【1114】 悪戦苦闘  (投 2006-02-12 16:06:41)


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土曜日、二時半ごろ。

薔薇の館に差し入れがあった。

「二年桜組です。当日カレー屋を開くので、お味見お願いしまーす」

ちょうど芝居の稽古中だったけど、
全員一致で中断して端に寄せていたテーブルを元に戻した。
どうぞ、と桜亭と書かれたピンクのエプロンドレスを着た生徒三人が、
おかもちから三つずつお皿を取り出してテーブルの上に並べた。

「あれ?一つ多い」

三人は首を傾げている。八人に対してお皿は九つ。
聖のところの人数を間違えたんだろう。
案の定で、

「誰よ?三×三なんて言ったの」

「あ、白薔薇さまのところは二年生がいないんだ」

コソコソと話しているのが聞こえる。

そう言えばふと思い出したけど、
二日前、二人が仲直りしてから蓉子が新聞部と交渉したらしい。
今までは、なんとか情報が漏れるのを押さえていたけど、それももう限界で、
祐巳ちゃんに迷惑が掛かるのを防ぐため、お手伝いに来ている事など、
情報を提供するかわりに本人に直接取材するのは控えて欲しい……と。
祐巳ちゃんがお手伝いにきている事はすでに噂で流れていたけど、
その他のことは全く知られてなかったから新聞部も承諾したらしい。
ちなみに、噂の発生源はダンス部等の演劇を手伝ってもらっているクラブだと思う。

「足りないよりいいじゃない?残りの一つも頂いていい?」

聖がそう提案すると、おろおろしていた三人も落ち着いたようで、
やっと試食を開始する事ができた。
なるほど、聖のファンが多い理由がよく分かった。

「試作品ですので、率直なご意見をいただきたいんです」

見るとお皿の上には二種類のカレーが盛り付けてあった。
ライスを真ん中に堤防のようにして左右に完熟トマトの入った紅いカレーと
ココナッツミルクの入った白いカレー。

「一皿で二種類食べられるのはいいわね、でもご飯の量がカレーに比べて少ないかな……?」

蓉子が言うと、聖が続けた。

「それに、色的に地味じゃない?」

確かに……赤、白、白。
もう少し色を付けた方がいいと私も思う。
それと、個人的にはライスはふっくらよりもパラパラの方が好きなのよね。

「緑ね、茹でたブロッコリーとかそんな物を添えた方がいいと思う」

「確かに、そうですね」

桜亭の生徒たちが真剣にメモを取る。
続けて今度は私が発言。

「ご飯を炊くとき、水分を少なめにしてみたらどうかしら?私はパラパラのライスの方が好き」

すると志摩子が、

「私はこれくらいふっくらしている方が好きですが……」

と言う。
そこでアンケートをとってみたところ、『パラパラ』派が三人、『ふっくら』派が三人、
『どっちでもいい』が二人だった。
他には『ココナッツ自体が嫌い』、と祥子の我侭な意見もあったが却下。
いくつかの問題点を指摘し、アドバイスをして試食会は終わった。

「帰って皆で検討してみます。お皿はあとで取りに来ますので、そのまま置いておいて下さい」

彼女達は次の出前があるとかで早々に帰った。

「あれ、いま何時?」

聖が言うと蓉子が腕時計を確認して答えた。

「じきに三時ね、そろそろ迎えに行かないと」

「誰が行く?」

今日は花寺学院の生徒会長が練習に参加する。
学園側の許可は貰っているけどここは女子高、その敷地内に若い男性が入るわけだから、
迎えを出す約束をしてあった。

「あの、残った一つはどうしましょう?」

祐巳ちゃんがテーブルを拭きながら、先ほど聖が引き取った皿を指して訊いてきた。
と、そんな祐巳ちゃんを見て聖が言った。

「ちょうどいいや。祐巳ちゃん、お使いをお願い。
 正門で待ち合わせている花寺の生徒会長をここまで連れてきて欲しいんだけど」

「???」

お皿の事を尋ねたのに返ってきたのがお使いの話だったので祐巳ちゃんは首を捻って、
わけが分からないって顔をしている。

「カレーはその人に食べてもらうからね」

「あ、はい。あ!そういうことですか」

そう言われて分かったようで、納得した表情を浮かべ、うんうんと頷いている。

「なんで部外者にごちそうなんか」

祥子が不快そうに言ったが、

「我々だけスパイシーじゃ、失礼でしょ?」

聖の一言で沈黙。
まぁ、私だってニンニクの臭いをプンプンさせながら他人、それも男性に接するのは抵抗を感じる。
それより、そろそろ迎えに行かないと本当に間に合わなくなるわよ?

