【1291】 二人の続きが知りたい激闘レインボー  (翠 2006-03-27 19:58:32)


【No:1286】→【No:1288】の続き




私が瞳子ちゃんと、どうやって姉妹になったか?
それを語るのなら、お姉さまとの特訓も語らないとね。
どれも思い出したくもない記憶だけれど、語れと言うのなら語ってもいいよ。






パーティーの後、小笠原家に連れてこられた私は、地下にある謎の部屋に案内された。
「ここで特訓をするのよ」
広いこの部屋には、ワケのわからないトレーニング機器がいくつか置かれている。
私は、ぽかーんと口を開いて呆けたまま辺りを見回した。
「それよ!」
「へ?」
突然のお姉さまの声に驚く。
「聖さまが百面相と名付けたその豊かな表情。それを更に昇華させて破壊力を増すのよ!」
至極、真面目な表情でお姉さまがそう言った。
「……」
薔薇の館の入り口でのお姉さまの迫力に呑まれて、つい首を縦に振ってしまったけれど、
さっそく後悔している私が今ここにいる。
「聞いているの祐巳?まず、分かりやすいように、それぞれの基本となる表情にナンバーを付けるわ」
ごめんなさい、お姉さま。
私は今、お姉さまの妹になってしまった事まで後悔してしまいました。
お姉さまによって、表情に数字が割り振られる。
『喜』が01。
『怒』が11。
『哀』が21。
『楽』が31。
更に1から10までの間に、その系統で細かな表情が割り振られた。
例えば、02は『とても喜んでいる表情』。
03は『だらしなく喜んでいる表情』、といった具合。
他には『悦』は91とか、あまり出したくない特殊な表情の事まで勝手に決められた。
そんなお姉さまを見て、ちょっぴり泣きそうだったのは内緒です。
大体の表情にナンバーが割り振られて、お姉さまは私の方を見た。
「まずは表情の特訓よ!」
「は、はい」
特訓が開始された。


「ナンバー02!」
にっこり。
「もっと、にっこりと笑いなさい!」
にこにこにこー。
「ダメダメよっ。そうじゃなくて、にっこり!と笑うのよ」
にっこり!
「次はナンバー16。『怒っているように見えるけれど、本当はあなたが気になる表情』」
プンプン!
「それは15でしょう。プイっよ。瞳子ちゃんがよくやってるアレよっ!」
プイっ。
「はふん。祐巳、……そ、それよ」
なんていうか、顔が変になりそうなんですけど?
それに、さっきからお姉さまの様子がおかしい。
いや、ここに来る前からずっとおかしいんだけど、今は輪をかけておかしい。
何故か、お姉さまが時々喜んでいる。
本当に特訓なのか疑ってしまう。
じとーっと見ている私に気付いたのか、お姉さまはコホン、と小さく咳払いして、
「今日はもう遅いし、泊まっていきなさい」
いきなり、話を変えた。
「な、何故ですか?」
思わず聞き返す。
お姉さまと一緒にいられるのは嬉しいけれど、あまりに突然の事だったから。
「明日から冬休みなのよ。当然、休みの間はここで特訓するつもりだからよ」
なるほど。
しかし……、
「あの、私の予定は?」
「大晦日と三が日は帰宅を認めるわ」
お姉さまの中では、私個人の予定はあって無いようなものらしい。


次の日から本格的な特訓が始まった。
地獄だった。
顔の筋肉痛に悩まされる事になるなんて、今まで生きてきて一度も思った事はなかったのに……。
顔の上半分と下半分で違う表情なのを鏡で見た時には本気でヘコんだ。
でも、それに慣れた頃には様々な表情を意識的に出せるようになった。


「ええっ?そんな超能力みたいな事できませんよー?」
意識を集中する事によって、聴覚や視覚などの五感を瞬間的に高める……とかなんとか。
お姉さまの頭を疑ったが、どうやら本気らしい。
ちなみにお姉さまは、第六感(勘とか予知)をよく働かせているらしい。
主に私に関して。
聖さまに抱き締められている時とか、妙にタイミング良く来ると思ったらそういう事だったんだ……。
そんな事を、お姉さまの話を聞いているフリして表情には出さずに考えていた。
これも特訓の賜物です。


今、思い出したけれど、お姉さまの家に泊まっている間に何度か私の貞操の危機があった。
その時に特殊ナンバー81『お姉さまを信じている無垢な妹のキラキラした眼差し』を開発した。
この表情は、お姉さまを悶え死にさせそうなほどの威力を発揮した。
それが私にとって、いい事なのかか悪い事なのかは、この際置いておく。
ああ、そうそう。
もう一つ思い出した。
驚く事に、お姉さまが酔いから醒めたのは、クリスマスパーティーが終わって3日後の事だった。
私が小笠原邸に寝泊りしていた事に眼を丸くして驚いていた。
いくらなんでもお酒に弱すぎです。
結局、一度言い出した事なのだから最後まで特訓を受けなさいと言われ、そのまま続ける事になった。


