「ダメよダメよダメよダメよ! こんなんじゃダメなのよっ!」
写真部に遊びにきた笙子の耳に、そんな悲痛な叫び声が聞こえてきた。
本来ならここで「何事!?」と驚くのが正しい反応なのだろうけど、笙子は別段驚くわけでもなく、むしろ「あ、今日も蔦子さまは絶好調ですね♪」と楽しくなった。
そっとドアを開けてみれば、やっぱり先ほどの叫びの主は蔦子さまらしく。蔦子さまは散乱した写真の海の中で、「うえっぐえっぐ」とすすり泣いていた。
「ごきげんよう、蔦子さま」
「あ、笙子ちゃん。ごきげんよう」
笙子が声を掛けると、先ほどの醜態が嘘のようにクールな表情で、蔦子さまが笙子を迎えてくれる。
「どうかしたんですか? これ」
「ああ……ちょっとね」
笙子が床に散らばった写真を拾いながら問うと、蔦子さまは渋面になった。
「どうも、満足な写真が撮れなくてね」
「そうなんですか? ――白薔薇さまですね」
「うん。最近、志摩子さんってイイ表情するようになったからね、集中的に狙ってるんだけど」
そこで蔦子さまははぁ、と溜息を吐く。
笙子は拾った写真を一枚一枚見てみたけれど、どれも中々の出来に見えた。けれど蔦子さまは納得していないらしい。
「何が不満なんですか? こんなによく撮れているのに」
笙子が写真を渡しながら聞くと、蔦子さまは代わりに一冊のアルバムを渡してきた。
アルバムをめくると、そこにはずらりと白薔薇さまの写真が並んでいて。乃梨子さんなんかが見たら発狂するんじゃないか、と思ってしまうくらいに、白薔薇さま一色だった。
「……気付かない?」
蔦子さまがくい、と眼鏡を押し上げて言う。
その声音は悔しそうであり、そしてどこか、恐れているようでもあった。
「気付く……?」
「そうよ。私のこれまでの祐巳さんコレクションや由乃さんコレクション、瞳子さんコレクションに乃梨子さんコレクション、そして笙子ちゃんコレクション……」
「――あの、私のコレクションがあるなんて、初耳……」
「それらとっ! 決定的に違うことに、気付かない、笙子ちゃん!?」
「え……? えっと……」
急に声のトーンを上げた蔦子さまに、笙子は気圧されるようにしてアルバムに視線を落とす。
けれど蔦子さまの言う『笙子ちゃんコレクション』とやらの存在が気になって、笙子には蔦子さまの言わんとすることが分からなかった。
「すいません、何が蔦子さまは不満なのですか?」
「――カメラ目線」
「――カメラ目線?」
「そうなのよ! 全部カメラ目線なのよ! 茂みの中から写した一枚も、超望遠レンズで写した一枚も、探偵御用達のペン型ミニカメラで写した一枚も、全部が全部、カメラ目線なのよ!」
「――!!!???」
言われて気がついた。
アルバムの中に収められている、何百枚という白薔薇さまは……全てが、カメラ目線でにっこり微笑んでいたのだっ!
「こ、こわっ! めっちゃこわっ!」
マリア様の微笑みのように見えた白薔薇さまの笑顔が、突如悪魔の笑みに思えてしまい、笙子はアルバムを机に投げ捨てた。
白薔薇さまこと、藤堂志摩子さま。
もしかしたら、蔦子さまを越える超人なのかもしれない……。