【1111】 克美様のハッピーデイズ  (くま一号 2006-02-11 23:02:54)


〜〜〜 聖ワレンティヌスがみてた 〜〜〜 Part 3
┌【No:1084】
├【No:1109】
├これ

【No:440】→【No:511】の設定が下敷きになってます。


 †     †     †

 成人式の前後の連休にはセンター試験がある。講義室が使えないし準備もあるので、大学はまだ休み。お姉ちゃんは家に帰ってきてた。

 それにしても、暮れに帰ってこないって電話があった時は、驚いたなあ。

“あ、笙子ねえ、お正月は帰らなくてその次の週に帰るから”
“え? お姉ちゃんどうするの?”
“うん、大学の友達とスキーに行くのよ”
“えええっ?”

『お姉ちゃんが』
『大学の友達と!』
『スキーに行くので!!』
『正月には帰ってこない!!!』
 お姉ちゃん、いえ内藤克美さん、あなたはいったいどうしたんですか。



「はいるわよ」
「うん、お帰りなさい」
「ただいま笙子。なーに、まだ着替えてないの? ああ、それね、すんごいカメラを買ったって。お母さん目を丸くしてたわよ」
「うん、そうだよ」
「あのね、笙子。そんなことしてる間にもライバルは勉強してるのよ。ちゃらちゃらしてたらいい大学へは入れない。だいたいそんなカメラ、使い方覚えるのだけだって時間がかかるじゃないの。そんなことしてる暇があったら勉強するの。お姉ちゃんはちゃんと志望校に入ったわよ。ライバルがまだ油断してる一年生の時から勉強すれば有利なんだから」
「だあって」
ぷーっとふくれてみせる。いつものお姉ちゃんだ。いつもの……あれ?

「ぷっふふふふふっ」
「お姉ちゃん?」

「それで? 妹になるのならないの?」
「お、おねえちゃん!?」
「聞いたわよ。武島蔦子の金魚の糞なんでしょ?」
「き、きんぎょのふん〜〜〜!! ひどーい」
うそだあ。お姉ちゃんがどうして。

「で、妹になるのならないの?」
「三奈子さまみたいなこと言わないでっ。誰に聞いたの?」
「ほお、築山三奈子が追っかけてくるくらいの有名人になったか」
とん、と肩に手を置くお姉ちゃん。
「部室が隣だからですっ」
なんか、ずいぶん雰囲気が変わったな。これ、ほんとにお姉ちゃん?

「蓉子に聞いたのよ」
「ようこ、さんってまさか、ロサ……」
「そう。その先代紅薔薇の水野蓉子。一緒にスキーへ行ってね。ふふふ、蓉子は祥子さんや祐巳ちゃんから情報が入ってるからいろいろ聞いたわよ、あることないこと」
「えええええっ。あることないことって、ななな、なにを」

 信じられない。だいたい、蓉子さまだってお姉ちゃんの分類では『浮かれている人たち』の中にはいるんじゃなかったっけ? 山百合会幹部なんて暇人のあつまりで、あこがれるなんてミーハーだけって言ってたのはどこのどなたですか。

「茶話会のこと、とか、金魚の糞のこととかね。デジカメラちゃんってだれのことかしら」
「おおおねえちゃんっっ!」
 真美さまならともかく、お姉ちゃんからこの攻撃は予想もしてなかった。うわあ、なんかまた顔がほてってきた。


「あれ? この写真って」

 あ、写真立て。去年のバレンタインのお姉ちゃんと私の写真。まずい。蔦子さまが言ってた。 
『克美さまがこんな写真見たら激怒するわよ』
ところが。

「なつかしいわ」
眼を細めて優しく笑うお姉ちゃん。写真の中のお姉ちゃんの表情と同じだ。
「蔦子さまが撮ってたの」
「うん、いい写真だわ。さすが蔦子さんね」
「そうでしょ」胸を張る。
「お、もうのろけ? でも、ひとつの奇跡よね。本当なら一緒に高等部にいるはずがないのに制服で一緒に写ってる。まるでスールみたいにね。私にも焼き増ししてくれないかしら」
「もちろん、してくれると思う。頼んどく」
「うん、お願い」


「お姉ちゃん、変わったね」
「笙子も変わったわ。たぶん、この日から変わったのよ。違う?」
「うん、たぶん、そう。でも、お姉ちゃんはバレンタインデー、何があったの?」
「この日の試験で合格したわ」
「うそ、そんなことじゃないでしょ」
「なによ、笙子だって見てたじゃない。わからないなら秘密!」
「お姉ちゃんずるい。」


「蓉子がね。」お姉ちゃんは急に話を変えた。
「この日が人生最良の日だったって言うのよ」
「あ、それ、聞きました。薔薇の館を人でいっぱいにするのが蓉子さまの悲願だったって」
「そう。だから願いがかなったこの日に受験した大学に入っちゃった。第一志望じゃなかったのに」
くすっ、と笑う。
「私もね、最良の日だったのよ」
「そんなの、聞いてない」
「話してないもの」
「やっぱりお姉ちゃんずるい。私のことは全部蓉子さまから聞き出したくせに」
「全部は聞いてないわよ。妹になるのならないの?」
「あーーん、秘密!」

「あはは。勉強『も』しなさいよ」
「はーい」
「じゃあとでね」


 とぼけたふりをしたけれど、本当はだいたいわかってる。
お姉ちゃんも追いついたんだ、あの日。
勉強しても勉強しても追いつけなかったあの人に。

会ってみたいな、と思った。その人に。


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