突然ですが、志摩子のそっくりさん。
前回のあらすじ’
志摩子さんの危機を察知した名探偵乃梨子は、友達を装って藤堂家を訪問する朝姫の策略を未然に防ぐベく、ベテランエージェントのタクヤと共に小寓寺に潜入した。 だが、そこには敵に寝返ったタクヤのライバルOSYOUが。 タクヤは苦戦しながらもこの強敵の攻撃から乃梨子を逃がすことに成功。 パートナーを失い、単独で潜行する乃梨子はついに朝姫と対峙するが、朝姫の精神攻撃にあえなく惨敗、押入れに撤退を余儀なくされてしまった。 いまや絶体絶命の危機にある乃梨子の運命やいかに! (嘘です。前の話を読んでください)
第一部はこちらをご参照ください→http://matsunome.s165.xrea.com/gs-list.html
第二部【No:1018】 【No:1027】 【No:1033】 【No:1037】 【No:1040】 【No:1043】 【No:1044】→これ
押入れの中で「もう帰る」とか叫んでいた乃梨子ちゃん(『ちゃん』にランクアップしたのだ)だけど。
「乃梨子、あの……」
また謝ろうとしてた志摩子さんを朝姫は無言で制止した。
そして閉じられた襖に向かって言った。
「いーのかな? これからご家族とお夕食、それからお・ふ・ろ、」
なんか反応があった。
身体の向きを変えたのか、押入れの床を擦るような音がした。
「そして、一緒にお・や・す・み」
今度はがたがたと音がした。
「なんか楽しみだなー。 志摩子さんともっと仲良くなれそう」
すっと押入れが空いて、乃梨子ちゃんが出てきた。
なんというか表情はない。
でも頬が赤い。
乃梨子ちゃんはすっと立ち上がり、無言で志摩子さんの前まで行った。
「乃梨子?」
「あ、あの、恥ずかしいけど、あれ、私が思ったことだから……」
さっきの手紙のことだ。
手紙は朝姫も読んだのだけど、そんなに恥ずかしいことが書いてあるとは思わなかった。
志摩子さんもそう思ったから朝姫が取り上げても何も言わなかったのだと思うんだけど、書いた本人はきっと恥ずかしかったのだろう。
「ごめんなさいね」
「ううん、もういいの。 伝わったから」
また二人の世界を形成しているけど、ぬいぐるみを抱えているのでちゃちゃを入れるのは遠慮した。
乃梨子ちゃんが持って来たトランプやカードゲームを見ながら何して遊ぼうか思案していたら志摩子さんが言った。
「まだお夕飯には時間があるのだけど、どうします? 先にお風呂にすることもできますけど?」
朝姫は大抵夕食後だったが、志摩子さんは夕食前に入ることが多いという。
小母さまやお手伝いさんの都合もあるだろうからここは志摩子さんの習慣に従った方が良いのであろう。
「乃梨子ちゃんどうする?」
朝姫がそういうと、乃梨子ちゃんは手元のトランプから視線を上げた。
「なんで私に振るんですか」
「えー、だって志摩子さんと入りたいんじゃない?」
「別に……」
乃梨子ちゃんはそう言うと関心がなさそうにまた手元に視線を落とした。
でも、ストレートな黒髪の向こうに見える頬がほのかに桜色に染まっているのは気のせいではないだろう。
もう一押ししてみる。
「そうなの? 背中流しっことかしたくない?」
「べ、べつに」
そう言って今度は身体の向きを変える。
明らかに動揺が見られる。
「じゃあ、私が志摩子さんと一緒に入っても良いんだ?」
「……」
乃梨子ちゃんは向こうを向いたまま。
「ねえ、ねえ?」
乃梨子ちゃんの反応を面白がっていたら、志摩子さんが言った。
「あの、家のお風呂場はみんなで入れるほど大きくないのよ」
「え?」
「あらら、乃梨子ちゃん残念だったね」
「残念ってなんですか! 私は別に……」
「どうしますか? 三十分程で用意出来ますけど」
結局、夕食前に順番に済ませることにした。
順番は志摩子さんが先にどうぞと言って、朝姫は後が良かったのでそう希望した結果、どっちでも良かった乃梨子ちゃんが一番になった。
乃梨子ちゃんが風呂に入っている間に志摩子さんとお話した。
「ねえ志摩子さん」
「なんですか?」
朝姫は志摩子さんの親に対する態度を見ていて気になったことを聞いてみた。
「私を家に呼んだのってやっぱり親父さんが言ったから?」
「え?」
別に志摩子さんを責めるつもりは無かったのだけど、志摩子さんはちょっと驚いた顔をした。
そのあと、なんか申し訳なさそうな表情をしたので、朝姫は謝られる前にフォローした。
「あ、あのね、別に気を悪くしてるわけじゃないのよ? 志摩子さん私が来たこと喜んでくれてるのは良くわかってるから」
「いえ、確かにお父さまに言われなければ朝姫さんをお呼びすることなんて考えなかったと思います。 朝姫さんには失礼でしたよね……」
