【1108】 私でさえ魅了する貴女だきしめて  (投 2006-02-11 16:13:38)


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「ごきげんよう」

館の出窓から外を覗いていた私は、祐巳ちゃんの声に顔を上げた。

「うん、ごきげんよう」

薔薇の館には現在、私と祐巳ちゃんの二人しかいない。
みんな掃除当番とか、そんな理由で遅れているようだ。

「あ、コーヒーでも飲む?」

「いいんですか?」

「セルフだけどね」

言ってあげると祐巳ちゃんは、じゃあ頂きますね、と言って伏せてあったカップを手にとった。

それにしても、ダンスの練習の時も思ったけど、実にかわいい。
頭でも撫でてあげようか?

「白薔薇さまはお掃除は?」

「3年生になると要領よくなるものなの」

祐巳ちゃんが聞いてきたので答えてあげると、怪訝な表情で私を見てきた。

「サボリですか?」

「白薔薇さまがサボってどうするの?示しがつかないじゃない。そうねー、
 三年生になれば祐巳ちゃんにも分かるよ」

「えー」

唇をとんがらせて抗議してくる。
あはは、本当に表情がよく変わるわね。
と、急に真剣な表情で、

「質問してもいいですか?」

「難しい質問はイヤよ。前の時間が数学だったもんで疲れてるの」

そう、睡魔との戦いは厳しいのだ。

「祥子さまのことなんですけど……」

あー、それは大変難しい問題だ。
ちょっと私が答えるべき話じゃないと思うし。
まぁ、とりあえず聞いてみよっか。

「祥子がなに?」

「その、昨日、練習に来られなかったみたいですけど……」

なるほど、気になってたわけね。

「んー、その質問には答えられません。今日は来るはずだから本人に聞いた方がいいと思う」

「そうですか……」

「そうなんです」

言ってチラリと窓から外を見ると、おや、ちょうどそのご本人がやってくるではないか。
もう少しで着くわね。

「あ、そうだ祐巳ちゃん、ちょっとこっちに来て」

「はい?」

「ほらほら、いいから」

なんだろうって顔しながら、素直にこちらに寄ってくる。
本当に素直だね、とっても羨ましい。

「はい、回転して」

腕を取りながらクルっと回すと、すっぽりと祐巳ちゃんの身体が私の両腕の中に収まる。

「ろ……、ろろロさ・ぎガンテぃあ!?」

「イントネーションがおかしいわよ」

きゅっと力を入れてみると、本当に抱き心地がいい。
なんだか、お日様を抱いてるみたいにぽかぽかしてくる。
祐巳ちゃんは、慌ててはいるけど暴れない。
だって、もう空だけどコーヒーカップを持ったままだし。
そっと、耳元に唇を寄せる。

「祥子のこと嫌い……?」

そう囁いたけど、ピクリと身体を震わせただけで、特に返事はなかった。

「祥子のこと、好き?」

沈黙。
けど、少し頷いたのが分かった。

「ごめんね」

「……もう謝ってもらいましたよ?」

「そうじゃなくてね。私、祐巳ちゃんのこと前から知ってた」

え……?驚いたようにこちらに振り向こうとするけど、
私が少しきつく抱きしめているから、こちらには振り向けない。すぐに諦めた。

「二学期に入ってちょっとした頃なんだけど、昼休みに祐巳ちゃんを見かけた事があるの。
 その時は祐巳ちゃん、友達と二人でいたけどすごく楽しそうに笑っててね。
 表情も良く変わるし、密かに百面相とか名付けたんだけど」

「ひゃ、百面相ですか……」

少し落ち込んだのが分かる。

「うん、表情のコロコロかわるとってもかわいい百面相。褒めてるんだよ?だからあの時、
 笑顔の素敵な祐巳ちゃんが初めてここに来た時、全然心配してなかった。
 あんなに楽しそうに笑ってたから、それが曇るはず無いって思ってた。
 祐巳ちゃんの事、全然気にしてなかった。ちゃんと見ておくべきだったのに……。だから、ごめん」

「……はい、許します。ううん、許させて下さい」

「祐巳ちゃんはやさしいね……」

と、セリフの途中で扉が開く。
やっと、来たわね。

「や、祥子」

挨拶しつつ片手を上げる。
その際に、祐巳ちゃんが私の腕からすり抜けて私の横に立ち、
祥子の方を見ずにカップをテーブルの上に置いた。
そんな祐巳ちゃんを見たあとに視線を祥子に移す。
祥子は睨みつけるように私を見ていた。
おー、怖い怖い……。

