【1348】 知るほど楽しい狸姫  (翠 2006-04-17 19:19:55)


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【No:1127】未来の話

【No:1340】→【No:1343】チェリー編(完結)

で、これ。過去の話





山百合会と新聞部が協力しての一大イベント。
私が隠した紅いカードを見つけ出せば、私との半日デート。
前日にきつい事を言ってしまったけれど、祐巳なら見つけてくれると思っていたわ。



イベントが始まって五分程してかしら?

祐巳が両手にいくつかの小箱を抱えて薔薇の館の会議室に入ってきた。
この日は、館を一般の生徒にも開放していて扉を開けっ放しにしていたから、
両手が塞がっていても祐巳は入ってこれた。
祐巳が抱えていたのは、どう見ても誰かにプレゼントされた物だった。
正直、嫉妬した。
祐巳に渡す方もそうだけど、受け取る祐巳にも問題がある。
それについて、他の生徒達がいるのに少し嫌味を言ってしまった自分もどうかと思うけれど。
祐巳は私の嫌味に、傷ついた顔をして部屋を出て行った。
それでも、私のカードを探すのを諦めたようではなかったのでそのまま放っておいた。

カードを見つけてくれたら、その時は謝ろうと思っていたのよ。



「祐巳ちゃん、お帰りー」
白薔薇さまである聖さまのからかう声。
「今度はさっきより早かったね」
「館を出た所で待ち伏せされてました」
両手で抱えたいくつかの小箱を机の上に置く。
これで戻ってきたのは三度目。
イベント開始から二十分も経ってないうちに、祐巳の荷物のところには、
チョコレートだかケーキだかの入った丁寧にラッピングされた小箱が三十個ほど置いてある。
本当に私のカードを探す気があるのかしら。
睨むように祐巳を見ていると、
好きで受け取ったわけじゃないんですけど、
と、こちらに気付いた祐巳がそんな表情を浮かべた。
本当に何を考えているか、すぐに分かるわね。
本人には、そんなつもりは無いのでしょうけど。
それにしても、ちゃんと断って受け取らなければいいのに……、まったくこの子は。
そう思っていると、あれ?というような顔をして祐巳が制服のポケットに手を入れた。
何事かと思って見ていると、ポケットから出した手には可愛らしくラッピングされた小さな袋。
きっと、気付かないうちに入れられていたのね。
なんという情けなさ……。
「祐巳……」
私は我慢できなかった。
館に遊びに来ている生徒達の前だけれど、知ったことではない。
私は祐巳を叱った。
白薔薇さまに止められるまで、祐巳が涙目になって謝っていても叱り続けた。
祐巳が出て行った会議室は、他の生徒もいるはずなのに静まり返っていた。
「祥子。ちょっと、やりすぎ」
「白薔薇さまには関係ありませんわ」



「祐巳ちゃん、お帰りー」
これで四度目。
でも、今回は今までと違った。
「……」
祐巳が無言で両手に持っていたいくつかの小箱を机の上に置いた。
部屋の中にいた皆が、祐巳の様子がおかしい事に気付いてお喋りを止めた。
つい先程まで賑やかだった部屋に静寂が訪れた。
皆が皆、祐巳を見ている。
先程までと違う祐巳の醸し出す異様な雰囲気に耐えかねて、白薔薇さまが祐巳に声を掛けた。
「祐巳ちゃん?」
だんっ!!
突然、祐巳が机を両手で叩いた。
私は驚きで言葉が出なかった。
部屋にいる生徒の全員が息を呑んだ。
「お、落ち着いて祐巳ちゃん」
「私は落ち着いているわ。なんだかムカムカしているけど気のせいよ。
 それで、何か用かしら?私は今、忙しいの」
そう言って祐巳が白薔薇さまを睨んだ。
白薔薇さまが体を震わせて口を閉ざした。
なんなの、その態度は!?
祐巳を叱りつけようと、口を開きかけたその時、祐巳が私に視線を向けてきた。
その目を見て思った。
逆らってはいけない。
「ゆ、ゆゆゆゆゆ祐巳?」
白薔薇さまと同じように、私は体を震わせた。
「心配しなくてもいいわ。カードは私が必ず見つけるから」
祐巳の視線と言葉には、とても強い意志が込められていた。
邪魔者は排除する、そんな強烈な意志。
寒気がして、冷や汗が背中を伝った。
「行ってくるわ」
コクコクと首を縦に振る私と白薔薇さま。
関係ない筈なのに、館に遊びに来ていた生徒達まで私達と同じように首を縦に振っている。
そんな私達に見送られて祐巳は館を出ていった。



