【1093】 とてもやわらかい空間貴方にだけ譲れない!  (投 2006-02-07 18:40:11)


【No:1088】の続き




「ごきげんよう」

まだ人の少ない教室へと足を踏み入れる。
すると、今日は珍しくいつもより目立つ友人の姿を見つけた。

「へぇ、祥子さまとねぇ」

なんだか普段より笑顔が眩しい祐巳さんを、教室に入ってすぐに発見した私は、
何かいいことでもあったの?
と、軽い気持ちで話し掛けてみたけれど、彼女の話は私の予想を上回っていて、
なんとか言葉を返したものの、内心は複雑だった。

祐巳さんは、二学期の始業式に転校してきたばかりで、
あまりここの事が分かってないようで、説明する私としても気を使ってしまう。
あ、でも祐巳さん、初等部の1年生まではここにいたんだっけ?

「えっとね、祐巳さん」

とりあえず、山百合会のことと姉妹制度の事くらいは説明しとこう。
祥子さまと出逢ったってことは、多分、山百合会とも関わることになるだろうから。

「ロサ・きねんシす・アン・ブゥとん……、が紅薔薇のつぼみ……、で祥子さま……」

一生懸命、覚えようとしているんだろう。
小さな桜色の唇から何度も繰り返し紡がれるのは、さっきからずっと祥子さまのことばかり。






始業式が終った後のホームルーム、みんなの前で自己紹介をしている祐巳さんを見た時から、
私の視線は彼女に釘付けだった。
緊張気味に自己紹介する姿は本当に可愛らしくて、
クラスのあちこちから溜息が零れたのを今でも覚えてる。
それは羨望の溜息、そして嫉妬の溜息。
神様は不公平だと、そんなことはずっと昔から知ってるはずなのに、
それでも美の集大成みたいなものを見せられたら、愚痴の一つでも零してみたくなる。

祐巳さんが私の後ろの席になった時、私は憂鬱な気分になった。
自分の容姿が並だとは良く知ってるけど、それでも多少の自尊心はある。
容姿が全てでは無いとも思ってるけど、それでもすぐ近くの席にいるだけで、
どうしたって比べられてしまう。
だからという訳でもないけど、私はなるべく彼女の事を意識しないようにする事にした。
ホームルームの時間も終わり、生徒たちは皆、帰り支度を始める。
今日は部活はお休み。
なので、私も帰る準備を始めていたんだけど、

「あの……」

後ろの席から掛けられた声に思わずドキリとする。
だってそれは間違いなく彼女の声。
嬉しかった……、けれど少し嫌だった。
そう思ったことは顔に出ていないだろうか?
ゆっくりと振り返った。

「どうしたの、祐巳さん?」

「えっと、あのね……」

その綺麗な可愛らしい顔に困ったような表情をのせつつ、
それでも思い切ったように彼女は口を開いた。

「下駄箱ってどこにあるの?私、道を覚えてなくて……」

その言葉に、頭の中が真っ白になった私は、何を言われたか理解すると共に吹き出した。
あれだけ真面目な顔して下駄箱の場所?
確かに転校したてで、しかも初日。
それでも、一回は履き替えたはずなのに覚えてないとは思わなかった。
私のさっきまでの葛藤っていったい……。

「そうね〜、きっと靴のたくさんある場所にあるんじゃないかしら?」

だから非常に自分勝手だけど、ちょっとくらいの意地悪は許して貰おう。
これくらいの意地悪なら許してくれる?

「え〜?分かんないってば」

……。
許す、許さない以前の問題だった。
えっと、祐巳さんって天然?

「案内するから、もう帰る用意はできたの?」

「ちょ、ちょっと待って」

机の上の荷物を慌てながら鞄に詰め込む彼女を見ていると、
羨望とか嫉妬とか、そう言う感情は何時の間にか、どこかに吹き飛んでしまっていて、
自分でも気付かないうちに微笑んでいた。

祐巳さんは超人ではない。
容姿は人並みはずれているけど、人並みに悩んだりもするし、
成績は平均(本人が言ってた、簡単に嘘を付くような子ではないから本当だと思う)。
ちょっと思考が他人とズレてる気がするけど……。
少しおっちょこちょいで、考えていることがすぐに表情に出る天然娘。

「お〜い、置いてくよ?」

何時の間にか帰宅の準備をした祐巳さんが私を見つめてる。
おっと、いけないいけない。というか、

「下駄箱の場所、わからないんじゃなかったの?」

「うわ、意地悪だ」

「教えてあげようとしてる人に向かってそんな事言っていいのー?」

「う……、ごめんなさい」

面白い。からかうと打てば響くように返ってくる。
病み付きになりそう。

「そう言えば……、自己紹介がまだだったわね、私は……」






「ねぇねぇ、桂さん?」

「うん?なに祐巳さん?」

ふと我に返ると、祐巳さんが私を真剣な表情で見つめている。

「一応、なんとか覚えたと思う。えっと、
 ロサ・キネンシス・アン・ブゥトンが祥子さまで、
 紅薔薇のつぼみがロサ・キネンシス・アン・ブゥトンの日本語名?
 ロサ・キネンシスが水野蓉子さま、
 ロサ・ギがんてィアが佐藤聖さまで、
 ロサ・フェチだ……?が鳥居江利子さまでしょ?」

「イントネーションがおかしいんだけど……」

それでも、祥子さま関係の事はちゃんと覚えてるみたい。

それにしても、祐巳さんの傍って本当に居心地がいい。
そして、それだけじゃなくて本当に楽しい。
自然とやさしい気持ちになれる……、ちょっと意地悪したくなる時もあるけど。
私らしくない表現になるけど、お日様みたいな人で、
とてもあったかくて、安心できる空間を作れる人。
だからかな?
転校してきて、一月ほどしか経っていないのに彼女の周りにたくさんの人たちが集まるのは。

だから、例え相手が祥子さまであれ、そう簡単に友人を独り占めさせたりしませんよ?
祐巳さんが祥子さまを本気で求めるなら応援はする。
悔しいから手は貸さないけど。

祐巳さんを独り占め、それが許されるのは祐巳さんが望んだ人だけ。
それは私ではない。だから私は独り占めできないし、そもそもしようとは思わない。




 だって、お日様を独り占めなんてしたらきっと妬かれてしまうもの……




まだ続く……のか?


※設定1 祐巳は転校生
     1話目書いた時こんな目立ってお姉さまがいないはずないだろう?と思ったから
     あとは内緒
※設定2 性格などはあまりかわらない。百面相健在。
     ただし話の都合上、変わってる部分があります、少しだけだけどそれは後ほど


一つ戻る   一つ進む