まえがき。
これは、恋に落ちた瞬間から真っ只中【No:1301】のBGNですんでなるべく先にそちらをお読み下さい。
百合要素、15禁アリです(汗)その全てを含めて苦手な方は回避してください!それではどうぞ〜
「うぅ〜寒いなぁ!早く薔薇の館に行こう。あ、でも志摩子さんいるかな?てか誰もいない?」
2月の寒空の下、一人ぶつぶつ呟きながら乃梨子は薔薇の館へと足を速めていた。
「乃梨子」
よく知ってる声に振り返ると、やはり志摩子がいた。乃梨子にだけ見せる柔らかい微笑みを浮かべて。
「志摩子さん!……ごきげんよう」
だから乃梨子も志摩子にしか見せない飛びっきりの笑顔で答えた。
「ごきげんよう。乃梨子も薔薇の館へ行くの?」
「うん。志摩子さんも?」
「ええ」
「土曜だから誰もいないかもしれないのに?」
「…でも。乃梨子はいるでしょう?」
綺麗に微笑まれて乃梨子の顔は赤くなった。そんな乃梨子に追い打ちをかけるかのように、志摩子は乃梨子の手を取って歩きだした。さらに顔を赤くして乃梨子は志摩子に引っ張られていく。
薔薇の館への道すがら乃梨子と志摩子はお互い今日あったことを話しながら歩いた。
階段を登りきったところで、ふいに誰かが言い争っているような声が二人の耳に届く。
「そんなっ!私だって聖さまのこと考えてましたよ!」
どうやら中にいるのは祐巳らしい。会話の内容から一緒にいるのは聖のようだ。
「祐巳さんと…お姉さま?」
驚いた乃梨子は小さく呟いた志摩子と顔を見合わせた。二人が恋人同士であるのは知っていたが、喧嘩しているとこなど今まで見たことがなかった。
志摩子がそっと開けたドアの隙間から乃梨子も一緒に中の様子を伺う。
「でも会いたかったのは瞳子ちゃんでしょ?」
祐巳が声を荒げているのに対して淡々とした聖の声が聞こえる。
(瞳子?…が原因?)
「違います!!」
「何が違うの?」
だんだん激しくなっていく二人の言い争いに乃梨子たちは為す術もなく、ただ見ていることしかできなかった。
「本当です!私、聖さまに会いたくて会いたくて仕方なかったんですよ!」
部屋中に一際大きな祐巳の声が響く。その顔は真っ赤だ。
(祐巳さま…それってスゴい殺し文句)
一瞬の沈黙。そして…
「えへへ〜嬉しいなぁ」
聖がでれっとした顔で答えると祐巳、乃梨子、志摩子は同時にずっこけた。
(何なのよ…頭痛い)
「……お姉さま」
上機嫌になった聖を見て志摩子は呆れて溜息をついている。
そんな乃梨子たちを知ってか知らずか聖はこんなことを言いだした。
「祐巳ちゃん!チョコレートフォンデュって知ってる?」
(何ちゅー突拍子もないことを…てか聖さま、やる気満々?)
側で聞いていた祐巳もそう思ったのか、何だかげんなりしているようだ。しかし、そこは恋人の祐巳。乃梨子なら無視を決め込んでいるところを呆れながらも聞いている。
「じゃんじゃじゃ〜ん!」
聖は自慢げに紙袋からチョコレートなど必要な材料を取り出した。
「………用意いいですね」
((……ほんとに))
乃梨子と志摩子も全く同感だった。
斯くして祐巳と聖のチョコレートフォンデュ大作戦が始まった。
◆◆◆
最初は呆れていた祐巳だったが作っているうちに楽しくなってきたのかキャーキャーはしゃいでいる。
そんな中の様子を見てもう入ってもいいだろうと思い、ドアを開けようとした乃梨子だったが志摩子に止められた。
「乃梨子。お二人の時間を邪魔するべきでないわ…もう少し、ね?」
「そうだね」
志摩子の小声に乃梨子も小声で返してドアノブから手を離す。
「でもこれって覗き見って言うんじゃ……」
乃梨子の言葉に志摩子がにっこり笑って言った。
「違うわ。見守っているって言うのよ」
(一緒だよっ!!…志摩子さん、それ天然?)
