【1350】 誰か助けてくださいまことにもって早すぎる邂逅  (若杉奈留美 2006-04-17 22:22:48)


にゃ様よりのリク作品です。


ごきげんよう、みなさま。
松平瞳子です。
まったく私としたことが、とんでもないミスでしたわ。
仕事をやり残して帰ってしまうなんて。
まあ、書類にハンコを押し忘れただけなんですけれど、その書類が料理部から出されていた急ぎの書類らしいので、
日曜日である今日、こうして薔薇の館にいるわけなんです。

それにしても、日曜日の学園内というのはこうも静かでのんびりしたものなんですね。
校舎も薔薇の館も、まるで時代が巻き戻ったような感じ。
柔らかな風に乗って、桜があちらこちらへと舞い散って。
先ほどまで花があった場所には、すでに緑の新芽が芽吹いていて。
花の季節から緑の季節へと、移り変わる様子がここからでもはっきり見て取れます。
こうしてゆったりした気分で外を眺めているのは、私も大好きで。
ついつい見とれてしまいますわ。

いけない。
こうしている場合ではありませんね。
さっさと書類にハンコを押してしまわないと。
なになに…?

『今回、新たに補正予算に追加する項目は次の通りです。

・材料費:1万円
・都内交流料理コンテスト参加費:5000円×5人
・浄水器代金:3万5000円

合計金額:7万円

以上につきまして、ご許可願いたく、よろしくお願い申し上げます』

…都内の高校の料理部が交流目的で参加するコンテストなんですから、別にタダでもよさそうなものなのに…。
それに材料費1万円って…まあいろいろと料理するにも材料が必要なんですから、これは百歩ゆずるとして。
浄水器3万5000円を、部費ではなく山百合会の会費から出させようなんて…。
これは明日、料理部の部長を呼んで、小1時間質問攻めにしなくてはいけませんわね。
もちろん事と次第によっては、あんなことやこんなことも聞かなくては…
コホン。
少し話がわき道にそれてしまいましたわ。
え〜と、「保留」のハンコは…ああ、これこれ。
これをボンっ、と押したら、今日の仕事は終わりです。
まあせっかく来たことですし、どうせ今帰ってもひとりで暇をもてあますだけなんですから、お茶でも飲んでから帰るとしましょうか。

あら?どなたかいらしたようですわ。
お姉さまかしら。
まったく、あの方のそそっかしさにも困ったものですわ…

「あら、ごきげんよう瞳子ちゃん」

ドアを開けて入ってこられたのは、私から数えて3代前の紅薔薇さま、水野蓉子さま。

「ごきげんよう蓉子さま、お元気そうでなによりですわ」

そういえば蓉子さまには、私がまだつぼみの妹になる前のあの梅雨明けの時期、ずいぶんとお世話になったものです。
あれ以来お目にかかっていなかったのですが、どうやら何もお変わりは…

「まったく、今日はどこもかしこも電車が混んでて、嫌になっちゃうわ」

…あったようです。
なぜなら蓉子さまのいでたちは、赤い薔薇が胸にプリントされた薄いピンクのTシャツの上に、白いブラウス。
インディゴブルーのジーンズにスニーカー。
これだけでも、今まで私が知る紅薔薇さまとはかなりイメージが違うのに、

「さっき新宿のウインズに桜花賞の馬券買いに行ってて、その帰りに進学のことでお世話になったシスターがいたから、
お礼にと思ってここに来たんだけど」

あの…桜花賞とか、馬券とかって、いったいなんのことですの?
いえ、言葉の意味は存じておりますけれど、なぜそのような場所に蓉子さまが?
よほど私の顔に「疑問です」とはっきり書いてあったのか、蓉子さまは笑いながら説明してくださいました。

「私って、小さいときから優等生やってきて、まったく遊びらしいことをしたことがないのよね。
それで、たまには遊んでみようと思ってたの。
そしたらちょうど今日は桜花賞の日だし、本当は未成年だから馬券なんて買っちゃいけないんだけど、
誰も私が学生だなんて分かりはしなかった」

そう言って見せてくださった小さな紙には、

「14・キストゥヘブン 10000円」

という文字。
そのほかにも、14という数字が含まれたさまざまな紙。
ああこれが、世間で言う馬券というやつなんですのね…って、そうではなくて!

