【1288】 親友まさかのとき  (翠 2006-03-26 19:51:48)


【No:1286】の続き




それは去年の出来事だった。
薔薇の館で行われたクリスマスパーティーの途中、一人で館から出て行った瞳子ちゃんを私は追った。
追いついて、お話をして、白地図の話をされて、瞳子ちゃんが遠くなった気がした。
すぐ目の前にいるのに、心と心の距離が一気に離れてしまった気がした。
少しでもいいから繋ぎとめようと、私は禁断の言葉を口にしてしまった。
「私の妹にならない?」
同情なんかじゃ無かった。
「ありがとうございます。祐巳さまはなんてご親切なお方なのでしょう」
瞳子ちゃんじゃなければ、他に妹なんていらなかった。
「え?」
「なんて私が言うとでも――?」
なのに、瞳子ちゃんには通じなかった。
私の想いは届かなかった。
私の心は砕け散った。


とぼとぼと薔薇の館に戻ると、扉の前にお姉さまが立っていた。
少しの間、当り障りのない会話をする。
けれど、祥子さまはお姉さまだった。
伊達に私の姉をやっているワケではなかった。
すぐに私の様子を見抜いてきた。
「どうしたの?」
「お姉さま。私……っ」
私は、瞳子ちゃんとの事を全て話した。
ロザリオを受け取って貰えなかった事。
同情と思われてしまった事。
そして、己の裡にある事も全て吐き出した。
瞳子ちゃんの事を、もっとよく知る事のできる機会があったのに、怖くて踏み込めなかった事。
妹にしようとしたのは、決して同情では無かった事。
お姉さまは私の話を、そして言葉を聞いて頷いた。
そして、そっと呟くように言う。
「そう、悔しかったのね」
……あの、お姉さま。
私の話をちゃんと聞いてました?
今の話を、どこをどう解釈すれば悔しいなんて単語が出てくるんですか?
思わずそう尋ねたかったけれど、じっと私の顔を覗き込んでくるお姉さまに、私は何も言えなかった。
「瞳子ちゃんだけが一年生じゃないわ」
お姉さまが私の肩に手を置く。
「でも……」
「祐巳、あなたなら今年の一年生は選り取り緑の選び放題よ。豊作過ぎて困るほどウハウハなのよ?」
この時、私はようやくお姉さまからお酒の匂いが漂ってきている事に気がついた。
だ、誰!?お姉さまにお酒を呑ませたのは!?
って、こんな事をするのは一人しかいないか。
黒い志摩子さん、後で覚えておいてね。
「お姉さま、正気に……って、さっきから痛いんですけど?」
お姉さまの指先が、私の肩にめり込んでいる。
私の脳裏にビリビリに裂かれたハンカチの姿が横切った。
「お、お姉さま!私はハンカチではありませ……痛っ」
けれど、私のそんな声も虚しく、お姉さまは指先に更に力を込めながら話を続けた。
「それでも、どうしても瞳子ちゃんでなければならないのなら、諦めなければいいわ」
あ、ちょっと正気に戻った?
「それにしても瞳子ちゃんったら、私の祐巳の心を奪うとは許せないわ。どうしてやろうかしら?」
戻ってませんでした。
なんだか今晩あたり、夢に出てきそうな形相で私を見ています。
ふと思ったけれど、ひょっとしてこの指先の力は瞳子ちゃんに対する嫉妬?
そんな事を考えていると、お姉さまが再びやさしい表情に戻って言いました。
「私の想いはともかく。あなたの持つ、全ての技と狂気を駆使して瞳子ちゃんを手中に収めるのよ」
もう、私にはお姉さまの言ってる事が分かりません。
技と狂気ってなんだろう?
「その為に今から特訓よ」
「え?」
「あなたの秘めた才能を開花させてあげるわ」
お姉さまが私の髪をやさしく撫でる。
ひ、秘めた才能?
「ありとあらゆるものを平伏させる才能よ。言うなれば黒。それも完成された真っ黒ね」
あの、そんな才能は私はいりませんが。
ってか、真っ黒って?
「特訓を受ければ、必ず瞳子ちゃんを手にする事ができるわ」
え?瞳子ちゃんを……この手に……?
「私もそれであなたを手に入れたのよ」
そ、そうだったんですか!?
お姉さまは、真っ直ぐに私を見つめたまま言った。
「あとは……、あなた次第よ?」
私は、お姉さまのその言葉を聞いて、ごくりと唾を飲み込んだ。




