【1272】 いつも遅すぎる姉は包み込むもの  (ますだのぶあつ 2006-03-19 04:20:05)


 卒業式のあと。黄昏に包まれた部室に戻ると人影があった。
 この方はちょっと苦手。かつて私はこの方からの妹の申し出を断り……そして今、この先輩は見送られるべき妹を持たぬまま卒業される。
「蔦子ちゃん。そんなに済まなそうな顔をしないで頂戴」
「これは失礼しました。ご卒業おめでとうございます」
「そう、いい笑顔よ。それでこそ写真部のエース」
 逆光が夕焼け空を真っ黒く切り取っているため、表情は判らない。でもきっとこの方は、笑いながら涙を流しているに違いない。鋭くて優しくて強くて、どことなく祐巳さんを彷彿とさせる人。
「お邪魔しました。もう一回りしてくるので、ゆっくりしてってください」
 私はカラッカラの笑顔で言えたと思う。写真部を名残惜しむ先輩の邪魔はしたくなくて、もう人気のないであろう校舎に飛び出そうとする。そんな私を先輩は大げさに溜息をついて引き留めた。
「はあ……私ってば気付くのいつも遅いのよね。今になって、蔦子ちゃんが姉向きって気付くんだもの。……でも、蔦子ちゃんは手遅れになっちゃ駄目よ」
 振り返ると、先輩は妹と孫のことを案じる姉の顔をしてくれていた。ファインダー越しになら同じ表情を幾度となく見たはずなのに、はいと頷いた私の声は涙で掠れていた。


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