【1347】 夏の体験この夜が明けるまで  (朝生行幸 2006-04-17 01:36:51)


 どこまでも高く透き通った空と、果てしなく広がる蒼い海。
 熱く焼けた白い砂浜の上に、一人仁王立ちしているのは、花寺学園生徒会会計、小林正念だった。
 寄せては返す波に目を向けながら、満足そうに一つ頷く。
「正念さん」
 背後からの呼びかけに振り向いた正念の目の前には、一人の少女。
 いや彼女は、少女というにはあまりにも大人びた、妖艶な雰囲気を醸し出していた。
 長く黒い髪、白磁のように白い肌、切れ長の涼やかな目。
 そして、年齢に似合わないグラマラスな肢体を、真っ赤なビキニで包んでいた。
「祥子さん」
 そう、正念の前には、リリアン女学園高等部生徒会、通称山百合会の幹部、紅薔薇さまこと小笠原祥子が立っていたのだった。
「パラソルの用意が出来たわ。こちらへ…」
「おう」
 白い大きなパラソルの下、テーブルを挟んで並べられたデッキチェアの左側に、瑞々しい肢体を横たえる祥子。
 正念は、その隣に同じように体を横たえ、トロピカルジュースのストローに口を付けた。
 この砂浜には、自分と祥子が二人きり。
(ああ、幸せだなぁ…)
 サングラスをしているので、表情が読まれにくいのをいいことに、なんとなくいやらしい目付きになってしまう正念だった。
「あら? ゴメンナサイ、サンオイルを忘れてしまったわ。すぐに取って来るので、しばらくお待ちになって」
 正念の返事も待たず、慌てて駆け出す祥子。
 止める暇もなく、その背中は、浜辺の別荘に消えて行った。

「お待たせ」
 背後からの呼びかけに振り向いた正念の目の前には、一人の少女。
 いや彼女は、少女というにはあまりにも健康的で、力強い雰囲気を醸し出していた。
 短く淡い色合いの髪、適度に焼けた肌、鋭くも優しい目。
 そして、年齢に似合わない鍛えられた肢体を、南国風のタンキニで包んでいた。
「令さん」
 彼女に目を向けた正念の前には、リリアン女学園高等部生徒会、通称山百合会の幹部、黄薔薇さまこと支倉令が立っていた。
「そろそろランチはいかが? これを…」
「おう」
 テーブルの上には、いつの間にか、いかにも美味しそうな、食欲をそそる料理が幾つも並んでいた。
 正念は、さっそくナイフとフォークを手に取ると、遠慮も会釈もなく料理に齧り付いた。
 この砂浜には、自分と令が二人きり。
(ああ、美味いなぁ…)
 サングラスをしているので、表情が読まれにくいのをいいことに、感動をかくそうともせずひたすら味を堪能する正念だった。
「あれ? ゴメンナサイ、ドレッシングを忘れてしまったみたい。すぐに取って来るから、ちょっと待ってて」
 正念の返事も待たず、慌てて駆け出す令。
 止める暇もなく、その背中は、浜辺の別荘に消えて行った。

「お待たせ」
 背後からの呼びかけに振り向いた正念の目の前には、一人の少女。
 いや彼女は、確かに少女は少女なのだが、少女らしからぬ抜群のスタイルをしていた。
 フワフワと巻いた髪、白く柔らかそうな肌、いつも遠くを見ているような瞳。
 そして、絶妙のバランスで構成された肢体を、白いホルターネックで包んでいた。
「志摩子さん」
 彼女に目を向けた正念の前には、リリアン女学園高等部生徒会、通称山百合会の幹部、白薔薇さまこと藤堂志摩子が立っていた。
「デザートを持ってきました。これを…」
「おう」
 彼女の手には、まるで情報誌かテレビから抜け出てきたような、これこそ本物とでも言わんばかりの白玉宇治金時があった。
 正念は、さっそくスプーンと宇治金時を受け取ると、大口を開けて掻き込んだ。
 この砂浜には、自分と志摩子が二人きり。
(ああ、冷たいなぁ…)
 サングラスをしているので、表情が読まれにくいのをいいことに、こめかみあたりがキーンとなっているのを我慢する正念だった。
「あら? ゴメンナサイ、おしぼりを忘れてしまったわ。すぐに取って来るから、少し待ってて」
 正念の返事も待たず、慌てて駆け出す志摩子。
 止める暇もなく、その背中は、浜辺の別荘に消えて行った。

「お待たせ」
 背後からの呼びかけに振り向いた正念の目の前には、一人の少女。
 いかにも少女らしく、あまり凹凸が見られない、か細く小さい身体。
 三つ編みにしたお下げに、真っ白な肌、儚げながらも強い光が見える猫目。
 そして、少々たどたどしい動きの肢体を、黄色いチューブトップで包んでいた。
「由乃さん」
 彼女に目を向けた正念の前には、リリアン女学園高等部生徒会、通称山百合会の関係者、黄薔薇のつぼみこと島津由乃が立っていた。
「スイカを持って来たわ。これで…」
「おう」
 彼女の手には、鮮やかな緑と黒のコントラストを主張して憚らないスイカと、スイカ割りをするためのダンビラがあった。
 正念は、さっそくダンビラを受け取ると、由乃にスイカを置いてもらい、目隠ししてその場でクルクルクルと回った。
 この砂浜には、自分と由乃が二人きり。
(ああ、楽しいなぁ…)
 目隠ししているので、表情が読まれにくいのをいいことに、勢いよく回転しすぎてちょっと眩暈してしまったのを誤魔化そうとする正念だった。
「あ? ゴメン、タオルと塩を忘れちゃった。すぐに取って来るから、少し待ってて」
 正念の返事も待たず、慌てて駆け出す由乃。
 止める暇もなく、その背中は、浜辺の別荘に消えて行った。

