【No:1232】の続き
「まきますか、まきませんか?……ねぇ」
とりあえず、面白そうだったので『まきます』と答えた。
数日後、怪しげな鞄が何時の間にか部屋に置かれていた。
まさか江利子さまの悪戯では?
と、思いながらも開けてみた。
中には一体の人形が入っていた。
鞄の底にゼンマイを見つけたので、人形の身体を探して背中にあった穴に入れて廻してみた。
その結果、私は叫び声を上げる事になった。
――薔薇の館――
「あれには参ったわ」
私の前に座っている由乃さんが、当時の事を話し終えてから、そう言った。
「だよねぇ」
私は頷いた。
「突然、動き出すんだもの」
由乃さんのその時の行動が目に浮かぶ。
きっと、私と同じだったに違いない。
ついでに落ち着いてから、すぐに令さまを呼んだに違いない。
ちなみに私は、お姉さまを呼んだ。
その時から、お姉さまは真紅ちゃんを気に入っている。
真紅ちゃんも同じようで、たまにお姉さまの家に遊びに行っているらしい。
「でも、良かったじゃない」
「うん。可愛いし」
由乃さんが自分の隣に視線を向けた。
私も釣られてそちらを見る。
「うにゅ〜、おいしいなの〜」
そう言いながら、苺大福を幸せそうに頬張っているのは由乃さんの所の雛苺ちゃん。
「うにゅ〜って?」
「苺大福の事よ」
前から気になっていたけれど、そうだったんだ。
ふむふむと頷いていると、隣の席から声が聞こえた。
「祐巳、おかわりを頂戴」
「うん」
言ったのは真紅のドレスを纏ったドール。
金髪、ツインテールの真紅ちゃん。
人形なのに髪質は真紅ちゃんの方が良い。
私と同じ髪型なので、興味が湧いて触らせてもらい、ショックを受けた。
私は真紅ちゃんのカップに紅茶を注いだ。
「そういえばこの苺大福は?」
「令ちゃんに作らせた」
作らせた……ですか。
「なーんてね、放っておいても雛苺の為に勝手に作るから」
だろうねぇ。
「ひょっとして服も作ってたりする?」
「当然」
令さまが嬉々としながら洋服やら苺大福やら作る姿が目に浮かぶ。
由乃さんよりも、令さまがマスターだった方が良かったのではないだろうか?
「それより祐巳さん」
考え事をしていると、由乃さんが話し掛けてきた。
「どうしたの?」
「アレ、放っておいていいの?」
由乃さんの視線を辿ると、そこには、
「このくらいも出来ないなんて、翠星石も大した事ありませんね」
「誰でも一つくらいは取り柄があるものですぅ。瞳子はこれくらいしか取り柄がないですぅ」
「このくらいの事も出来ない翠星石に言われても痛くも痒くもありません」
「きぃぃぃぃー!!」
美味しい紅茶の淹れ方を巡って、瞳子ちゃんと翠星石ちゃんが口げんかをしている。
どうやら瞳子ちゃんの方が優勢なようだ。
実は最初からこの場にいたんだけど……。
「言わないで。できるだけ見ないようにしてるんだから」
「祐巳さんも苦労してるわね」
うん、由乃さん。
でも巻き込まれるから、あっちは見ないようにしようね。
「雛苺もたまに喧しい時があるから」
「そうなの?」
「ほら。見た目があんなだから。中身もそうなのよ」
由乃さんが言って雛苺ちゃんの方を見る。
「ほら、食べカスが付いてるわよ」
「よしの、ふいてなの〜」
ハンカチで雛苺ちゃんの口の周りに付いている食べカスを拭ってあげている。
なるほど。見た目も中身も子供ってワケか。
「真紅ちゃんは静かでいいわね」
「家来にされるけど……」
ゼンマイを巻いた途端、いきなり家来にされたし……。
「あら、祐巳は何か不満なのかしら?」
「いえ、滅相も無いです」
由乃さんが呆れた顔して私を見ている。
自分が情けないのは、十分承知しているからそんな顔して見ないで欲しい。
「そう言えば、志摩子さんは?」
