がちゃS・ぷち

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No.3236
作者:bqex
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2010-07-31 23:25:49
萌えた:0
笑った:1
感動だ:1

『ようこそ鏡の国へ』

『マリア様の野球娘。』(『マリア様がみてる』×『大正野球娘。』のクロスオーバー)をご愛読の皆様、bqexです。いつもご愛読ありがとうございます。
さて、先日以下のようなコメントをいだたきました。

ex > 途中で3アウトとなった場合次の回はその打者からとなります。乃枝と初対決、という記述が誤りです。 (No.18813 2010-07-30 00:46:43)

つまり。

【間違い】
一回 乃枝が途中終了
二回 晶子から攻撃開始

【正解】
一回 乃枝が途中終了
二回 乃枝から攻撃開始

だ、そうです。
私は【間違い】で勘違いして覚えていました。参った参った。


笑 い 事 じ ゃ な い(◎□◎;)


雪「あなたの勘違いで意味のない4アウトをとったり、間違ったルールで進行されたり、ちょっとひどすぎませんこと?」

おっしゃる通りです。

本 当 に 申 し 訳 あ り ま せ ん<m(_ _)m>

ですが。
このコメントは三回の攻防の話である【No:3230】『最高の仲間たち』に寄せられたものです。
お話はかなりすすんじゃってます。
しかし、最近のうp間隔が早いため、親切でB級ではないexさんが読んだときにはかなり進んじゃってた可能性が高いです。
さて、どうしたものか。

処理案@ 二回以降の物語を乃枝の攻撃からに名前だけ書き換えて適当に対応する。
これをシミュレートしてみると。

フォアボールで満塁。巴が打席に立ちました。おおーっと、巴に向かってボールが飛んでいきます。

巴「おっと」

避 け お っ た わ(笑)

却下。ミ(o_ _)o

処理案A SSの登場人物がこの勘違いをしていた事にして、取り入れて進む。
つまり、乃枝が飛ばされてしまったことにしようかと調べたところ。
・打順表に記載されている打者(乃枝)が、その番のときに打たないで、番でない打者(晶子)が打撃を完了した後、相手方(リリアン)が“投手の投球”前に球審にこの誤りを発見してアピールすれば、正位打者(乃枝)はアウトを宣告される。
・不正位打者(晶子)の打球によるものか、または不正位打者が安打、失策、四死球、その他で一塁に進んだことに起因した、すべての進塁および得点を無効とする
・正位打者(乃枝)が、打撃順の誤りを発見されてアウトの宣告を受けた場合には、その正位打者の次の打順の打者(晶子)が正規の次打者となる。
となります。
これをシミュレートしてみると。

由乃(おおーっと、打順飛ばして晶子さま登場! 打撃終了後にアピールして、乃枝さんをアウトにして晶子さまをもう一度打席に立たせて疲れさせて……ふっふっふ)

却下。ミ(o_ _)o


というわけで私が行う処置は以下の通り。

@ 今まで書いたお話(ストーリーA)に二回裏の記述に記述ミスがあった旨のコメントを掲載する。

A 乃枝からの攻撃だったお話(ストーリーB)を記述し、今まで書いたお話(ストーリーA)に合流させる。

と、いうわけでこれは私がルールを勘違いして覚えていた事によるミスを解消させるためだけのSSになります。

蓉子「そんなの、あなたのブログでやりなさいよ」

おっしゃる通りです。

それでも、こちらで進めている連載である以上、こちらで処理するのが筋と考え掲載することにしました。ご理解の上、お付き合いください。
本当に申し訳ありませんでした。<m(_ _)m>

 bqex




『マリア様の野球娘。』(『マリア様がみてる』×『大正野球娘。』のクロスオーバー)
【No:3146】【No:3173】【No:3176】【No:3182】【No:3195】【No:3200】【No:3211】
(試合開始)【No:3219】【No:3224】の途中まで【これ】【No:3240】【No:3242】【No:3254】(完結)

【ここまでのあらすじ】
 大正時代に連れて行かれ、帰れなくなった福沢祐巳の帰還条件は大正時代の東邦星華女学院桜花会と平成のリリアン女学園山百合会が野球の試合をする事であった。
 試合は現在二回の表を終了して東邦星華が3点リード。祐巳は姿を見せてない。



 東邦星華、二回の攻撃は途中終了してしまった乃枝から始まった。
 男子との試合の反省を生かし、お嬢に打席が回ってくる回数が最も低い九番を任せ、小梅までの五人に打撃の方を頑張ってもらう戦術である。
 当初の作戦では、祐巳に先発させ、不安のある環の様子を見て雪と交代させるつもりだったが、祐巳がいない以上この打線しかない。東邦星華、大幅に戦力低下である。

「ボール!」

 リリアンの投手は荒れ気味で、うまく選べば四球もある。序盤で大量得点し、リリアンのやる気を削がなくてはならない。

「ボール!」

 自作の人造投手の方がストライクになる確率が高い。リリアンは何を考えてこの投手に投げさせているのか。

「ストライク!」

 奇妙な投法だが、慣れてくると合わせられないこともない。

「ストライク!」

 追い込まれた。三振に取られては相手を調子にのせてしまうことにもなりかねない。

 ──カキン!

