がちゃS・ぷち

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No.3394
作者:クゥ〜
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2010-11-22 18:22:45
萌えた:20
笑った:12
感動だ:44

『子狸少女輝いてビフォーアフター』

【No:3369】の続きす!



 お釈迦さまもみてる?お姫さまinリリアン。




 「うわぁ」
 リリアン女学園。
 花寺のご近所であっても、その門の存在感のなんたるや。
 まさに子羊たちを守る城壁と言える。
 祐麒は、一人。門の前に立っていた。
 横の守衛さんの視線が気になるし怖いけれど、待ち合わせをしている以上。勝手に帰るわけにも行かない。
 遠くにパトカーのサイレンも聞こえる。
 ……通報されていないよな?
 今日は花寺の生徒会長の代理で来ているのだ。問題はないと思う。
 「いや、代理か?」
 疑問。
 祐麒は、リリアンに行くように言われたときの事を思い出す。
 リリアンの生徒会……山百合会(正式な名前を小林から聞き出して覚えた)では、今年、学園祭で山百合会主催の劇を行うらしい。花寺はそのお手伝いとして生徒会長が出ることになっていたのだが、更に祐麒までも指名してきた。
 そして、本格的な練習前にいくつかの確認が必要とかで、忙しい生徒会長ではなく。補佐役の祐麒を指名してきたのは、リリアン側だった。
 「代理じゃないよな」
 どう考えても、山百合会の狙いは祐麒。
 ――とって食われないようにな――。
 柏木先輩の言葉を思い出す。
 祐麒の正体を知っているのは花寺では柏木先輩だけだが、リリアンでは山百合会の六人が知っているのだ。
 小林の情報では、山百合会の正式人数は七人。
 花寺の学園祭には一人欠席したことになる。
 「?」
 突然、キャーキャーと甲高い声が響き渡った。
 銀杏並木を帰宅する生徒たちがモーゼの十海のごとく引いていき、その中央を数人のリリアンの生徒が向かってくる。
 現れたのは、リリアンに咲き誇る三つの薔薇。
 紅薔薇さま。
 黄薔薇さま。
 白薔薇さま。
 必死に覚えた呼び方を確認する。花寺の学園祭のときは赤とか思っていた。
 「ごきげんよう、祐巳ちゃん」
 が、最初の挨拶で祐麒は固まる。
 「あ、あの……その名前……」
 「さっ、行きましょう」
 「ひぃ!」
 微笑むその笑顔に悪魔を見る。
 白薔薇さまが守衛さんに事情を話し、祐麒は三人の薔薇さまにエスコートされリリアンへと足を踏み入れた。


