!Warning!
祐巳の性格が原作と違います。ご注意ください。
【No:1187】→今作
薔薇の館からは最後にドアが閉まったきり深い静寂に包まれていた。
それだけのことを去っていった彼女、福沢祐巳はやっていったのだから。
祥子のロザリオが手のひらから零れ落ち、何代もの薔薇を見守ってきた館の床に音を立てて転がる。
今、このときだけは、ロザリオがとても重く感じられた。
「祥子」
蓉子は座っていた椅子から立ち上がり、一年前に彼女の首にかかっていたそのロザリオを拾うと、両手で包み込むように祥子の手に握らせた。
「ほら、なくんじゃないの。その綺麗な顔が台無しよ?」
祥子は蓉子の手で涙を拭われてはっとする。
が、すぐに思いつめたような顔で俯くと、ぽつぽつと語りだした。
「私・・・・・・あの子だと思ったんです・・・・・・いつもは、朝が弱くてぼうっとしているのに、今日だけは、あの子の顔だけは、はっきりと覚えていたんです・・・・・・さっきもう一度会って・・・・・・別人みたいな表情だったけど、確かに・・・・・・あの子なら、妹にしてもいいと・・・・・・本気で思えたんです・・・・・・」
そう言って、祥子は膝をつき自分の体を抱きしめるようにして震えだす。
「でも・・・・・・あの子には嫌われてしまった・・・・・・また・・・・・・ロザリオを・・・・・・また・・・・・・」
そんな祥子を蓉子はただ抱きしめ、耳元で落ち着かせるように囁いた。
「大丈夫、志摩子のことは仕方がなかったけど、祐巳ちゃんはまだ終わりじゃないわ。あなたが本気なら、あきらめないのなら、祐巳ちゃんを妹にするチャンスはいくらでもあるの。本当に怖いのは相手が無関心なとき。相手に嫌いという感情があるのなら、それだけ好きという感情を持てるはずよ。時間ならたっぷりあるわ。何も文化祭までに姉妹にならないといけないわけでもないんだから」
蓉子は抱きしめる手を緩め、祥子の目を見つめる。
「そのままの貴女で行きなさい。小笠原でもなく、紅薔薇のつぼみでもなく、祥子というありのままの貴女で。もし貴女が疲れたり傷ついたりしたらいくらでも私が慰めてあげる。私は貴女の姉なんだから」
「・・・・・・はい」
その様子を傍観していた聖は、話が一段落したのを見計らって隣で終始気まずそうにしていた志摩子に抱きつきながら尋ねた。
「そういえば志摩子、祐巳ちゃんと同じクラスだったよね? 何か祐巳ちゃんのこと知らない?」
その問いかけにピクリと肩を震わせた志摩子は、
「最近のことはわかりません。・・・・・・けれど、中等部の頃なら」
「うん、いいよ。話してくれる?」
抱擁から解放された志摩子はカップの紅茶を一口飲んで、話し始めた。
「あの頃、私たちはクラスでも浮いていて、組になる時はあぶれた同士で一緒になることが多かったんです。それが縁でたまに昼を一緒にとった事もありました。彼女は本当は優しくて、動物や小等部の子達によくなつかれていたのを覚えてます」
志摩子は立ち上がって窓に遠い記憶を懐かしむように手を当てる。
「それに、偶然知った私の秘密も何事も無いように受け入れてくれました。私の、初めての友人だったんです」
口元が嬉しそうにほころんだ。
「ただ、一度だけ気になることがありました」
窓に映る志摩子の眼がゆれる。
「二年生の秋頃、丁度移動教室で三年生の教室の前を通った時のことでした。祐巳さんが教室から出てきたある先輩を見た途端、悔しそうな顔をして踵を返して走っていってしまって。追いかけたのですがすぐには見つかりませんでした。結局その授業はサボって、私が授業後に見つけたときは校舎裏の暗がりで一人涙を流していました」
何も出来なかったのが悔しかったのだろうか、志摩子は顔を伏せる。
「それから後は・・・・・・特に何も。私がここに来るようになってからは話してもらえなくなってしまいましたから・・・・・・」
「それは、悪いことしたかな? ごめん」
「いえ、お姉さまは謝らないで下さい。私も、嬉しかったですから」
聖が申し訳なさそうにするのを見て志摩子は慌てて振り向いた。
そこで横で話を整理していたらしい蓉子が口を挟む。
「それで、その先輩というのは誰かわからない?」
「いえ、一度ミサでお会いしましてご挨拶はしました。確か、水戸朱実(みと あけみ)さまだったと思います」
「あら、朱実さんは確か小笠原のパーティーでよく見ますわ。水戸も小笠原の端の方に名を連ねていたはずですから」
祥子が思い出したように言った。
また考え込んだ蓉子は確認するように質問する。
「祥子、じゃあ水戸が何かやったとかいう噂あった?」
「いえ、ただあそこはM&Aを頻繁に行っているところですから敵は多いかと。小笠原もあそこの強引な手法はよく問題になっていると聞きましたから」
「そう・・・・・・」
それからは特に建設的な意見が出るわけでもなく通常業務に戻るが、どこか後を引く感覚に書類の減るスピードもいまいち乗ってこない。
下校時間も近づき、帰宅を促すように『マリアさまのこころ』が校舎の方から流れてくる。
「祥子、とりあえず明日祐巳さんに劇の手伝いを頼みに行ってくれるかしら。ただ、彼女には山百合会からだとかリリアン生だからっていう理由では逆効果だわ。・・・・・・できる?」
「はい、やってみます・・・・・・いえ、やります。」
「そう、頑張って」
答える祥子の表情は生き生きとして、蓉子の目には背に受ける夕日に照らされたように眩しく映っていた。
つづく
※加筆修正:'06-3-01