「白薔薇さま、何をなさってたんです?」

「抱っこ」

「白薔薇さまっ!!」

「はいはい、ごめん。でも私より先に祐巳ちゃんに言う事があるんじゃない?」

その言葉に祥子は祐巳ちゃんの方を見る。
祐巳ちゃんも祥子の方を見た。
二人が見つめ合う。

「私は、外で待ってるね」

私がここにいては言いにくい事もあるだろうと、部屋から出ようとして一歩踏み出した。
と、僅かに右腕を引っ張られた。
振り向いて見ると、祐巳ちゃんの左手が私の制服の袖を掴んでいた。
私の方は見ていない。ほとんど無意識に掴んでしまったのかも知れない。
怖くて、不安で自分でも気付かず。
強いけれど祐巳ちゃんはまだ一年生。そう修羅場をくぐってる訳じゃないだろう。
それでも、先に口を開いたのは祐巳ちゃんだった。

「何も……、言ってくれないんですか?」

「……」

「本当に……、どうでも良かったんですか?私は……、私は祥子さまの事……」

少し俯き加減になった祐巳ちゃんの瞳が揺れてた。
袖を掴んでいる手がさっきより震えてる。
祐巳ちゃん、すごく怖がってる。
祥子、がんばれ!
祥子は大きく息を吸ったあとゆっくりと口を開いた。
震える声で、途切れ途切れに。

「あの日、私が、そこの扉……、を飛び出す時ね。……あなたを、探そうって思ってたの」

祥子の強く握り締めている両手が小さく震えている。
どんなに勇気がいることか。
自分の想いを、一度嫌いと言われた相手に伝えるのは。

「一目……惚れ……、だったのよ」

「え……?」

祐巳ちゃんが顔を上げて祥子を見た。
祥子は真っ直ぐに祐巳ちゃんを見ている。
決して目を逸らさない。

「あ……の日の……朝に、貴女と……初め……て逢った時に。だか……ら、ごめんな……さい」

祥子が謝りながら泣いた。
謝った後はもう言葉にならなかった。
ぽろぽろと次々に零れる涙。
何か言おうとしたけれど、嗚咽しか漏れてこなかった。
祐巳ちゃんが私の制服の袖から手を離し、ゆっくりと祥子に近づいた。
そっと、手を伸ばす。

「私……、もです」

呟くように言って祥子を抱きしめた。

「ごめんなさい……。だ……大……す……あれ?」

大好きって言おうとして祐巳ちゃんは泣いた。
悲しい涙じゃないから私がいても泣いた。
もう止まらなかった。
止める必要もなかった。
二人は抱き合ったまま泣いた。
でもそれは嬉しくて、とても幸せなこと。






「落ち着いた?」

二人を椅子に座らせ、紅茶を淹れたカップを渡す。
すみません、二人は同時に呟いた。

「良かったわね、祥子」

「……はい」

「祐巳ちゃんも、誤解は解けたようだし」

「はい……」

あれから祥子は、今回の件、誤解について祐巳ちゃんに全て話した。
時折、嗚咽を漏らしていたがもう落ち着いてる。大丈夫だろう。

「で、どうするの。ロザリオは渡すんでしょ?」

祥子は、自分の胸元のそれを制服の上からギュっと右手で握った。

「……今はまだその時ではありません」

私と祐巳ちゃんの、「え?」が重なった。
すぐに渡すものだと思ってたんだけど?

「白薔薇さま。私、シンデレラの役をやります」

「……なんで?」

「祐巳に私の事を見て貰いたいからです。小笠原祥子としての私も、紅薔薇のつぼみとしての私も、
 強いところも弱いところも、全てを含めた私を見て貰いたいから」

「祥子はこう言ってるけど、祐巳ちゃんはそれでいいの?」

「祥子さまが決めた事なら」

「うん、分かった」

「ありがとうございます」

祐巳ちゃんは、そんな祥子にぽ〜っとした表情で見とれている。
祥子さま凛々しいです……、とか、そんな事を思っているんだろう。
わずかに頬が紅くなっている。まだ姉妹でもないのに、かなりの妹ばかに見えるんだけど……。
まぁ祐巳ちゃんだし、いっか。かわいいし。

そろそろ皆、集まってくる頃かな?

祐巳ちゃんが来る前の時のように、出窓から外を眺めてみる。
まだ知ってる顔はそこからは見えなかった。
生真面目に掃除してる蓉子の姿が頭に浮かぶ、サボってる蓉子の姿なんて浮かぶ事はないけど。
それにしても、自分の妹達の事でしょうが。
早く来なさいよ。
まぁ、いいもの見せて貰いましたし、祐巳ちゃんを抱き締められたからいいけどね。
でも貸し一だ、蓉子、覚えてろ……。

ふと、横目で二人を見てみると、
優しげな表情で微笑む祥子と、楽しそうに笑う祐巳ちゃんが見えた。
思わず見惚れた。
祐巳ちゃんの笑顔がとても綺麗だから。
なるほど、祥子が一目惚れするわけだ……。

繋いだなら、その手は離さないように。
それにしても、みんなが来たら驚くだろうなー。




 2人とも太陽みたいに輝いてるんだから……




まだまだまだまだまだまだまだ続く……のか?


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