結局、祐巳は紅いカードを見つける事が出来なかった。
誰も私の隠したカードを見つける事はできなかった。
私がカードを隠したのは、古びた温室のロサ・キネンシスの根元近くの土の中。
確認の為に新聞部の三奈子さんと、それから私のファンだという生徒達とともに温室へと向かう。
祐巳も当然のように付いて来た。
温室に着くと、祐巳が不思議そうな表情をしていたので尋ねてみると、
探していた時にロサ・キネンシスの根元を掘って探したらしい。
まだ私が隠し場所の答えを言う前だから驚いた。
それなら祐巳が見つけていてもおかしくないのに……。
確認の為にその場所を掘ってみると、当然のようにそこから私の隠したカードが出てきた。
けれども、妙なことにそのカードは私が隠した場所よりも深い場所から発見された。
祐巳は、きっと本当にここを探したのだろう。
そういう事で嘘を付くような子ではない。
祐巳に見つけてもらう事は出来なかったけれど、それでも私はとても暖かな気持ちになれた。
結局、何がどうなってそんな事になったのか、誰にも分かるはずはなく、
聖ウァレンティーヌスが悪戯なさった、という事にしておいたのだけれど……。
カードを見つけられなかった事で、館に戻ってからも祐巳はずっと不機嫌だった。
とりあえず、チョコレートは貰えたけれど、
「ゆ、祐巳から貰ったチョコレート、とっても美味しいわ」
「……」
「え、えっと……」
顔を覗き込めば、そっぽを向く。
私が視線を外せば、こちらを見てくる。
いい加減、腹が立って怒ろうとすると、そういう気配に敏感なのか睨んでくる。
そして、そんな祐巳に睨まれると何も言えなくなってしまう。
ばかばか、私のばか。
もっと分かり易い所に隠しておけば良かったのに。
それこそ、祐巳のポケットにこっそり入れておくとか……。
前日にちょっとした事で仲違いしていたけれど、それがまるで夢か幻だったかのように祐巳に接した。
できれば、今の祐巳には仲違いした事など忘れておいてほしい。
「ほ、ほら、チョコレートのお礼もしたいから……、こ、今度の日曜日に私とデートしましょうねー」
「!…………ふんっ」
「ね?ね?ねー?」





「私がつぼみの頃の話よ」
薔薇の館で瞳子ちゃんと二人きりの時に、私は当時の出来事の全てを話した。
「その頃、祥子お姉さまは祐巳さまの『アレ』の事を知らなかったはずですよね?」
「ええ」
「よく叱らずに我慢できましたね」
「叱ったら、そこで何かが終わってしまう気がしたのよ」
「さすがは祥子お姉さま。正しい選択でしたわ」
瞳子ちゃんが言ってくる。
もし、あの場で『あの祐巳』を叱っていたらどんな目にあっていた事か……。
思わず身震いしそうになり、自分の肩を抱いた。
「とにかく、『あの頃の祐巳』が顔を覗かせている時は気を付けないと……」
「ええ、当然ですわ。なにしろ『あの祐巳さま』は……」
瞳子ちゃんが何かを言い掛けた時、ゆっくりと部屋の扉が開いた。
そちらを見て、瞳子ちゃんの表情が固まる。
そこには、いつもと同じ姿なのに、いつもと違う雰囲気を纏っている祐巳がいた。
「『あの祐巳さまは……』、なにかしら、瞳子?」
途端に、瞳子ちゃんが泣きそうな顔になった。
『祥子お姉さま、助けて……』
「……」
縋るような目で見てくる瞳子ちゃんに、私は首を左右に振って応えた。
ごめんなさい、瞳子ちゃん。
私ではあなたを救えないの。
「お仕置きをしなければならないわね」
祐巳の言葉に、子供がイヤイヤするように瞳子ちゃんが首を振る。
私は目を閉じた。
さようなら瞳子ちゃん。
「さっちゃんも、よ」
私は目を見開いた。
慌てて祐巳の方を見る。
「わ、私もなの!?」
「なにかダメな理由でもあるのかしら?」
祐巳が目を細めて私を見てくる。
「ないですぅ……」



『あの頃の祐巳』が顔を覗かせていると、同じように『あの頃の私』が目を醒ます。
そうなると、まるで祐巳がお姉さま。
「お仕置きは……、そうね。今度の日曜日に三人で何処かに遊びに行くこと。それでどう?」
瞳子ちゃんの表情が変わった。
「それでいいのですか!?」
「イヤなら別にいいわよ」
祐巳が拗ねたように言う。
「そんな事はありません!ねっ、祥子お姉さま」
「も、もちろんよ」


『今の祐巳』は、明るくて、ほんの少しだけ臆病で、でも芯は強くて、人気者。
『あの頃の祐巳』は、少し(?)怖くて、かなり気が強くて、でも本当は寂しがりや。


過去と今とでここまで違うなんて、本当に不思議な子。
でも、それも全部含めて、とても大切な私の妹。
ねぇ、祐巳。
あなたと出逢えて本当に幸せなのよ。



だから、

「でも、おしゃべりなさっちゃんは、その時に私と手を繋ぐのはダメ」

それは許してほしいの……。


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