【1259】 黒く染まるパラレル祐巳  (琴吹 邑 2006-03-15 13:43:17)


まつのめさんの書かれた「【No:568】桜の木の下で」をベースに
投さんのかかれた「【No:1254】過去への招待」のエッセンスを加え、
琴吹風に料理してみました。






「いかがかしら?」
「え? あ、ごめんなさい、今日はちょっと用事があって」
 一緒に聖書を学びましょうという敦子さんのお誘いを断わったんだけど、今回は前回と違い本当に用事があった。
「せっかく誘ってくださったのに、ごめんなさい。ごきげんよう」
 私は鞄を抱えて、教室を飛び出した。ぐずぐずしていていられない。
 そうなのだ、今日のために、すぐにでにも会いたいのを我慢して前と同じ行動をしてきたのだ。
 志摩子さんと出会える今日という日のために!
(さてと)
 学園の敷地を歩きながら前回のこの日のことを思い出していた。
 神々しい、神社のご神木のように気高く美しい桜。
 入学式の日に五分咲きのそれを見て心引かれてまた今日という日に見に行った。
 確かあの時は……
 講堂に向かって小走りに駆け出した。
 桜の木々が、次第に銀杏の木に取って代わる。
 講堂の壁まで来て薄紅色の小さな花びらが落ちているのを見る。
(もうすこし……)
 建物の角を曲がる。足下の花びらはどんどん増えていく。
 次の角を曲がったところでその光景が見えるはずだ。
 前回も見た角からはみ出した一枝が目に入った。
(……そこだ!)
 あのときのマリア様のような志摩子さんの姿がそこに……
「あ! 乃梨子ちゃんだ。ごきげんよう」
 ……なかった。
「ゆ、祐巳さま……」
 そこでは何故か祐巳さまがニコニコと微笑んでいた。
(な、なんで……)
 全身の力が抜けた。
「今回は、パラレル乃梨子ちゃんルートかふむふむ」
 訳のわからないことをつぶやく祐巳さま……って、
「祐巳さま、何で私の名前知ってるんですか? それに志摩子さんは?」
「このシーンは、白薔薇さまと、未来の白薔薇のつぼみが出会うシーンでしょ?」
「そうですよ。だから、志摩子さんは?」
「えっと、このシーンは、白薔薇さまと、未来の白薔薇のつぼみが出会うシーンでしょ? だから、間違いではないのよね」
「は? 言ってることがよくわからないのですが?」
 祐巳さまはその質問からを目そらしていった。
「私がその白薔薇さまだったり……」
「し、志摩子さんは?」
「志摩子さん、学校、辞めちゃったの」
「え?!」
 私はその言葉にきっちり3秒は石化した。

  〜 〜 〜


「『この桜も見頃は今日まで。一人で鑑賞するにはもったいなかったから、お客様が増えてよかったわ』」
「乃梨子ちゃん?、念のため聞くけど最後までやるの?」
 ここは古い温室。
 祐巳さまの言葉を聞いて立ち直れなかった私は、翌日の放課後祐巳さまを呼び出した。
「『あの、毎日いらっしゃるんですか』『ええ。桜が咲いてからはだいたい。この木に誘われて』『誘われる?』『そう、誘われるの。あなたも誘われてきたのではないかしら?』」
「やっぱり最後までやるんだね」
「『どの桜もきれいだわ……でも、この木のように特別に引き付けられることはないの』」
「……」
「『どうしてなのかしらね』『独りきりなのに、こんなにきれいに咲けるから……?』『そうね。……本当に。あなたの言うとおりだわ』」
「終わった?」
「祐巳さま」
「え!?」
 祐巳さまのせいで存在すら失われた志摩子さんとの会話の再現をひとしきり堪能した後、私は祐巳さまに向き直った。
「いえ、あえて言います福沢祐巳」
 びしっと祐巳さまに人差し指を向ける。
「はい」
「あなたも未来から戻った。そうですね」
「うん」
「私はやり直しなんて必要なかった。なのに気が付いたら受験前。そう、約一年弱巻き戻っていた」
「そうだったんだ。最初の逆行は私も二年生のクリスマスから高等部の入学式だったよ。もっともそれから40回くらい逆行したけどね」
「なんですかそれ?」
「わかんないよ。ほんとに何度紅薔薇さまをやったことか。長くても、卒業式が終わった次の日、短いときは、一月くらいで逆行するんだよね」
「そ、そうなんですか、それはともかくとして、何で志摩子さんが学校を辞めることに?」
「えっと、静さまをね、聖さまが志摩子さんを妹にする前に会わせると、大きくフラグがかわるらしくて、静さまその時期から聖さまと仲良くできるから、満足してイタリア行かなくなっちゃうの。だから、生徒会選挙で静さまがでなくて、静さまがでないもんだから、志摩子さん、生徒会選挙に出なかったんだよね。聖さまのいない山百合会に未練はないとかで。で、責任感じて、補欠選に私が立候補して、見事、当選しちゃったわけ」
「……私が志摩子さんに会おうと前回の道筋をしっかりたどっていたのに、祐巳さまはやりたい放題だったんですね。まあ、それはともかく、何で、その静さまがでないと、志摩子さんが選挙に出ないのかよくわからないんですけど」
「まあ、それは、些細なことだからいいんだけど」
「よくない!」
 そんな私の魂の叫びを無視して祐巳さまは話を続ける。
「聖さまが卒業した後の志摩子さんはやっぱりすごく不安定でね。何とかしたくて、私思わず言っちゃったの」
「なんて?」
「志摩子さんがお寺の娘だって言うことは、令さまも祥子さまも、知ってるから、気にしないでがんばろうよって」
「……」
「そうしたら、泣きながら走り去っちゃって、次の日には学校辞めて、修道院に……」
「あんたはなんて事するんだ!」
「フラグたてるのわすれてたのよね。このルートで志摩子さんが出て行かない条件は、聖さまが志摩子さんを妹にする前に、志摩子さんの前で、私が聖さまにタイを結んでもらわないといけなかったのすっかり忘れてて」
「あんたなあ……」
「しようがないじゃない。40回も逆行してたら、時間のシビアなイベント見逃しちゃうこともあるよ。それに、こんな展開になっているのはしおりがピンク色になってるせいだからあきらめて」
「ピンクのしおりって…………」
「ピンクのしおりしらない? まあ、それはそれでいいんだけど、乃梨子ちゃんのお願いがあるの」
「なんですか?」
「私の妹になってくれない? ピンクのしおりを金のしおりにするために」
「なるかーーーー!」

私がその言葉に絶叫したのはいうまでもない。


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