 「これが薔薇の館」
 「ふふふ、古いでしょう?」
 「い、いえ!素敵な建物だと思います!」
 祐麒は古い建物は好きだ。
 そこにある物語が好きだ。
 だから、花寺に通いながらも仏像などよりも、その仏像を守る建物の方ばかり見てしまう。
 薔薇の館は、また外見とは違う空気に包まれていた。
 神聖な場所。
 それが祐麒が持った第一印象だった。
 「ごきげんよう」
 二階の部屋に入ると、挨拶をされる。
 「どうも、お世話になります。
 迎え出た四つの顔のうち三つは知っていた。
 薔薇の妹たちで蕾と呼ばれているらしい。
 知らないのは一人、三つ網の大人しそうな女の子。仕入れた情報では蕾の妹と呼ばれ、山百合会では一番の下っ端。
 「紹介は由乃ちゃんだけで良いわね」
 「はい、紅薔薇さま。ごきげんよう、黄薔薇の蕾の妹で島津由乃と申します。一年生です」
 「あっ、ど、どうも、花寺の生徒会に所属します。一年の福沢祐麒と―」
 「違うでしょう。祐巳ちゃん」
 突然、自己紹介を中断させられる。
 「あ、あの?」
 戸惑っているのは島津さん。
 祐麒は嫌な予感を感じていた。
 「令、祥子」
 「はい!」
 「ひぃ!」
 「ちょ、ちょっと令ちゃん!祥子さま?!」
 更に薔薇さまたちも加わる。
 「ひぃ〜ん!」
 「て!えぇぇぇ!」
 祐麒の情けない声と、島津さんの驚きの声が重なった。
 「ふっふ〜ん!流石の由乃ちゃんも驚いたわね」
 「あっ?あぁ?えぇぇぇ?!」
 「由乃ちゃんに秘密にしたかいがあったわね」
 「ひ、秘密って?!」
 「見ての通り、祐麒さんは女の子なのよ」
 「本当の名前は祐巳ちゃん」
 「は、はぁ」
 ただ一人、情報を与えられていなかった島津さんはただただ驚いている。
 でも、その驚きの表情はすぐに楽しいものを見つけたという悪魔の表情に変わった。
 「さっ、時間もないし、手早く済ませましょう!」
 「おー!」
 山百合会の皆さまが結束した。
 「ぎゃぁぁ!」
 制服を剥かれ、胸を押さえる特殊なブラや下着を奪われる。
 「下着まで奪わなくってもいいだろう!」
 「……祐巳ちゃん。そこは『いいでしょう?』でしょう!」
 「いや、俺には関係ないし」
 「女の子らしい言葉使いをしてもらわないと困るのよ」
 ?
 意味分からん。
 「令ちゃん以上に男の子みたいな女の子って始めてみた」
 「それは皆、同じね。背は低いけれど」
 グッ!
 「まぁ、令はアマチュア、祐巳ちゃんは本職だからね。背は低いけれど」
 「それでは女の子に戻ってもらいましょうか。正しい背丈よね」
 酷い!背丈は人が気にしていると言うのに!
 「ま、まてよ!どうして此処までするんだよ?!」
 祐麒は体を隠しながら、吼える。
 「あら、これは花寺の生徒会長もご存知よ?」
 「なっ?!なにぃ!」
 もしやと思ったが、まさか本当に係わっていやがったか!
 「祐巳ちゃんと花寺の生徒会長さまには、こちらの劇に出てもらうのだけれど。その劇というのがシンデレラなの、それで当然ながら王子は生徒会長さんなのだけれど、祐巳ちゃんには意地悪な姉Bをしてもらうことに成ったの」
 「女役じゃないか?」
 「祐巳ちゃん、女の子じゃない」
 確かにそうだが、それは不味い。花寺から見学に来る生徒もいるのだ、正体がばれないとも限らない。
 「大丈夫、祐巳ちゃんが祐麒くんと分からないようにかつら等も用意するから、それにそれ以外にも注意は払っているのよ」
 「それがコレ」
 と言って白薔薇さまが出してきたのは、かつらとリリアンの制服だった。
 「私のお古で悪いけれどね」
 「俺、花寺からのお手伝いとして来ている筈なのに」
 「それは、私たちが……」
 「祐麒くんではなく」
 「祐巳ちゃんを必要としているから、かしら」
 薔薇さまたちの悪魔の微笑が祐麒を追い詰める。
 「さっ、剥いちゃうわよ!」
 「は〜い」
 湧き上がる嬉しそうな声。
 「ちょっとまて!スカートなんて」
 祐麒の抵抗は七人に増えた数に押され、虚しく散った。
 ……。
 …………。
 「お〜」
 「うん、似合っているね」
 「と言うか、こっちが本当でしょう?」
 「しかし、よく下着のサイズ分かったわね。とくにブラ」
 「それはもう!この黄金の手にかけて」
 ワキワキと手を動かす白薔薇さま。
 「この変態」
 「祐巳ちゃんは。どうかしら?着心地は」
 「何だかスースーして」
 「祐巳ちゃん、スカートは初めて?」
 「初めてです。幼い頃にも一度も履いたことはないし、持ってもいないよ。それにブラが……」
 「サイズは恐ろしいことにピッタリよ」
 「ふふふ、この白薔薇さまの」
 「はいはい、その辺にしときなさい。じゃないと本当に変態と呼ばれるわよ」
 白薔薇さまは、手をワキワキさせながら口を閉じた。
 しかし、かつらまで被ることになるとは。
 「……でも、コレを見たら柏木さんもユキチって呼ぶの止めるんじゃないかしら」
 「あぁ、そうね。きっと見惚れちゃうわね」