「こうして私は、今の素晴らしい私になったの」
「どうしてそっちなんですか!?瞳子さまとか、妹云々の話はどこへいったのですかーーーー!?」
さすがは由乃さんの妹。
気付くとは、やるわね。
ツッコミもなかなかのモノだし。
私は、言葉を少し付け足した。
「そのついでに、弄り甲斐のある瞳子ちゃんも手に入ったワケ」
「ついで……って、当初と目的が変わっていませんか?」
複雑な表情の菜々ちゃんを見て、私は心の中で微笑んだ。
その横では、私の話を聞いていた由乃さんがプルプル震えている。
「と・も・か・く!そのせいで私達、黄薔薇家がこんなに苦労してるワケね」
「元凶は白薔薇さまと祥子さま、ですが瞳子さまにも原因があると思います」
由乃さんの後を菜々ちゃんが続けた。
「ところで、正直に包み隠さず全てを話した事だし、そろそろこのロープを解いて欲しいんだけど?」
私は、そう言って自分の身体に巻かれたロープを見下ろす。
現在、私は椅子ごとロープで巻かれて身動きできないようにされている。
館に来ると同時に、いきなり二人がかりで押さえつけられて、私はムリヤリ椅子に縛り付けられた。
まぁ、半分以上はわざと縛られたのだけれど。
だって、二人とも本当に必死の形相だったから、それがもう可笑しくて可笑しくて。
「ダメよ!祐巳さんには、もっと色々と聞き出さなければならない事があるんだから!」
「ふぅ。黄薔薇姉妹に人を縛って悦ぶ趣味があったなんて」
やれやれと溜息をつきながら私が首を振ると、由乃さんが椅子から立ち上がって反論した。
「そんな趣味あるワケないでしょ!祐巳さんは私をなんだと思っているのよ!?」
ほら、面白い。
まさに、打てば響く鐘のよう。
さすがは由乃さん、我が親友。
そう思っていると、菜々ちゃんが私の様子を見て、由乃さんに注意した。
「お姉さま。紅薔薇さまがお姉さまの反応を見て楽しんでます」
「っ!」
私を睨み、渋々と椅子に戻る由乃さん。
これはこれで面白い。
しかし、この状態も飽きてきた。
瞳子ちゃん達がそろそろ来るはずだし、終わらせよう。


すぅっと目を閉じた。
これが、お姉さまとの地獄の特訓で得た成果の一つ。
意識を集中する。
私の耳に、この部屋まで聞こえるはずのない音が聞こえる。
それは館の入り口の扉が開く音。
そして、複数の人間の足音。
残りのメンバー全員が来たようね。
目を開いた。



由乃さん達に、皆が来たことに気付いた様子はない。
さて、準備をしないとね。

ここは、そうね。
百面相ナンバー73、
『本当は疲れ果てているけれど、大切な親友に健気に付き合っている儚げな乙女の微笑』
でいくとしよう。

瞳子ちゃん達が(特に瞳子ちゃんが)この部屋に入って来た時に、どんな風になるか楽しみ……。




数分後、私を庇う瞳子ちゃんとの舌戦に敗北した由乃さんが、後に自ら『狩人』と名乗り、
私と志摩子さんを相手に戦いを繰り広げる事になるとは、この時、私ですら思ってはいなかった。


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