 乃枝はバントの構えからボールが当たると押し出すように転がした。打球は地面をはうように飛んでいく。全力で一塁を目指して駆け抜ける。

 ──パシン!

 捕球の音と乃枝が塁を踏んだのとではどちらが速かっただろうか。

「セーフ!」

 乃枝の勝ちだった。
 息を切らして一塁を踏んでいると一塁塁審の北見が話しかけてきた。

「バントもうまくなりましたね」

「私たちは日々進化しているのよ。いつまでもあなたたちと対戦した時と同じだと思ってもらっては困ります」

「僕たちの関係も進化させてみませんか?」

「なっ!?」

 乃枝は真っ赤になった。それがお嬢さまらしからぬ反応だったからか、北見の言葉に反応したからだったかは乃枝にもわからない。



 まずいな、と蓉子は思った。
 晶子さまが乃枝さんを送りバントというのまでは読んでいたが、次の胡蝶さんのヒットエンドランでこちらが遅れたのは痛かった。
 しかも、粘られてかなりの球数を投げさせられた。
 瞳子ちゃんはコントロールのいい方ではないが、今日はかなり荒れている。
 構えたところと全く逆の方に球が来ることも珍しくない。
 さすがに二週間では限界があった。祐麒さんの指示でピッチャーはストレートをきっちりと投げることに絞って練習し、上達具合によって、コースを投げ分ける練習を行った。
 瞳子ちゃんは投げ分ける練習に入ってから調子を崩してしまった。
 それまで入っていたストライクが入らなくなったのだ。

「瞳子ちゃん、投げ分けるのはやめて好きに投げることにしてみようか。瞳子ちゃんのフォームは打ちづらいから、それでも多少は頑張れるかもしれない」

「いいえ、大丈夫です」

 終盤になると瞳子ちゃんは平気、とか大丈夫、を連発するのだが、実際は全然大丈夫ではない。
 それでも先発させたのは、序盤であれば多少点を取られても取り返せるという計算があったからである。

(それにしてもなあ)

 1アウト一、三塁のピンチ。蓉子ならここは迷わずスクイズである。
 ピッチアウトで様子を見たいが、今の瞳子ちゃんに出来るだろうか。
 少し大げさに外に構える。
 うなずいて、セットポジションからよりにもよってど真ん中に入る。あー。

「ストライク!」

 見逃したのか、狙いとは違っていたのか、ヒットエンドランでくるのか。
 構えもそのままだ。この時代のセオリーは勉強してきたものと違うのだろうか。
 二球目も同じところに構える。

「え?」

 飛びついて当てるがボールは蓉子の正面に。素手で拾ってバッターにタッチし、三塁ランナーを狙うが、戻られた。
 一塁ランナーは二塁へ。

(……助かった……)

 運が良かったとしか言いようがない。
 2アウトになるが、次は三番の静さん。前打席は一度も振らなかったのでよくわからないが、どうなのか。
 セーフティー狙いで追加点を狙うか。構えは普通だが、ないと思っている時ほど狙われやすい。すぐに飛び出せるように構えて投球を待つ。
 うわ。
 インコースやや高め。バットを思い切り振ってきた。マズイ。

 ──カキーン!

 祥子がダッシュして捕るとそのまま乃枝さんにタッチして3アウト。

「ナイスフィールディング! ナイスピッチ!」

 声をかけながらベンチに引き揚げた。



 試合開始前、山百合会のメンバーが到着し、桜花会のメンバーが祐巳の部屋の扉の前に集まり始めた頃、祐巳はある人物を追っていた。
 東邦星華のチャペル、リリアンのお聖堂にあたる建物の中に彼女が入っていくと、祐巳もそれに続いた。
 中に入ると、彼女はマリア像を背にこちらの方を見ていた。

