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第二部【No:1018】 No.1027 No.1033 【No:1037】 【No:1040】→これ
「あーっ! 乃梨子さ……」
小父さんのお客さまであろう、お爺さんと言っていい年齢の男性と一緒に一寸びっくりしたように目を見開いていたのは私服を着た乃梨子さんだったのだ。
朝姫は思わず声を上げたが、乃梨子さんの隣の『お客さま』に気づいて慌てて口をふさいだ。
その『お客さま』は、ロマンスグレーって言うのかな、髪を綺麗に整えて、服装も軽い色調のジャケットにカジュアルな柄物のシャツを組み合わせた、いかにもおしゃれって感じのお爺さんだった。
お爺さんは志摩子さんに向かって言った。
「志摩子ちゃん、お久しぶり」
「お久しぶりです、志村さんでしたの? いったい……」
二人は知り合いらしかった。
まず、お爺さんに挨拶をした志摩子さんは、それからその隣でちょっと所在なさげにしている乃梨子さんに視線を向けていた。
「いや、まずは、朝姫ちゃんだったかな? はじめまして」
「あ、はじめまして、藤沢朝姫です……」
「僕は志村タクヤ。ノリちゃんとは趣味友達でね」
「はあ、乃梨子さんの」
趣味と言うとあれかな? 仏像。
「あの、今日はいったいどういったご用事で?」
志摩子さんが聞いた。
乃梨子さんを連れて何しにきたのか? 朝姫にも興味があった。
それには小父さんがこう説明した。
「志村さんは地方からいらしたご友人の案内でいらしたんだよ」
「地方からいらした?」
朝姫は志摩子さんと一緒に乃梨子さんに注目した。
「あ、違うの、私じゃなくて」
乃梨子さんが慌てて手を振った。
まあ、そんなことは言われなくても判るんだけど、注目したのは「じゃあ乃梨子(さん)はなに?」という意味だ。
志村さんは言った。
「では、待たせてはいけないので僕はそろそろ」
そして立ち上がった。
「おお、そうであったな、ではわしも行かなければ」
小父さまも席を立った。
「じゃノリちゃん」
「あ、うん、今日はありがとう」
客人を待たせているようで、二人はなにやら話をしながら部屋を出て行った。
結局、乃梨子さんについて何の説明も無いまま、三人は客間に取り残されてしまった。
「えーと、乃梨子さん、久しぶり?」
「お昼に会いましたよね?」
「うん、だから三時間ぶりくらい?」
なんて、ばかな会話をしていたら志摩子さんが。
「乃梨子……」
「あっ、志摩子さん、あのね、あれから帰ったらタクヤ君からメールが来てて、今日これから志摩子さんの家訪問するって、だから返事にその、朝姫さんのこととかいろいろ書いて送ったら、タクヤ君からすぐ返事が来て……」
要領を得ない乃梨子さんの話から、乃梨子さんがここに来れたのはどうやらあのお爺さんのおかげらしい、ということまでは判った。
ついでに彼とは馴れ馴れしく『タクヤ君』と呼ぶくらいのメル友と。
「どういうことなの?」
志摩子さんが乃梨子さんにそう聞いた。
「あの、その・……」
「乃梨子さんも泊まっていくんでしょ?」
朝姫は割り込んでそう聞いた。
だって荷物。
乃梨子さんがすぐ脇に置いているバッグは、朝姫が持ってきた荷物よりひとまわり大きかった。
「朝姫さん、少し黙っていてもらえますか?」
「あ、うん」
いまの志摩子さん、ちょっと怖かった。
「乃梨子、山百合会の仕事は?」
「え? あ、あれからすぐお開きになっちゃって」
「そう、それなら良いわ。 それで志村さんはなんて?」
「あ、その、タクヤ君は小父さまに話をしてくれて、それで小父さまが私を招待してくれるっていう話に……」
朝姫は悪いことをして叱られる子供とそれを叱るお母さんみたいだと思った。
お母さん役の志摩子さんは乃利子さんの言葉に、考えているのであろう、乃梨子さんを見つめたまま少しの間沈黙した。
そして、経緯とか細かいことは聞かず、簡潔にこう言った。
「そんなに来たかったの?」
その言葉に乃利子さんは俯いたまま。
そして少しの沈黙の後、出てきた言葉は。
「………うん」
うわっ。 乃梨子さん可愛い。
いいたくなかったけど、でも見透かされちゃったから、正直に話したって感じだ。
「それならあの時、言えば良かったのに。 私が断ると思ったの?」
「ううん、でもお仕事があったから」
俯いたまま首を横に振ってさらに畏まる乃梨子さん。
なにを思ったか志摩子さんは席を立った。
「乃梨子……」
朝姫には志摩子さんがやろうとしたことが判ってしまった。
だから志摩子さんを追い越して先に乃梨子さんに『それ』をした。
「……って朝姫さん?」
「えへへ」
「え?」
「乃梨子さん可愛い」
「あ、朝姫さん!?」
乃梨子さんは俯いていて朝姫が後ろに回ったのに気付かなかったのだ。
朝姫はいきなり抱きすくめたのだけど、志摩子さんだと思ったらしくそのときはあまり驚かなかった。
驚いたのは朝姫と判ってからだ。
「朝姫さん、話はまだ……」
「えー、もう良いじゃない。泊まっていくのはOKなんでしょ? あんまり責めちゃかわいそうだよ」
「とにかく離れてください」
「やだ」
「……」
お、怒った?
