【1406】 ふりむけば青春の日々好きです  (雪国カノ 2006-04-25 19:31:55)


まえがき。
恋せよ女の子始めの一歩【No:1336】愛しているのは…心が求めているもの【No:1351】の続編的?なお話です。同性愛を含んでいますので。それではどうぞ〜

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銀杏並木をゆっくり歩く。なるべくゆっくりと。辺りはシン…っと静まり返っていてまるで世界に自分一人しかいないような、そんな静寂に満ちていた。

(今頃、祐巳さんとお姉さまは…)

志摩子は薔薇の館で幸せな時を過ごしているであろう二人に思いを馳せた。

(お姉さま…)

最も尊敬し敬愛する姉で…そして志摩子が誰よりも愛している人。しかしその姉は自分の大切な親友の想い人でもあった。

(お姉さまが祐巳さんの気持ちをお断わりするはずがないわ)

志摩子は気付いていた。聖もまた祐巳に惹かれていたことを。祐巳を見つめる瞳は自分を見るそれとは明らかに違っていた。祐巳は聖の『特別』なのだということを…

「志摩子さん」
「――っ!」

突然かけられた声に驚いて振り返る。

「…乃梨子。驚かさないで頂戴」
「ごめん」
「先に帰ったのではなかったの?」

振り返った先に立っていたのは妹の乃梨子。だが乃梨子は皆と一緒に先に帰ったはず。

「志摩子さんのことだから…きっとこうするんじゃないかなって思って待てたんだ」
「そう…私のこと、よく見えてるのね」

乃梨子と連れ立ってゆっくり歩き始める。何も言わずに横を歩く乃梨子をそっと伺って…志摩子は悟った。この子には全てお見通しなのだと。

「…それでいいの?」
「何がかしら?」

何が、なんてわかっていたけれど気付かないふりをして躱した。すると乃梨子は正面に回り込んで志摩子を真っ直ぐ見る。

「本当にいいの?聖さま…祐巳さまの所へ行っちゃうよ?」
「………」
「志摩子さん!」

黙りこくって視線を反らす志摩子に対して乃梨子の瞳は真剣そのものだった。

(観念するしかないわね)

「……お姉さまには私では駄目なのよ」
「しま―「祐巳さんでないと。祐巳さんもお姉さまでなければ駄目なの」」

乃梨子を遮って志摩子は続けた。

聖には祐巳でなければならない――そんなこと当の昔にわかっていたはずなのに改めて口にした途端、切なさで胸が締め付けられる。

「でも聖さまのこと好きなんでしょう?何も言わないで諦めちゃって後悔しないの?」
「いいのよ。後悔なんてしないわ。私はお姉さまが…いいえ、お二人が幸せならそれで構わないの」

これは本当。確かに淋しくて悲しくて切なくて…色々な感情が渦を巻いているけど二人が幸せなら自分の想いは報われなくてもいい――それも志摩子の嘘偽りのない気持ちだ。

「お姉さまのことが好きよ…だからこそお姉さまには幸せになって頂きたいの」
「志摩子さん…」
「祐巳さんだって何も悩まなかった訳ではないのよ?あの方は優しいから私のことを思って身を引こうとなさった…」

聖に構われる度にそっと志摩子を気遣っていた祐巳を思い出す。最初は祐巳の想いに気付かなかった。だがいつの頃からか聖を映す瞳には溢れださんばかりの秘めた想いと…それから諦めの色。

(祐巳さん…辛い思いをさせてしまってごめんなさい)

祐巳は自分のせいでたくさん傷つき悩んだはずだ。

「でも!だからって志摩子さんが身を引く必要もないじゃない!」

静かな銀杏並木に乃梨子の声が響き渡る。

「乃梨子……想い合っているお二人を引き裂いてまで私は幸せになんてなりたくないわ」

言いながら頬にそっと触れて歩きだすよう促す。先に歩き始めると志摩子に倣って乃梨子も後をついてきた。そしてまた二人横並びになる。

「祐巳さんのことも大好きよ。だからお姉さまと祐巳さんが幸せであること…それが私の一番の幸せなのよ」

軽く笑んで乃梨子を見ると俯いてしまった。

「…わかった。なら、もう私は何も言わない」

暫くして顔を上げた乃梨子は淡く微笑み返した。

「ありがとう」
「行こう」

乃梨子はもう一度微笑んで志摩子の手を取った。

◆◆◆

バス停には誰もいなかった。時刻表を見ると今さっき出たばかりらしい。

「ね、志摩子さん」
「なぁに?」

ベンチに腰を下ろすと乃梨子は繋いだ手に力を込めてきた。

「我慢、しなくていいよ」
「え…」

目の前の道路を眺めながら乃梨子は穏やかに言う。

「私の前では無理しないで。強がったりしなくていいから」
「…っ」

言葉の意味を考えるよりも早く涙が溢れていた。

「泣いていいよ。辛い気持ちとか今まで我慢してたのとか…いっぱい吐き出して。私が全部…受けとめてあげるから」
「…っく……ぅああ…っ…ああぁぁ!」

泣き崩れる志摩子を乃梨子が優しく抱き留める。

「私は志摩子さんの妹だから…」

背中に回された手はとても暖かかった。

(主よ…この子に巡り合わせてくれたことを心から感謝します…)

「だから何があっても側にいるよ」

(主よ…どうして…どうして!私が愛したのはこの子ではなかったのですか…)

志摩子は声をあげて泣いた。乃梨子の腕の中で子供のように。

空には細い月と冬の星たちが輝いていた…


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