「ありささま」

「山百合会のみんなが来てるわ。試合ですってね」

「はい」

「祐巳さんはどちらのチームで試合に出る気なの?」

 ありささまは思わぬことを言う。

「えっ。な、何を今さら!? 私は桜花会と一緒にお姉さまと戦うんですよね?」

「祐巳さんは本当にそれでいいと思っているの? 野球の試合とはいえ、お姉さまと戦えるの?」

「そ、それは……」

 本心でいえば、野球の試合とはいえ戦いたくはない。いつでも、お姉さまの側に寄り添う祐巳でいたいのだ。
 ありささまがゆっくりと近づいてくる。

「ねえ、戦わなくてすむ方法を教えてあげようか?」

 耳元で、ありささまがささやいた。

「あるんですか? そんな方法が」

「ええ。こちらに瞳子さんも来ているんだけど、彼女を妹にして、妹と一緒に帰るって、皆の前で宣言すればいいのよ」

「ととと瞳子ちゃんを妹に!?」

 祐巳の叫び声がチャペルに反響する。
 ありささまは祐巳の背後に回り込む。

「ええ。ロザリオ持ってるでしょう? それをかければいいだけよ」

「そ、そんなっ! 何を言ってるんですかっ!?」

「今祐巳さんに妹はいないし、いいじゃない。それとも、他に妹にしたい下級生が他にいるのかしら?」

「いません、けど」

「じゃあ、いいでしょう。瞳子さんなら手伝いにだって来てくれてるし、それに憎からず思ってるんじゃない?」

「そ、それは、その……」

「妹にしちゃいなさいよ」

 瞳子ちゃんを妹に? 周りの人はみんなそう言うが、祐巳はそんなことを考えたことはなかった。

「あなたは紅薔薇のつぼみ。いい加減妹を作らなくてはならないのでしょう? 由乃さんの妹は瞳子さんたちより一年下の子の予定だし。あなたまでぐずぐずしていていいの?」

 確かに妹を作るように祥子さまからも言われてはいるが。

「別に深刻に考えなくたっていいじゃない。嫌いじゃないんでしょう。気に入ってるならその子にしておきなさいよ」

 笑いながらありささまは言う。

「あの」

「決めた?」

「はい。これだけははっきりと言っておかなくてはいけません」

「本当。嬉しいわ。じゃあ、瞳子さんのところに──」

 ありささまが祐巳の手を取ろうとするが、祐巳はその手を払った。

「私は、そんな理由で瞳子ちゃんを妹にしません。他の誰であろうと、それは一緒です」

「な、何を言ってるのっ!?」

 ありささまは狼狽する。

「そんな風に、何かから逃れたいだけで誰でもいいから妹にするなんてこと、絶対にしません」

 祥子さまと出会い、初めて「妹に」と言われた時がそうだった。
 あの時の祥子さまはシンデレラを降板したいだけで初対面同然の祐巳を妹にと望んだ。『誰でもいい』の『誰でも』に選ばれてしまった者がどれだけ傷つくか、祐巳は知っている。

「……あなた、あくまでも松平瞳子を妹にしたくないというのっ! 嘘つかないでよっ!」

 ありささまが豹変した。いや、今まで隠し持っていた何かが表に出ただけかもしれないが。

「瞳子ちゃんが嫌、というわけではなくて──」

「あなたの妹は松平瞳子なのよっ!! 嘘つきっ!!」

「え……」

 瞳子ちゃんが、祐巳の妹? どうしてそんな話に?

「あの──」

「そうやって、歴史を変えるから、あなたは帰れなくなったのよっ! あなたなんて、一生大正時代にいればいいんだわっ!」

「あ、ありささま?」

 なだめようとありささまの肩に手を触れた瞬間、激しい電撃が祐巳の体を襲う。

「あああああっ!!」

 意識を失った祐巳を置いて、ありささまは消えてしまった。

 しばらく時間がたち、祐巳は意識を取り戻した。
 目を開き、身体を起こし、ここがチャペルであることを理解すると、その場所を出た。グラウンドの方が賑やかになっている。

(あれは……!)

 東邦星華のグラウンドで、もう山百合会と桜花会の試合が始まっていた。
 瞳子ちゃんがマウンドに立っていて、バッターボックスには胡蝶さんが立っている。

「祐巳」

 背後から声をかけられ振り向くと一人の人物が立っていた。

「アンナ先生」

「話があります。来なさい」

 穏やかにアンナ先生は言った。

「先生。あの──」

「私は『来なさい』と言ったのです」

 にっこりと笑っているし、口調も穏やかだったが、態度は毅然としたものだった。
 祐巳はアンナ先生の後をついていき、キャッチャーや審判の後ろの方の木の陰に移動した。
 瞳子ちゃんが投げる。胡蝶さんが当てる。志摩子さんがボールを追うが、届かずにファールになる。

「彼女たちは最近野球を始めたようですね」

 アンナ先生が静かに祐巳に話しかける。

「はい。私が向こうにいた頃は野球をやっているなんて、聞いたことがありません」

 ──カキーン!

