朝も早よからいつもの茂みに身を潜めつつ、マリア像の前で立ち止まる女生徒たちを、鈍い輝きが放たれる眼鏡の奥に捉えているのは、写真部のエース武嶋蔦子だった。
マリア像がある分かれ道は、あまり知られていないがかなり特殊な地形となっており、方向によっては、弱い風でも反射・増幅されて突発的に変化し、しかも巻き上がる風となるため、その結果、無心に祈る彼女たちのスカートに、予測不可能なイタズラをもたらすのだった。
特に今日は、その風が大いに期待できる日。
蔦子は、前日から気象状態を確認し、喜び勇んで恐らくはリリアンで一番早く登校し、この場所に潜んだのだった。
クラブの朝練や日直等で、早めに登校してくる女生徒たちに狙いを定め、動きを止めた彼女達に、意識を集中する。
もちろん、風は気紛れ。
そうそう蔦子が思うようなシーンは撮れないが、それでも十数人に一人は、なかなかキワドイ機会が訪れる。
当然、それを逃す蔦子さんではない。
ほぼ無意識でシャッターを押せば、ほぼ確実にフィルムに焼き付けられてゆく。
「ふふふ、結構良いのが撮れたわね…。でも、まだまだよ」
素早くフィルムを交換し、素早く構え直す。
言うまでもないが、蔦子の本命は山百合会関係者。
そろそろ、最初の人物が現れるはず。
更に数人、空しく立ち去ったところで…。
「来た!」
恐らくは朝練のためだろう、剣道部所属の黄薔薇さまこと支倉令が、いつもよりやや早足でやって来た。
一度マリア像の前を通り過ぎたが、思い出したように取って返し、慌てて手を合わせる。
「さぁチャンスよ…」
ドキドキしながら、シャッターチャンスを待つ。
だが、令のスカートはヒラリともしなかった。
「ちっ…」
思わず舌打ちする蔦子。
しかし次の瞬間、巻き上がる風が、令のスカートを捲り上げた。
「きゃぁ!?」
やはり女の子、可愛い悲鳴を上げた令は、顔を赤らめながら、慌ててスカートを押え付けた。
「ハッピー!」
カシーカシーカシーカシー!
蔦子のカメラに、令の白い逆三角形が無事収まった。
「ったくもう!」
令は、未だ煽り続ける風に悪態を吐きながら、来た時と同じように足早に去っていった。
「ふっふっふ、幸先良いわ。この後も期待ね」
予想以上の手応えに、ガッツポーズを取る蔦子だった。
「来た!」
何人かを更に収めつつ、次の目標を待っていると、白薔薇さまこと藤堂志摩子が、風に煽られているにも関らず、真っ直ぐ滑るように歩いてやって来た。
マリア像の前で立ち止まり、真摯な表情で手を合わせる。
「さぁ、来るかしら…?」
ドギマギしながら、シャッターチャンスを待つ。
そこに、まるで計ったかのような風が巻き上がり、志摩子のスカートを捲り上げた。
「きゃあ!?」
予想通り、可愛い悲鳴を上げた志摩子は、顔を赤らめながら、慌ててスカートを押え付けた。
「よっしゃー!」
カシーカシーカシーカシー!
蔦子のカメラに、志摩子の白い太股と、白い逆三角形が無事収まった。
「………!」
志摩子は真っ赤になりながら、来た時と違い、足早に去っていった。
「ふっふっふ、素晴らしいわ。この後も期待ね」
想像以上の手応えに、ガッツポーズを取る蔦子だった。
「来た!」
志摩子以降碌に収穫もないまま、次の目標を待っていると、恐らくは朝練のためか、剣道部所属の黄薔薇のつぼみこと島津由乃が、大慌てでやって来た。
マリア像の前で立ち止まり、息を整えながら手を合わせる。
「さぁ、どうかしら…?」
ドキムネしながら、シャッターチャンスを待つ。
なんともグッタイミなことか、巻き上がった風が、無防備な由乃のスカートを持ち上げた。
「あぎゃぁ!?」
予想もしない、変な悲鳴を上げた由乃は、顔を赤らめつつも、慌ててスカートを押え付けた。
「オッケー!」
カシーカシーカシーカシー!