 「柏木さんは祐巳ちゃんの秘密知っているんだよね?」
 「はい、でもアレはガチホモですから」
 祐麒の一言に、皆さま固まる。
 「へっ?」
 「ガチホモ?」
 「はい、ガチホモ。男の子が好きなんだ」
 「祥子、本当なの?」
 聞かれた元許婚の小笠原さんは、痛々しい表情で頷く。
 「うわぁ、柏木」
 柏木先輩、既に呼び捨て決定。
 ざまぁみろ、これで柏木先輩の名は山百合会では地に落ちたな。
 騙された恨みが少し軽くなる。
 「はぁ、まぁ……いいわ。志摩子、祥子、鏡持ってきて」
 壁に立てかけられていた、大きな鏡を二人で持ってくる。
 「仕切りなおし」
 「どうかしら祐巳ちゃん」
 そこにはリリアンの制服を着た祐巳がいた。
 ツインテールのかつらもあって、そこに居るのは見慣れた祐麒ではなく。
 見知らぬ祐巳だった。
 「祐巳ちゃん、結構ナルさん?見とれちゃって」
 「いえ、何だか。見慣れないんで……女装なんて初めてで」
 「いや、女装違うから」
 「その感覚自体がおかしいわね」
 「でも、これはこれからの為のタダの準備!」
 準備?
 「それじゃ、行きましょうか?」
 「そうね、待ちくたびれているだろうし」
 「何処に行くんです?」
 「手芸部のところ、祐巳ちゃんの衣装を作ってもらうのだけれど。花寺の格好では行けないでしょう?」
 確かにそうだ。
 一応、言った様に配慮はしてくれているようだ。
 「では、急ぎましょう」
 言われるままに着いて行くが……。
 ……うぅ、何か変な感じだ。
 「祐巳ちゃん、もう少し足幅を小さく」
 「そんな事を言われても」
 逃げられないようにか、完全に囲まれた状態。
 「はぁ」
 「どうかした?」
 「い、いや!何でもないです」
 そうは言ったが、祐麒はリリアンの校舎内に流れる空気に驚いていた。
 花寺とは違う、優しく甘い空気。
 何と言うか、圧倒され。
 そのまま校舎を進む。
 「ここよ」
 ごきげんようと挨拶をしながら、被服室に入っていく。
 流石はリリアン、被服室なんてあるんだ。
 「こ、こんにちは」
 「祐巳さん、挨拶は『ごきげんよう』よ」
 藤堂さんに耳元で囁かれる。
 「ご、ごきげんよう」
 そんな挨拶使ったことないので、当然、言うだけでも恥ずかしい。
 「では、皆さま。お願いしますね」
 「はい!」
 紅薔薇さまのお声に、手芸部の人たちは嬉しそうに返事をした。
 山百合会の人たちは制服を脱いで下着姿に成って衣装作りに使うのだろう。サイズを測っていく。
 「さっ、祐巳さんも」
 「あっ、でも」
 祐巳のことは、お手伝いとして紹介してもらった。
 「祐巳、早く脱ぎなさい!」
 小笠原さんに怒られる。しかも、ついに呼び捨て。
 小笠原さんは、柏木先輩の元許婚。もしかして嫉妬とかされているのか?
 ……勘弁してくれ。俺はガチホモに興味はない!
 ただ、今は従っておいた方が良さそうだ。
 「まぁ、祐巳さんの肌。ハリがあって、スポーツでもなさっているの?」
 「は、はぁ、まぁ」
 花寺での生活は戦いだ。
 正体を知られないため、喧嘩は素早く勝たなければ危険。
 もつれるのは絶対に避けるべき話で、その為の格闘術は常に鍛えてある。
 しかし、今、褒められても、祐巳はそれどころではない。
 こんなに大勢の女性の中で下着、しかも自分が女物を身に着けていることにもの凄く緊張しているのだ。
 「祐巳さんの腰、凄く細いのね。羨ましいわ」
 「やるじゃん、祐巳ちゃん」
 祐麒にとって女の子らしいスタイルは危険なのだ。だから、腰が細いと言われても嬉しくはない。
 どうにか緊張している間に、計測は終わった。
 イソイソとリリアンの制服を着なおす。
 ……アリスだったら喜んで着そうだよな。
 「これでよし」
 タイを結ぶ。
 「これで終わりですよね」
 「えぇ、今日は」
 優しい微笑み、だがそこに悪魔がいる。
 「当然でしょう?今日は服を作るためにサイズを測っただけ。出来上がってきたら、調整しないと。あとダンスの練習とかもあるし」
 「祐巳ちゃん、ダンスは?」
 「男性パートなら少し」
 「……」
 「ダメじゃん」
 白薔薇さまの言葉に一斉に頷く皆さま。
 やっぱりダメか?
 「そうそう、あと靴のサイズも教えてね」
 「……はい」
 悪魔の微笑みに囲まれながら祐麒は溜め息をついた。
 「それでは、戻りましょうか」
 「あっ、お姉さま。少し待ってください」
 「祐巳、タイが曲がっているわ」
 小笠原さんは祐麒のタイを綺麗に整える。
 「女の子なんだから、身だしなみはキチンとね」
 今まで気がつかなかったが、小笠原さんからはとても好い匂いがした。
 手芸部にお礼を言って、被服室を出て薔薇の館に向かう。
 「祐巳ちゃん」
 「?!」
 「なに?祥子に直してもらってたタイを見つめているの」
 「!」
 「あははは、顔真っ赤。祐巳ちゃん表情が変わって面白いね、まるで百面相だ」
 完全に玩具になっているのは分かるが、この人たちには勝てない気がする。