 胡蝶さんの打球がショートに飛ぶ。わずかに届かず、走ってきていたセンターが拾うが間に合わない。

「一生懸命にやっていますが、技術的には桜花会よりずっと下手ですね」

「ええ……」

「私たちに勝つつもりで乗り込んで来るのであれば、もう少し練習してくるべきでした」

 その通りなので祐巳は黙って聞いている。
 キャッチャーは外に構えているが、瞳子ちゃんはど真ん中に入れた。
 鏡子さんは打たなかった。

「でも、彼女たちはここに来ました。どうしてだと思いますか?」

「え?」

 アンナ先生は山百合会とは面識がないのに、まるで何もかもお見通しのようにそう聞いた。

「彼女たちは祐巳に見せるために全力で戦っているのです」

「私に、見せるため?」

 意外な答えに祐巳は驚く。

 ──コツン!

 鏡子さんのバットにボールが当たった。キャッチャーが素手で拾って鏡子さんはアウト。二塁に胡蝶さんが進むも、三塁の乃枝さんは慌てて戻る。

「ええ。あなたがいない間にどれだけのことをしてきたのか。それを見せる自信があるから戦っているのです。彼女たちの戦いは、あなたがいない間の彼女たちの全てです」

「ツーアウト!」

 キャッチャーが返球しながら呼びかけている。あれ、あの声は確か……。

「祐巳。あなたはここにきてから何をしてきましたか?」

「私は……」

 大正時代に来てからの祐巳は野球漬けの毎日だった。
 始めはすぐに疲れてしまったトレーニング、うまくいかなかった連携。わずかの間だが、必死に練習して大分ついていけるようになった。

「私は、野球をしていました」

「野球は一人ではできません。仲間が必要です。祐巳。あなたがこちらに来てから作った仲間やあなたがこちらに来て築いたものは、見せる事が出来ないようなものなのですか?」

「そんなことはありません。でも、私は、山百合会の一員なんです」

「今は桜花会の一員でもあります」

 アンナ先生はすかさず言う。

「あの、私──」

「祐巳」

 説明しようとする祐巳を制するようにアンナ先生が呼びかけた。

「誤解しているようですが、私たちはあなたが帰りたいというのであれば喜んで見送りますよ」

「えっ?」

 試合を申し込まれた時、勝てなければ山百合会に祐巳は返さないと言っていたのに、一体何があったというのだろう。

「私たちは仲間です。仲間が嫌がることはしません。昨日、話し合ってみんなで決めました。笑顔で送り出せるように祐巳との最後の試合に勝とう、と」

「私との最後の試合……」

「あなたは今は桜花会の仲間です。でも、その仲間を捨ててまで山百合会に戻りたいというのであれば、それまでだったのでしょう。止めはしません」

 グラウンドでは静さんが瞳子ちゃんと対決している。
 ベンチでは小梅さんが特製ドリンクをみんなに配っている。
 次の打順の巴さんが軽く素振りをしている。
 こちらに来てからのいつもの仲間の姿がそこにある。
 祥子さまがダッシュしてボールを取るとそのまま乃枝さんにタッチした。

「アウト!」

 笑顔で引き揚げていく山百合会の面々。
 あのキャッチャーはやはり蓉子さまだった。江利子さまと聖さまもいる。
 みんな祐巳のために来てくれたのだろう。
 どっちも必死に戦っている。
 山百合会も桜花会も祐巳にとっては大切な仲間のいる場所で、どちらにも手を貸したい。だが、祐巳の体は一つしかない。どちらかを選ばなくてはならない。

『私たち山百合会と野球で対戦しなさい』

 祥子さまが手紙にそう書いたのは祐巳が山百合会と桜花会の間で迷った時のことを見越しての事だったのかもしれない。

「アンナ先生。ご心配とご迷惑をおかけしました」

「試合に出るのですか?」

「はい」

「それならば。まずは野球の制服に着替えなさい」

「はい」

 返事をすると、祐巳は寮に向かって駆けだした。

 リリアン0−3東邦星華(二回裏終了時)

 ◆◇◆

 祥子さまのプレイでどうにか無失点で切り抜けた。三回の表は乃梨子からの攻撃になる。

「応援副団長の乃梨子ちゃんの攻撃からです! 皆さま、乃梨子ちゃんの分の応援もよろしくお願いします!」

「OK!」

 祐麒さんの指示で、攻撃時は全員で声を張り上げ応援することになっている。乃梨子は由乃さん、瞳子ちゃんと一緒に応援団と名乗って積極的に声を張り上げ場を盛り上げてくれていた。
 ベンチに置いてあるシャツの裾をつかんでから乃梨子はバッターボックスに向かった。

「ホームラン! ホームラン! 乃梨子!」

 乃梨子が攻撃で出ている間、志摩子は積極的に応援に加わった。

 ──カッ!

