私立リリアン女子学園。 幼稚舎から大学まで一貫教育のカトリック系女子校である、この学園の高等部一年桃組に在籍している福沢祐巳には、入学式当日から付き合いの始まった厄介な友人がいる。
彼女と交友関係を持ってしまったのは、
きっと偶然であり、
きっと神の思し召しであり、
きっと悪の組織の陰謀だと、教員の方々から一括りにされているもう一人の友人が言っていたが、悪の組織云々という意見は「あなたは天然だから」と言われる祐巳には理解出来なかった。
何故なら彼女は祐巳にとって、
「ねぇ、祐巳さんは桜と銀杏どっちが好き?」
「うーん、桜かなー」
「そう、でもね。 お腹が膨れるのは銀杏なのよ、だから銀杏好きの人間の方が世界的に見れば多いと思うの」
と言う会話を唐突に振って来る「少し変だけど優しい友人」であり、よくお聖堂で神に祈りを捧げている信仰心豊かな美少女なのだから。
もし学年が違えば遠目で憧れていたこと間違い無し。
そんな祐巳の反応を見た、もう一人の友人が言った言葉は「類は友を呼ぶ」だったが、それならば、その自分達と仲良くしている彼女は何なのだろうと、小一時間考える一連の行動も青春だろう。
「……」
だから昼ご飯時に何時もはポヤポヤしている彼女が、虚空を見上げながら悩んでいる姿に少しだけ不安を覚える。
多少なりとも電波だから――
という理由ではなく、第一印象の8割を占める見た目からして素敵な美少女で、性格も天然モノの博愛主義者である彼女は、この学園独特の姉妹(スール)制度なるものでも一押しの優良物件であり、それに見合った雰囲気から「憧れ」という感情が一年生内で先行し過ぎているのだ。
友人としての立場で話し掛ける同級生は、初日から凄まじいボケを見せ付けられて一緒に入学式に遅れてしまった祐巳と、1ヶ月ほど前に掃除の当番の時に知り合った「妹にしたい一年生二位」のもう一人の友人しかいない。
「どうかしたの?」
それゆえに祐巳は、友人代表その一として声を掛ける。
彼女は糸の無い凧のように見える時があるから……
彼女の長い髪がフワリと舞う。
「何でも無いのよ、うん、少しだけ考えごと……、あと、お弁当忘れちゃって、そのほうれん草のお浸しくださらない?」
「えっ、あ、うん、良いよ」
「ありがとう、モグモグ、フゥ」
何でも無いと言うなら溜息は止めて欲しい。 そんな素直な気持ちを表には出さず、卵焼きを御箸で掴んだ祐巳は、別のクラスのもう一人の友人を待つことにした。
表面的には温和そうで知的な彼女だが、少し付き合ってみれば、かなりの天然だが頑固一徹職人気質の「犬」属性だという事が判るので、それに対抗できるのは同じく頑固者のもう一人の友人しかいない。
祐巳は自らの不甲斐無さを噛み締めながら、ちょっぴり甘い卵焼きを口に入れる。
「あっ、卵焼き……」
微妙に彼女が悔しそうな顔をしているが、まあ、それは無視だ。
そんな時、フッと離れた席で食事をしている同級生達の声が聞こえた。
「白薔薇――」
「お似合いよね――」
「私は――」
よく聞き取れないが、ロサ何とかと言う単語は聞こえた祐巳は、高等部生徒会である「山百合会」の面々の事を思い出し、別のクラスで入学式早々に「黄薔薇の蕾の妹」になった一年生が居るという話も思い出すが、
(私には関係の無い話だ……)
「卵焼き……」としつこく呟く友人ともう一人の友人は大人気だが、今だ上級生にその手の話をされた事も無い祐巳にとっては、天上人である「薔薇様」なんて大きなイベントや偶然に廊下で見る芸能人に等しい存在である。
近い将来に係わり合いになる事が在ったとしても、恐らく「山百合会」のメンバーになっても遜色の無い友人二人が「何とかの蕾」になって「薔薇の館」という生徒会室に遊びに誘われる。 その程度の空想しか出来ない。
「ハゥ」
「祐巳さん、溜息一つで幸せ一つが逃げていくそうよ。 だから溜息はダメ」
「そうなんだ、でも私も少し考えごとだから……アーン」
「……考え事、アム」
アンニョイな会話をしながらも、卵焼きを「アーン」とする祐巳と、それに答えて雛鳥のように口を開ける少女。 微妙に百合テイストだが、二人にその属性は無く、単なる似たもの同士の天然さんなのだ。
そんな二人だから統括する偉い人が必要なわけで――
教室の引き戸がゆっくりと開けられて、もう一人の友人である彼女が真っ直ぐに祐巳達の方に歩いてきた。
「授業が長引いたわ。 先生方の無駄話は毒にしかならないものね……」
「へぇー、大変だったんだ静さん」
「別に来なくても良いのに……」
「何か言ったかしら栞さん?」
「いえ、別に。 静さん、その歳で空耳?」
「栞、」
福沢祐巳には親友かもしれない友人が二人いる。
一人は、シスターを目指す素敵な美少女で犬属性な久保栞さん。
もう一人は、「天使の歌声」の呼び名をほしいままにする蟹名静さん。
同じクラスに小笠原祥子さんという怪獣を要しているが、この二人も中々の曲者だと祐巳は思っているので、どちらかが「白薔薇の蕾の妹」とか「紅薔薇の蕾の妹」になるかもしれない。
「祐巳さん、今度は私がアーンしてあげる」
「なっ、そうやって抜け駆けを――」
これは何だかモテているかもしれないが、それに気が付かず、ぼんやりと一年生やっている福沢祐巳(中学生の弟あり)のお話である。
続かない