 もうすぐ薔薇の館と言うところで凄い音が響いた。

 「なにかしら?」
 「校門の方ね」
 「なに?」
 校門の方から悲鳴が聞こえてくる。
 「行ってみましょう!」
 普段はお淑やかなリリアン生たちも、なにか嫌な予感がするのだろう。スカートが乱れるのも構わずに駆け出す。
 パトカーのサイレンの音も響いてきた。
 リリアン生たちが逃げ出す中、男が走ってくる。
 手には刃物。
 男は手近なリリアン生を捕まえようとしているのが見えた。
 祐麒は素早く小石を拾い、男に投げつける。
 これでも少年野球にいたこともあるのだ。勿論、男としてだが。
 「ぐぎゃ!」
 直撃!
 辞めてからかなり年数が経つが、まだまだイケそうだ。
 「祐巳ちゃん!」
 身を守るために護身術は身に着けている。
 男が怯んだ瞬間を逃すほど、祐麒は甘くない。
 「て、てめぇ!」
 「ツマンナイね。そのセリフ」
 祐麒は刃物を持った方の腕を取り、捻り、腰に乗せて跳ね上げる。
 身長差があり、男性相手にここまで綺麗に決まるかと自分でも思うほどに男が跳ね上がる。
 硬い地面に容赦なく叩き落す。
 手加減なんて出来ない。
 相手は大人の男なのだ。
 手早く男の上に乗り、タイを解き。男の腕をタイで結び。
 脳震盪でも起こしているのか、抵抗はない。
 更に、足を引き上げ腕に結びつけた。
 「祐巳!」
 「祐巳ちゃん!」
 男は暴れるが遅い、指導された結び方をしている以上。そう簡単に解けはしない。
 「大丈夫だった?」
 「大丈夫、一応、護身術は習っているので」
 「そうじゃないでしょう!祐巳ちゃんは女の子なのよ」
 「刃物相手に大怪我でもしたらどうするの?」
 「最悪、正体が知られるだけではすまないのよ」
 「祐巳さん、無茶をしないで!」
 「祐巳、聞いているの?!」
 何だか口々に怒られる。
 「そうよ、でも……まぁ、凄くカッコよかった」
 「うんうん、令なんかアマチュアどころかど素人の王子さまね」
 島津さんの言葉を皮切りに、何だか褒められだした?
 そこに警備員さんと警察さんたちが駆けつけてくる。
 「よかった、後は任せましょう」
 「あっ、すみません」
 早々に現場を離れようとしたが、警察さんはそうもいかないらしく。後で、犯人逮捕に貢献したとして賞状等があるとかで話を聞きたいと言われた。
 「私が」
 紅薔薇さまが前に出て、山百合会の人たちが祐麒を隠すように壁を作った。
 この学園には居ない生徒、それが祐巳だ。
 「あっ!す、すみません!それ」
 「あっ、コレ?」
 男を捕まえるときに紐代わりにしたタイ。
 「はい、お手柄でした」
 警察さんは祐麒にタイを返してくれた。
 だが、そのタイはクシャクシャに成ってしまっていた。泥もついている。
 「すみません、小笠原さん。せっかく綺麗に結んでくれたのに」
 何だか凄く悲しい。
 「いいのよ、祐巳が無事なら、そのタイは洗ってアイロンをかけましょう。そうしたら綺麗になるわ」
 「確か薔薇の館の倉庫にアイロンあったよね?」
 「それでは戻りますか」
 「ちょっと待ちなさい、こっちも終わったんだから」
 警察さんから話を聞かれていた紅薔薇さまが戻ってくる。
 全員揃ったところで薔薇の館に戻り。倉庫に成っているという一階の探索が始まった。
 薔薇さまたちまで手伝ってアイロン探索がおこなわれている間に祐麒は小笠原さんとタイを洗いに行く。
 「先に運動部に行って洗剤を少し分けてもらってくるから」