「……朝姫さんにはあのぬいぐるみがあるでしょう?」
「あ、あれ志摩子さんにあげるから代わりに乃梨子ちゃんちょうだい」
そう言ったら、志摩子さんは静かに、でも強く言った。
「朝姫さん」
なかなか迫力があった。 これが志摩子さんの『本気』なのか。
でも、そんなのは朝姫には通用しないのだ。
「……もう叱らない?」
朝姫がそう言うと志摩子さんは「ふぅ」とため息をついた。
『本気』が効かないとわかって諦めたのか。
「叱りませんよ」
そういって志摩子さんは乃梨子さんの傍に座り、とても優しく言った。
「乃梨子」
「はい」
「志村さんやお父さまの手を煩わせないで。 今度からそういうことはちゃんと私に言うって約束して」
「うん。……ごめんなさい」
なるほど。 そこを怒ってたのか。
「……朝姫さん、もういいでしょう?」
志摩子さんはそう言ったけど。
「やだ」
「朝姫さん!」
「あの、朝姫さんそろそろ離れてくれませんか?」
「えー? 乃梨子さんまでそんなこというの?」
「だってこれじゃ身動きとれませんよ」
「そんな。乃梨子さんと私の仲なのに……」
「どんな仲ですか!」
「んー、あ、そうか」
そういって朝姫はあっさり乃梨子から離れた。
「乃梨子」
「志摩子さん」
朝姫が離れると、早速志摩子さんと乃梨子さんは見詰め合った。
いまので乃梨子さんが志摩子さんのこと大好きで、志摩子さんも乃利子さんのことを大切に思ってるのが良く分かった。
でも朝姫の前で二人の世界なんて作らせないよ?
「……朝姫さん?」
「えへへ」
今度は志摩子さんに抱きついた。
「あの、もう少し落ち着きませんか?」
「だって、志摩子さんと私の仲だし」
「仲って?」
ここで乃梨子さんがいい反応してきた。
なんというか不安げで真剣なまなざし。
「実は今日志摩子さんのお部屋に招待されて」
「えっ!」
「そこで志摩子さんがね……」
「志摩子さんが、なに?」
「全身を触ってきたわ。 しかも服を脱いでから」
「さわっ!? 脱いでぇ!?」
乃梨子さんの顔が赤くなった。 なにやら想像したようだ。
「朝姫さん!」
「だって本当の事じゃない」
「そ、それは、そうですけど」
「ほ、本当なの!?」
「いえ、違うのよ、服を脱いだのは朝姫さんの方で」
「やっぱり脱いだんだ……」
「そう、志摩子さんは熟練したテクニックで私を変えてくれたのよ。 もう忘れられないわ」
「へんな言い方しないでください!」
「し、志摩子さん、否定しないんだ……」
「乃梨子、違うのよ」
「それは今も続いているのよねー」
そういって志摩子さんに顔を寄せた。
「の、乃梨子?」
「あ、乃梨子さん、泣いちゃった」
乃梨子さん「志摩子さんが、志摩子さんが・…」なんて呟きながら涙ぐんでしまった。
「もう、どうして着物の着付けって言わないんですか!」
「え? 着物の?」
着付けと聞いて乃梨子さんの表情が晴れた。
「そうなの。 っていうか志摩子さんがそう言えば済むのに」
乃梨子さんならすぐわかると思ったんだけどな。
「それはそうですけど……」
そろそろ抱きつくのも飽きてきたので志摩子さんから離れた。
志摩子さんは乃梨子さんの肩に片手を置き、もう一方の手でハンカチをもって乃梨子さんの涙を拭ってあげていた。
でも志摩子さんってお香みたいな匂い。 あとで石鹸とかシャンプーなに使ってるか聞いてみよう。
「あー、また着崩れちゃった」
志摩子さんのはほとんど変わってないのに、朝姫のは襟元が広がって肩からずり落ちそうになっていた。
立ち上がって自分で直そうと引っ張ったりしたけど上手くいかずさらに乱れてしまった。
それを見て志摩子さんも立あがり、襟元や帯に手を伸ばして朝姫の着物を直しはじめた。
「朝姫さん?」
いや言いたいことがあるのだろう、直しつつ、批判めいた視線を朝姫に向けてきた。
「やりすぎ? 怒った?」
「ええ」
「どっち?」
「両方です」
そう言われて、朝姫は困ったように頭に手をやった。
「えーっと……」
『仏の顔も三度』
怒ったのが何回目か忘れたけど、その表情を見て流石にまた笑ってごまかすのは不味いと思った。
「……ちょっと嫉妬。 からかってごめんね」
「え?」
「だって、志摩子さん、乃梨子さんの前だとなんだか『お母さん』なんだもん」
「お母さん?」
『ちょっと嫉妬』で着物を直す手を休めていた志摩子さんは頬を赤くした。
「いやだわ、朝姫さんったら……」
「でも志摩子さん着物全然乱れてないね」
志摩子さんが着物を直すのを再開してから朝姫はそういった。
「私はむやみに人に抱きついたりしませんから」
「うそ。『抱かせて』って背中から抱きついて来たじゃない?」
「だから、そういう紛らわしい言い方しないでください! それはぬいぐるみの話でしょう?」
「あはは」
そんな様子を見ていた乃梨子さん。
「なんだか、やっぱり仲がいい……」
不満げにそう言った。
(→【No:1044】)