【1334】 確信犯そこにシビれる憧れる  (さめはだ 2006-04-13 18:52:34)


今回は目立つ面白ポイントがありません、きっと勢いが切れてきたからです、それでも出すのは雨が止んだから、そんな訳で【1319】の続き。


4,


自分はしっかりしているほうだと福沢祐巳は思っている。
一学年違う弟、福沢祐麒がいるために「お姉ちゃんは確りしないとダメ」と子供の頃から己を律してきたので、リリアン学園高等部一年生の中では確りしている部類に入ると、何の確証も無く信じている。
それが妄想か、それとも事実か、そんな事は物事を客観し出来る第三者の判断に委ねられるモノなので、誰かに問わないと答えは出ないが、現状の彼女はしっかり者とは対極の存在で在った。

「と言う訳で剣道部を見学したいと言う一年生がいたものですから、暇潰しに連れて参りました。 今回は練習の邪魔にならないように注意しますので許可を貰えませんか?」
「黄薔薇の蕾、あなたと言う人は……」

恐れるべきは黄薔薇の蕾の勢いか、お凸さまの発言は非常に哲学的かつ考える事自体が無駄な事のような気がしたので、音楽室の前からあれよあれよと言う間に拉致されて来た祐巳は竹刀を振るう女子高生達に眼を向ける。
学校と言えば部活。 汗を流す運動部こそ青春の象徴だ。
武道館の中央辺りで向かい合っている剣道部の部員二人も試合形式の練習を始めるらしく、互いに違う構えを取って睨み合う。

「剣道って良く判らないんだけど、あの構えに意味とかあるのかな?」
「あれはね祐巳さん、達人の位と言われる上段の構えとバランス重視の中段の構えだから、上段に構えた人は腕の立つ人もしくは自信過剰、中段の人は慎重派か勇気が無いだけと言う事が判るのよ」

運動音痴という訳ではないが、武道の心得なんてものは髪の毛の先程も無い祐巳の呟きに、一緒に拉致された久保栞さんが答えて何故か詳しい説明をする。
過去、暇な時にあらゆる文献に手を出したらしい彼女の頭の中には、しょうもない事から如何でも良い事までたくさんの知識が保有されている事を祐巳は知っていたが、まさか剣道までその領域に入っていたとは予想外だ。

「やっぱり物知りだね栞さん」
「そこはかとなく説明に悪意を感じるのは錯覚かしら……」

祐巳は素直に感心して頷くが、合唱部の部長から「山百合会? 休憩がてら行ってみれば」と言われた蟹名静さんは別のものを見てしまったらしい。

「気のせいだよ、だって栞さんだよ?」
「栞さんだからね……一つの側面で捉えてはならない気がするのよ」
「はい?」

クラスメイト達がはぐれメタルスライムの如き見事な引き際を見せたのに、「半時間も練習してないのに休憩って」という意見を言いながらも、最終的には「悪の組織には興味もあるから」という理由で付いて着てくれた静さんはやはり底が見えない人である。

「始まるわ……」

試合を見る事に集中していたらしい栞さんの呟きが聞こえた。

「ハァァァァッ!!!」
「ッ!」

響く裂帛の気合。 開始線に立つ二人の剣士は互いの研鑚を確かめ合うようにぶつかる。 数mの距離が有るのに何をやっているのか判らないが、手数の多さからして高身長の剣士が優勢に試合を運んでいる様に祐巳には見えた。

「胴ッ!」

しかし、素人の見解なんて外れるモノであり、高身長の剣士の竹刀が大きく空を薙ぐ。
彼女の対戦相手である極平均的な身長の剣士が半歩ほど後退していたのだ。
刀と竹刀では使い方が違う。 だから剣術と剣道は別物と言う意見が在るが、踏み込みとタイミングによって得物を振るうと言うところまでは一緒であり、平均的な身長の剣士が今まで猫をかぶっていたのだろうか、そう素人にも思わせるほどの踏み込みと共に上段から竹刀を叩き落す。

「面ッ!」

審判にアピールするための声より先に到達していた竹刀が鋭い音を鳴らす。
高身長の剣士の頭に命中したらしいが、審判を任されていたらしい剣道部員が「面有り、それまで」と言うまで、祐巳には何が起こったのかサッパリだ。

「あら、負けちゃったのね」
「ッ、黄薔薇の蕾、気配を消して近付かないで下さい」
「ん、クセなの、ごめんなさい」

それほど試合に関心が無かった静さんが、雨音に隠れながら接近していた黄薔薇の蕾である鳥居江利子さまに気が付き声を上げたので、「緊迫してたよ」とか「良い試合だったわ」等と言う会話をしていた祐巳と栞さんも視線を其方に向ける。

「ごきげんよう令」

何故か凄く楽しそうな鳥居江利子さまが真後ろにいた。
吐息が吹きかけられる程の距離に黄薔薇の蕾がいたため、驚愕の「ハゥ」と言う声を祐巳は挙げてから、彼女が挨拶をしている前方の影にワンテンポ後れて気が付く。

