【1089】 環境整備委員会はじめちゃいました  (いぬいぬ 2006-02-07 00:26:12)


 麗しき乙女の園リリアン。
 そんなリリアンでも、時の流れがある以上、段々と麗しくなくなってしまう部分もある訳で・・・
 例えば、薄汚れてしまったベンチ。
 例えば、枯れてしまった草花。
 そんな麗しき学園の“小さなほころび”を、そっと癒してくれる天使達。それが環境整備委員会の乙女達である。



 環境整備委員会は、今日も学園の為に献身的に働いていた。
 本日の活動は、花壇の中で枯れてしまった秋の草花から、冬の草花への植え替え。
「志摩子さま、シクラメンはここに植えればよろしいですか?」
「そうね・・・ あ、パンジーはシクラメンを囲むようにね」
「はい、志摩子さま」
「志摩子さん、花壇の柵にする竹が足りないのだけど・・・」
「それなら、用務員の方に言えば新しい物を頂けるわ」 
 彼女達の中心で、忙しく指示を出すのは白薔薇さまである志摩子だった。
 志摩子は別に委員会の幹部という訳ではなかったが、やはり白薔薇さまである以上、どうしても頼られがちである。そして、志摩子もそれを苦にした様子も無く、むしろ委員会のため、学園のために、率先して働いていた。
 委員会の乙女達も、そんな志摩子の様子に尊敬と憧れを抱き、環境整備委員会は益々志摩子を中心にして動くようになってゆく。
 志摩子の的確な指示の下、花壇の植え替えはあらかた終わりに近付いていた。細々とした片付けをしながら、彼女達は満足気な顔で花壇を見ている。
「お姉さま」
「あら乃梨子。どうしたの? 」
「うん、一緒に帰ろうかと思って・・・ 」
「もう・・・ 今日は山百合会の仕事も無いし、私は遅くなるから先に帰って良いと言ったのに」
 志摩子は呆れたように言うが、その顔は、嬉しさを隠せていなかった。
「えへへへ・・・ たまには待つのも良いかなと思ってね」
「うふふふ。じゃあ、もう少し待っていてくれる? 」
「うん! 」
 幸せそうに笑いあう白薔薇姉妹に、周りの乙女達も思わず微笑んでいた。
「ちょっと志摩子さん。姉妹で仲がよろしいのは良いけど、まだ作業の途中でしてよ? 」
 白薔薇姉妹にやや刺のある言葉をぶつけてきたのは、環境整備委員会の副委員長だった。
 良いところに水を差されて、乃梨子は憮然とした表情になったが、志摩子が「ごめんなさい、すぐに作業に戻るわ」と言って、乃梨子に目配せしたので、乃梨子も黙って環境整備委員の輪から、そっと離れた。
( ・・・作業の途中って言っても、もう片付けも少ししか残ってないのに)
( きっと、白薔薇さまの人気が妬ましいのね)
( ご自分が副委員長なのに頼られないものだから・・・)
( そりゃあ、あの性格じゃあ・・・ )
( しっ! あの方に聞こえたら大変よ? )
 乃梨子の耳に、委員会の乙女達のそんな囁きが漏れ聞こえてくる。
( ・・・なるほど、それであんな刺々しい態度に出る訳だ。嫉妬って見苦しいなぁ・・・ )
 乃梨子は内心納得する。同時に、そんな理由で志摩子との楽しいひと時を邪魔してくれた彼女に、益々反感を覚えた。
 だが、刺のある言葉を投げつけられた志摩子自身が素直に作業に戻ってしまった手前、乃梨子が文句を言う訳にもいかない。
( 志摩子さんも、もう少し自分に対する敵意に反抗しても良いのにな・・・ )
 そんな事を考えながら志摩子を見ると、何やら満足気な顔で微笑みながら花壇を見つめていた。
( ・・・志摩子さんにそんな攻撃的な事は似合わないか。あの優しさも含めて志摩子さんの魅力だもんね)
 思わず釣られて微笑む妹バカな乃梨子だった。
 しばらくすると作業も全て終わった。委員会の乙女達が、作業用の体操服から制服に着替えて帰ろうとしていると、志摩子が突然みんなを呼び止めた。
「みなさん、作業が長引いてお腹がすいてませんか? 私、軽いオヤツを準備してきたんで、よろしければ・・・ 」
 志摩子の「オヤツ」という言葉に、乙女達の顔がほころぶ。献身的な天使達とは言え、働けば当然お腹が空くのだ。ましてや年頃の乙女達、オヤツという言葉には滅法弱かった。
 みんなの笑顔を見て、志摩子はかたわらに置いてあったバッグから、何か箱を取り出したが・・・