 思い切り振ったバットがボールにあたった。レフト前に飛び、ヒットになる。

「やったね! やったね! 乃梨子!」

 照れたように顔を紅潮させて乃梨子が軽く手を上げて声援にこたえる。
 あの嬉しそうな顔を見ているとこちらも力が湧いてくるようだった。
 由乃さんはベンチに置いてあるシャツの裾を握った後、バットで大きく素振りをして打席に入った。

「イケイケ由乃! GOGO由乃!」

 ──コツン

 送りバントで乃梨子は二塁に進む。得点圏に進んだことで応援にも力が入る。

「魅せろ! 魅せろ! 瞳子!」

 瞳子ちゃんは投球と同時にバントの構えをとる。

 ──コ〜ン!

 打ちあげてファール。その後、瞳子ちゃんはスリーバント失敗で引き揚げてきた。
 ツーアウト二塁。令さまの打順とあって由乃さんの応援がいつにも増して気合が入ったものになる。

「頑張れ! 頑張れ! 令さま!」

 引っかけてしまい、ショートがとって、スリーアウトチェンジ。
 残塁した乃梨子が引きあげてくる。
 そして、全員でダッシュで守備位置についた。
 マウンドには瞳子ちゃんが登った。
 志摩子は二番手の予定で、この回の瞳子ちゃんの投球数や出来によって今後の対応が決まる。



 巴が内野を一周している。
 一球目、大きく外した後の二球目が甘く巴の得意なところに入ったため、余裕のホームランだった。
 リリアンは捕手の蓉子さんが立ち上がって失敗したというように腰に手を当てている。
 きっちりと本塁を踏む巴に小梅は飛びついた。

「これくらい当たり前よ。大げさにしないで」

「さすが巴さん」

「巴、でしょう」

「あ」

「もう。小梅ったら」

 軽く背中を叩かれて小梅は打席に入った。

「気にしないで! ここからアウト取っていくわよ!」

 蓉子さんがそう言って投手の瞳子さんに球を投げる。
 大きく振りかぶって、背中の11という数字を見せるようにする独特の構えは面食らったが、慣れてくると球自体は打ちづらいものではない。
 しかし、瞳子さんには重大で深刻な問題があった。

「うわっ!!」

 小梅は尻餅をついた。頭の方にボールが飛んで来て、当たりそうになったのだ。
 乃枝がこちらを見て「当たっておきなさいよ。出塁の機会だったのに」という顔をしている。背中に軽く当たる程度であれば死球で塁に出てもよいが、思い切りのボールを頭に当てるのは嫌だった。
 この時、小梅は鉄兜の意味をようやく理解した。
 腰が引けるような思いだったが、小梅は四球を選んで一塁に向かった。

「鉄兜って、大事ですね」

 思わず小梅がそう言うと、志摩子さんに笑われてしまった。
 雪の打席だが、雪以降は今日は瞳子さんが荒れ気味なので追い込まれない限り無茶をしないということになっている。
 ストライク一つ、ボールが三つ。追い込んだ。

「フレー! フレー! 雪さん!」

 急に声が聞こえてきた。

「え?」

 小梅が見ると、ベンチから祐巳が叫んでいる。

「祐巳さん……」

 志摩子さんが嬉しそうにつぶやいた。
 そればかりではなく、リリアンの選手の顔が全員ぱああっと輝いている。
 雪は無茶をしないはずが次の球を打った。
 小梅は急いで二塁に向かう。
 雪はアウトだったが、そこで乃枝が動いた。

「主審、石垣に代わり福沢を代打に起用します!」

 小梅は大きく二塁から離れた。
 祐巳が環からバットを受け取り打席に進む。

 ──パチパチパチパチ

 見ると、リリアンの選手が全員グラブを外して拍手をして祐巳を迎えた。
 負けているのに、祐巳は桜花会の選手としてここにいるのに、リリアンの選手は力強い援軍が来たかのように全員が喜んでいる。
 祐巳は帽子をとって、丁寧にお辞儀をしてそれに応えて打席に入る。
 投手の瞳子さんは緊張しているようだったが、それよりも捕手の蓉子さんの方が非常に警戒しているようでもあった。



 グラブをはめ直し、瞳子はセットポジションから投げる。
 蓉子さまはいつも通りアウトコースの低めに構えている。

「ストライク!」

 初球はギリギリでストライクになった。
 二球目も同じところを狙って投げる。

「あっ」

 コントロールの定まらない瞳子のボールはインコース中段に入った。
 祐巳さまのバットが鋭く振られる。

 ──カキーン!

