『黄薔薇交差点』
┣ 『気づいた時には 【No:1074】』
┣ 『負けじ魂増殖 【No:1081】』 (分岐点)
┣ 『ためらわない君の首筋に 【No:1091】』 (由乃)
┣ 『迷わず歩き出す誰も知らないしゃべり場 【No.1103】』 (由乃)
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続き?です。ちょっと急展開。
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「ねぇ、祐巳さん、たまには私がお節介するのも悪くないかもしれないわよね?
お友達としては心苦しいところだけど・・・」
「何か思いついたの?」
「ちょっと由乃さんと菜々ちゃんには大変かもしれないし、・・・嫌われてしまうかもしれないけど」
「それでも、由乃さんのために何かをしてあげたいんでしょ?だったらそれは間違いじゃないよ」
由乃さまに先に帰ってもらった後の薔薇の館で、志摩子さんと祐巳さまは二人で顔を見合わせてクスリと笑った。
***
ある放課後、1年生の教室の前に立ち、近くに居た子に目的の相手を呼び出してもらう。
そういえば、私が1年生の時にも同じように呼び出されたっけ。
「有馬菜々さん、お願いがあるのだけど宜しくて?」
「はぁ・・・」
クラスメイトが白薔薇のつぼみに呼び出されてるとあって、教室内は蜂の巣をつついたように騒がしい。
「大したことではないの、あなたと会いたいという方がいるのよ。
一緒に来ていただけないかしら」
「どちらへでしょうか?」
「薔薇の館」
「それは・・・、島津由乃さまがお呼びだということでしょうか?」
そう疑うのが当然かな。でもね、今回はハズレ。
ただ、由乃さまでないというのは、この子には却って厄介かもしれないわね。
「いいえ。白薔薇さまと紅薔薇さまよ」
「私は・・・」
「黄薔薇さまはご存じではないわ。というより関係ないと言った方が良いかしら」
山百合会、それも薔薇さま二人に呼び出されていると、それが後ろの子達に聞こえるように態と声を大きくした。
断れば後ろの子達が騒ぎ立てるだろうということを見越して・・・って、黒いなぁ、これでいいの?志摩子さん。
***
「有馬菜々さんをお連れしました」
薔薇の館の二階、執務室の扉を開けると、怖いくらいににこやかな志摩子さんと祐巳さまがいつもの席に着いて待ち構えていた。
「お久しぶりね、菜々さん。乃梨子、お茶お願いね」
「はい」と答えてお茶の支度に取り掛かる。菜々さんは開口一番、志摩子さんにズバッと切り込んで行く。
「それで、私に用とは何でしょうか?由乃さまとの事であれば、余計なことはなさらないで頂きたいのですが」
「由乃さん?そうね、あとで由乃さんにもお話はしないといけないわね。
でも今は菜々さん、あなたにだけ用事があるの」
出来上がったお茶を菜々さん、祐巳さま、志摩子さんの前に置いて私は部屋を出る。
あくまでも、薔薇さま二人だけが用事があるということにするために。
「さて、剣道部の活動予定表がここにあるのだけれど、少なくとも週二回は休みがあるようね。
そのお休みを私達に分けて頂けないかしら?」
「どういう事でしょう」
ぽやぽやとした雰囲気を纏いながら祐巳さまが口を挟んだ。
「あのね、菜々ちゃんに山百合会のお手伝いをお願いしたいの。
新学期も始まったばかりで紅薔薇のつぼみにも、白薔薇のつぼみにも妹が居ないの。
そのうえ、黄薔薇さまにも妹が居ないものだから、人手不足で大忙し」
身振り手振りも大袈裟に話しているのは、瞳子を真似ているつもりだろうか。
「・・・それで、私に黄薔薇さまの妹になれ、と」
「それは由乃さんと話し合ってちょうだいね。今は関係の無いことだから。
必要なのはあなたのような資質。薔薇さま相手に及び腰にもならず、といって浮き立つこともない。
そのような優秀な人材が必要なの」
年上相手でも一歩も引く事なく、菜々さんは志摩子さん達に噛付いて行く。
扉の向こうで聞いている私でさえ冷や冷やする。私も去年は同じように祥子さま達に向かって行っていたというのに。
「そういう人は他にも居るのではありませんか?2年生のお姉さま方にはいらっしゃらないのですか?
私だけということはないと思いますが・・・」
「居ればあなたに頼まないわ。
私達もね去年の茶話会で経験済みなのよ、それだけの下級生を探すのがどれだけ大変か」
志摩子さんが大きくため息をつき、首を左右に振って見せる。
「しかし・・・」
「由乃さま!」
薔薇の館の玄関ドアが開き、その人が足音高く乗り込んで来た。
「何をしてるのよ!!」
「あら、由乃さん、どうしたの?」
ブルブルと震える身体から絞り出すように両手をテーブルに叩きつけると、由乃さまは志摩子さんに向かって叫んでいた。
「どうしたもこうしたもないわよ!今日は集まりが無い日じゃなかったの?
