【128】 絢爛たる由乃×祐巳  (柊雅史 2005-06-29 23:40:17)


『コ』の字型に配置された校舎の中に、最近『リリアンナンバー1絶景ポイント』に認定された教室がある。
雑然と物が配置された科学準備室。ホルマリン漬けのカエルさんや煤汚れた人体模型さんがお出迎えしてくれるこの部屋は、かつては『リリアンワーストポイント』に選定されたこともある、由緒正しき場所である。
それが、ここ最近はお昼休みともなると、人の出入りが絶えることがないほどの盛況ぶりである。
科学準備室の主、よれよれの白衣姿が見ようによってはかっこいいシスター・真由美は、きゃいきゃいと黄色い声を上げながら集まってくる生徒たちを、目を細めて眺めていた。
「あぁ……なんと嬉しいことでしょう。彼女たちもついに科学の素晴らしさに目覚めてくださったのですね。マリア様、感謝いたします」
科学好きでありながら、人一倍信仰の厚いシスター・真由美は、接してみると中々に面白い人物だった。それもこの場所がここまで盛況している一因だろう。
シスター・真由美は今日も今日とて、遊びにきた生徒たちに――その大半は一年生で、シスター・真由美は「若いのに偉いわ〜」なんて思いながら――ビーカーで淹れた紅茶を振舞っていた。皆、一様に複雑な表情で紅茶を受け取ったけれど、シスター・真由美はその微妙な表情を解さなかった。
「みんなとても熱心なのね、とても嬉しいわ。――それじゃあ、私はちょっと用事で席を外すから。濃硫酸の薬棚には近寄っちゃダメよ。ただれちゃうわよ(はぁと)」
もの凄い微妙なことを朗らかに言い残し、シスター・真由美は上機嫌で部屋を出て行った。その背中を見送って、集まった一年生たちは一斉に溜息を吐く。
「わたくし……さすがに少し、罪悪感を覚えてしまいますわ」
「そうですわね。それに……紅茶を淹れてくださったビーカー、わたくしの記憶が確かならあれは以前、カエルさんの解剖時に使っていた」
「琴音さん、それは禁句ですわ! お紅茶を頂けなくなってしまいます!」
慌てて制止され、琴音さんはそれもそうだと口をつぐんだ。まさかシスター・真由美が手ずから淹れて下さった紅茶を、流しに捨てるわけにもいかない。一同は琴音さんのトリビアを故意に無視して、ぐっと紅茶を飲み干した。
「――ふぅ。これで心置きなく専念できますわね」
「そうですわね。これがなければ、もっと人気のスポットになりますのに」
「でも、これのお陰で私たち一年生でもこの場所を使えるのですわ。そうでなければ、順番待ちですもの」
「そうですわね。――では皆さん、始めましょう」
一同はカップを隅にまとめると、がたがたと机や椅子や本の山を移動させ始めた。目指すは物置と化している一角の向こう、カーテンの引かれた小窓である。
相当慣れているのか、ほんの数分で小窓への抜け道を確保した一同は、そろりそろりとカーテンを開けた。その小窓は中庭に面していて、対面には『コ』の字型をした校舎の向こう側が見える。
「あ、いましたわ!」
一人の生徒が目聡く見つけ、指をさしたその教室。
その教室の窓際の席では、紅薔薇のつぼみと黄薔薇のつぼみが、今正に仲良く食事を摂り終え、談笑を始めたところだった。
「あぁ……なんて素敵な光景でしょう。わたくしたちのアイドルである紅薔薇のつぼみと、可憐なる黄薔薇のつぼみのツーショット……溜息が出ますわ」
「これで白薔薇さまもいらしたら完璧ですのに。今日はいらっしゃらないようですわ」
「残念ですわ。――でも、お二人ですと黄薔薇のつぼみは少し大胆になられるから」
「そうですわよね。この間もお二人はとても楽しそうにお喋りしていらしたわ」
「あ、皆さん、ご覧になって! 黄薔薇のつぼみが席を立ちましたわ!」
「まぁ! 紅薔薇のつぼみの隣にお座りになっていますわ!」
「ど、どうしたのでしょう? あ、そんな、黄薔薇のつぼみ、そんなに紅薔薇のつぼみに近づいてはダメですぅ!」
「きゃあ☆ ろろろ、黄薔薇のつぼみの手がっ! 手がっ!」
「紅薔薇のつぼみの手を握ってますわぁ〜!」
「え、嘘? どこどこどこ!?」
「ほら、あそこですわ! ああぁ、なんて美しい光景なのでしょう! 今年のつぼみのお二人は、本当に仲が良くていらっしゃいますわ」
「あっ! 黄薔薇のつぼみが、紅薔薇のつぼみの頬へ……」
「「「「「手! 手を触れましたわっ!!!」」」」」
一同が身を乗り出して固唾を飲むその視線の先では、黄薔薇のつぼみこと島津由乃さまが、紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳さまの頬に手を伸ばして撫でるという、とてつもない光景が展開されていた。
「はぁ〜……紅薔薇のつぼみの頬っぺ。さぞかしつるつるなのでしょうね……」
「わたくしにはお二人が輝いて見えますわ……」
「大丈夫、わたくしも一緒ですもの。お二人は輝いていらっしゃいます!」
「わたくし、絶対に黄薔薇のつぼみは紅薔薇のつぼみのことを好きなのだと思いますわ! だって、何かあるとすぐにスキンシップをしていらっしゃいますもの」
「でも紅薔薇のつぼみだって、ほら! 黄薔薇のつぼみの頬を撫でていらっしゃいますわっ!」
「きゃあああ! どうしてですの!? 一体あのお二人は何をしていらっしゃるの!?」
「お、落ち着いてくださいませっ!」
真っ赤な顔できゃあきゃあ騒ぐ一年生たち。
これこそが科学準備室が『リリアンナンバー1絶景ポイント』に選ばれた理由なのである。
そう――この場所からは、紅と黄色のつぼみがお昼休みに談笑し、戯れている姿をつぶさに眺めることが出来るのだ。
「あぁ……お昼を抜いて駆けつけた甲斐がございました」
「本当に。今日もお二人はとても仲睦まじげで良かったですわ」
「お二人も薔薇さまになって、白薔薇さまと3人で山百合会をまとめる来年が、とても楽しみですわ」
「ええ、そうですわね。――でも、大丈夫かしら?」
「なにがですの?」
「だって、黄薔薇のつぼみも白薔薇さまも紅薔薇のつぼみのことをあんなにお好きですのに。喧嘩にならないでしょうか?」
「あら、それは大丈夫ですわよ。だって紅薔薇のつぼみは、きっとお二人とも同じくらいにお好きですもの」
「そうですわね……愚問でしたわね」
仲良く頬を触りっこしているつぼみを眺めつつ、一年生たちはほんわかしただらしない笑みを浮かべる。
彼女たちは知らない。
今二人のつぼみは互いの頬を触りつつ、「うわ祐巳さん、丸くなったねー」「由乃さんこそぷよぷよだよ!」と醜い牽制をし合っているだけ、なんてことは……。



――そして自分の城がすっかり観光地化していることに気付かない、とてもお気楽な人物が一人。
「あ、そうだわ。今度はみんなにお茶菓子も出してあげようかしら♪」


どちらも知らないってことは、幸せなことである。


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