【1044】 高くついた代償  (まつのめ 2006-01-19 21:05:03)


ひとまず一段落です。
第一部はこちらをご参照ください→http://matsunome.s165.xrea.com/gs-list.html
第二部【No:1018】 No.1027 No.1033 No:1037 【No:1040】 【No:1043】→これ




 最初、客間に志摩子さんと朝姫さんが揃って和服姿で現れた時は驚いた。
 同じ和服、いや柄は違ったけど、同じ髪型で、並んで襖の向こうから現れてほとんど同じ動作で部屋に入ってきて乃梨子たちの前に座ったのだ。
 タクヤ君も驚いていたけど、朝姫さんがどれだけ志摩子さんに似てるか知っていたはずの乃梨子も同じくらい驚くと同時にショックを受けしまった。
 だって、朝姫さんが表情を変えて乃梨子の名前を叫ぶまで、どっちが志摩子さんだか本気で判らなかったから。


 志摩子さんは朝姫さんの着物を直し終えると乃梨子に向かって言った。
「すこしここで待っててもらえますか? 父に確認を取ってきますから」
「あ、うん」
「朝姫さん、申し訳ないのだけど、それまで乃梨子のお相手をお願いできますか?」
「お願いだなんて、私と志摩子さんの仲じゃない。 任せてよ」
「うふふ、じゃあ、任せるわ」
 志摩子さんはそういって襖の向こうへ消えた……ように見えた。
 が、襖越しに話声が聞こえてきた。

「お父さま?」
「おお、志摩子じゃないか。 お友達はどうした」
 小父さまが廊下にいたようだ。
 襖のすぐ前で話しているらしく、声は良く聞こえた。
「いえ、そのことでお父さまに……」
「なんだ、話があるのなら今、聞くぞ」
「ここでよろしいのですか?」
「かまわんよ」
「ええと、乃梨子の事なんですけど、お父さまが招待されたそうですね」
「ああ、そうだったかな?」
「それで、どうしたら」
「志摩子はどうしたいんだ」
「え? 私……」
「わしが招待というのは方便だ。 ここに来やすいようにするためのな。 乃梨子ちゃんは志摩子の妹なのだろう?」
「はい」
「だったら志摩子が決めろ」
「でも……」
「お友達を家に泊めたいときは親になんて言うんだ?」
「え、あの……」
「なんだ、泊めたくないのか?」
「いえ……」
 思わず聞き耳を立ててしまったけど、聞いちゃってよかったのかなって思った。
 志摩子さんは親に迷惑をかけないために「勘当してください」なんて言っちゃうくらいの人だ。
 だから、自分から親に「こうしたい」なんて言えないんだ。
 でも小父さまはそれをよくないと思っていて、今、志摩子さんが自分で主張をするように促している。
 いい父親だな、と思った。
(志摩子さんがんばれ)
 乃梨子は朝姫さんと一緒に襖に張り付きながら、心の中で志摩子さんを応援した。
 少しの間があってから、志摩子さんの声が聞こえてきた。
「その、今日、乃梨子も家に泊めたいのですけど」
「そうか。 乃梨子ちゃんもちゃんと泊まる人数に入っているから心配するな」
 「そうか」はとても優しい声だった。
「……はい」
 その直後、小父さまの「夕飯には遅れるなよ」という声が遠ざかって行った。

 襖のところでなんとなく朝姫さんと顔を見合わせた。
「乃梨子さんのお父さんはあんな?」
「え? うちはもっと……」
 甘いというか、立場が弱いというか。
 乃梨子が家を出てからはどうなってるか知らないけど。
 それをなんて言おうか考えてたら、襖が開いた。
「あ、志摩子さんお帰り」
 朝姫さんは平然とそんなこと言ってるけど、乃梨子は気まずかった。
 立ち聞きしてたのがバレてしまったから。
「……あの、乃梨子」
「なに?」
「泊まっていっていいそうだから」
「う、うん」
 立ち聞きを特に咎められたりはしなかった。

「お部屋に案内するわ。 ついてきて」
 廊下では志摩子さんと朝姫さんが並んで歩いて、乃梨子は大きなカバンを背負っているのでその後ろをついていった。
 後ろを歩きながら、乃梨子は二人の歩き方がずいぶん違っていることに気が付いた。
 着物を着た二人は後姿もそっくりでつい間違えてしまいそうなのだけど、これならばすぐ見分けがつくと安心した。
(でも、なんで朝姫さんまで着物着ているんだろう?)