「あと、八分」

腕時計を見ながら言うと、祐巳ちゃんは困ったように、

「私、お顔を知らないんですけれど?」

と言ってくる。

「正門に立っている花寺の生徒なんてそういないわ。名前は柏木さん。結構いい男性よ?
 すぐわかるから、それより、あと七分三十秒」

「あああ……で、では行ってきます」

祐巳ちゃんは慌てながら薔薇の館を出て行った。
ここから正門まで歩いて十数分。早歩きでも間に合うかどうか。
まぁ、頑張ってね祐巳ちゃん。


祐巳ちゃんが出て行って数分したころ、祥子が突然、先に体育館に行くと言い出した。
止める間もなく出て行ったので、誰も引き止める事ができなかった。

「あれ、どう思う?」

聖が訊いてくる。

「さあね、何か気に入らない事でもあるんじゃないの?」

祥子ではないから私には分からない。
ただ、本当に男嫌いだからってだけで考えてもいいのだろうか?
何か違うような気がする。






「ようこそ柏木さま」

「今日はわざわざのお運び、ありがとうございます」

「ああ、お荷物はこちらにお置きになって」

私と聖と蓉子の三人は、とっておきの笑顔で客人を迎えた。

「お招きりがとう。とても素敵な館ですね」

場慣れしているというか落ち着いているというか、
薔薇の館なんていう外部者から見れば得体の知れない場所に連れてこられ、
同年代の女性に囲まれても、臆することなく社交的に振舞う柏木さん。

そんな柏木さんを眺めていると、近くにいた祐巳ちゃんがぽつりと呟いた。

「うちの弟だったら、赤面して泣いて帰ってくる……」

「あれ、祐巳ちゃん弟いるの?」

いつの間にか聖が祐巳ちゃんに近寄っていて訊いている。

「はい、花寺学院に」

「赤面するくらいの方がいいよ、変に世慣れてちゃ気持ち悪いって」

チラチラ柏木さんの方を見ながら聖。
柏木さんの事をあまり気に入らないみたいで、やたらと刺のある言い方をする。
祐巳ちゃんの側で聖はカレー皿にかかっていたラップを外して、
ナプキンで包んでいたスプーンを取り出す。

「冷めちゃったの出すんですか?」

「早く食べさせないとリリアンの生徒はカレー臭いってレッテルを貼られちゃうからね」

祐巳ちゃんの質問に答える聖。
それは私も同意見。ここにはレンジもないし、冷めたものはどうにもならない。

「おまたせしました。桜亭特製、『冷めてもおいしいカレー』です」

適当なことを言いながら聖は柏木さんにカレーを差し出した。
当然、柏木さんは嫌とはいわないだろうと、あの蓉子までも積極的に勧めている。
悪女ね、蓉子。

柏木さんの事はしばらく蓉子に任せていれば問題ないでしょ。
私は少し離れたところで観察。
どんな人物かは大抵の人は見ていればなんとなく分かる。
積極的に話しかけるのは観察が終わってから。