「志摩子さん! あなた、学園にオヤツなんか持ち込んで良いと思っているの? 」
 またしても噛み付いてきたのは、副委員長だった。
「仮にも白薔薇さまと呼ばれる人が校則違反だなんて、はしたないのではなくて? 」
 志摩子が言い返さないのを良いことに、さらに問い詰めてくる副委員長。
 確かに箱入り娘養成所とも呼ばれるリリアンだけあって、それなりに校則は厳しい。「授業に無関係な物を校内に持ち込んではならない」という校則もある。だが、軍隊ではあるまいし、一切の娯楽を否定している訳でもない。ましてや志摩子は、仕事で空腹になるだろうと、環境整備委員のためにオヤツを用意したのだ。
 周りにいる環境整備委員会の面々も、さすがに不愉快そうな顔で副委員長を見つめる。
 そして、それまで何も言い返さない志摩子の手前、我慢していた乃梨子が、もう我慢の限界となり、副委員長に文句を言ってやろうと一歩前に踏み出そうとした。
 が、その一歩は横から伸びた手にさえぎられた。他ならぬ志摩子自身の手によって。
「志摩子さ・・・ 」
 乃梨子は志摩子を見るが、静かに諭すような瞳に、何も言えなくなる。
「ごめんなさい。そうよね、私のおかれた立場を考えれば、他の人達に悪影響を与えてしまうかもしれないわ。軽はずみな行動だったわね」
「そうよ。もう少し白薔薇さまとしての自覚を持った行動をして欲しいものね」
 志摩子が素直に謝罪したのを良いことに、副委員長は益々尊大な態度で言葉の刺を投げつけてくる。
 乃梨子は思わず拳を握り締めていた。いくら志摩子が敬虔なクリスチャンとは言え、今のは誤る必要など無いはずだ。そう思い志摩子を見るが、また静かな瞳に諭されてしまう。
 周りで事の成り行きを見守っていた環境整備委員達のまとう空気も、寒々としたものになっていた。
 志摩子が少し寂しげに風呂敷から取り出した箱を見つめていると、副委員長は志摩子の手からヒョイと箱を取り上げてしまう。
 あっけにとられる一同に、副委員長はこう宣言する。
「・・・校則違反の物は没収。生徒手帳にもそう書いてあるでしょう? 」
 そう言って、箱を手に歩き出してしまった。
 まるで教師のような振る舞いに、乃梨子をはじめとする一同は、怒りを通り越して呆れてしまった。
 なんとなく白けてしまった一同に、志摩子が話しかける。
「みなさん、ごめんなさいね? 変な期待をさせてしまって・・・ 」
「そんな! 志摩子さまのせいではありません! 」
「そうよ、志摩子さんは悪くないわ」
「副委員長が厳しすぎるのよ」
 落ち込む志摩子を励ます環境整備委員達を見て、乃梨子は「これなら、あの副委員長がいても、そんなに志摩子さんにひどい事はできないだろう」と、少し安心した。
 しかし、乃梨子が何気なく副委員長の行く先を見た瞬間、そんな考えは吹き飛んでしまった。副委員長が向かう先には、焼却炉があったのだ。しかも、副委員長は迷い無く焼却炉の扉を開けている。
( な! 何してんのあの人! )
 先程よりも激しい怒りに、乃梨子は走り出そうとした。
 が、またしても横から伸びた手にさえぎられる。志摩子の手に。
「放して志摩子さん! 」
「落ち着いて、乃梨子」
「だってあいつ、志摩子さんの持ってきた物を焼却炉で焼くつもりだよ?! 」
 緊急事態に、先輩を“あいつ”呼ばわりする乃梨子。そんな乃梨子の言葉に、環境整備委員達も副委員長が何をしようとしているかに気付いた。
「乃梨子、お願いだから落ち着いて」
 志摩子の手を振り切ろうとする乃梨子を、志摩子はしっかりとつかんで放さない。
 乃梨子は志摩子の顔を泣きそうになりながら見つめた後、悔しげに副委員長を睨みつける。すると、副委員長の唇が、フッと嘲笑を浮かべるのが見えた。
「 !!  放して志摩子さん! 」
「だめよ乃梨子」
「だってあいつ、今笑ったんだよ?! あいつ、校則違反を罰したいんじゃなくて、単に志摩子さんのした事が気に入らないんだ! 」
「行ってはだめよ、乃梨子」
「あんな事するのを放っとけないよ! 」
「いえ、今行くと危ないから・・・ 」
「危なくたって! ・・・・・・・・・って何が? 」
 乃梨子の疑問には、次の瞬間に“答え”が返ってきた。焼却炉の中から。

 ぽ ん !!