「あなたに教える事は、もう何も無いわ」
最終日、全ての課程を終えた私にお姉さまがそう言った。
「今の祐巳なら瞳子ちゃんをモノにできる」
「はいっ!」
ぐっと両手を強く握って、大きな声で返事をする。
これは、今の私の自信の表れでもあった。
「ありがとうございました」
素晴らしい私にしてくれたお姉さまに、素直にお礼を言って頭を下げる。
「祐巳、最後にお願いがあるの」
真面目な顔をして、お姉さまが言う。
「特殊ナンバー82『お姉さま……、もうどうにでもして』の表情をお願い」
その言葉にゆっくりと頷き、両手を胸の前で祈るように組んで、
「イヤです」
にっこりと微笑みながら丁寧に断ると、お姉さまが泣き崩れた。
少し、今までの気が晴れた。
お姉さまの特訓を受けたお陰で、何時の間にかごく自然に私は真っ黒になっていたようです。




三学期始業式、放課後。
遂に決戦の時がきた。
瞳子ちゃんには、朝のうちに薔薇の館に来るように伝えてある。
当然、他のメンバーには来ないように伝えてある。
一人で部屋で待っていると、しばらくしてゆっくりと扉が開いた。


特殊ナンバー84『瞳子ちゃんの為だけにある真摯な表情』。
これを使いながら、巧みな『暗黒話術』で瞬殺するつもりだった。
自信はあった。
けれど、私は忘れていた。
瞳子ちゃんが、祥子さまと遠縁とはいえ親戚だった事を……。
たとえ意識していなくても、瞳子ちゃんはある程度『黒』に対する耐性があったのだ。
おまけに特殊ナンバー84は、瞳子ちゃんを多少は怯ませたものの、あまり効果はなかった。
私は二度目の敗北を喫した。
他に瞳子ちゃんに通じる表情は無い。
私は肩で息をしながら、床に両手をついて四つん這いのまま、瞳子ちゃんを見上げた。
私を見下ろしている瞳子ちゃんの冷たい眼と私の眼が交差する。
「どうしても妹にならないの?」
「しつこいですよ。前にも言った通り、あなたの施しは受けません」
瞳子ちゃんの言葉を聞いて、私は呟くように言った。
「同情なんかじゃなかった」
「っ!……今更、……遅いです」
「瞳子ちゃんしか妹に欲しくないの」
「それでもっ!」
「どんなに無様でもいい」
私の様子に何か感じるものでもあったのか、瞳子ちゃんが一歩後退さった。
「私は決心したの」
言って、四肢を奮い立たせて立ち上がる。
「瞳子ちゃんを繋ぎとめておく為なら、私はもう躊躇わない」
「な、なんの事ですか?」
「瞳子ちゃん」
最強にして最凶のナンバー。
私の持つ、あらゆる萌えっぽい表情を組み合わせ、アレンジして仕草まで付け加えた百一個目の顔。
お姉さまが、そのあまりの破壊力に見た時の記憶を全て失ってしまった程のモノ。
少し俯き加減になって、上目遣いで相手を見ながら頬を紅潮させ、潤んだ瞳で、
「わ、私は……、あなたが、す、好き……なのっ」
言ってプイっと顔を相手から背け、目だけでチラチラと相手を見る。
百面相、隠しナンバー0。
『恋する乙女の熱っぽく潤んだ瞳と桃色に染まった頬で恥じらいの表情+α&仕草』発動!
瞬間、瞳子ちゃんが凍りついたように動きを止め。
同時に、瞳子ちゃんが眼を見開き。
最後に、瞳子ちゃんが鼻血で宙に真っ赤な虹を描きながら倒れた。


薔薇の館に集まったいつものメンバーが、恐ろしいものでも見るかの様な目で私達を見ている。
「お姉さまぁ、大好きですぅ」
私の腕に自分の腕を絡めてくる瞳子ちゃん。
「……」
えっと、どうやら破壊力があり過ぎたようです。
瞳子ちゃんが壊れてしまいました。
人目を憚らず、腕を組んできたり抱きついてきたり、元の瞳子ちゃんが見たら絶叫しそうな光景です。
まぁ、数日経てば元に戻ると思うけど。
それにしても、アレを使ってしまう事になるとはね、いずれはアレ無しでもいけるようにしないと。
これからも精進あるのみ!
私は、腕に絡み付いている瞳子ちゃんの方を見た。
でもね、瞳子ちゃん。私があなたを好きなのは本当なんだよ。
まぁ確かに、かなり弄り甲斐あるよねぇ、とも思ってるけど。
と、そんな私達から少し離れた所で、ビリビリッと妙な音がする。
見ると、お姉さまがハンカチを引き裂いていた。
「おのれぇ、ドリルめぇ……」
ごめんなさい、お姉さま。
瞳子ちゃんが元に戻るまではこのままです。
それに、こう言ってはなんですが、お姉さまにはちょっと飽きちゃったんです。






これであの頃の話はお終い。
え?
瞳子ちゃんが元に戻った時に、姉妹の解消をされなかったのかって?
やだなぁ、その辺はちゃんと抜かりはなかったよ。
私はそんなに甘くないし。
新聞部とか、写真部とかにたくさん情報を流しておいたの。
もう私から逃げられないようにね。
それに、瞳子ちゃんは既に私色に染ま……、おっと危ない危ない。
ふっふふーん、これ以上は、内緒!


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