【No:935】―┬――→【No:958】→【No:992】→【これ】
└【No:993】┘
朝早いうちに登校し、古い温室で祥子さまと一緒の時間を過ごすようになってから気がつくともう二ヶ月も過ぎ、梅雨の季節はもう目の前だった。
「ごきげんよう、祐巳」
「ごきげんよう、お姉さま」
毎朝こうしてここ古い温室で祥子さまと会っているわけだけど、そんなに毎日話題があるわけではない。
最近は特に白薔薇さま関係が進展していないこともあり、今日なんかのように、挨拶を交わした後は植木棚の隅に並んで座って祥子さまは文庫本を読み、祐巳はその隣でなんとなくボーっと過ごす、ということも多かった。
先日のお茶会以来、山百合会の手伝いをするようになったのだけど、それは必要があって呼ばれた時だけお手伝いに行くという少し距離をおいたものとなっていて、まだ数えるほどしか行ってなかった。
進展していないというのは、肝心の白薔薇さまが祐巳たちがお手伝いに行く時はいつも居なくて、ここしばらく顔すら見ていないという状況だったからだ。
祥子さまもこのあいだ志摩子さんに接触したきりで動いていらっしゃらないようだし。
「なあに?」
「あ、いえ」
視線に気づいた祥子さまは文庫本を読むのを止めて祐巳のほうを見た。
「最近、聖さまをお見かけしないので……」
「あら、普段はちゃんと薔薇の館にいらっしゃるわよ」
「そうなんですか? 私はてっきりあまり出席されていないのかと」
「そんなことは無いわ。私は殆ど毎日顔を合わせているもの……」
そう答えた後、祥子さまは表情を変えられた。
「……そうね、私から直接聞けたら良いのだけど」
「え? 聞くって?」
「白薔薇さまが意図的に祐巳たちを避けているのよ。お姉さまは容認されているみたいだけど」
「蓉子さまが?」
「この間、白薔薇さまにわざわざ祐巳が来ることを伝えてたわ」
そうだったんだ。
聖さまは蓉子さま公認で……。
でも祥子さま。 相手がたとえ蓉子さまや聖さまでも言いいたいことははっきりおっしゃると思ったのに。
そんな祐巳の表情を読んだのか、祥子さまは言った。
「お姉さまは考えがおありなのよ。 私から意見は出来ないわ」
「あ……」
そうか。 祥子さまは蓉子さまのお考えを尊重されているんだ。
今は蓉子さまが薔薇さまで祥子さまはまだつぼみ。
やはり祥子さまが表立って動くわけにはいかない、ということか。
「ここへきて祐巳のことを秘密にしておいたのが裏目に出たのよね」
「え?」
「あなたの姉という立場ならともかく、それが無ければ私はあの件に関しては部外者なんですもの。お姉さまを差し置いて白薔薇さまを問いただすなんて出来ないわ」
つまり、祐巳が妹であることが秘密でなければ、祥子さまは聖さまを問いただしたかったんだ。
「なによ? どうかして?」
「え? あ、あの……」
この気持ちをどう表現したらよいだろう。
祥子さまはちゃんと祐巳のことを考えていてくれた。
淡々と話されているけど、おそらく、聖さまのことで蓉子さまと祐巳の板ばさみになって悩まれていたに違いない。
なのに、祐巳ったら、ただ蓉子さまとの姉妹生活を楽しんでらっしゃるみたいに思っていて。
嬉しいやら申し訳ないやらで、言葉が見つからなかった。
「お姉さま」
だから祐巳は祥子さまの腕にしがみついて身を寄せた。
「どうしたの?」
「こうしたかったんです」
こんな不甲斐ない妹の姉でいてくれる祥子さまに。
「そう」
祥子さまは制服が乱れるからとか言わず、祐巳を腕にしがみつかせたまま、また文庫本に視線を落とした。