 少し待っていてと、小笠原さんは祐麒を置いてかけていく。
 ただ、待っていると言うのも暇だった。
 視界に古びたガラスで覆われた建物が入った。
 好奇心、猫をも……と言うが、ただ待っているのも暇なので覗いて見る。
 そこは温室だった。
 花寺の温室と比べると小さいが、心地いい空間だった。
 「へぇ〜」
 親の影響か建物に、祐麒は惹かれる。
 これだけ古いのに、中はしっかりと手入れがされ。この場所がどれだけ大事にされているのかよくわかる。
 「あっ、此処にいたのね」
 どのくらい此処にいたのか分からないが、戻ってきた小笠原さんが祐麒が居ないことに気がついて探してくれたようだ。
 「すみません」
 「いいのよ」
 優しい表情で言われホッとする。
 「ここ素敵な場所ですね」
 「でも、小さいし建物も古いでしょう?」
 「いえ、手入れもされていますし。俺は好きです」
 「そう言ってもらうと私も嬉しいわ。新しい温室もあるのだけれど、私はこの古い温室の方が好きだから」
 あっ、こっちは古い温室なのか。
 「薔薇が多いのよ。これがロサ・キネンシス」
 ロサ・キネンシス。
 小笠原さんの花。
 「さっ、皆さんが待っているわ。急いでタイを洗いましょう」
 小笠原さんと古い温室を出て、タイを洗剤で洗い。
 薔薇の館へと戻った。
 ……。
 …………。
 アイロンは見つかっていた。
 「はい、祥子さま」
 藤堂さんがタイにアイロンをかけて、祐麒ではなく。小笠原さんに渡した。
 「祐巳、結んであげるから」
 「あっ」
 小笠原さんは受け取ったタイを祐巳に着ける。
 「はい、これでいいわ」
 置かれた鏡の方を見る。
 そこに居るのは、リリアンの制服を着た祐巳だ。
 「あ、ありがとうございます。小笠原さん」
 「?……祐巳、呼び方は苗字ではなく名前ね。あと上級生には『さま』いいかしら?」
 そんな事を言われても……。
 「あの俺は花寺の生徒ですから」
 「祐巳さん、自分の呼び方は『私』……ねっ」
 藤堂さんの微笑み。
 だから……。
 ……あれ?藤堂?
 何か……。
 あぁ、そうだ。
 「あの藤堂さん?」
 「何かしら?」
 「間違えていたらごめん。もしかして小寓寺の娘さん?」
 藤堂さんの笑顔が固まった。
 「あれ?」
 白薔薇さまも固まっている。
 この空気知っている。
 女を隠して生活するコツの一つに直感を大切にすることがある。
 いかにバレないようにするか、危険回避は絶対に必要だ。
 「祐巳ちゃん……どうして志摩子が小寓寺の娘だと?」
 「いえ、その、住職が来られまして説法をしてくれたのですが、その話の中で娘がリリアンに通っていると楽しそうに話していらしたので」
 「お父さまが話していた?」
 「えぇ、娘さんには家が寺のことは黙っているようにと言ってあるらしいですが、何だか実際は檀家の人たちといつバレるのか賭けまでしていると」
 何だろう?
 藤堂さんが白く燃え尽きているように見える。
 「事実よ志摩子」
 「祥子さま?」
 声を上げたのは小笠原さん。
 「小笠原家は小寓寺の檀家なの、だから志摩子のことも聞いているし。和尚さんと賭けをしているのも事実よ」
 「つまり、志摩子のお父さんは娘には黙っているようにと言いながら、あっちこっちで話しまくっていると?」
 「その様ね」
 「ふ、ふふふふふ、お父さまったらお茶目なんだから……ふふふふふ」
 「志摩子」
 「可愛そうに」
 藤堂さんの笑いが薔薇の館に響いていた。
 女の子って怖い。



