ここは島津家のキッチン。
ガスコンロの上に置かれた、真っ黒な液体の入った鍋を、由乃は目を凝らし見つめていた。
「…どうすりゃいいの?」
ことの発端は、昨日のお昼ごろ。
テーブルに、まだ手付かずのイチゴのパックがあった。
「このイチゴでジャム作ってみたら?令ちゃん喜ぶかもよ」
「なんで令ちゃんなのよ」
「疲れて帰ってくると、甘いものがほしくなるでしょ?」
「でも私、お菓子なんて作ったことないよ」
すると母は意味ありげな笑みをこちらに見せた。
「だからジャムなのよ。砂糖を入れて煮詰めるだけだし、あとは令ちゃんが何かおいしいレシピを考えてくれるでしょ?一緒に作ればいいじゃない」
(お母さん、何か絶対勘違いしてる…)
あきれながらもまんざらではない。
今日は部活で遅くなるとか言っていたし、いつも令に作ってもらってばかり。
たまには自分で作るのもいいか。
由乃は考え始めていた。
さっそくイチゴと砂糖の重さをはかる。
(え〜と…甘さは控えめの方がおいしいかもね。だとすると…)
イチゴの重さは280gあった。
砂糖の割合が3分の1くらいだとすると、90gといったところか。
秤の上にラップを敷き、そこに砂糖を90g載せていく。
あとはイチゴと砂糖をそのまま鍋にかけて、中火で20〜30分煮詰めれば完成。
キッチンに甘い香りが漂い始めたそのとき。
キーウィの3個パックが目に付いた。
(あれ?これもジャムになるかな?)
さっそく砂糖を加えて煮詰めてみるが、うまいぐあいにとろけてくれない。
(どうして?)
しばらく考えて由乃は思い出した。
(キーウィって…ペクチン含んでたっけ?)
ジャムのとろみのもとは、果物に含まれるペクチン。
イチゴやリンゴなどには多く含まれるため、単独でもジャムになるが、
キーウィには少ないため、リンゴなどでペクチンを補わないとうまくジャムにならないのだ。
あわててリンゴをむいていちょう切りにし、キーウィの鍋に放り込んだ。
やがて果物と砂糖がうまく絡み合い、水分が出てきた。
イチゴは色鮮やかに煮詰められ、さらに甘い香りを放っている。
「よし、イチゴは完成。あとはこっちね」
しかし由乃は油断した。
「30分も鍋のそばについてる必要ないわね…」
鍋を放置して自分の部屋に行ってしまった。
そして戻ってみたら、キーウィとリンゴのジャムになるはずだったものは、
無残に焦げ付いて見るかげもない。
あわてて鍋の中に水を入れたら、黒い液体の中に果物のなれの果てが見え隠れする、
なんだか奇怪な物体になってしまった。
そして最悪のタイミングで、今一番会いたくない人が来てしまった。
「由乃!由乃、大丈夫!?」
たまたま用事があって島津家を訪れた令が、家中に漂う焦げ臭さに驚いて、思わず従妹の身を案じて駆け込んできた。
「令ちゃん、お願い!今は来ないで!」
「何言ってるの、ちょっと見せてごらん」
すっかり焦げた鍋を見て、令はほうっとため息をついた。
「これ…いったいどういうことなの?」
令は眉根を寄せて、由乃に質問した。
「…だってうち、キーウィなんて誰も食べないから、リンゴと合わせてジャムにしたかったの。
それに…いつも令ちゃんに作ってもらってばかりだったから…たまには私が作ってあげたかった…令ちゃんに、少しでも喜んでもらいたかった…」
令はみるみるうちに、その表情を緩めた。
そして由乃を思い切り抱きしめた。
「ありがとう、由乃…今度は一緒に、ジャムを作ろう?」
「…うん……!」
それから1週間、支倉家と島津家の面々は、由乃が大量に作った多種多彩なジャムを
毎食毎食食べ続けるはめになったのである。
「由乃〜…、何も1か月分も作らなくても…」
「文句言わないの令ちゃん、ほら、次はユリネと桃のジャム、ギンナンの香り仕立てよ」
「志摩子も悪乗りしすぎだよ…何もそんなもの由乃にあげなくたって…」
令の受難はまだまだ続く?
(あとがきという名の言い訳)
ごきげんよう、若杉です。
がちゃS復活おめでとうSSとして、久々の令由です。
実はこれ、昨日ジャムを作っていて思いついたネタです。
キーウィって単独ではジャムにならないんですね…初めて知りました。
どうりで煮詰めても何も変わらなかったわけだ(汗
それでは失礼致します。