 思ったより打球が強かったようで江利子さまは止めるのが精一杯だった。
 三塁に進んだランナーはホームを狙うものの、ベンチからの指示で戻る。
 1アウト一、三塁。
 次のバッターは乃枝さん。先程セーフティーバントで塁に出た。
 スクイズを警戒して、蓉子さまはアウトコース低めの明らかにボールになるところに構えている。
 セットポジションから投げたボールはど真ん中に入ってしまった。マウンドを駆け降りる。

 ──キン!

 一塁側に転がる打球を拾って振り向くとホームインの瞬間だった。急いで一塁に送球する。

「セーフ!」

 これも間に合わないで追加点を許す。
 次は晶子さま、祥子さまのお祖母さまになる。
 瞳子はポケットに手を当てた。中には祐巳さまのリボンと硬貨が入っている。
 ずっと思っていた不安。
 いついらないといわれるか、いつ捨てられてしまうのかという不安。いつの間にか何かから切り捨てられて『お前はいらない』といわれることを極端に恐れるようになっていた。

「ボール!」

「瞳子ちゃん、落ち着いて」

 生まれてすぐに実の両親が死んだ。縁があって松平家に引き取られ、松平の家を継ぐために、松平家の跡取りとして恥ずかしくないように、そのためだけに生きてきた。だから、清子小母さまのお母さま──晶子さまではない祥子お姉さまのお祖母さま──が入院しているのを口実に何度も祖父の病院に通ったりもした。
 なのに、病院は他の人が継ぐという。
 法律的に結婚できる歳なのだから、医師と結婚してでも継ぎたいと申し出たら、馬鹿馬鹿しいと一蹴された。
 その瞬間、瞳子は頭に血が上って言ってはいけないことを言った。

『代わりが出来たから私なんてもういらないのっ!? じゃあ、どうして私なんかのこと引き取ったのっ!!』

『瞳子っ!!』

 瞳子が出自のことを知らないと信じ切っていた両親を傷つけ、悲壮な叫びを背に飛び出すように練習に向かった。
 優お兄さまは聞かされていたのだろう。その日の練習を終えると車で家に送ってくれた。それ以来、家の中が気まずくなっている。
 学園祭の時、演劇部に戻れと言われた時ですら、山百合会にはいらないといわれたようで傷ついた。あの時──

『今から演劇部に行こう。私ついていってあげる』

『こっちの劇もちゃんと出てもらうからね』

『そうだ、家に来れば?』

 引導を渡す役目を放棄して暴走した祐巳さまの言葉が今でも忘れられない。
 その祐巳さまとまさか対戦することになろうとは。
 祐巳さまを大正時代に置き去りにする格好になったのに、山百合会のお姉さま方は瞳子を受け入れてくれた。瞳子は出来る限りのことをやった。
 それなのに。
 既に五点も献上し、二番手以降のピッチャーの負担を軽くするどころか出番を早めることになっただろう。これ以上の失態は許されない。
 正式なメンバーじゃなくても山百合会からもいらない子になんてなりたくない。
 渾身の力で投球する。

 ──カキーン!

 乃梨子が飛びついたが、ヒットになる。
 バックアップに向かった瞳子は祐巳さまが三塁に進むのを見た。

 怖い。

 祐巳さまにホームベースを踏まれたくない。
 蓉子さまがアウトコース低めより外に構える。
 低めにというのに、高めに入る。マウンドを駆け降りる。

「ボール!」

「低めに!」

 同じところに構えているが、かなり中に入ってしまった。マウンドを駆け降りる。

 ──キン!

 拾って、投げようとして、足がもつれた。
 その間に祐巳さまがホームベースを踏んだ。
 どこも間に合わない。

「タイム!」

 蓉子さまが瞳子のところに向かってくる。
 ふがいない投球に呆れている? 情けないエラーに怒っている? 役に立たないピッチャーなんていらないと思われた?