 「よう!ユキチ」
 「何ですか、昼に呼び出すなんて」
 祐麒がリリアンに行った翌日。校内放送で祐麒は柏木先輩に呼び出された。
 「昨日は、大活躍したようだね」
 その一言で、何の事かはすぐに分かった。
 「仕方ないでしょうが、あんな暴漢を見過ごすわけにもいきませんし」
 「まっ、ユキチならそうだろうな。ただ、リリアンは大変らしいぞ」
 「大変?警察からの感謝状は辞退したんですよね」
 紅薔薇さまは、そう言っていた。
 「山百合会以外の目撃者もいたんだろう?そんな簡単に収まるものか、新聞部の号外まで配られて、暴漢からリリアンを救った英雄さまを探しているらしい。さっちゃんたちにまで英雄は誰なのか聞いてくるとまで言って来た」
 リリアンの事件は花寺まで聞こえてきている。ただ、真実が届いていないらしく、警察が捕まえ損ねた犯人がリリアンで簡単に捕まったとだけ成っていて、リリアンは流石に厳重なんだなと言う評価になっていた。
 柏木先輩は、どうやらリリアンから正しい情報を受けたようだ。
 リリアンで英雄探しね。
 「と、言われましても、本人が出るわけにも行きませんし」
 「だから、彼女たちも苦労している。でもな、暴漢を背負い投げで投げ飛ばし、たった一人で捕まえたんだ。リリアンのお嬢さまたちには、これ以上ない刺激だろうな」
 「嫌な刺激ですね」
 「そう言うな。だが、これから彼女たちの劇に参加するんだが大変そうだな」
 それを考えると、はっきり言って辞退したくなる。
 「あっ、辞退は無しだからな」
 先に釘を刺された。
 くっそ〜!ダメか。
 「はぁ……分かりました。それでは失礼してもいいですか?」
 「あぁ、ごくろうさん。あと明日、ダンスの練習があるから来て欲しいそうだ」
 「な?!」
 この状態でか?
 はぁ、騒ぎ収まっていると良いなぁ。

 祐麒は、疲れた表情で部屋を出て行った。





 祐麒が出て行ったドアを、優は見つめ。
 「人魚姫は泡になる前に海に返さないとな」
 優しく笑った。





 懲りずに、花寺男装祐巳その二。
                          クゥ〜。


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