【1110】 きせかえ姉妹  (投 2006-02-11 22:36:09)


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金曜日、放課後。

今日は被服室で演劇に使う衣装の、仮縫いの試着を行っている。

「まー、シンデレラお美しいわ」

金や銀の糸で飾られた光沢のあるアイボリーのドレスは、清楚で豪勢で、とても祥子に似合っていた。
さすが祥子、似合うわねぇ。
お姫様って感じがちゃんと出てる。

「胸もと、少し開きすぎじゃないかしら?」

祥子が気にしながら呟くと、義母役のドレスをたくしあげて江利子が飛んできた。

「駄目よ、勝手に襟を詰めちゃ。少しくらい祥子ファンにサービスしなさい」

と言って祥子をその場でクルリと回転させ、祐巳ちゃんの前で向き合うようにして止めた。
どう?江利子が祐巳ちゃんに尋ねる。

「と、とっても似合ってます」

真っ赤になりながら祥子を見つめている祐巳ちゃんを見て、江利子は満足したようだ。
祥子もそんな祐巳ちゃんを見て満足したようで、それ以上は何も言わなかった。

「祐巳ちゃん、寸法はピッタリみたいね」

そのまま、祐巳ちゃんの衣装を確認している江利子を見ていると、江利子が楽しそうに言った。

「祐巳ちゃんもあのドレス着てみる?」

「ええええー?」

突然大きな声を祐巳ちゃんが上げたからみんなが驚いている。
江利子は構わず、祥子それ脱いで、と続けた。
渋っていた祐巳ちゃんだけど、江利子が相手ではどうにもならないようで、
結局、着替えさせられることに。


「うわー、かわいいなぁ」

隣で見ていた聖が、シンデレラの衣装に着替えた祐巳ちゃんを眺めながら呟いた。
確かにかわいい。山百合会のメンバーも手芸部のメンバーも皆、
祐巳ちゃんを見てかわいいとか、似合ってるとか褒めている。

「どうせなら髪型も変えてみましょうか」

調子に乗った江利子が楽しげに言う。
皆もそれに賛成した。

そんな暇はないけど。
まぁ、今日くらいは大目にみましょうか。

江利子に連れられて行く祐巳ちゃんを、心配そうな表情で見ている祥子。
まだ姉妹ではないけれど、既に立派な姉ばかっぷりを覗かせている。
私はそんな祥子を眺めながらふと、この間のことを思いだした。






あの時……。

祐巳ちゃんと蔦子さんが部屋を出て行ったあと、呆然としている祥子に私は言った。

「祥子、今すぐ祐巳ちゃんを追いかけなさい」

けれど祥子は動かなかった。
心を失ってしまったように、無表情でぴくりとも動かなかった。

祐巳ちゃんを追いかけようとしていた他のみんなも、そんな祥子に気付いて動きを止めた。

「祥子……?」

私の呼びかけに祥子は涙で応えた。
つっと頬を涙が伝う。
私は聖と江利子に目配せをした。
二人はすぐに分かってくれたようで、私と祥子を残して皆を引き連れて部屋から出て行く。
全員が部屋から出るのを見計らって、私は席を立って祥子の傍に立つ。

「祥子、あなた……」

そっと肩に手を触れると、祥子の身体が小刻みに震えている事に気付いた。

「祐巳ちゃんの事……」

「………………った」

「え?」

「嫌……われて……った」

両手を握り締めながら呟いている。

「好き……、だったのね?祐巳ちゃんの事」

祥子は小さく頷いた。
ポタポタと、涙がスカートに落ちて染みていく。

「あの時、あなたは祐巳ちゃんを探しに行こうとしたのね」

再び小さく頷く。
そして祥子は声を上げて泣きだした。
見栄も誇りも何も無く、ただ泣くだけの一人の少女の姿がそこにある。

「ごめんなさい。私があなたを追い詰めなければ、こんな事にならなかったのに」

間が悪すぎた。
それは分かる。
勘違いさせてしまった。
祥子のことばかり気にしすぎて、祐巳ちゃんの状態に気付けなかった。
祐巳ちゃんを傷つけてしまった。
祥子も傷ついてしまった。

