【1105】 始まりはここから〜  (投 2006-02-10 20:41:58)


【No:1088】→【No:1093】→【No:1095】→【No:1097】→【No:1101】→
【No:1102】の続き




水曜日、昼休み。

「はい、祐巳さん」

昼休み、祐巳さんを誘って講堂の裏手で昼食をとっていた時、
私が差し出したのはシンデレラの台本。
祐巳さんはお弁当箱を置いて、台本を受け取りゆっくりと開いた。

「ブルーの箇所が祐巳さんの台詞だから」

ありがとう、と言って祐巳さんが数ページめくる。

「あんまりセリフは多くないね」

「あら、シンデレラの方がよかったかしら?」

「姉B役で十分です」

冗談で言ってみると、片手を振りながら苦笑する。
そして、ふと疑問に思ったのか尋ねてくる。

「でも、なんでシンデレラの部分にピンクの印が打ってあるの?」

「ふふ、裏表紙をご覧になって」

祐巳さんは首を傾げながらも、言われた通りに台本の裏表紙を見た。

「これって……、祥子さまの?」

「ええ、もう覚えられたそうよ。それに、その印を付けたのは両方とも祥子さまなのよ」

ピンクの印は主役のシンデレラの台詞だ。
祥子さまはかなりの量のそれをもう覚えられたらしい。

「祥子さまは……」

「今日は、薔薇の館には来るとおっしゃってたわ」

そっか……、と呟いて祐巳さんは台本を脇に置いて、お弁当の残りを食べ始める。






あの時……。

「祥子さまも他のお姉さま方も、大切なことをお忘れになっていませんか」

「大切なこと?」

「祐巳さんのお気持ちです」

この後どうなるのかは、なんとなくだけど分かっていた。
もう遅いとは分かっていた。
それでもそう言ったのは怒っていたから。
妹にすると決めた祐巳さんを放って、話を進めていた祥子さまに怒っていたから。
そして、なによりも祐巳さんのことに気付いてあげて欲しかったから……。
祐巳さんが、祥子さまの事を好きって事はすぐに分かった。
祐巳さんが見てたのは祥子さまだけだったから。
それなのに、祥子さまは気付かなかった。
祥子さまは、自分の事に気を取られすぎて、全く祐巳さんの事を見ていなかった。
何もしなくても祐巳さんが傍にいてくれると、信じ過ぎていたからかも知れない。
祐巳さんの居場所を作ってあげなかった。
シンデレラの降板の話の時。
立場があやふやなままの祐巳さんにとって、あれはどんなに苦痛だっただろう?
祥子さまが主役のシンデレラを降りたいが為に、誰でもいいから適当に妹を選んだって、
誰だってそう思ってしまう。
そう思ってしまったら、写真が出てきてもちょうどいい材料にされただけだって、
そう思ってしまっても仕方ない。

そして、祐巳さんは出て行った。
泣きそうになりながらも、決して泣かずに出て行った。

もしも、の話だけれど。
お姉さま方に紹介するより先に、ちゃんとした姉妹になっていれば……、そして、
シンデレラ降板の事より先に写真を見せる事ができていたなら、誰だって認めていたはず。
二人がお互いに相手を好きなんだって、誰だってすぐに分かる。
純粋に好きだから姉妹にしたって、あの写真を見れば誰だって納得できた。

そうであれば、シンデレラ降板の話と姉妹になった理由が無関係になる。
シンデレラ役が嫌で最初にぶつかった生徒を妹に選んだと、祐巳さんだって誤解しなかった。
今更やり直せないことだけど、ほんの少し順番が違っていれば誰も傷つく事は無かったのに。






「志摩子さん?」

呼びかけられてる事に気付き、我に返る。

「どうしたの?」

「なにか考え込んでたみたいだけど、お弁当食べないと時間なくなっちゃうよ?」

「あら?ごめんなさい。少し考え事していたわ」

お話は最後までお弁当を食べてからの方がいいわね。
祐巳さんを見ると、もうお弁当は食べ終ったのか、既に後片付けを始めている。
しばらく静かな時間が訪れる。
5分ほどでなんとか食べ終えた私は、お弁当箱を片付けながら言った。

「もう少ししたらギンナンの季節ね」

「へ?」

祐巳さんが、ぽかんと口を開いたまま妙な声を出す。

「祐巳さん、その驚き方はちょっと……」

クスクス笑いながら私。
それにばつが悪そうな顔をして祐巳さんは溜息を吐いた。

「笑われちゃった。それより、いきなりギンナンってどうしたの?」

ごめんなさいね、と謝ってから続ける。
私が、ギンナンとかユリネとか大豆が好きな事。
銀杏並木で落ちたギンナン拾いをする事。
志摩子さんって変わっているね、と祐巳さん。
2人で笑いあう。
まだ祐巳さんの本当の笑顔は見えない。
同じクラスだから見たことがある。
少し前に、クラスメートの桂さんと話をしている時の祐巳さん。
本当に楽しそうだった。
昨日の休み時間に、その桂さんも祐巳さんの異変に気付いたようで心配していた。

「この間はごめんなさい」

「……実は昨日、薔薇さま方とか令さま、今日の朝には由乃さんにも謝られたんだ。
 その時にも言ったんだけど、謝らないといけないのは私の方。ごめんなさい。
 みなさんに迷惑かけたと思うから、それに挨拶もせずに飛び出しちゃったし」

「あら、挨拶をしなかったのは私達もよ?」

2人言い合って、もう一度笑いあう。
ふと気付いたけれど、少しずつ笑う度に祐巳さんの笑顔が戻ってきているような気がする。
本来、祐巳さんはとても明るい人だから。
クラスではあまり話した事は無かったけど、見ていたから分かる。
祐巳さんは気付いていないかもしれないけど、登校した時に必ず祐巳さんに挨拶をしてるのよ?
祐巳さんには沢山の人が挨拶してるから、気付かないのも仕方ないかも知れないけれど。
でも、やはり祥子さまでないと本当の笑顔は戻らないし、引き出せないのね。
けれど、それも時間の問題。
今日中には祥子さまが何かしら行動を起こされるでしょうね。

「祐巳さん」

「なぁに、志摩子さん?」

「祥子さまは桜も銀杏もお嫌いなのよ」

「はい?」

「味がまずいから見たくもないそうよ、ふふふ」

きっとあなたは達はうまくいくから。
そのお祝い代わりよ。

祐巳さんは不思議そうに首を傾げている。
私は右手を祐巳さんに差し出した。

「お近づきになれて良かったわ」

呆気に取られた表情を浮かべたあと、苦笑しながら同じように右手を差し出し、

「うん、私も」

言って私の手を握る。
とても暖かな手。
なんでも許してくれそうな、お日様の手。

いつか話せる時がくるでしょうか?

誰にも言えない隠し事。
こんなにも罪深い私は許されることはないでしょう。
ですが、そんな私でも……、




 この大切な人たちを誇りに思います……




まだまだまだまだまだまだ続く……のか?



火曜日と水曜日の昼休みの出来事が混ざってます。


一つ戻る   一つ進む