【1090】 旗揚げ  (朝生行幸 2006-02-07 01:00:27)


 体育館の裏手に、銀杏に紛れて一本だけ咲き誇る桜の木の下。
 少しだけ冷たい春風と、うららかな陽光が、肌に気持ち良い。
 両手を広げて、舞い散る花びらをほんのちょっぴりナルシストっぽく全身に浴びているのは、白薔薇さまこと藤堂志摩子だった。
「あー、いたいた。志摩子さん」
「ふふん、思った通りね」
 志摩子にとって聖地に等しいこの場所で、背後からの聞き慣れた声に振り向けば、そこには紅薔薇さまこと福沢祐巳と、黄薔薇さまこと島津由乃が立っていた。
 なにやら大きな包みを抱えた状態で。
「祐巳さん、由乃さん」
 春を迎え、三年生になった三人。
 山百合会では、一年ぶりに揃った三年生の薔薇さま。
「はい、コレ」
 祐巳から手渡された、妙に長い包み。
 志摩子の身長を、遥かに上回っている。
 祐巳も二つの細長い包みを、そして由乃も、志摩子と同じぐらい長い包みを抱えていた。
「これは何?」
「開けてみて」
 言われるままに包みを開けば、現れたのは長大な刃を持った長柄の得物、即ち青龍偃月刀。
 祐巳の包みからは、2本の刀剣、即ち雌雄剣。
 由乃の包みからは、波打った穂先の長柄の得物、即ち蛇矛。
「これはいったい…?」
 困惑の表情で、得物を見上げる志摩子。
「それにしても、良い天気だね」
「そうね、桃林じゃないのは残念だけど」
 志摩子の呟きには答えず、桜の木を見上げてなにやら話している祐巳と由乃。
「それじゃ、始めようか」
「うん。志摩子さんもこっちに」
 志摩子を促し、桜の木の下で向かい合う。
「いい?志摩子さん、私たちに合わせて」
「え?ええ…」
 何を始めるのかサッパリだが、とりあえず頷く。
『我等三人!』
「わ、われらさんにん?」
 祐巳と由乃、持ってた得物を持ち上げ、音を立ててかち合わせる。
 慌てて、同じことをする志摩子。
『生まれた日は違えども!』
「う、うまれたひはちがえども!」
 何をしているのか、漸く理解できた。
『願わくば、同年同月同日に卒業せん!』
「ねがわくば、どうねんどうげつどうじつにそつぎょうせん!」
 そう彼女たちは、三國志で御馴染みの『桃園の誓い』みたいなものをしているのだ。
「薔薇さまになった私たち、高校生活最後の一年を悔いなく過ごすために、更に団結してやって行くわよ」
「そんなワケで、誓いの杯ね。私たち、スールではないけど姉妹のような関係で、中睦まじく、ね」
 祐巳の合図で現れた白薔薇のつぼみ二条乃梨子が、それぞれの得物を受け取り、包みなおして立ち去って行ったかと思えば、入れ替わりに紅薔薇のつぼみ松平瞳子が現れ、木の下にビニールシートを敷くと簡易テーブルを開き、恭しく運んできたティーカップとティーポット、茶菓子が乗ったトレイを置いて、三人に向かって一礼すると、黙って立ち去って行った。
「それでは、かんぱ〜い♪」
 芳香を放つ紅茶が入ったカップを掲げて、祐巳が音頭を取れば、残る二人もそれに応じる。
「まぁ実際は、『桃園の誓い』なんて無かったらしいんだけど」
「そこは気分ってことで。それにしても、お酒じゃないのが残念ねー」
「ちょっと由乃さん、学校でお酒は拙いよ」
「学校でなくても、お酒は拙いのではないかしら?」
「えー?結構美味しいわよ」
「でも、どうして私が雲長なのかしら」
「それを言ったら、私なんて益徳よ、益徳」
「私が先主ってのも変な話なんだけど」
 他愛ない会話を続ける三人だが、結構詳しいなあんたたち。
 こうして、こっそり覗いていた写真部のエース武嶋蔦子嬢に命名された、薔薇さまたちによる『桜下の誓い』は、リリアン史に残ることになったのだった。

 しかしこの後、山百合会、運動部連合、文化部同盟による三つ巴の争い(?)、いわゆる三国鼎立時代になろうとは、誰に予測できようか…。


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