「蓉子さま、ずいぶんお変わりになりましたね…」
「そりゃそうよ。私だって状況が変われば変わるわよ。
きっとみんなは私を見て驚くでしょうね。
嘆く人もいると思う。
でもね。
私だっていつもいつも出来のいい生徒や学生やってるわけじゃないのよ。
ギャンブルだってするし、夜遊びだってする。
それも含めて私は私だと思ってる。
それじゃいけないかしら?ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン・プティスール」

…そうですわね、おっしゃる通りです。
確かに優等生として気を張り続けてこられた高校時代なのですから、もうここらあたりで力を抜いても、バチはあたりませんわ。
私から申し上げるのもなんですが、蓉子さま、あなたは本当によく頑張ってこられたと思います。
ですから多少のことは、多めにみようと思っていたのですが…

「さて、瞳子ちゃん、少しラジオをつけてもいいかしら?」
「ええもちろん、ラジオくらいならどれだけでも」

いきなりラジオから流れてきた言葉に、私は耳を疑ってしまいました。

『この阪神競馬場に、桜吹雪が舞い散ります。
可憐にして力強い乙女たちの晴れ舞台、第66回桜花賞。
今年桜の神の祝福を受けるのは、果たしてどの馬か。
今スターターが台の上にあがりました。
まもなくファンファーレです!』

あの…蓉子さま…?

「がんばってよキストゥヘブン、私のおこずかいはあなたにかかっているんだからね」

目が…イッてます…。

『さあ、今スタートしました!
まず先手をとったのはアサヒライジング、その外に並んでエイシンアモーレ。
その半馬身ほどうしろにダイワパッション、アイアムエンジェルが虎視眈々…』

私はただ、呆然と聞いているしかありません。

『3コーナー入りまして、アサヒライジングが先頭に立ちました。
エイシンアモーレちょっと後ろに下がりぎみ…14番キストゥヘブンは中団よりかなり後ろの位置取り…』
「ああもう何やってんのよ!さっさと前に行きなさい!」

丸めた競馬新聞でテーブルをバンバンたたきながらエキサイト。
耳には赤鉛筆。
こんな方が、かつて紅薔薇さまと呼ばれていたなんて…

『さあ4コーナーに入って、アサヒライジングまだ先頭!
フサイチパンドラ動き出しました!ウインシンシア、アイアムエンジェル、タッチザピーク、コイウタ、シェルズレイが一気に差を詰めてきましたが、
ここで飛んできたキストゥヘブン!』
「いよっしゃあー!行けー!アンカツー!」
『アドマイヤキッスもやってきた、アサヒライジング、コイウタもやってきたがここでキストゥヘブンが追い抜いて、
安藤勝巳騎手、桜花賞制覇です!』

…お許しください、蓉子さま。
瞳子はいまだ未熟者ゆえ、この状況を理解し受け止めるには早かったようです…。
ああ…なんだか体がフワフワ浮いて…あら?お姉さま、祥子さまの姿が見える…
瞳子、幸せ…

「あら?瞳子ちゃん?瞳子ちゃん?しっかりして!瞳子ちゃん!?」

その後目を覚ましたときには、私は家のベッドの上にいました。
蓉子さまにはあれからお会いしていませんが、風のうわさによると、そこらへんの馬券親父も真っ青の賭けぶりだとか…。


(あとがきという名の言い訳)

ごきげんよう、にゃ様、皆様方。
実はマリみてにハマる前、競馬スキーだった若杉です。
今年の桜花賞は仕事で見れなくて、JRAのページで結果をプリントアウトして、
それをもとに想像で実況部分を作ってみました。
もしも蓉子さまが競馬スキーで桜花賞の馬券を買っていたなら…と想像してみたら、
なんだかえらいことに(汗
にゃ様、いかがでしょうか…







一つ戻る   一つ進む