「で、彼を見てどう思う?」

あっちから帰って来た聖が、私の隣にいる祐巳ちゃんに柏木さんの印象を尋ねた。

「知的で社交的で几帳面。あとさわやかです」

「客観的に異性と見てどう?私はそういうの弱いから祐巳ちゃんの意見を聞きたいな」

「ええと、うーん、多分かなりいい線いってるんじゃないかな……、と」

「って事は祥子の相手役として合格ね」

聖は言ったけど、祐巳ちゃんは何故そんな事を聞かれたのか分からないって顔をしている。

「ちょっとね、祥子の事情は複雑なんだ……」

小笠原家父子のお妾さんの話は結構有名なのよ、
つまり、それが祥子の男嫌いに繋がるの……、と聖は続けた。

「なるほど、それで好感の持てる男性が必要というわけですか」

へぇ、祐巳ちゃんにしてはなかなか鋭いわね。
ちょっと感心したわ。

「あの……、その祥子さまは?」

「んー、少し前に出て行っちゃった。確か体育館に行くって言ってたなぁ」

「わ、私も先に行っています」

祐巳ちゃんはそう言うと体育館履きを手に出て行った。
何もそんなに慌てなくてもいいのに。
聖と顔を見合わせて苦笑した。






「王子さまね」

「ええ」

「間違いなく」

祐巳ちゃんが出て行って、十分後。
柏木さんの衣装の試着のために、私達は被服室にいた。
目の前には王子さまの衣装を着た柏木さん。

いるのねぇ、王子さまって。

「どうですか?寸法は合ってますか?緩い所とかありませんか?」

「いいですよ。問題ありません」

何事もなく試着を終え、では劇の練習の為に体育館に向かいましょうか、という事になった。






祐巳ちゃんと一緒にいた祥子の、柏木さんとの対面は特に滞りなく終わった。
少しばかり笑顔が引きつっていたけど……。

「初めまして、小笠原祥子と申します。よろしくお願いいたします」

「……こんにちわ」

今までのはなんだったのよ?と蓉子に視線を送る。
知るわけ無いでしょ?と視線が返ってきた。
聖が呆れた顔で私達を見ている。

少ししてダンス部のメンバーが合流すると、舞踏会のダンスシーンを合わせてみる事になった。
舞台の下から蓉子が指示を出す。
柏木さんがそれに応える。
祥子が柏木さんの側につく。
何故か祐巳ちゃんが令に注意されていた。
多分、祥子の事が気になって仕方がないんでしょうね。
皆が舞台の上に上がって、音楽がスタートした。

さすがにずっと習い事をしていただけあって、祥子と柏木さんのペアはずっとスマートに踊れていた。
それに比べて他のペアは散々なものだった。
他のペアとぶつかるもの、舞台軸に消えてしまうもの、
調整するべき所がまだまだある。
いくつか指示を飛ばし、修正しながら少しずつ形にする。

「ラストいきまーす」

さすがに三回目になると皆も慣れたのか、他のペアにぶつかったりするものはいなくなった。

音楽が終わった。

祥子が柏木さんから急に離れたのが見えた。
そのまま祐巳ちゃんの方へ向かい、祐巳ちゃんのパートナーの令に腕を掴まれていた。
何か話しているけど、ここからでは聞き取れない。
令の腕を振り切って祥子が外へと出て行く。
祐巳ちゃんが令に背中を押されてその後を追った。
何があったか分からないけど、祐巳ちゃんがいるなら大丈夫でしょ。


十五分後、二人が戻ってきて今度は芝居の稽古が始まる。

「ダメね」

隣で見ていた蓉子が呟く。
祥子の機嫌がものすごく悪い。
祐巳ちゃんもそんな祥子を気にしてか、セリフを間違うわ、動きはぎこちないわで散々だった。

蓉子と二人で溜息を吐いた。

「溜息つくと幸せが逃げるわよ?」

聖が冗談交じりにそう言ってくる。

じゃあ、つかないから幸せにして、と私と蓉子は同時にもう一つ溜息をついた。






一年生三人に柏木さんの見送りを任せて私達は薔薇の館に戻ってきた。
この頃になると祥子の機嫌も直っていて、
いっそのこと本気で祐巳ちゃんにシンデレラをやってもらう?
と蓉子、聖の三人で冗談半分に話をした。

はっきり言って私達もお手上げ。
どうにもなりそうにない。
それでも、祥子をシンデレラから降ろさないのは祥子が自分で決めたことだから。
分かってる?




 逃げないって決心したなら、あとはぶつかっていくだけなのよ?




まだまだまだまだまだまだまだまだまだ続く……のか?



話を進める為の話でした…。
多少混乱しながら原作と睨めっこ。
それにしても、1巻て本当に由乃、志摩子、どこにいるんだー?
てくらい出番がないですねー。あと令も微妙w

カレーの話はいらないだろー?と、思いましたが、半ば意地で…
書かなかったら半分近く減ります(笑


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