蔦子のカメラに、由乃の細い脚と、何か動物のようなものがプリントされた白い逆三角形が無事収まった。
「何すんのよこのエロ風!」
由乃は恥ずかしさを悪態で誤魔化しながら、来た時と同じように足早に去っていった。
「ふっふっふ、ナイスだわ。この後も期待ね」
想像以上の手応えに、ガッツポーズを取る蔦子だった。
「来た!」
段々増えてきた生徒たちに目移りしながらも次の目標を待っていると、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子が、静かな足取りでやって来た。
マリア像の前で立ち止まり、割とおざなりに手を合わせていた。
「さぁ、来るかしら…?」
ワクワクしながら、シャッターチャンスを待つ。
しかし、乃梨子のスカートはピクリとも動かず、来た時と同じように、静かな足取りで去って行った。
流石に連続では無理かと思いながらも、未練がましくフレームに収めたまま追跡していると、
「わきゃぁ!?」
急な横風が、乃梨子のスカートをバサリと持ち上げた。
「ラッキー!」
カシーカシーカシーカシー!
蔦子のカメラに、乃梨子の形の良い脹脛と、白と青のストライプ逆三角形が無事収まった。
「!?」
怒りで表情を歪めながら、辺りを見回す乃梨子だったが、幸いにも、彼女の後ろに人は居なかった。
「ふっふっふ、ベリグーだわ。この後も期待ね」
想像以上の手応えに、ガッツポーズを取る蔦子だった。
「来た!」
結構な数の生徒たちをチェックしながら次の目標を待っていると、紅薔薇さまこと小笠原祥子が、ゆったりとした足取りでやって来た。
マリア像の前で立ち止まり、背筋をピンと伸ばして手を合わせている。
「さぁ、どうかしら…?」
ウキウキしながら、シャッターチャンスを待つ。
風は狙いを過たず、ピンポイントで巻き上がった。
「キャァ!?」
その時目を開けていた数人の生徒たちが、祥子のシークレットゾーンを目撃した。
「おっしゃー!」
カシーカシーカシーカシー!
蔦子のカメラに、祥子の長い脚と、薄いピンクの逆三角形が無事収まった。
「!?」
恥ずかしさに絶句しながらも、無理矢理心を落ち着けた祥子、軽くひとつ咳払いすると、何事もなかったように、ゆったりとした足取りで去って行った。
「流石は紅薔薇さま。この程度では動じないってわけね」
想像以上の手応えに、ガッツポーズを取る蔦子だった。
「来た!」
そして最後に、本命中の本命、紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳が、落ち着きの無い足取りでやって来た。
マリア像の前で立ち止まり、風で身体を傾かせつつ手を合わせている。
「さぁ、来い…」
最も期待を寄せて、シャッターチャンスを待つ。
その時、マリア様は蔦子の邪(?)な願いを聞き届けたのか、いつに無く強烈な風を吹き付け、
「ぎゃー!?」
周りの数人を巻き込んで、おヘソ辺りまでスカート…、いや制服を巻き上げた。
当然祐巳は、頭まで巻き上がったスカートで隠れてしまい、顔が全然確認できない。
「むっひょー!」
カシーカシーカシーカシー!
蔦子のカメラに、祐巳を中心にした数人分のパンチラオブジェが見事に収まった。
「えと、あの、その!?」
何が起きたのか判らなかったらしく、手足をバタバタさせながらふらついた祐巳は、その場で尻餅をついてしまった。
地面にペッタリ座り込んだ祐巳は、その状態でも太股の半分は露なままで。
両手で顔を押えながら、タイやプリーツが乱れるのも構わず、急ぎ足で去って行く祐巳だった。
「ああ祐巳さん、期待に違わずやってくれたわ!」
感極まった蔦子、思わず目頭が熱くなった。
時計を見れば、そろそろ時間切れ。
もはや辺りには生徒の姿もなく、居るのは蔦子ばかりなり。
茂みから這い出し、マリア像の前で手を合わせた蔦子は、
「マリアさまありがとうございました。今日は大収穫、とっても良い写真が撮れました」
普段は黙って祈るが、今回ばかりは、声に出てしまっている。
それだけ嬉しい結果だったのだろう。
祈りが済んで、カメラにキャップを被せながら立ち去ろうとした次の瞬間。
巻き上がった風が、蔦子のスカートを持ち上げた。
「おっとぉ!?」
慌てて押える蔦子。
幸いと言うべきか一人だけなので、恥ずかしい気分はゼロだったが、何も自分のスカートまで巻き上げんでも良いだろうにと、ちょっとムシのいい考えが頭を過ぎる。
「…でもまぁ、私だけ特別ってわけにも行かないってことか」
誰にも見られなかったからヨシ。
そう気分を切り替えて、改めてマリア像の元から立ち去る蔦子だった。
「ふふふふ…。マリアさま、ありがとうございます。とっても良い写真が撮れました。ふふふふふ…」
何処からともなく現れた、蔦子の一番弟子を自称する、一年生で写真部所属の内藤笙子は、誰も居ないマリア像の分かれ道で、カメラを手にしながら、一人ほくそえむのだった。