【No:1289】のおまけです
もう放課後だというのに瞳子が窓の外を夢心地で眺めている。乃梨子は少なくとも入学式の時よりは良い状態なのだろうとほっと安心したものの、そのまま放っておく訳にはいかないと声をかけた。
「ちょっと、瞳子? 随分と幸せそうだけど何呆けてるの?」
「あ、乃梨子さん……」
ぽおっととろけた瞳で見つめてくる。そんな無防備な表情をされたら祐巳さまでなくてもくらっとしてしまうだろう。少しどきどきした胸を誤魔化しつつ問い返す。
「え、な、なに?」
と、突然我に返って、がばっと乃梨子に顔を寄せる。
「の、乃梨子さん!! あ、ああ、あなた。いつも白薔薇さまにあんなことされてるんですの?」
キスが出来そうなぐらい間近に顔を寄せられ、思わず顔をのけぞらせる。
「え、は、はいぃぃ? ちょ、意味が全然判らないんだけど」
「いえ、良いのです。乃梨子さんにしてみれば、日常茶飯事なのでしょう」
なぜか悟りきったような羨ましそうな顔をする。瞳子の勢いにはついて行けないことがあるけど、今回はとびきりだ。
さっぱり要領の得ない瞳子の話に、少し泣きそうになりながらそれでも親友のよしみと、何とか意思の疎通を試みた。
「もしも〜し、何の話をしてるんですか〜?」
「そ、そんなこと恥ずかしくて言えないです……」
急に顔を耳まで真っ赤にして両手の親指と人差し指の先を合わせ閉じたり広げたりもじもじと口ごもる。
「よく判らないけど、志摩子さんに関係のあることなのね?」
「ええ。白薔薇さまから祐巳さまに伝授されたというあの秘技。しかも祐巳さまが聞いた話では、まだ序の口なんだとか。昨日のアレでさえ瞳子にとってコペルニクス的衝撃! それ以上のことをされて理性を保っていられる乃梨子さんを、瞳子、尊敬いたしますわ」
「やっぱり意味がさっぱりなんですけど……」
というか志摩子さ〜ん。祐巳さまに何を伝授したんですか〜?
「そ、そうですわね。このような場所で無闇に喋ることではありませんでしたわね。じゃあ、瞳子は先に行きますので、乃梨子さんはゆっくり白薔薇さまとふにふにの先まで楽しんでくださいませ。それではごきげんよう」
荷物をあわただしくまとめ、ぱたぱたと立ち去る瞳子。
な、なんだったんだろう……。
訳も判らず脱力感に包まれた乃梨子の後ろからくすくすと笑い声が聞こえた。振り返るとそこには志摩子さんの姿があった。
瞳子が慌てて立ち去った理由は判ったけど、瞳子の話は結局何も判らない。事情を知っているらしい志摩子さんに尋ねようとすると、志摩子さんが先に口を開いた。
「まあ、祐巳さんったら、さっそく実践したのね。私は乃梨子にしてみたいことをオーバーに言っただけなのに」
具体的にはよく判らないけど、志摩子さんが、乃梨子にしてみたいことという響きに胸が高まる。そ、それって……
「あ、あの、志摩子さん、それって私に……して貰えるんですか?」
「ええ、乃梨子がいいっていうなら喜んで」
乃梨子がそう言ってくれるなら、祐巳さんに言った甲斐があったわ、と志摩子さんは悪戯っぽく微笑んだ。
翌日、瞳子と並んで幸せそうに呆ける乃梨子の姿が目撃されたのは言うまでもない。