「瞳子ちゃん?」

 蓉子さまの姿が遠ざかる。
 実際は瞳子が蓉子さまのいらないという言葉を聞きたくなくて逃げていたのだ。



 これでは勝てない。
 逃げていく瞳子ちゃんを見て蓉子はがっくりと落ち込んだ。
 瞳子ちゃんが焦り始め、それをなだめようと声をかけたが、瞳子ちゃんの耳には届いていなかった。
 予想以上に疲れているのか。スクイズの打球を処理しようとして足がもつれた。

「タイム」

 怪我をしていないか確認に向かったのだが、瞳子ちゃんは何かに怯えたように、いやいやというように首を振ると、逃げた。

「瞳子ちゃん?」

 年が離れているし、ちょっとしたことで怖がらせてしまったのだろうか。
 令に捕まえられて、瞳子ちゃんが連れてこられる。

「せめてこの回までっ! お願いです! 絶対に点は与えません! 信じてください!」

 精神的に相当追い込まれたのか、涙を浮かべて瞳子ちゃんが叫ぶ。

「瞳子ちゃん、選手の交代は審判に告げてしまえば成立するものでしょう? 逃げたってどうにもならないのよ」

 諭すように江利子が言う。

「そうだよ。それに、まだ蓉子さまは何も言ってないのに」

 乃梨子ちゃんも言う。
 蓉子は瞳子ちゃんの前に出た。

「何やってるのっ!」

 一喝され、はっとした表情になる瞳子ちゃん。
 全員が静かになる。

「あなたは今、山百合会のマウンドを任されているのよ。逃げるなんて、みっともない! 悔しかったら、次のバッターをアウトにしてみなさいっ!」

 くるりと背を向けて蓉子は戻った。
 守備位置について、全員がそれぞれの場所に戻り、瞳子ちゃんがマウンドに立ったのを確認して蓉子はしゃがんだ。
 結局、この回は桜花会の打者一巡の猛攻となり、3点を失った。

 リリアン0−6東邦星華(三回裏終了時)

 ◆◇◆

 祐巳が二塁に向かった。
 二塁の鏡子が一塁に、一塁の胡蝶が中堅に入っている。
 この回は蓉子さんからの攻撃である。

「フレー! フレー! 蓉子さま!」

 ──カン!

 ファールになる。
 まずい、と小梅は思った。
 お嬢が苛立っている。
 回が終わるたびにリリアンの応援やら掛け声がうるさいと文句を言っていたのだが、我慢の限界にきたらしい。
 また、蓉子さんは先程から四球続けてバットに当てているのだが、ことごとくファールになり、お嬢の球の勢いが弱まっていく。

「ボール!」

 不機嫌そうな顔で返球した球をとる。
 早くアウトにして楽にしてやりたい。小梅は急ぐように構えたが、逆効果だった。

 ──カーン!

 乃枝のところに向かって打球が飛ぶ。すぐに二塁に送球され、二塁を狙っていた蓉子さんは一塁に戻った。
 次が江利子さんだが、二球目をやられた。

 ──カーン!

 打つ前から飛び出していた蓉子さんは三塁にまで進んでしまった。
 次は四番の聖さんだが、バントの構えを見せる。蓉子さんも大きく塁から離れている。牽制するが、素早く戻られる。警戒して外し、ファールで粘られ、ついに。

「ボール!」

 四球で満塁になり、祥子さんが打席に入った。
 お嬢は苦しそうに大きく息を吐いた。



 祥子がバントの構えを見せると、サードが前に出る気配を見せたのでバスターエンドランを狙うことにする。

 ──カーン!

 ライトに飛んだ。犠牲フライになりそうだ。リタッチのためベースを踏み、捕球を待つ。

 ──パシ

 同時に全てのランナーが走り出した。聖は二塁を踏みながら、蓉子のホームインを見届けた。
 山百合会、一点目。
 次の志摩子はスクイズ。江利子がスタートを切るが、サードがわずかに遅れた。

「セーフ!」

 次に登板するはずなのに、志摩子も全力疾走を怠らない。祐麒くんの教えを忠実に守っているようだ。

「セーフ!」

 ランナーは一、三塁。1アウト。
 聖はリードをとって、ホームを狙う。

 ──コーン!