「ごきげんよう、江利子さま、今日は如何いったご用件で?」
「あなたの勇姿を見学するのに理由が要るのかしら、」
「いえ、プレッシャーを掛けると言う理由以外で此処には近付かないと思っていたので」
「そう、それは見当違いだったわね。 負けちゃったし」
「相手は部長でしたから」

先程まで打ち合っていた長身の剣士が面を取りながら黄薔薇の蕾に挨拶を返す。
彼女の後ろでは「君の管轄なのだから責任を取ってきなさい」と言う、剣道部の偉い人らしいリリアン生が腰に手を当てていた。

「黄薔薇の蕾の妹の人……」
「祐巳さん、そういった事は本人を目の前にして、ボカンとしながら言うものでは無いわ」
「あっ、」

目の前にいる麗人を見ながら祐巳は呟き、それを聞いていた栞さんから注意を受けて両手で口を抑える。
福沢祐巳の脳内では「山百合会=三薔薇様とオメダイ授与の紅薔薇の蕾」なため、他の蕾やその妹の顔まで網羅していない。 友人である築山美奈子さんの言うところ、自分が三面記事になるタイプらしいタヌ吉の情報集積及び防衛能力は甘過ぎるのだ。
その表情の豊かさも相まって、まさにうにーを入れたペソコン状態である。

「フギャ!?」
「黄薔薇の蕾?」
「これは中々良い感触ね」

そして、それほど性能が良くないペソコンはよくフリーズしたりする物で、何の脈絡も無く後ろから抱き付かれた祐巳は伊万里焼のように硬直した。

「どう、令?」
「如何と言われましても」
「嫉妬とかしてない?」

眼を白黒させる祐巳と意外と落ち着いている栞さんを捕獲した鳥居江利子さまの行動に、コッソリと逃れていた静さんが何も言わず呆れた視線送り、宝塚の男役にしても違和感が無い「令」と呼ばれた剣道部員は頬をポリポリと掻く。

「栞さんッ」
「何かしら祐巳さん?」
「えっと、抜け出そうとは思わない?」
「そうね。 別にこれと言って害は無さそうだから、このままでも、隣に祐巳さんがいるし」

同級生二人の反応を見て我に帰った祐巳は、同じく囚われの身の栞さんに話し掛けるが、彼女はニコリと微笑むだけだ。
だけども、微妙に陰りを見せた表情からは困惑と悲哀が読み取れなくも無い。
数ヶ月程度の付き合いだけどその程度は判るようになった祐巳は、多少乱暴になるかもしれないが、江利子さまの腕から抜け出す方法を考える。

――ガタンッ

その時、武道館の扉が音を立て、誰かが駆けて行く音が聞こえた。

「逃げたわね」
「えっ?」
「……」

呆れと友愛の入り混じった視線を扉に向けながら、江利子さまはあっさりと祐巳と栞さんを解放する。

「そんな事ばかりしているとお友達を無くしますよ?」
「これぐらいが良い薬なのよ。 あの幽霊には、」

訳知り顔の黄薔薇姉妹の会話は意味が判らない。

「噂は本当だったのね」
「……」

やはり扉の方を見てしきりに頷く静さんに、昼休みの時のようにしょんぼりする栞さん。

「で、なんで此処で祐巳さんのツーテールを引っ張り始めるの、栞さん」
「うん、その、元気が詰まってるから?」
「えっ、」
「あっ、」

確り者からうっかり者に自己認識が変わりそうになる祐巳は、自分のツーテールが弄られ始めている事に数秒のタイムラグを要して気が付く。

(もしかして鈍いのかな、私……)

福沢祐巳には親友かもしれない友人が二人いる。
一人は、シスターを目指す素敵な美少女で何か秘密が有る久保栞さん。
もう一人は、合唱部のホープでやはり何か秘密を持つ蟹名静さん。
祐巳のツーテールを見ながらお目目をキラキラさせ始めた黄薔薇の蕾が居るが、この二人も中々の曲者だと祐巳は思っているので、きっと如何にかなると信仰している。

「私にも握らせて貰えないかしら?」
「それはダメです。 祐巳さんのツーテールは私専用です」
「他人の頭髪を自分の物だ何て……久保栞、恐ろしい子ッ」

これは何だかモテているかもしれないが、それに気が付かず、ぼんやりと一年生やっている福沢祐巳(一学年下に弟あり)のお話である。

「……弄られるのも慣れれば楽だから」
「えっ、黄薔薇の蕾の妹?」
「お互い頑張ろうよ」
「……そうですね」
「なに、そのシンパシー?」

ちょっと位のスキンシップや、静さんの友愛がこもったツッコミではは根を上げぬ。 侍の魂を持つ稀有な女子高生である福沢祐巳のお話しでもある。





美冬さんの次の出番まだ〜、な感じで続くと思いたい。
まるで●さまがおやしろさまみたいだけど続くと思いたい。
足音が一つ多いんです……。



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