私だけのけ者にしておいて、菜々を呼び出すってどういうことよ!?」
しかし、志摩子さんはその叫びもどこ吹く風と涼しげな顔をしてこう言った。
「あら、たまたまよ。それに折角の人材を埋もれさせるのが惜しくて、お手伝いをお願いしているの。
私達相手に臆することが無い人なんてそうそう居ないでしょう?クリスマスの集まりでそれが分かっていたからお願いしているの。
それとも、由乃さんが今すぐに人手を増やしてくれるのかしら?」
由乃さまは菜々さんに姉妹の申し出を断られたと志摩子さんから聞いている。ここで菜々さんを妹に、なんてことができる訳がない。
しかも、由乃さまの人脈は少ない。それは志摩子さんもなんだけど、つい昨年辺りまでは友人らしい友人も居なかったそうだし。
祐巳さまの豊富な人脈頼りになってしまうが、いつまでもそれに頼り続ける訳にも行かない・・・。
妹を見つけるか、代りの下級生を連れて来るか、由乃さまを追い込むことになる。
「くっ・・・出て行って、今すぐ!出て行ってよ!」
菜々さんを指さし叫ぶことしか今はできないようだ。
「祐巳さん」
志摩子さんの合図に祐巳さまが席を立ち、菜々さんの肩を抱いて出て行く。
「どういうつもりよ、志摩子さん。余計なお節介しないでよ!」
涙を浮かべつつも厳しい視線で由乃さまが志摩子さんを睨みつける。
微かに語尾が震えているのは、今日の出来事を志摩子さん達の裏切りだと思っているからだろうか。
「先程言った通りよ。山百合会に必要な人材が欲しいの。
乃梨子や瞳子ちゃんが妹を持つまで、人手不足が解消されないでしょう?」
「だからって・・・」
「もちろん、由乃さんが妹を持ってくれれば状況は良くなるのだけれど」
そこで由乃さまは何かに驚いたように顔をあげた。
「まさか、私に聖さまの真似をしろって言うの!?」
一昨年、先代白薔薇さま佐藤聖さまと志摩子さんは、当時の紅薔薇さまから同じように追い詰められていたらしい。
「志摩子さん、黒薔薇さまって名前変えたら?」
「うふふ、懐かしいわね。静さまを思い出すわ」
はー、っと大きく息を吐いて由乃さまは手近な椅子に座り「友情からのお節介じゃ怒るに怒れないじゃない・・・」などと呟いている。
「一体、何を考えているの?志摩子さん」
「薔薇の館の運営・・・そして、反撃の機会を待って居る友人にそのチャンスをあげること、かしら」
どういう事だろう?私と由乃さまは顔を見合わせ、それから志摩子さんの言葉を待った。
「これで菜々ちゃんが薔薇の館にくる口実はできたと思うわ。
このあと、菜々ちゃんと由乃さんがどのような関係を作り上げて行くのか、それは由乃さんの自由よ」
苦虫を噛潰したような表情をして、机に突っ伏しながら由乃さまはこう応えた。
「・・・分かった、癪だけど志摩子さんの手に乗ってあげる。でも、菜々は私を受け入れないかもしれないわよ」
「そうね・・・その時は、諦めるしかないわね」
窓の外、遠くを眺めながらもどこか微笑んでいる志摩子さんが不思議だった。
***
祐巳さまに背を押されていた菜々さんは、薔薇の館の外に出るとようやく口を開いた。
「よろしいのですか?」
「何が?志摩子さんと由乃さんが喧嘩しないかって?」
にこにこと微笑む祐巳さまに、半ば呆れつつも。
「違います。私がここに出入りしても良いのか、ということです」
「あぁ、善いんじゃない?人手不足は本当だし。菜々ちゃんみたいな子なら歓迎だよ。
茶話会の後大変だったんだ。目ぼしい子に手伝い頼んだんだけど、舞い上がっちゃって全然駄目だったの。
それに比べて、本当にしっかりしてるね、菜々ちゃんは」
笑いながらぱしぱしと背中を叩かれ、反論する勢いもなくしてしまう。
「はぁ・・・」
「今日はあんなだったけど、次は大丈夫だよ。だから、お手伝いをお願いね」
祐巳さまの言葉はそのまま聞けば能天気に聞こえるかもしれない。
けれど、祐巳さまも一応は薔薇さま、いや、ある意味その笑顔の裏を読ませない手管に長けている一番の狸なのだった。
「もし、私がサボったらどうなさるおつもりですか?」
「ん?何もしないよ。そう、何もしない。
菜々ちゃんのクラスメイトや新聞部が騒いでも何もしない、だけかな?」
それは暗に『騒ぎを納めて欲しいなら薔薇の館に来い』と言っているようなものだ。
ここに来てようやく菜々さんも、自分が薔薇さま二人に完全に嵌られた事に気が付くのだった。