 乃梨子ちゃんが打ちあげた。
 キャッチャーが捕り、2アウト。
 リタッチが間に合わない聖はホームベースを通過し、天を仰いだ。
 志摩子も飛び出していて、3アウト。
 二点返した。と皆が思っていた。



 リリアンの選手が走って守備位置につく。
 この回の守備から投手が変更になり、今まで一塁を守っていた志摩子が投球練習をしている。今までの投手は遊撃に、遊撃手が一塁に入った。
 打席に入ろうとしたときに、巴は違和感を覚えた。
 試合の得点経過のところに、先程のリリアンの得点が二点ではなく三点となっていたのだ。
 この間違いはすぐに正さなくてはならない、と巴は主審の岩崎に詰め寄った。

「どうして、リリアンが四回の攻撃で三点とっているのです? 二点のはずです」

 巴の抗議に気づいて、桜花会の一同が岩崎を取り囲んだ。

「いいえ。先程の第三のアウトはフォースプレイによるものではないので、それ以前の得点は有効になります。三塁走者は一塁走者がアウトになる前に本塁を踏みました」

 毅然と主審の岩崎が言う。

「でも、三塁走者は一度塁を踏み直さなければいけないのでしょう?」

「そのことに気づいていたのであれば、桜花会は第三のアウト成立後でも塁もしくは三塁走者に触球して得点が無効であることを確認しなくてはいけません。しかし、桜花会はそれをせずにベンチに引き揚げたため、得点が認められる事になったのです。審判はそれに気づいていても教えることはできません」

「それって、なんとかならないものなんですの?」

 お嬢が声を荒げる。
 その瞬間、いつからいたのか、小笠原祥子がしゃしゃり出てきた。

「あら、あなた。公平な審判を用意するって言ったくせに、知り合いだからって泣きついてなかったことにしてもらう気?」

 お嬢が前に出ようとした時に、岩崎がそれを制していった。

「僕は今日の試合を公平に行うと大切な人と約束しました。大切な人との約束をたがえることはしません」

 お嬢の顔に現れたのは照れという表情だった。

「では、こちらが四回は三得点で、よろしくて?」

 満足そうに小笠原祥子が確認する。

「結構よ! こちらはまだ勝っているんですもの」

 お嬢がそう言うのであれば、もう仕方がない。
 巴はホームランでリリアンを突き放せばいいのだ。
 ところが。

「ボール!」

 先方の投手の球が微妙なところにばかり入り、巴は歩かされてしまった。勝負をしてもらえなければホームランは打てない。
 次の小梅に託すことになる。

 ──カキーン!

 小梅は打ったが、遊撃手がボールを持っているためこれ以上進めない。
 この投手は先程の投手と違ってストライクをきちんと入れられる。
 そうなると、雪は三振に抑え込まれてしまった。
 次は祐巳。巴は本塁を狙おうと大きく塁を離れる。

 ──カキーン!

 祐巳の打球は三塁手の小笠原祥子のところに飛んだ。
 これも止まるしかない。
 1アウト満塁。
 これは乃枝に得意のバントを決めてもらわなければ。
 
 ──キン!

 もう、運が悪かったとしか言いようがない。
 ボールは転がらず、投手を直撃するも掴まれてしまい、乃枝がアウトに。飛び出した巴は捕手と小笠原祥子に挟まれてアウトになってしまった。
 ガッカリとした顔で乃枝が引き揚げてくる。

「乃枝、あなたと私はそんな顔をするべきではないわ」

「あら、私の顔がどうかして?」

 作り笑顔ですまそうとしているが、却って悔しそうな表情になってしまった。

 リリアン3−6東邦星華(四回裏終了時)

【No:3240】へ続く


(コメント)
bqex >これでつながっている……と思うけど……ミスがあったらどうしよう。はあ〜。(No.18831 2010-07-31 23:39:29)
通りすがり >通りすがりに呟いてみる。野球って、小説にはあってない。致命的に。特に試合の描写は退屈でしかない。試合が始まる前までは、面白かったんだけど・・・(No.18837 2010-08-01 04:30:23)
ケテル >通りすがり様〜 > それは・・・言わないお約束・・・・の訳ではないですがw 野球に限らずスポーツに関しては、実際、やったことがあるなら想像もできますが、そうじゃない人にとっては詠んでも分からないって事はあると思います。 まだ、野球だからいいですよ、自転車ロードレースなんか、8〜9割の日本人にはほぼ一生縁が無い競技じゃないかと思います、ヨーロッパではサッカー、オリンピックと並んで三大競技だそうですが。(No.18840 2010-08-01 22:29:48)
ケテル >スピード感を重視すると描写は簡潔にしなければならず。 一つ一つの動作を細かく書くとまだるっこしい事になってしまい、それは”競技”と言うもののスピード感を殺してしまう。 さじ加減が難しいですね。(No.18841 2010-08-01 22:37:20)
別の通りすがり >ゲンミツに考えると大正時代のルールは細かいところが今といろいろ違う。もう気にせず進めていいんじゃない。(No.18865 2010-08-09 22:11:55)

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