『黄薔薇交差点』 ― 黄薔薇傍迷惑
【No:1201】『菜々いつにも増してスーパークール』の途中から分岐投げっぱなしエンド。
有馬菜々の謝罪の言葉と他言無用との依頼に、乃梨子はかすかに首を傾げた。
「人伝に謝罪が伝わることほど不誠実なことはありません。そうですよね?」
「そ、そうね、乃梨子ちゃん」
「……………」
「乃梨子ちゃん?」
「なぜ?」
「え?」
祐巳さまの「?」はとりあえず無視して乃梨子は菜々に問いかけた。
「何故、黄薔薇さまにそんなことを言ったのかしら?」
「……それは話の流れというか、口が滑りました」
「口が滑った。ということは、それが本心ということ。なら何故今になって謝罪するの?」
「ですから、不確かなことを、しかもご本人の居ないところで言ったことに対してと言いました」
「でもあなたはそう感じたのだし、それは変わっていないのでしょう。
『不誠実』という言葉を使ったけれど、自分の感じたことが変わっていないままただ謝罪だけされても、それこそ誠意は感じられない」
「それは」
「むしろ、」
菜々の言葉を遮るように乃梨子は言葉を続けた。
「いきなりそんなことがあったと言われても、言われた方は不快に感じるだけだとは思わない?
あなたは自分の言動にけじめを付けたいだけなのかもしれないけれど、それは単に自己満足というものでしょう」
「の、乃梨子ちゃん?」
呆気にとられたように見ていた祐巳さまがここでやっと口を挟んできたけれど、乃梨子は止まらなかった。
「とりあえず、謝罪は受け入れましょう。もっと先に謝罪すべき相手がいると思うけれど、それは私にとってはどうでもいいことだし」
「乃梨子ちゃんっ!」
「ただ、他言無用にということだけど、それは約束できません。
少なくともお姉さまにはこんなつまらないことで隠し事をしたくはないし、する気もない。
不誠実ということを気にしているようだけど、それは自業自得です。諦めなさい」
「ちょっ、乃梨子ちゃんてば!!」
「それ以外の人には口外しないと約束しましょう。むろん、お姉さまにもその旨伝えます」
そこでようやく、乃梨子はいったん言葉を切った。
「私から言いたいことはそれだけです。そちらからは他に何かある?」
薔薇の館で話を聞いた志摩子さんは、少し困ったような顔をした。
「乃梨子、あまり苛めてはダメよ?」
「別に苛めたわけじゃなくて。なんか変だなって思ったからちょっとつっついてみただけで」
ちなみに、あの後すぐに乃梨子は菜々もまだ居る前で祐巳さまに頭を下げた。紅薔薇さまの制止も聞かず勝手なことをしたと。このへんちょっと体育会系っぽいと言えなくもない。
「それで?」
「うーん、やっぱり何か変な感じなんだよね。どこまで本気なのか……というより、ホンネを見せてない感じ?」
「本音……ね」
志摩子さんがわずかに小首を傾げて見せる。
「謝罪したいというのは本当だったみたいなんだけど」
「それがわかっていて責めたの?」
「だから責めたわけじゃないんだってば」
思わずぶんぶんと手を振って否定する乃梨子に、志摩子さんは優しい笑みを向ける。
「やっぱり、何かわけありなのかしらね」
「やっぱりって?」
「さっき、由乃さんが出て行くように言った時、一瞬だけどあのコ、辛そうな顔をしたように見えたの」
「……よく見てたね」
「たまたま目に入っただけよ。それに私の気のせいかもしれないし」
あの状況で由乃さま以外が目に入るというのが凄いんだけど。
「でも、もし何か事情があったとしても、あの由乃さまが許すかな?」
「誰にだって間違いというのはあるものよ」
「それはそうだと思うけど?」
「たった一度の間違いを許せないような、狭量な人間にはなりたくないわね」
「………」
志摩子さんも結構意地が悪い。そんな言われ方をしたら由乃さまだってそれ以上突っぱねるわけにもいかないだろう。
……いや、どうなんだろう。由乃さまが暴走してたら私は狭量だもんとか言って突っ走ったり、しないか? さすがに。
「うまくいくといいね」
そう言いながら、志摩子さんにお茶のおかわりを入れる為に乃梨子は立ち上がった。
「ええ、そうね。でも、それでもダメなら仕方ないわ」
「え?」
何か信じられない言葉を聞いた気がして乃梨子は動きを止めた。
「あれだけのことがあっても祐巳さんと瞳子ちゃんは姉妹になった。縁というのはそういうものだと思うのよ」
「ああ、うん」
「もちろん、私にできることがあればなんだってやるつもり。やるだけやってそれでもダメなら、それはきっと、縁が無かったということなのよ」
「……志摩子さんは、どっちだと思ってるの?」
「さあ?」
志摩子さんはそう言って、ただ微笑むだけだった。
「それより乃梨子、あなたも他人事ではないのよ?」
「え?」
「白薔薇さまとしては、白薔薇の蕾には一日も早く妹を持って欲しいところだわ」
「う」
妹を持つ? 自分が? 想像できない。自分が妹を持つということを実感としてはまだ考えられない乃梨子だった。
「そうね。もし本当に由乃さんがうまくいかないようだったら、菜々ちゃんを乃梨子の妹に迎えるということも考えてみてもいいかもしれないわね」
「………冗談、だよね?」
「さあ?」
……志摩子さんって、結構意地悪だ。
ふふふ、と笑って志摩子さんは言葉を続けた。
「私も、2年になったばかりの頃は、妹を持つなんてとても考えられなかった」
「……うん」
志摩子さんにはいろいろ事情があったから。
「でも、私は乃梨子に出会えた」
「……志摩子さん」
不意打ち気味の言葉に、頬が熱くなった。
「縁って、そういうものだと思うのよ」
「………うん」
自分の妹はともかくとして。
由乃さまと菜々さんも、それが縁というならきっと。
そして乃梨子は、穏やかな気持ちで志摩子さんの為にとびきりおいしいお茶を入れるのだった。