「いやいや、それって普通だから。 だってまだ会ったのって何回目? 数えるほどだよね?」
「そうですけど……」
「うん、それに、『失礼』って思ったってことは、私を、なんていうか、尊重してくれてるんでしょ?」
朝姫の「志摩子さんと仲良くなりたい」という気持ちを。
それが判っているからこそ小父さんに言われたから、っていうのは『失礼』だと思ったのだ。
「え、ええ」
「その気持だけで十分。 だからこれは小父さんに呼ばれたのは、そうだわ縁よ、縁!」
「縁、ですか?」
「そうそう、仲良くなれるきっかけだったのよ」
気楽な話題のつもりで話したのに志摩子さんがシリアスな反応をするもんだから朝姫はちょっと慌ててしまった。
深刻なことでも忌憚無く、いや悪く言えば考えなしに口に出してしまうというのは長所でもあり、欠点でもあった。
朝姫はいつでもそれで後のフォローに苦労するのだ。
「でしたらお父さまには感謝しなければいけませんね」
志摩子さんはそう言って微笑んだ。
乃梨子ちゃんと入れ替わりに風呂に入った朝姫は、風呂から上がってジャージに着替えた。
自分でもお手軽な性格だと思うんだけど、着物はもう十分着たから満足だし、ご両親も普通だったからもう服装は気にならなかった。
着物の方は扱いがわからないと志摩子さんに言ったら、あとでやっておくから適当にたたんで籠に入れておいてくれればいいと言われた。
そして、朝姫の次は志摩子さん。
志摩子さんが風呂に行っている間に朝姫は電話を借りて家にかけた。
『はい、藤沢です』
「・……おおぅ」
留守電でなく、いきなり母親が出たので驚いた。
『朝姫? 朝姫ね? いきなりおおぅはないでしょ?』
「いや、まさか帰ってるとは思わなかったから」
朝姫の母は働きに出ていて、いつも帰りが遅い。
しかも普通に土曜は出勤の会社なので日曜以外は殆ど会えないのだ。
ただ、忙しさにムラがあるらしく、突然祭日に関係なく数日休みだったりということもよくあるのだけど。
『倒れられたら管理責任になるから帰れって定時前に帰されたのよ』
「あー、そういえば、残業続きだったよね」
『まあね、で、今日は結局泊まりなの?』
「あ、うん、もう風呂上がってくつろいでる」
『先方に迷惑かけてない?』
「うん、いまのとこ」
『まあ、あんたの友達やってる子の家なら大丈夫か』
「どういう意味ですか」
『そのまんまよ。 誰のとこ? 春子ちゃん?』
「泊まるかも」とは言ってあったが誰の所かは伝えていなかった。
ちなみに春子は一度、朝姫の家に来た事がある。
「それがなんと」
『なによ、思わせぶりに』
「リリアンのお嬢さまのご自宅なのだ」
『はぁ? リリアンってあの?』
「そう、あのリリアン女学園」
『………』
母はここで沈黙した。
「どうしたの?」
『あんたなにかやった?』
「は?」
『朝姫がリリアン女学園のお嬢さんと知り合うなんてなにかヘマやって迷惑かけたとしか』
「ひっどーい、偶然知り合っただけなのに」
『くれぐれも失礼の無いようにね。 高いもの壊したり汚したりしないようにしなさいよ』
「お母さん、それ庶民の発想」
『庶民で結構。 私が心安らかに過ごせるように、あんたは大人しくしてなさい』
まあ、半分ネタで言ってるんだろうけど。
「むぅ、悔しいから教えてあげるのやめたっ。 じゃあ明日帰るから」
『まあ、今はいいわよ。 明日は一日居るから』
「うん、じゃてきとーに明日中に帰るから」
『昼飯期待しても無いからね』
「判ってる」
母は休みの日は昼近くまで寝ていることが多かった。
母娘二人。
友達のような関係で今までやってきた。
朝姫の飾らない性格は母親がお手本なのだ。
〜 〜 〜
夕食は昼間にお茶をご馳走になった部屋だった。
志摩子さんは風呂から上がって着替えたけどまた和服だった。
よく分からないけど室内着っぽい。
乃梨子ちゃんはスカートにトレーナー。
そして朝姫はジャージ。
……やっぱり浮いていた。
「乃梨子ちゃん、裏切り者」
「朝姫さんが勝手に着てるだけじゃないですか、というか両極端ですね」
まあ、志摩子さんもご両親も気にしていないみたいだからいいか。
お夕飯は純和食だった。
朝姫は料理とか良くわからないのでそういう話題は乃梨子ちゃんに任せて、取り合えず食事は美味しかった。
食事の途中で小父さんが子供らがもう風呂に入ったことを聞いて言った。
「なんだ、宿舎の風呂は使わなかったのか」
「え? あそこは殿方専用でしたのでは?」
「志摩子の友達が来てるのだから貸切にしたものを」
大きい風呂もあったようだ。
まあ寺男の人も居ることだし考えてみればあって当然なのだけど。
