その日、薔薇の館は暇であった。その中でも特に暇を持て余し、だるーんとテーブルに突っ伏していた由乃さんは、その弛緩した状況の打破を狙ってか、突如身を起こすと「とお!」とか叫びつつ、背面跳びの要領で令の腕の中に飛び込んだのであった。いわゆる『お姫さまだっこ』である。
「・・・ちょっと。いきなり何するのよ、由乃」
「うん。いきなりだけど、ちゃんと受け止めてくれる令ちゃんってば素敵。黄薔薇最高」
何もかもがいきなりである。弛緩した雰囲気から突如らぶらぶもーどに突入した由乃を、一同は半ばフリーズして見やっていたが、いち早く再起動に成功した乃梨子は「むむ」と唸った後、「然らば、やあ!」とか叫びながら、隣席の志摩子に倒れこんだのであった。いわゆる『膝枕』である。
「・・・いきなり、どうしたの? 乃梨子」
「うん。いきなりだったけど、優しく頭を撫でてくれる志摩子さんってば素敵。白薔薇最高」
いきなり返しである。「お主やるな」という表情の由乃以外の面々は、一層唖然とした表情で状況に流されまくっていたが、「はっ! 次は私の番」と時代の流れを読み切った瞳子は、「むむむ」と唸ると、隣の席の祐巳をちらりと見やり・・・・・・キラキラと期待に満ちた瞳で自分を見つめる祐巳の姿を認めると、
「・・・と、とう!」
と、光の速さで方向を修正し、更にその隣の席に居た祥子に抱きついたのであった。
「あら、瞳子ちゃん。抱きつくのは私になの?」
「とととと当然ですわ。べべべ紅薔薇最高」
「・・・ひどい、瞳子ちゃん。私だけのけ者にして」
「な、ならば祐巳さまも抱きつけばよろしいではありませんか」
「そっか。それなら、ぎゅ!」
「!! わ、私にではなく、祥子さまに抱きついてくださいませ!」
何もかもいきなりであったが、オチはものすごくやっぱりであった。あまり最高とは連想できない状態で連なっている紅薔薇’sを臨んだ黄と白の薔薇たちは、「ふふふふ」とほぼ同時にほくそ笑みながら、「勝った!」と意味も無く拳を握りしめたのであった。
要はそれぐらい暇だったのである。