【1124】 おそろい組  (朝生行幸 2006-02-14 01:50:02)


「ごきげんようお姉さま」
 紅薔薇さまこと小笠原祥子が、扉を開けて姿を現した途端、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳は、待ってましたとばかりに挨拶した。
「ご、ごきげんよう祐巳」
 いつもとは違う態度の祐巳に、少々たじろぐ祥子。
「どうぞお座り下さい。お姉さまにお願いがあるんです」
「お願い?」
 促されるままに椅子に座りつつ周りを見れば、居るのは祐巳と祥子だけ。
 どうやら、一人で時間を持て余していたようだ。
「はい。ちょっと目を瞑っていただけます?」
 言われた通りに目を瞑れば、祐巳の手が顎辺りに添えられ、ほんの少し顔を上げられた。
 一体何をされるのかと、ドキドキ半分ワクワク半分の気分でいれば、左眼の下を、チョンと突付かれる。
「はい、おしまいです」
 さっぱりワケが分からないまま眼を開ければ、目の前には少し大きめの鏡を持った祐巳。
 鏡を覗けば、そこには『泣き黒子』が付いた祥子の姿があった。
「やっぱり思った通りです。お姉さまは、泣き黒子がとってもお似合いです」
 祐巳が言うように、長い黒髪で切れ長の目をした祥子には、泣き黒子が非常に似合っていた。
 とても高校生とは思えない妖艶な雰囲気に、祐巳の顔が赤くなっている。
(自分で言うのもなんだけど…、確かに良く似合っているわね)
 改めて自分の顔を見詰める祥子。
 これは新しい発見だった。
「どうしてこんなことを?」
「はい、ちょっとクラスで流行ってまして。で、お姉さまならコレが似合うだろうなと思ってたら、案の定でした」
 流行と聞いて多少眉を顰めるも、そこまで喜んでいる祐巳の気分を害する気にもなれない。
「じゃぁ、他にも付け黒子を持っているのかしら?」
「はい、ここにあります」
 ポケットから、シール状の付け黒子を取り出す祐巳。
「じゃぁ、あなたもお座りなさい」
 肩に手を回して、祐巳を椅子に座らせた祥子、いきなり髪を纏めているリボンを外した。
「え?お姉さま何を…」
「………」
 祐巳の疑問には答えず、その髪を解き、ブラッシングして出来るだけ綺麗に流すと、自分と同じ位置に黒子を付けた。
「どうかしら?」
 鏡を覗いた祐巳、そこには、普段の子供っぽい自分ではなく、大人っぽい雰囲気の、妖艶までは程遠いがそれなりに艶やかな自分の姿があった。
「こ、これが私…?」
 ベタな台詞と思いながらも、口に出さずには居られない。
「あなたも良く似合ってるわ。黒子一つで、こんなに変わるものなのね」
 微笑みあう二人の姿は、なんちゅーか妙に色っぽかった。

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 黄薔薇さまこと支倉令と、黄薔薇のつぼみこと島津由乃が、連れ立って現れた。
「ごきげんよう、令、由乃ちゃん」
「あー、祥子さまも付けてる!」
 思わず、祥子を指差す由乃。
「ごきげんよう令さま、由乃さん。お姉さま、とっても似合ってるでしょ」
「わー、わー、祥子さま素敵!」
 どうやら由乃も祥子の泣き黒子を気に入ったようだ。
「祐巳さんも、髪を下ろしているせいか、可愛いと言うより美人に見えるわ」
 祥子と祐巳を交互に見やり、賞賛を惜しまない。
「令さまは付けないんですか?」
 若干辟易しつつ、令に話を振る祐巳。
「そーよ、令ちゃんにも付けるのよ。ねぇ祐巳さん祥子さま、令ちゃんにはどこが似合うかしら?」
 すっかり興奮している由乃、令は口を挟めず、苦笑いしっぱなし。
「うーん、そうねぇ…。ここなんてどうかしら?」
 いきなり令に近づき、唇の左下辺りにペタっと黒子を貼り付けた祥子。
「わぁ、令さまカッコイイです」
「そ、そうかな?」
 照れつつも鏡で確認すると、確かに結構似合っている。
「由乃さんも、同じところに付けてみようよ」
「待って。その前に…」
 自前の付け黒子を取り出し、祐巳や祥子と同じ場所に付けてみる。
「………」
 はっきり言って、似合っていない。
 どうやら泣き黒子は、猫目には合わないようだ。
「やっぱり由乃さんは…」
 由乃の三つ編みを解き、手早く流すと、
「こっちの方がいいよ」
 令と同じ場所に付け替える。
 ソバージュっぽい髪型に強気な目付きとその黒子は、普段とは180度違う活発な雰囲気を醸し出していた。
「そうね、そっちの方が良く似合ってるわ。黄薔薇姉妹のベストポイントはそこかもね」
 祥子の意見に、コクコクと頷く祐巳。
 泣き黒子が似合わないのは気に入らないようだが、令と同じ場所が似合っているのは嬉しそうな由乃だった。

