【1106】 百戦錬磨  (朝生行幸 2006-02-11 00:36:42)


 ザン。
 漫画で良く使われる効果音とともに、現れた複数の影。
 細川可南子は、突然現れた彼女達に、ワケも分からないまま包囲されてしまった。
 複数どころか、かなりの大人数で、全員一様に体操服を着込んでおり、殺気立った目付きで遠巻きにしている。
 中には見知った相手もいるが、どうやら話が通じる状態でもなさそうだ。
 用事があって上京してきた両親から妹の次子を預かり、彼女を背負って担当区分の掃除をしていたところでこの始末。
 右手には箒、背中には赤ん坊の妹。
 そして周囲は十重二十重の人の壁。
「細川可南子!」
 包囲している生徒の一人が、可南子の名を呼んだ。
「我等が運動部連合の代表が、あなたをどうしても連れて来いと仰せよ!」
 困り眉を更に困らせて、彼女に目をやる可南子。
「素直に従えば良し、従わなければ…」
「従わなければ、どうなると言うのかしら?」
 誰かと思えばその相手は、バスケ部の副部長。
 目が少々血走っている。
「背中の子の安全は…まぁそれは保障するけど、あなた自身は少々痛い目に合うかもしれないわよ!」
 いくら次子の安全は保障すると言っても、この人数で悶着が起これば、安全であろうはずがない。
 どう動くにしても、まずは次子の安全を最優先で確保しなければ。
 可南子は、バスケ部に所属しているゆえ運動部連合寄りなのは言うまでもないのだが、どうして副部長が、しかも無理矢理連れて行こうとするのか。
 いずれにせよ、そっちが強引な手を使うのなら、こちらも相応の対応をするのみ。
 腹を括った可南子は、箒を構えると、最も薄い層に向かって突撃した。

 第一の包囲を突破するも、次々に襲い掛かってくる女生徒たち。
 竹刀と防具で完全武装の剣道部を、箒でバシバシと叩き伏せ、テニスラケットを振り回しながら迫って来るテニス部員を、箒でペシペシと叩きのめし、金属バットを振り上げながら追いかけてくるソフトボール部員を、箒でツンツクと突き転がしつつ、中庭に向けて疾走する。
 折れてしまった箒を捨てて、田沼なんとかって剣道部員から奪った竹刀を構え、単騎で無人の野を駆けるが如く突き進む可南子の姿は、将に一騎当千、言うなれば、阿斗を背負って魏軍を駆け抜けた趙子龍といったところ。
 可南子が向かうのは、薔薇の館。
 かつて可南子自身、山百合会の助っ人として働いたことがある上、山百合会幹部は全員次子と面識があるため、妹を預けるにはもってこいの場所。
 そこに辿り着くことさえ出来れば…。
 お気楽にケラケラ笑う次子を背中にしながら、必死で駆け抜ける可南子だった。

 薔薇の館玄関前。
 いくら対立しているとはいえ、リリアン女学園高等部の象徴とも言うべき薔薇の館にちょっかい出す生徒などいようハズもないが、念の為交代で見張りを置くようにしている山百合会。
 今日は、黄薔薇さまこと島津由乃、由乃益徳の番だった。
 ドアの前、蛇矛を片手に仁王立ちしたその様は、さながら長阪の燕人。
 地鳴りが聞こえる方を見やれば、竹刀を手にした細川可南子を先頭に、多数の生徒が砂埃を上げながら迫って来る。
 すわ敵襲か?と、蛇矛を構えて待ち受けるが、よくよく見れば、困った表情で赤ん坊を背負ったまま走る可南子。
 オマケに、待てーとか、止まれーと聞こえるからには、追いかけられていると判断するのに、そう時間はかからない。
「黄薔薇さま、お助けくださ〜い」
「可南子ちゃん、早く中へ!」
 頷いてドアを開け、可南子を促す由乃。
 可南子を通してドアを閉めた由乃は、その前に陣取った。
 追いかけてきた運動部連合の生徒たち、今度は由乃を包囲した。
 例え大人数で包囲したとしても、流石に相手が黄薔薇さまともなると、おいそれと手は出せない。
 この状況でも由乃は、見るからに「楽しそう」って風情で、目が爛々と輝いており、しかも今にも斬りかかって来そうな雰囲気。
 遠巻きにしたまま、足が竦んでしまった生徒もいるのか、全然動きがない包囲陣に不満な由乃は、
「身はこれロサ・フェティダなり。来たりてともに死を決すべし!」
 大音声と同時に蛇矛を横薙ぎすれば、その凄まじい迫力に、気を失う生徒もちらほら。
 それを見て肝を潰した包囲陣、倒れた生徒を介抱しつつ、潮を引くように去って行った。
「…なんだ。ツマンナイの」
 心底つまんなさそうに、由乃はボソリと呟いた。

 事情を聞いた運動部連合の代表は、由乃を『万人の敵』と呼び、可南子(with次子)を迎え入れた紅薔薇さまこと福沢祐巳は、彼女を『これ一身肝なり』と称して、大いに褒め称えたのはまた後の話…。


一つ戻る   一つ進む