【1058】 母の日とは違うのだよ  (六月 2006-01-29 00:39:34)


それは6月の第3日曜日、子供を持つ男、特に可愛い可愛い娘を持つ者にとってどれほど待ち遠しい日であるか!
しかし、焦ってはならん。男たるものどっしりと構えて・・・夕餉の席でこう口にすれば。
「おい、志摩子、今日は何の日だ?ん?」
「存じておりますわ、『父の日』ですわね」
そう、さすがは我が子、打てば響くように答えてくれるではないか。
これまでも毎年母の日だけでなく、父の日にもやれ工作で作った木魚だ、やれ家庭科で習った手料理だと、心付けを忘れるような子ではない。
志摩子も高校三年生という多感な時期ではあるが、今年はどうやって親への感謝を表わしてくれるのか楽しみだ。

「えぇ、昨年まではそうでしたわね・・・。
 今年は少し趣向を変えて、お兄さまに手ほどきをいただきケーキにしましたの」
賢文に、というのは気になるが、目の前にある愛娘手製の西洋菓子の魅力に比べれば些細な事だ。
白いクリームに覆われたそれをナイフで切ると、黄色と茶色の複雑な模様をした断面が顔を出す。どうやらマーブルケーキと言う物らしい。
それでは早速、とフォークを手に取ると、志摩子はにっこりと微笑みながらこう言った。
「このケーキにはお父さまへの想いを存分に込めさせていただきましたの」
わしへの想いだと?いやいやそれはいかんぞ、父は嬉しいが父子でそのような懸想をされてはちと困る。

「昨年度は本当にお世話になりました。
 体育祭では袈裟でお越になられ、皆さんに喜んで頂き私もいたく感じ入りました。
 そうそう、その前に花寺学院での講演会では随分と愉快なお話をなさったとか」
・・・えーっと志摩子、目が笑ってないデスよ。
「学園祭では素晴らしいファッションでおみえになりましたわね。志村の小父様と。
 春には私が卒業するわけでもないのに式に参列されていましたね、それもまた袈裟で。 祐巳さんや由乃さんのご家族と盛り上がっておられたようで、喜ばしいことですわ」
凄まじく黒い闘気が立ち上っておられますが、志摩子さま。
「その感謝の気持ちをたっぷりと込めて作りましたので、これまでにない自信作となりましたわ」
そ、それは感謝の気持ちではなく、怨念というものではないでしょうか。
シスターを目指していた純真な志摩子は何処へ。
「山百合会の皆さんのお陰で、人は己の感情と向き合い、それを現す勇気が必要なのだと教えて頂きました。
 さぁ、お父さま、存分にお召し上がりください」
嫌な汗を背中に流しながら、口の端が微妙に持ち上がった笑みを浮かべた娘に見つめられると、目の前のケーキから謎の殺気を感じてしまう。
「さぁ、遠慮なさらずに・・・」
仏に仕える身でありながら、神の御名を唱えつつケーキへと手を伸ばし・・・・・・・・・。






「志摩子さん、ご住職は?」
「さぁ、どうしたのかしら、胃が痛いと寝込んでいるのよ」


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