夕暮れの古い温室の中。ロサ・キネンシスの咲く傍らで、微かに肩をふるわせて声を出さずに少女が一人泣いている。
胸の奥に痛みを抱えて誰にも気づかれず、ただ一人泣いている。
ああ、またいつもの夢だ。
半ば醒めかけた眠りの中で少女は泣いている自分の姿を見ていた。
これは夢。今までに何度も見てきた情景。日常ではどんなにうまく演じられても、心の奥底では演じきれない本当の自分の姿。
そこへ現れる一人の上級生。
「どうしたの。泣いてるの?」
温室の入り口から少女の背中にそっと語りかける。しかし少女は相変わらず、背中を向けてだた泣いている。
(私は泣いてなどいません)
「今までずっと一人でがんばってきて、でも本当は辛かったんだね」
本心を言い当てられ、少女の肩はピクッと震えた。
(私は一人が当たり前でした。それが辛いなんて思ったことはありません)
「こんなにも辛かったのに、分かってあげられなくて。ごめんね」
(別に分かって欲しいなんて思いません。他人の本当の気持ちを理解するなんてあり得ないのだから)
「もう一人でがんばらなくてもいいの。これからは私が側にいるから。いつでも側にいて、あなたを守るから」
少女の後ろから腕を回し、肩を抱きしめる上級生。
(同情なんて欲しくはありません)
「私、分かったの。気がつくといつだってあなたの姿を捜している。姿が見えなくてもいつだって気に掛けている。あなたが寂しがっていないか。どこかで一人泣いていないかって・・・」
少女は肩から回された腕に頬ずりし、上級生の制服の袖を濡らした。
(私は、私は決してそのようなこと・・・)
「私はいつもそばであなたの元気な姿を見ていたいの。分かるでしょ。こっちを向いて、私を見て」
上級生が後ろから回した腕をほどくと、少女はうつむいていた顔を上げ、少し躊躇してから振り向く。それは少女が初めて人に見せた泣き顔だった。そして上級生の名を呼び、胸に飛び込んでいった。
(・・・・・・・・・)
「やっと本当の顔を見せてくれたね。」
泣きじゃくる少女を抱きしめる上級生はあやすように、少女の背中をポンポンッと優しく叩いて、言った。
「これを受け取って。そしていつでも私のそばにいて。」
いつものように、そこで完全に覚醒した。いつものように、頬を濡らして。
これは余りにも自分に都合のいい夢を見たことに対する、悔悟と自虐の涙だ。
こんなことがあろうはずもない。そんなの、いやというほど分かっている。
暗い気持ちを振り払うように勢いよくカーテンを開けた窓からは、あふれるほどの明るい朝の光が飛び込んできた。
自縄自縛に陥って動けずにいる自分の背中を押してくれる人がいる。勇気を持って素直になれと言ってくれる人がいる。
そう、自分から動かなければ埒があかないのだ。それで想いが届くかどうかは分からないが。
どうしたらいいのか、今はまだ分からない。でもいつか気持ちが固まったそのときには、真っ直ぐに気持ちを伝えられるよう、そんな勇気をお与えください。朝日に包まれ、少女は心の中のマリア様に強く願うのだった。