。
 確認するように、そっと足を動かしてみる。むにゅっ、むにゅっ。うむ、布団越しなのにとっても柔らか。
「まあ、祐巳ちゃんったら大胆で命知らずね」
 先ほどの呻き声で目を覚ましたらしい。硬直している祐巳から一歩離れた所にある布団から、栞ねーさまが顔だけ出して微笑んでいる。
 ねえ志摩子さん、早く神様になって困っている私を助けに来てくれないかな? そんな事を思いながら、祐巳は恐る恐る足元に目を向けた。
「……笑えない」
「そうね。ちっとも笑えないわね」
 そこでは、祐巳に胸を踏み付けられている静ねーさまが、般若も斯くやという形相で嗤っていたのだった。


(コメント)
翠 >ここでまさかの、ニョラいもん登場→【No:2368】 このSSを書いている最中、過去に自分が書いたものを読み返していたら、なんとなく彼女を登場させてみたくなったので、書き始めた当初はなかった夢の部分を追加したのです。……が、そのせいで無駄に話が長くなってしまいました。(No.19637 2011-01-12 21:31:44)
bqex >私も他人さまのサイトでマリみての宣伝したり、無駄に連投したり、詰め込んだりとかなり無茶する方ですが、顔文字を文章に入れる勇気だけはなかった(突っ込みがそこでいいのかという声はスルーで)(No.19638 2011-01-12 21:51:25)
ピンクマン >このあと栞ねーさまと静ねーさまからどんな恐ろしいお仕置きをされるのか… (((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル(No.19646 2011-01-14 21:14:38)
翠 >顔文字は、作者の遊び心だと思って許してください。おかげで笑顔が絶えない人生を送っています。嘘ですが。恐ろしいお仕置き>今回は(!?)大丈夫のようです。(No.19651 2011-01-15 00:00:04)
ケテル >どんなお仕置きだったか思い出せなくなるようなお仕置き・・・・・、ですよね・・・・、それで祐巳は笑顔が絶えないんだ。(No.19653 2011-01-15 00:12:37)

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