 案内された先は志摩子さんの部屋ではなく別の和室だった。
 乃梨子は部屋に入っていきなり目付きの悪い大きなぬいぐるみと目が合って一瞬ビビった。
 その、クマだかウサギだかの、いやもしかしたら犬なのかもしれない、ぬいぐるみが和室の真ん中にでんと鎮座している様は一種異様なものであった。

「乃梨子、着替えるのなら着替えてしまって」
「え? あ、うん」
 今、乃梨子の着ているのは余所行きのワンピースだった。
 タクヤ君がお友達を案内するのに同行するということで乃梨子はいい加減な格好で来れなかったのだ。
 このままでも悪くはないのだけど、さすがにお部屋で過ごすには不向きだから、乃梨子はちゃんと部屋で過ごすのに良いように服を用意してきていた。
 志摩子さんがそのへんをちゃんと判ってくれたのが、乃梨子は嬉しかった。

「これがさっき言ってたぬいぐるみですか?」
 着替えて落ち着いてから、早速ぬいぐるみを抱きしめている朝姫さんに話しかけた。
 志摩子さんは夕食がいつになるか聞いて来ると言って出て行ってまだ帰っていなかった。
「うん、このふかふか感が良いのよ」
「ふうん・……」
 確かに毛並みが柔らかそうだ。
 でも夜中に目が合ったらそのあと魘されそうだけど。
「ところで、朝姫さん」
「ん? 抱いてみたい?」
「いえ、そうじゃなくて、和服」
「あ、これ?」
「どうして着てるのかな、なんて……」
 べつに志摩子さんとお揃いで羨ましいとか、そういうわけでは……。
 ……そうなのかな?
 朝姫さんは言った。
「乃梨子ちゃんも着てみたいんだ」
「し、志摩子さんに着付けて貰ったんですよね」
「うん、そうだよ。 乃梨子ちゃんも着てみたいんだ?」
 って、なんでもう一回いうかな?
 いつのまにか「ちゃん」付けになってるし。
「べべ、べつにそういうわけでは……」
「またぁ、せっかく来れたのに、またお昼と同じこと繰り返すのかな?」
 うっ。 なんか見抜かれてる。
 この人、おちゃらけてるようで意外としっかり見てるな。
「志摩子さんに言ってみたら?」
「遠慮しときます」
「なんで?」
「だって……」
「だってなに? 可愛いと思うけど? 乃梨子さんの和服姿」
 だって、こんな。
「ねえねえ」
「こ……」
「こ?」
 乃梨子は叫んだ。
「こんな美人二人の前じゃ見劣りするに決まってるでしょ!!」
 泣くぞ。 志摩子さんの顔で能天気に笑っちゃって……。
 というかもういじけた。
 乃梨子は背を向け、膝を抱えて座った。
「……えーと?」
 これが志摩子さんだけなら「わあ美しい」って感動して終わるんだろうけど、でも朝姫さんもだよ?
 こんな和装美人になっちゃってさ。
 そりゃ顔おんなじだけどさ……。


「あら?」
 乃梨子がいじけているうちに志摩子さんが帰ってきた。
「あ、遅かったね」
「ええ、ちょっと志村さんとお話していて」
「ああ、さっきのお爺さん?」
 ん? タクヤ君まだ居たんだ。
「ええ、それより乃梨子?」
「なんかいじけちゃって」
「朝姫さん、また何か……」
「何もしてないよ? ただ、乃梨子さんが……」
「あー! ほ、本当に何でもないのよ、ちょっとふざけてただけだから!」
 朝姫さんがさっきの事を暴露しそうになったので慌てて振り返って声を上げた。
「そう? 乃梨子がそういうのなら」
「うん、心配しないで」
 そう言って志摩子さんに向かって微笑むと、朝姫さんがまた言った。
「乃梨子さん、いいの?」
「いいんです!」
「何の話?」
 こうなたっら、必殺、話題転換っ!
「なんでもないの、それよりタクヤ君、なんだって?」
 しかし。
「ああ、それなら、志村さんがこれを渡してくれて」
「え?」
 志摩子さんは、手紙だろうか、折り目のついた紙を持っていた。
「なにそれ」
 朝姫さんが、横から志摩子さんの手元を覗き込んだ。
 乃梨子も立ち上がり、朝姫さんの反対側からその紙を見にいった。
 それは乃梨子もよくするのだけど、メールをプリントアウトした紙であった。
 って!?
「わーーっ!!」
「あ、だめ。 まだ読んでるから」
 取り上げようとして慌てて手を伸ばしたら、朝姫さんが反対側から器用に防御してきた。
「やめて読まないでそれ間違って出しちゃったやつ!」
「おっと」
 なんでそれがここにあるのよ!!
 ってタクヤ君だーっ!
 考えてみればあたりまえだ。 あのメールはタクヤ君に出したのだから。
「だめー! 返してー!!」
「乃梨子、落ち着きなさい」
 手紙はすでに志摩子さんの手を離れていた。
 朝姫さんは手を伸ばす乃梨子の額を抑えて近づけないようにしながら反対の手で印刷されたメールを持ち、それを読んでいた。
「読まないでー!」
 その時、志摩子さんが言った。
「私はもう読んだのだけど」
「え……」


「乃梨子ちゃーん、出ておいでー」
 志摩子さんは「判ってあげられなくてごめんなさい」って言ってくれたのだけど。
「あぅぅ、恥ずかしくて顔合わせられないよぅ……」
 あの手紙はちょっとした手違いで志摩子さんのご両親にも読まれてしまったという。
 それについてはタクヤ君も謝っていたそうだ。

 結局、最初のあのとき自尊心だかに邪魔されて『行きたい』と言えなかったのがいけなかったのだ。

 『天の岩戸』よろしく押入れに篭る乃梨子。

 本心を言わなかったことの代償は安く無かった。


「わ、私、どうしたら……」
 志摩子さんはなんかおろおろしていたみたいだ。




(→【No:1220】)


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