久遠と琴葉との戦闘が行われた次の日。
久遠は会長からのメッセージを受け取っていた。
奈々穂が手渡した白い封筒にはシンプルに
『久遠さんへ』
とだけ書かれている。
久遠は自室に戻り、その封筒を眺めること30分。昨日の今日なので、
開封することにためらいを感じているようだ。
「会長からのメッセージ・・・。こうして悩んでいても
何も解決しませんわ。」
そう言いながらナイフで丁寧に開封して、中にある
1通の便箋を取り出して広げる。
『久遠さんへ
大切なお話があります。これを読んだら
1人で会長室へ来て下さい。
神宮司 奏』
久遠はふぅと大きく息をはいて、椅子にもたれかかり天井を見上げる。
ただ静かに時計だけが時を刻む。どれくらいの時間が経ったかはわからない。
久遠は椅子から立ち上がり、部屋を後にする。その表情には
一片の迷いもなかった。
会長室のドアの前で立ち止まり、ノックする。
「奏会長。久遠です。」
「久遠さん。お待ちしてましたわ。」
奏はいつも座っている大きな椅子から立ち上がり、久遠を出迎えた。
久遠は案内されるままソファへと腰掛ける。奏はにこやかな微笑みを
浮かべながらこう言った。
「いい茶葉が手に入ったの。リゼの高級茶葉よ。」
「はあ・・・・。」
久遠は戸惑いの色を浮かべるが、奏はポットとティーカップを
テーブルへ置き、久遠と向かい合って座る。普段ならお世話係の生徒が
いるはずなのだが、会長室には奏と久遠の2人しかいない。人払いを
してまで、奏が久遠に話したいこととは何だろうか?久遠は真剣な
まなざしで奏の言葉を待つ。そんな久遠の様子を知ってか知らずか
奏は自分で淹れた紅茶を優雅なしぐさで口へと運ぶ。
「まさか私とお茶したいから手紙で呼び出した訳
ではないですよね?」
「ふふふふ。半分はそのつもり。でもね、もう半分は
本当に大切なことを話すためよ。」
奏は顔色ひとつ変えずに久遠の質問に答える。情報収集が得意な久遠で
あっても、奏だけは例外だった。宮神学園に編入し、極上生徒会に身を
おくようになってからずっと観察しづつけていたのに、まだわからないことの
方が多いのだ。奏は話を切り出した。
「昨夜のことは聖奈さんから報告を受けました。」
「・・・・・・・。」
「久遠さん。あなたのご家族のことは知っています。
それであなたが悩んでいたことも。」
「奏会長・・・。」
「たとえ今、ナフレスのエージェント・銀河久遠であっても、
貴女は極上生徒会の一員の久遠さんよ。生徒会のメンバーには、
今日私から話をさせてもらいました。誰ひとりとして貴女を責める
ような子はいなかったわ。」
「それでも、私はっ!!」
久遠はソファから立ち上がる。同じタイミングで奏も立ち上がって、
久遠を抱きしめた。自分に何が起きたか理解できない久遠は目を白黒させる。
「会長・・・。」
「久遠さん・・・。何も言わないで。今回の件で私は自分を許せなかった。
生徒ひとり救えない人間が理想の学園を作るだなんて、おかしいわよね。」
「・・・・・・。」
「もう誰も悲しませない。みんなが幸せになるための学園を作りたい。
久遠さん。貴女のご家族は必ず救い出してみせます。理想の学園を
作り上げるためには貴女の力が必要なの。宮神を去るなんて悲しいことは
言わないで。私のこの気持ちは迷惑かしら?」
久遠の目には光るものがあった。ナフレスのエージェントとして、あらゆる
戦闘訓練・情報収集の術を学んだ彼女が知り得なかった、温もり。それが
ここにはある。涙ぐみながらも久遠は、なんとか言葉を発した。
「嬉しい・・・。こんな私を・・・必要としてくれる・・・
場所が・・・あったなんて・・・。」
最後の方は嗚咽になってしまうが、奏は穏やかな微笑を
浮かべたまま、もう一度久遠をしっかりと抱きしめる。もう2人に
言葉は必要なかった。
「もう一度言うわ。久遠さん。私の理想を叶えるために
貴女の力が必要なの。宮神に残ってください。」
「・・・・わかりました。この銀河久遠。会長の
理想のために尽力します。」
「久遠さんっ!」
会長は極上の笑顔で久遠を抱きしめた。銀河久遠が
本当の『仲間』になった瞬間だった。その日を境に、久遠は奏の理想を
叶えるために、今まで以上の働きを見せることとなる。それはまたのお話。
(終わり)