『・・・・・・・・・・・・え? 』
 何だか小気味良い破裂音に、志摩子以外の全員が、当の副委員長までもがあっけに取られて呟くと、“答え”は焼却炉の中から益々盛大に聞こえてきた。

 ポ ン !! ポ ぱ ん !! ポ パ パ ン !! ぱ ぱ ポ パ ン !!!

 鳴り響く破裂音と共に、何か小さな粒が焼却炉から飛び出し続けている。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ! 」
 副委員長が悲鳴を上げてしゃがみ込むのを、一同はぽかんと見ていた。
 そんな一同の中で、志摩子だけが無邪気に微笑んでいる。

 ポン! ぽパン! ポぱぱパン! 「きゃぁぁぁっ!! 何?! 」パパパン! ポン! パポン! ポぱパパパン! ぱパパパン! 「いやぁぁぁっ! 何なのよ〜! 」ぱパパぽん! ぽん! パン! パパポン! ぱパパパパパパん! 「誰か〜! 」 ポぽん! ぽん! ぱパン! ぽん! 「助けて〜!! 」 パパぽん! ぽんポぱパパぽん! ぱポン!

 もはや副委員長は、頭を抱えて泣いていた。
 もういっそ気持ち良いくらい連続して鳴り止みそうにない破裂音を聞きながら、呆然としている一同。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・志摩子さん、あれってもしかして・・・ 」
「パップコーン」
「・・・・・・・・・・何でそんなに発音良いの」
「修学旅行の影響かしら? 」
「イタリアって英語圏じゃないぢゃん!! 」
「良いツッコミだわ乃梨子」
 相変わらず無邪気に微笑んでいる志摩子。
(まさか、こうなる事を予測して素直に箱を渡したりした訳じゃあ・・・・・・ まさかね )
 己の考えに戦慄する乃梨子に、志摩子はぽつりと呟く。
「・・・ここまで予想どおりだと、かえってつまらないわね」
 溜息と共に出たそんな鬼のようなセリフに、一同は黙って副委員長に合掌したのだった。





 数日後、環境整備委員会に、新たなメンバーが加わった。
「乃梨子、解からない事があったら、何でも聞いてね? 」
「うん。宜しくね、志摩子さん」
 新たなメンバーは乃梨子だった。
 実はあのポップコーン(志摩子に言わせると“パップ”コーン)騒動の直後、うすら寒くなるような微笑を浮かべる志摩子に恐怖した環境整備委員達の、『お前“アレ”の妹だろ? 何とかしろよ・・・』的な視線という無言のプレッシャーに負けた乃梨子が、志摩子の“お目付け役”として委員会入りする事になったのである。
 とある2年生委員の「人が死んでからじゃ遅いから・・・ 」というセリフに後押しされる形で委員会入りした乃梨子。「あの2年生の言葉は洒落になってないよな」などと回想しながら、今日は志摩子の隣りで草むしりをしている。
( でも私、本当に志摩子さんが暴走した時に止められるのかなぁ・・・ )
 乃梨子が不安になるのも当然である。だが、環境整備委員達は、はなから乃梨子にストッパーの役目など期待してはいなかった。むしろ志摩子の脅威が訪れた時に、真っ先に被害を受けて、その後ろにいる人間への被害を最小限に食い止める“防波堤”として、志摩子のすぐ隣りに立つ人間が欲しかっただけである。
 環境整備委員用語で言うところの“生贄”というやつだ。
 志摩子のにじみ出る性格の黒さは、これ程までに周囲に影響を与え、無垢だったはずの乙女達をここまで残酷にできるものなのだろうか(笑)
( でも、志摩子さんを放置して、犯罪者になられたら私も困るし・・・ 将来的に。そうなる前に、どんな手を使っても食い止めなきゃ )
 乃梨子も乃梨子で、姉を犯罪者予備軍扱いであった。しかも、自分の将来に悪影響を及ぼす事前提である。
 この姉にしてこの妹ありといったところであろうか・・・
 乃梨子が何となく志摩子の後姿を見ていると、志摩子がこちらを振り返った。
「乃梨子」
「何? 志摩子さん」
「野生の虎が、獲物になりそうな小動物を狙っていたとして・・・ 」
「 ? 」
「その虎の行動を阻止しようと見張っていても、ただの人間には、なすすべが無いと思わない? 」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ですよね〜」
 次の犠牲者は私かなぁ・・・ 
 乃梨子はそんな事を思いながら、やけに綺麗に晴れた空を見上げた。
 


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