乃梨子が心の中で突っ込んでいると準備ができたのか祐巳の嬉しそうな声が聞こえる。
まずはバナナにチョコをつけて食べたようだ。「おいしい?」「はいっ!!」というやり取りをしながら楽しそうに食べている。
すると聖はいきなり立ち上がって祐巳の側へ行き、椅子から立つように言っている。そして自分は祐巳の椅子に座ったのだ。
「お姉さま?」
「聖さ…きゃぁッ!!」
志摩子の呟きと抗議をしようとした祐巳の悲鳴が重なる。
「「!!」」
聖は祐巳を抱き寄せて、自分の膝の上に座らせたのだ。所謂、お姫さま抱っこと言われるものである。
じたばたして降りようとする祐巳に聖は…
「いーの!祐巳ちゃんは黙って私に抱かれてなさい」
一歩間違えれば果てしなく誤解されそうな発言をしておとなしくさせた。
(う、うわぁ…)
自分が言われた訳でもないのに乃梨子の顔は真っ赤になっていた。
聖はクスクス笑いながらイチゴをチョコにつけて祐巳の前に差し出す。
(まさか…)
そのまさか。「あーん」と言って食べさせている。祐巳は「おいしい?」と聞かれ小さく「はい」と答えて顔をさらに赤くした。
(祐巳さま…可愛すぎ!)
祐巳の可愛らしさに乃梨子は完全にやられていた。チラッと横を見ると志摩子も顔が少し赤い。
ニコニコしている聖は、今度は祐巳にフォークを持たせ目を閉じて口を開けている。
「祐巳ちゃん?」
祐巳は少し躊躇っていたが二度目の聖の催促で恥ずかしそうにしながらも「あーん」と食べさせる。おいしいかどうか聞かれた聖はとても優しい笑顔を祐巳に向けた。
(聖さまのあんな顔初めて見た。きっと祐巳さまにしか見せないんだろうな…)
「あっ!!滴れちゃってるや、チョコ」
聖の言うとおり祐巳の指にはフォークを伝ったチョコが滴れてきていた。
何を思ったのか、聖はそのまま祐巳の指を自分の口にくわえてしまった。
「ひゃぁっ!!」
思わず声を上げる祐巳。
「ぅあっ」
「――っ!」
乃梨子は少し変な声を出してしまい、志摩子は息を飲んだ。
祐巳は名前を呼ぼうと口を開きかける。
「せ、い…んっ!んん」
だが聖は指を離したかと思うと祐巳に話す隙を与えずに深く口付けた。
(う、うそぉ……)
目の前の光景に乃梨子は耳まで真っ赤になりながら釘づけになっている。
(祐巳さまと聖さまがキスしてるっ!しかもしかも舌がっ!舌が入って……)
しばらく抵抗していた祐巳だったが、徐々に力が抜けていくらしく今は素直に聖を受け入れている。
「んんんっ…ふ、はぁっ」
長い口付けを終えて息が上がってる祐巳を聖は抱き締めた。
(はぁ…やっと終わった。それにしても。祐巳さまスゴいなぁ…大人すぎだよぉ)
乃梨子がホッとしたのも束の間。二人は見つめ合って…また口付けを交わしだした。
・
・
「…ちょっと…入って行ける、雰囲気じゃ…ないわよ…ね」
志摩子の途切れがちの声に、また二人に見入っていた乃梨子はハッと我に返る。
「あ、うん…そうだね」
そう言って志摩子の顔を見ると頬も耳までも、さっきの比ではないくらいに赤く染まっていた。
「んん…ふっ……あっ…んぅ」
(…これは!マズイっ…)
祐巳の声に、甘くそれでいて艶やかな響きが混ざり始めたのに気付いた乃梨子は慌てて志摩子の手を引いて連れ出す。もちろん音を立てないようにして。
「え?ちょっ…乃梨子?」
「静かに!」
◆◆◆
そのまま銀杏並木まで歩いてきた二人は一本だけの桜の前でどちらからともなく歩みを止める。
「お姉さま…凄くいい笑顔だったわ」
「そうだね」
「祐巳さんが本当に大切なのね」
「…淋しい?」
(何聞いてるんだろ…肯定されたら私がショックなだけなのに)
それでも乃梨子は淋しいかと問わずにはいられなかった。
「そうね…以前の私だったら淋しかったでしょうね。でも今はあなたが…私の側にいてくれるから」
「志摩子…さん」
暫く二人とも黙って桜の木に寄り掛かっていたのだが志摩子が唐突に言葉を紡ぐ。
「乃梨子も……したい?」
「なっ!!」
乃梨子は驚愕して言葉も出ない。
(キスを!?そりゃ…志摩子さんとキスしたいけど、でも!でもぉ!!)
一人パニックになっていた乃梨子に志摩子が告げた。
「チョコレートフォンデュ」
「チョコレートフォン……へっ?」
どうやらキスのことを言っていた訳ではないらしい。
(そっちかよぉー)
「乃梨子?」
「え?あ、うん。したいな、チョコレートフォンデュ…」
乃梨子は少しぼーっとしながら答えてしまった。
「じゃあ…今から材料を買いに行って、うちでしましょうか」
志摩子の言葉に心が暖かくなるのを感じた。
差し出された手に乃梨子も手を重ねる。
(この手を離したくない)
その想いを乃梨子は言葉に乗せて言った。
「ずっと志摩子さんの側にいるからね」
「ええ。私も…ずっとあなたの側にいるわ」
志摩子は春の穏やかな日差しのような笑顔を乃梨子に向けたのだった。