「そう言えば遅いわね。でも、そろそろ来るんじゃない?」
と、言ってるそばから部屋の扉が開いて志摩子さんが入ってきた。
「ごきげんよう」
志摩子さんが挨拶をする。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう志摩子さん」
「ごきげんよう白薔薇さま」
私と由乃さんと瞳子ちゃんが挨拶を返す。
翠星石ちゃんと口げんかしながらも、瞳子ちゃんが挨拶を返しているのを見て感心した。
「遅かったのね?」
由乃さんが志摩子さんに尋ねる。
「ええ、委員会の活動が少し延びて。けれど、それだけではなかったのよ」
「?」
私と同じように由乃さんも、はてな顔。
「何かあったの?」
気になったので、尋ねてみた。
「ええ、ここに来る前に事務室の前を通っていたのよ。そうしたら電話が鳴っていたの」
「……」
「……」
「……」
「……」
私と由乃さんと、先程まで口げんかしていた瞳子ちゃんと翠星石ちゃんが沈黙した。
真紅ちゃんは変わらず紅茶を飲んでいる。
雛苺ちゃんは何の事か分かっていないようで、不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「あ、あの志摩子さん……電話って?」
由乃さんが恐る恐る尋ねた。
「事務室の前にある公衆電話よ。鳴っていたから、何時までもそのまま放って置くと、
相手の方が困るかも知れないと思って取ったのだけど」
唾を飲み込みながら、私が由乃さんに続いて尋ねる。
「そ、それで?」
「それが、取ったら『まきますか、まきませんか?』って、イタズラ電話だったのかしら?」
志摩子さんの言葉を聞いて、私の後を瞳子ちゃんが引き継いだ。
「し、白薔薇さまは、なんて答えられたのですか?」
「ふふふ、よく分からなかったから、まきますって」
ババッと、志摩子さんと真紅ちゃんと雛苺ちゃんを除いた皆で一箇所に集まる。
「どう思う?」
皆に尋ねた。
「間違いなく、そうだと思うけど」
由乃さんが一番に答えた。
「また翠星石みたいな変なのが増えるって事ですか?」
うんざりした表情で瞳子ちゃん。
「失礼ですぅ。土下座して謝りやがれですぅ」
翠星石ちゃんが瞳子ちゃんにそう噛み付いた。
「どうしたの、みんな?」
志摩子さんが離れたところから尋ねてくる。
皆が何故か私を見た。
私は覚悟を決めた。
「あのね、志摩子さん」
「どうしたの、祐巳さん?」
「もしかしたら、志摩子さんの所にも真紅ちゃんのようなドールが届くかもしれないよ」
「まぁ、そうなの?」
胸の前で手を合わせながら、嬉しそうに志摩子さんが言った。
「真紅ちゃん達、どの子も可愛くて祐巳さん達が羨ましかったのよ」
「志摩子さんが良ければ、それでいいんだけど……」
「何かあるの?」
「ううん。なんでもないよ」
確かに可愛いけど、その替わり苦労するかも……、とは言えなかった。
私は、皆の方を向いて首を左右に振った。
皆も諦めたような表情をした。
志摩子さんは、そんな私達に気付かずに雛苺ちゃんに話し掛けている。
「あら、雛苺ちゃん。美味しそうね」
「しまこも、うにゅ〜、食べるなの〜」
でも、志摩子さんなら大丈夫だと思う。
きっと良いドールと巡り合うと思う。
でも……、
「賑やかになりそうね」
こちらをちらりと見て、そう呟いた真紅ちゃんの言葉が何故か心に残った。
その頃、ビスケットの扉の向こう側では、
「どうしよう?」
私は足元にいる金糸雀に尋ねてみた。
皆を驚かせようと思って、せっかく連れて来たのに。
「流石に今、挨拶するのはシャレにならないかしら?」
「……」
まさか志摩子さんもドール持ちになるかも知れないとは……。
乃梨子たちが、悩んでいた。