「祥子、聞いて。祐巳ちゃんはあなたのこと、本当に嫌ってはいないと思うわ」

「え?」

涙に濡れた顔を隠しもせず、私の方を見る。

「お手伝いには来ますって言ってたでしょう?
 あれは、きっと祥子とまだ関わっていたいからではないかしら。
 だから、まだ終わってはいないはずよ。終わるとしたら、それは祥子が諦めたとき」

「……で……も、どうす……れば」

「どうするかは祥子が決める事でしょう?」

傍にいるから、寄り掛かってもいいから。
あなたが考えて、あなたが答えを決めなさい。
どれくらい時間が経っただろうか?
次第に落ち着いてきた祥子は、ゆっくりと言う。

「あ……やま……り……ます」

「ええ、そうね謝らなければならないわね。あなたも、私達も」

祥子はこれから、どうするかを決めた。
謝ること。
誤解を解くこと。
明日の山百合会の仕事は休ませて欲しいこと。
考えることがあるのだろう。
きっとそれは、祐巳ちゃんのこととシンデレラの役のこと。
それくらい分かる、だって祥子の姉だもの。

祥子は強くなれる。
祐巳ちゃんの為なら強くなれる。
それは、時には弱点になってしまうかも知れないけれど。
私は、少し祐巳ちゃんに嫉妬した。

さて、もう祥子は大丈夫。
みんなを呼びに行きましょうか。






「…………」

皆が皆、沈黙を以って応えた。

……反則よね?

いつもの左右二つに分けていた髪型がストレートに変わっただけ。
それだけなのに、こうまで変わるとは……。

「あの……?」

反応の無いみんなを見て、不安そうに首を傾げる。
茶色がかった黒髪がそれに合わせて揺れた。
皆の視線は祐巳ちゃんに釘付けだった。
お化粧をしている訳ではない。
確かに美少女な祐巳ちゃんだけど、
今の祐巳ちゃんは、いつもより数段上の更にとんでもない美少女。
雰囲気も大人っぽくなって、落ち着いて見えて、少しお姉さんっぽいというか……。

「どこのお姫様よ……?」

江利子がぽつりと呟いた。
私もそう思った。
どこかのお城から抜け出してきた本物のお姫様。
思わず溜息をつきたくなる。
いや、実際についていたかも知れない。
と、そんな中、祥子が複雑そうな表情で祐巳ちゃんを見ていた。

「どうしたの?」

「え……?あ……お姉さま。いえ、なんでもありません」

ふふ、変な祥子。一瞬、誰だか分からなかったとか?
それとも、こんな祐巳ちゃんを皆に見られた事に嫉妬した?


「胸が……」

仕事どころでは無くなりそうだったので、元の髪型に戻して衣装を脱いでもらう。
脱ぐと同時に祐巳ちゃんは悔しそうに呟いた。
いくらかショックを受けているみたい。
祥子に慰められている祐巳ちゃんを見て、思わず笑みが零れてしまう。

あなたが慰めてもそれは逆効果よ?

それにしても祐巳ちゃんは不思議な子ね。
何時の間にか皆を笑顔にしてくれる。
あの時、あんなに悲しい顔をしてた祥子が、今はとてもやさしい微笑を浮かべているもの。

「いい子ね、私も祐巳ちゃん欲しいわ」

近くに寄ってきた江利子が私に言った。

「あら、駄目よ。祐巳ちゃんは祥子が大好きなんだから」

「逆もでしょ?」

そうね、と二人で笑いあう。
なになに?聖が私達の方へと寄ってくる。

「ふふふ、なんでもないわよ?」

祐巳ちゃんと祥子、二人なら心配ない。




 きっと四季咲きの、大輪の花を咲かせるわ……




まだまだまだまだまだまだまだまだ続く……のか?


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