「お待たせしました」
 背後からの呼びかけに振り向いた正念の目の前には、一人の少女。
 いかにも少女らしく、制服では細身に見えるも、実際はほんの少しふくよかな身体。
 肩口でバッサリ切り落とされたおかっぱに、弾力のある肌、感情があまり見えない黒い瞳。
 そして、キビキビと良く動く肢体を、スクール水着で包んでいた。
「乃梨子ちゃん」
 彼女に目を向けた正念の前には、リリアン女学園高等部生徒会、通称山百合会の関係者、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子が立っていた。
「ビーチボールを持って来ました。これで…」
「おう」
 彼女の手には、三色に色分けされた、大き目のボールがあった。
 正念は、さっそくボールを受け取ると、そーれと一言、乃梨子に向けて軽くレシーブした。
 この砂浜には、自分と乃梨子が二人きり。
(ああ、愉快だなぁ…)
 サングラスをしているので、表情が読まれにくいのをいいことに、手足を振り回している乃梨子を舐めるように観察する正念だった。
「あ? ゴメンナサイ、麦藁帽子を忘れてしまいました。すぐに取って来ますから、少しお待ちください」
 正念の返事も待たず、慌てて駆け出す乃梨子。
 止める暇もなく、その背中は、浜辺の別荘に消えて行った。

「お待たせ〜」
 背後からの呼びかけに振り向いた正念の目の前には、一人の少女。
 いかにも平均的な少女らしく、平均的な凹凸の、平均的な身長。
 左右で纏めたツインテールに、滑らかな肌、クルクル回る大きな瞳。
 そして、多少ドンクサイ動きの肢体を、パレオを巻いたワイヤービキニで包んでいた。
「祐巳ちゃん」
 彼女に目を向けた正念の前には、リリアン女学園高等部生徒会、通称山百合会の関係者、紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳が立っていた。
「鍋焼きうどんを持って来たよ。これで…」
「はぁ?」
 彼女の手には、ぐつぐつと音を立てて煮えている、土鍋入りの鍋焼きうどんが、真夏の浜辺にも関らず、もうもうと湯気を上げていた。
 正念は、おそるおそる箸を取ると、ふうふうと必死に冷ましながら、一生懸命すすりだした。
 この砂浜には、自分と祐巳が二人きり。
(ああ、なぜこの暑い中、こんな熱いもの食わなきゃならないのかわからないけど、祐巳ちゃんの頼みだしなぁ…)
 サングラスをしているので、表情が読まれにくいのをいいことに、流れる汗で眼がしみるのをひたすら我慢し続ける正念だった。
「あ? ゴメン、七味を忘れちゃったね。すぐ取って来るから、ちょっと待ってて」
 正念の返事も待たず、慌てて駆け出す祐巳。
 止める暇もなく、その背中は、浜辺の別荘に消えて行った。

「おい、小林」
「う〜〜ん…」
「起きて、マサムー」
「うう…う」
「起きろってばよ」
「う〜むむ」
「起きろ」
「起きろ」
「う〜…、は!?」
 都合五人に声をかけられて、ようやく目を覚ました正念。
 目の前には、花寺学園生徒会の面々が、覗き込むように立っていた。
「あれ? 祥子さんは? 令さんは? 志摩子さんも由乃さんも乃梨子ちゃんも祐巳ちゃんも。スイカはカキ氷は鍋焼きうどんは?」
「…大丈夫か? この暑さでイカレちまったか?」
 やはり不安そうな、花寺一同。
「あ〜。なんだ、夢か…」
 鍋焼きうどんはちょっと勘弁してくれだったが、山百合会関係者と二人きりの海は、あまりにも勿体無かった。
「やっぱり埋めたのは拙かったかな」
 高田になにやら耳打ちしているユキチの言葉に、なんのこったいと思いつつ、身を起こそうとするも、ピクリとも動かない。
「ってあれ? なんでオレ埋められてんの?」
「何言ってやがる。浜に出た途端、豪快なイビキで寝ちまったくせに。水をかけてもスイカの汁垂らしても、氷乗っけてもビーチボールぶつけても、まったく目を覚ましやしねぇ」
 不思議そうな正念に、あきれた口調で高田が答えた。
「おまけに、ヤケに幸せそうな顔してやがったんで、なんとなく腹が立ったから埋めてやったんだよ」
「なんてことしやがる。でもまぁとりあえず、砂どけてくれ。暑くて仕方がない」
「ふん、俺たちの質問に答えたら解放してやるよ」
「ああ、なんでも…ってワケにも行かないけど、答えられることは答えるから、早くしてくれ」
 ニヤリと、かなり嫌な笑みを浮かべた一同を代表して、ユキチが尋ねた。
「で、どんな夢見てたんだ?洗いざらい吐いちまえ」

 バカ正直に答えたため、そのまま朝日を拝んだ正念だった。


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