「そんな迷惑をかけるわけには……」
「あら、賢文がお友達を連れてきた時なんかはよく使ってもらったのよ」
「でも、お兄様は男の方です」
そんなやり取りを聞きながら朝姫は乃梨子ちゃんと顔を見合わせた。
「惜しかったね。 志摩子さんとお風呂」
「しつこいですよ」
小父さんは志摩子さんの答えを聞いてちょっと渋い顔をしていた。
夕食の後は、夜遅くまで三人でトランプとかカードゲームで遊んだ。
そして、子供部屋に川に字に布団を敷いて……。
「じゃんけん!」
場所取りじゃんけんだ。
「ぽい!」
最初は乃梨子ちゃんがグー、志摩子さんがパー、朝姫がチョキであいこ。
2回目は朝姫のパーが勝利した。
「やたー、じゃあ私は真ん中ね」
「くっ……」
乃梨子ちゃん、負けたグーの手を見つめて悔しそうだ。
「志摩子さんの隣になりたかった?」
「う、別に……」
そして志摩子さんは朝姫の右手側、乃梨子ちゃんは左側になった。
消灯して寝静まったかに見える子供部屋。
しかし、朝姫はまだ眠れていなかった。
寝苦しいというのではなく、なんとなく。
部屋は窓から月明かりが差し込んでいて真っ暗ではなかった。
隣からは乃梨子ちゃんの寝息が聞こえている。
一方の志摩子さんは静かだったのでそちらに身体を向けてみたら、志摩子さんと目が合った。
朝姫の方を見ていたようだ。
「眠れないの?」
「いえ、朝姫さんは?」
「んー、なんとなく……」
「そうですか。わたしも……」
なんか、気があったみたいで嬉しかった。
志摩子さんは乃梨子ちゃんを起こさないように小さな声で話をした。
「朝姫さんが初めてなんです」
「ん、なに?」
「対等な関係で家に遊びに来てくれたお友達って」
「あー、でも対等?」
「ええ」
「生徒会の人たちは? 祐巳さんとか由乃ちゃんとか」
あの子たちは同学年だし、確実に朝姫より付き合いは長いと思うんだけど。
ちなみに余談だけど、由乃ちゃんはこの前うちの制服を着てうちの学校に来て以来『さん』から『ちゃん』にランクアップしていた。
「そうですね、祐巳さんも由乃さんも同じ学年ですけど……」
「親しくないの?」
「いえ、そういうわけでもないんですけど……」
志摩子さんの表情がちょっと陰りが見えた。
判ってる。
朝姫の時と同じなんだ。
志摩子さんはちょっと押しが足りないだけ。
だから、朝姫が言わなければならないことは。
「……家にお友達を呼ぶのってちょっと楽しいよね」
「えっ?」
「とりあえずこれに味を占めた志摩子さんは祐巳さんと由乃ちゃんも家に呼ぶといいよ」
「味を占めるだなんて……それに祐巳さんや由乃さんは来てくれるか判らないわ」
「そうなの?」
「ええ、お二人はお姉さまの方がいいでしょうし」
お姉さまだって。
でも志摩子さんの表情にはもう陰りは見えなかった。
「お姉さまと言えばさ、乃梨子ちゃんは?」
友達より姉妹っていうのなら。
「乃梨子は……いつも私に向き合ってくれるけれど」
「向き合って?」
「ええ、でも対等ではないわ。 学校では先輩後輩の関係だし。 なんて言ったらいいのかしら、乃梨子は……」
「別格?」
「そうね、そういう言い方もあるかもしれないわ。 乃梨子の前では私はしっかりしなければって思えるの」
「ふむ……」
〜 〜
話し声が聞こえた。
半分夢の中の乃梨子は自分の名前が聞こえたのでその声に耳を傾けた。
「乃梨子は……いつも私に向き合ってくれるけれど……」
志摩子さんが乃梨子のことを話している。
どうも朝姫さんと話をしているようだ。
「……ええ、でも対等ではないわ」
そうなんだ。
乃梨子は対等な友達のつもりでいたのに。
ちょっとショックだった。
「なんて言ったらいいのかしら、乃梨子は……」
「別格?」
「そうね、そういう言い方もあるかもしれないわ」
別格だって。
「乃梨子の前では私はしっかりしなければって思えるの」
「ふむ……」
乃梨子は布団にもぐりつつ顔を赤くした。
(そんな、畏れ多いよ、普通に友達でいいのに)
でも、『妹は支え』。
誰に聞いた言葉だったか。
姉妹制度はおまけみたいに考えていたけれど、そんな風に乃梨子が志摩子さんの支えになれていることは嬉しかった。
眠ってしまったのか、話はそれまでだったのだけど……。
「……よかったね、乃梨子ちゃん」
うわっ。 聞いてたのバレてるよ。
〜 〜
翌朝、朝食をご馳走になった後、乃梨子ちゃんは宿題をみてもらうとかで残ったが、朝姫はご両親に再訪を約束して小寓寺を後にした。
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間があいちゃいましたが、まとめってことで。
(藤堂家訪問編 −完−)