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 そこに連れ立って現れたのは、白薔薇さまこと藤堂志摩子と、白薔薇のつぼみ二条乃梨子だった。
「ごきげんよう志摩子、乃梨子ちゃん」
「あら?」
 挨拶もそこそこに、志摩子が不思議そうに呟いた。
「祐巳さん由乃さん、どうかしたのかしら?髪が解けてるけれど」
「髪だけじゃないのよ」
「?」
 祥子の言葉に、二人を良く見れば、まるで雰囲気が違うのに、今更ながらに気付く志摩子。
 乃梨子も、祐巳と由乃のみならず、祥子と令にも黒子があるのに気付いた。
「今流行りの付け黒子ね。皆さんとても似合ってますわ」
「志摩子さんと乃梨子ちゃんは、どこが似合うのかな?」
 祐巳は、とりあえず目元、顎の辺り、鼻の下と、由乃と一緒に試してみるも、二人ともイマイチ似合わない。
「うーん、どこもしっくり来ないわね」
「ここはどうかな?」
 悩む由乃を尻目に、令が志摩子に黒子を付けた位置は、眉間に程近い額の辺りだった。
 祥子も、乃梨子の同じ位置に黒子を付けた。
『おーう』
 4人そろって、感嘆の声をあげる。
 まるで、パズルのピースが当てはまったようにピッタリだった。
「すごい、なんだかとってもエキゾチック」
「これで肌が褐色なら、アラビアン風だね」
「インド風でもあるわね」
「うんうん、ララァっぽいね」
 トンチンカンな意見もあるようだが、片や西洋人形のような美女志摩子に、片やクールな美少女乃梨子。
 鏡で自身を確認した二人は、多少照れ臭そうではあるものの、満更でもなさそうだった。

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 そこに姿を現したのは、祐巳の助っ人としてしばらく薔薇の館に出入りすることになった、演劇部所属の松平瞳子と、乃梨子・瞳子のクラスメイト細川可南子だった。
「ごきげんよう、良いタイミングで」
 祐巳は、二人の手を引いて椅子に座らせた。
「何ですかいきなり。しかもそんなお姿で」
「まずは可南子ちゃんから。もう場所は決まってるから」
 瞳子の疑問には答えず、一切の躊躇いもなく、黒子をペタリと付けたその場所は、紅薔薇姉妹と同じ目元。
『ほほーう』
 一同うち揃って、感心することしきり。
 祐巳の予想通り、可南子には泣き黒子が良く似合っていた。
 只でさえ困り眉の可南子、黒子が本物の涙のように見えて、祥子や祐巳とは逆に、非常に可愛く見える。
「次は瞳子ちゃんだね」
 同じように目元に付けるも、どうも似合わない。
 周りの皆も、納得が行かない様子。
「ここがダメなら…、こっちかな?」
 白薔薇姉妹のように額に付けるも、やっぱりどうも似合わない。
「…じゃぁ、ここかな?」
 黄薔薇姉妹と同じ、顎辺りに付ければ、
『あらピッタリ』
 あまりにも違和感無く収まったため、見事に言葉を一致させた一同。
「…と言う事は、可南子さんは紅薔薇向きで、瞳子は黄薔薇向きってことかな?」
 と言う乃梨子の台詞に、
「納得行きませんわー!!!!」
 瞳子の絶叫が、薔薇の館に轟いた。


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