【1273】 激闘  (朝生行幸 2006-03-20 01:12:26)


「さて、蔦子さま」
 文化部同盟代表である新聞部部長山口真美の妹、高知日出実は、姉に代わって文化部同盟の全権を委任されており、共同戦線を張ることになった山百合会の知恵袋、武嶋蔦子を前にしていた。
「今後の我々の動向ですが…」
「うん。悪いけど、あなたたち文化部同盟には、しばらくの間矢面に立って欲しいんだわ」
「自分たちの手は汚さないと?」
 眉を顰める日出実。
「そうじゃないの。山百合会は、立場上表立って動けないから、時が来るまで裏方に徹するしかないのよ」
 山百合会は、運動部連合、文化部同盟を遥かに上回る権限を持っているが、生徒の代表という立場ゆえ、それを勝手に行使出来ないという弱みがある。
 故に、公以外では、前面には出られない。
 その反面文化部同盟は、クラブ活動の一環として、多少騒がしくしても問題が生じる恐れは少ない。
「それに、こちらは人数が少なすぎるからね。助っ人集めてもせいぜい十数人が限度。話にならないってこのことね」
「なるほど」
 とりあえず、一応納得したのか引き下がる日出実。
「で、具体的に運動部連合を退ける方策はありますか?」
「もちろん。でも、人数が多い敵に対する効果的な手段は、私でなくても簡単に思いつくわよね」
「ええ、一応考えてはいますけど…」
「じゃぁ、お互い紙に書いて、同時に見せっこしない?」
「はぁ」
 メモ用紙とペンを蔦子に渡し、自分も紙キレに書き込む。
「いい?」
「はい」
「じゃぁ、せーの!」
 同時に開いたそれぞれの紙には、たった一文字、『火』と書かれていた。
「やはり、同じでしたね。他には?」
「そのことで、ある文科系クラブいくつかの協力が必要ね」
 蔦子が挙げたそのクラブに対し、早速日出実の指示が飛んだ。

 数日後、新聞部を再び訪れた蔦子。
 扉の前には、蔦子の後輩、内藤笙子が立っていた。
「ごきげんよう、蔦子さま」
「ごきげんよう、笙子ちゃん。どうかしたの?」
「日出実さんの調子が悪いみたいなんです」
「?」
 論より笙子…じゃなくて証拠。
 蔦子は、片眉を上げながら、新聞部室に入った。
 出迎えた日出実は、笙子が言う通り、浮かない顔をしていた。
「どうしたの?運動部連合が露骨に行動してるってこの時期に」
「いえ、ちょっと体調がすぐれないだけです」
「ふーん?で、例の話は進んでる?」
「はい、そちらは問題ないのですが…」
 やはり、日出実は少々顔色が悪い。
「運動部連合の数が気になるようね」
「…ええ、やはりあの数は脅威です」
 あっさりと日出実の心配の種を見抜いた蔦子に、隠し事は通じないと判断し、素直に心の内を打ち明ける。
「大丈夫よ、考えがあるから。文化部同盟の中で、健康で体力のある生徒を30人ほど集めてくれる?それでね…」
 耳打ちされた蔦子の言葉に、みるみる表情が明るくなる日出実だった。

 五月半ばにも関らず、既に半袖姿の生徒がちらほら見えた。
 そのほとんどが文化部員だった。
 蔦子も例外ではなく、文化部同盟との関係を堅守するため、一番に半袖姿となって登校した。
 春から冬まで、屋内外問わず行動する蔦子は、はっきり言ってかなり頑丈だった。
 それを見た、現状では対抗意識から無駄に頑丈健康であることを証明したくて仕方がない運動部員、負けてなるものかと、ほぼ全員が半袖姿で登校するようになった。
 しかし、例え運動部員であっても、季節の変わり目であるこの時期、必ず体調を崩す者は出てくるもので…。
 数割の運動部員が、風邪をひいていた。
「ふふん、予想通りだわ」
 眼鏡をキラリと光らせつつ、ほくそえむ蔦子。
「さぁ、風は吹いたわ日出実ちゃん。今こそ攻勢に出る時よ」
「よし。笙子さん、皆に指令を!」
 ここ数日で一番暖かい…と言うより暑い日を選び、山百合会、文化部同盟が、満を持して行動に移った。

 レンガ造りの図書館の横。
 山百合会・文化部同盟と、運動部連合が対峙していた。
 運動部連合は、各々クラブに合わせた姿をしており、その数は100人を超えている。
 剣道部員は防具を身に纏い、テニス部はラケットを構え、ソフトボール部は金属バットを振り回し、陸上部はバトンを渡す。
 対するこちら山百合会・文化部同盟は、真美、日出実、笙子は言わずもがな、薔薇さまである福沢祐巳、島津由乃、藤堂志摩子、ブゥトンの二条乃梨子に加え、細川可南子に蔦子。
 更に松平瞳子を含む演劇部部員や、文化各部から選りすぐりのスタイル抜群な美女美少女を含め、その数はおよそ30人。
 圧倒的に不利な人数ではあったが、全員余裕の笑みを浮かべながら、しかも何故か一人残らずポンチョ姿だった。
「随分と余裕そうね。それとも、もう諦めているのかしら?」
 運動部連合代表が、その人数にモノを言わせて勝ち誇る。
 それには答えず、山百合会・文化部同盟の面々は、ポンチョの襟元に手を添えた。
 そして、日出実の号令に合わせて、一気にポンチョを脱ぎ去った。
 そこには、ブルマ姿の体操服だったりメイド服だったり、婦警さんだったり看護婦さんだったり、スクール水着だったりレオタードだったり、バニーガールだったり他校の制服だったり、サラシ巻のガクランだったりゴスロリだったりと、無い種類を探す方が早いんじゃないかってぐらい多種のコスプレ姿があった。
 しかも、それらを着ているのが山百合会関係者やリリアン屈指の美女美少女たち。
 運動部連合の面々、唖然としたかと思えば、次の瞬間。
『ブフー!!』
 ほぼ全員が、鼻を押えてうずくまってしまった。

 そう、これこそが、蔦子と日出実が考え出した『火計』。
 つまり運動部連合が、手芸部員たちに作られたコスプレ衣装という『火』によって、『萌えて』しまったのである。
 ごうごうと『萌え』上がり、浮き足立つ運動部連合に迫る、山百合会・文化部同盟。
 もはや統制の取れた動きができるワケもなく、鼻を押えながら、逃げ惑うことしか出来ない運動部連合。
 こうして彼女らは、算を乱して無様に逃走する他なかったのだった。

 鼻血の飛沫を浴びて、更に赤味を増したレンガ作りの図書館の脇で起こったこの勝負は、『赤壁の戦い』と呼ばれ、寡をもって衆を撃つ事例の代表として、のちのちまで語り継がれることになったのだった…。


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