【1088】 パラレル美少女祐巳懐かしさと予感  (投 2006-02-06 23:26:28)


月曜日。
一般の生徒が来るにはまだ早い時間。
いつもの朝と同じように登校していた私の前に、一人の少女がいた。
朝に弱いはずの私なのに、この時ははっきりと目を覚ましていた。
いや、覚まされたと言うべきだろう……、その少女に。

マリア像の前で手を合わせている少女の後姿を見た瞬間に、既に私は彼女の虜だった。
少女の持つ雰囲気に囚われていた。
話したことも無いのに、知っている?
見た事もないのに、知っている気がする?
ただ暖かな日差しのような、そこにいるだけで安心できるようなそんな雰囲気を持つ少女。
私よりも背が低いのに、まるで母のような後姿……。
だから、お祈りが終わりこの場を去ろうとした少女を、つい呼び止めてしまった。

紫色のリボンを使って左右で縛って留めているほんの少しだけ茶色がかった黒髪が、
振り向いた拍子に陽光の軌跡を残して揺れる。
私は言葉を失ってしまった。

まさかここまでとは……。

目を見張るような美少女が一人、私の前で目を白黒させている。
呼吸が止まるかと思った。これは夢だと思った。
知らず手が震える。鼓動の音が早鐘のように身体の中に鳴り響く。
もしかしたら顔も赤くなっているかもしれない。

「あの、私に何かご用でしょうか?」

突然、上級生に呼び止められたからか、幾分か緊張しているようにも見えるけど、
それでも、それすら少女の魅力を引き立てているかのように思える。

言葉を発した少女によって、半ば呆けていた意識が戻り我に返る。
何か言わなくては……、そう思うのに声が出ない。
もともと少女に落ち度は無い、その後姿に惹かれてつい声をかけてしまっただけだから。
何も用などあるはずが無い。
けれど……、

「呼び止めたのは私で、その相手はあなた。間違いなくってよ」

このまま、この少女とここで別れてしまっていいの?
そう思うと、咄嗟に言葉がでてきていた。

「持って」

声は震えてなかったと思う。
今までの人生で一番緊張したのはこの時だと、間違いなく思えるけれど……。

いきなり声を掛けられて、いきなり鞄を持ってだなんて、
呆れられても仕方が無いと思う。
けれど、気付いたら少女に向かって私は鞄を差し出していた。
ただの上級生で終わりたくなかったから。
嫌われてもいいから覚えて欲しかったから。

彼女は素直に鞄を受け取った。
ここまで近づくと少女の顔がよく見える。
整った細く濃い眉。少し大きめだけれど意思の強さを秘めた黒曜石のような瞳に、
彫刻を思わせるような整った鼻に、ふっくらとした桜色の唇。
きめが細かく、透明感のある色白の肌は明るく映え、とても美しい。
そして、私はそんな少女の頬がピンク色に染まるのを見てしまった。

私だけではないのね?

だからだろうか、美の呪縛から解き放たれた私は両手を伸ばし、

「タイが、曲がっていてよ」

そう言って、曲がってもない少女のタイを直していた。

「私は二年松組、小笠原祥子。あなた、お名前は?」

頬を赤く染め、俯いていた少女は私を見上げながらはっきりと言った。

「一年桃組三十五番。福沢祐巳です。
 福沢諭吉の福沢にしめすへんに右を書いて祐、それに巳年の巳です」

「祐巳さん……、祐巳ちゃんでいいわね。いい名前ね」

「ありがとうざいます」

名前を褒められて嬉しかったのか、笑顔を見せて頭を下げる。
私は祐巳ちゃんから鞄を受け取ると、まだ赤くなっている彼女に、

「身だしなみはいつもきちんとね。マリアさまが見ていらっしゃるわよ」

いままで、誰にも言ったことの無い言葉を掛けてみる。
祐巳ちゃんは、申し訳なさそうな表情をしながら「すみません」と、また頭を下げた。
それが微笑ましくて、つい、

「あなたとは今度、ゆっくりとお話してみたいわね」

なんて、思わず言ってしまう。
祐巳ちゃんは私の言葉に、下げた頭を急に上げ、驚いたような顔で私の顔を見る。
 
しまった……、嫌われる?、調子に乗りすぎたかしら?

けれど、それは杞憂に終わった。
だって祐巳ちゃんは、ぱっと、可憐に咲いた花のような笑顔で「はい」と応えてくれたもの。

現金なもので、鞄を渡す時には嫌われてもいいと思っていたのに、もう嫌だと思う自分がいる。
この子、祐巳ちゃんだけには嫌われたくないと思う私がいる。
他の人間だったならば、例え私がその人に好意を持っていたとして、
拒絶されてもどうにも思わないだろう。
出会って数分のこの子に、何故こんなにも気を許してしまうのか自分でも分からない。
けれど、それは不思議と不快ではなかった。

「ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」

気が付けば、思ったよりだいぶ時間は過ぎていて、
薔薇の館まで急いで行かなければならない時間になっていた。

祐巳ちゃんと挨拶を交わし、別れ、私は薔薇の館へと続く道を歩く。

別れた後もこんなにもドキドキしている。
あの人を好きだと気付いた時に似た想い、
あの初恋に破れる前の、恋する少女のような懐かしさ……。
ああ、やっと分かったこの気持ちは……。

今日、祐巳ちゃんに出会ったのは偶然で、
2人が出会ったのが運命ならば、
その相手が私だったのは、必然だったと自惚れてもいいかしら?
思うだけなら、傲慢になってみてもマリアさまは許してくれるかしら?

運命とか、そんな曖昧な言葉は好きではないけれど、今日だけは信じてみよう。
私が運命なんて信じるのは奇跡のような事なのよ?
あなたにはあなたのすごさが分かるかしら?


だって、一目惚れだったんですからね…………。


今日は良いことがありそうな予感がする。
それは、きっと大切にしたい人に出逢えたから。
これからも彼女と関わっていけるから。




いつもと変わらぬ朝なのに、
鬱陶しい日の光も冷たいだけの空気も、ほんの少しだけやさしい、
いつもと違った朝のできごと……。




続く……のか?


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