この作品は【No:1365】―【No:1403】のおまけとなっております。出来れば、そちらをお読みになってからお召し上がり下さいませ。尚、前2作品とは趣向を変えておりますのでご了承下さい。【No:1354】の内容も少しだけリンクさせてあります。
「あの、由乃さま。もう少し離れて頂かないと、こぎ難いのですけど。」
「んー、菜々頑張って。」
M駅の駅前の喫茶店へ、二人乗りで向かっていた。二人とも自転車で来ていたのに、こんな状況になったのは訳があるのだけど…。
神社でお互いの気持ちを確かめ合った、その出来事の後、お昼を食べながら令ちゃんのこと、山百合会のこと、菜々の友達のこと、剣道のこと等を話していると、ちょっと思い立って菜々を駅前の喫茶店に連れて行きたくなった。
「菜々、駅前に美味しいアップルパイがある喫茶店があるんだけど行かない?」
「アップルパイですか。」
んー。と菜々はちょっと唸った。甘いもの嫌いなのかな、と思ったけれどクリスマスの時にはケーキを食べていたのでその線はない。そうするとリンゴ嫌いとか…珍しい気もするけど。
「今月、ちょっとピンチなんですよね…。お小遣いが。」
「んー?それじゃ、何で今日とか来週のお花見(デートとは呼べない。)は来られるのよ。」
ひょっとして、無理して来てくれた訳?と、由乃としてはちょっと感動した訳だが。
「最初から自転車と分かっていましたので、余りお金は使わないのだろうとお昼代だけ持ってきていたんですよ。」
「ああ、なるほど。」
ちょっと残念。
でもそれなら…と、由乃は伝家の宝刀を取り出す。
「大丈夫よ。私が奢るわ。」
まあ、伝家と言っても紅薔薇さんちのだけれど。
んー。と又、菜々が唸る。さっきの今で遠慮する気?と由乃は念を込めた目線を送ってみたり。
それが通じたのかどうかは分からないけれど、(菜々は由乃の方なんか見ちゃくれなかった。)こっくりと頷いたのだった。
「紅茶も合ってて、結構美味しいのよ。」
「へえ、それは楽しみですね。」
うーん、楽しい。もと来た道を戻るだけなので、今度は道に迷う心配もない。車の通りも少ない道なので、並んでおしゃべりしながら向かうことにした。
にこにこ、にこにこ。一旦機嫌が良くなると浮かれまくる由乃のこと、顔が緩みっぱなしだった。ひょっとしたら祥子さまといる祐巳さんよりも緩んでいるかもしれない。
そんな由乃であったから、周りの注意が散漫になっていたのは仕方なかったのかも知れないけれど。
「危ない、由乃さまっ。」
そう菜々が叫んだ、と思った瞬間、前カゴからバッグが消えていた。否、横をすり抜けたバイクがバッグを引ったくっていたのだった。
「あ。」
と、気づいた時にはバイクは遥か前方に。
あっけに取られていると、いつの間にか菜々がいない。あれ、と思って見るとバイクに並ぶ勢いで追いかけていた。
「わたしの、アップルパイぃぃぃ!」
えーと、そこは由乃のバッグじゃないのかよ。いや、財布も勿論入っているけどさ。
気づくと、バイクにほぼ並走していた。菜々ってやっぱり…。
「フットワーク軽いなー。」
と、感心していると、菜々はあっという間にバイクの後部に飛び乗り、バッグを奪ってこちらに投げて寄越した。
「おっと。」
由乃は自転車を止めて、バッグをなんとか受け取った。そして菜々の方を見ると、又驚くようなことをしてみせたのだった。
どうやったのか、ドライバーの両腕をハンドルから引き剥がし、後ろ手に極めているのが遠目で確認出来た。その直後、菜々はドライバーを抱えたままバイクから飛び上がると、そのまま地面に叩きつけたのだった。
「ホントに。」
菜々は人を(物理的に)お持ち上げておいて、(物理的に)落とすのがうまい。
でも。
「さあ由乃さま、参りましょう。」
そう笑って帰ってくる菜々に、由乃は呼びかける。
「菜々。」
呼びかけながら、菜々の後方を指差す。
「え…。あ。」
菜々も気づいたらしく、青い顔で振り向く。その方向には。
主を失った自転車とバイクが絡み合いながら、遥か遠くへ旅立って行くのが見えた。
そう、菜々は詰めの甘い子でもあったっけ。
「あの、由乃さま。もう少し離れて頂かないと、こぎ難いのですけど。」
「んー、菜々頑張って。」
そういう訳でこんな状況になってます。最初は由乃がこぎたかったから前に乗ってはみたものの、バランス取れずに危なかったので菜々がこぐことに。
こういうのも悪くないかなって思いながら、菜々にしがみついてみたりして。身長は(と言うより座高は)由乃より菜々の方が少し低いくらい。なので、サドルで少しだけ高くなってる菜々と、後ろに乗ってる由乃は同じくらいな訳で。
「由乃さまっ。」
「なにー?」
「耳に息を吹きかけないで下さいぃっ。」
「どーしてー?」
「…飛ばしますよ。」
「あー、ごめん、ごめん。」
こんな感じで悪戯したりして。祐巳さんに悪戯していた聖さまの気持ちが少しだけ分かった気がした。
おかげで、来る時の倍くらいの時間かかったけれど。
喫茶店のアップルパイは相変わらず、美味しかった。
え、何でこんなにあっさりした感想なのかって?
そりゃあ、メインは来週だし、目の前で菜々が一緒に食べていたのよ。
前菜くらいじゃ…ねえ?
(おまけのおまけ)
日曜日の昼過ぎ、私、支倉令は受験勉強に励んでいた。
「んー、少し休憩しようかな。」
私にも苦手な教科などはある。いくらリリアンで生徒会長である黄薔薇さまと呼ばれていようと、人間である限り得手不得手というものがあるものだ。
「…ちょっと根詰め過ぎかな。」
堅苦しいモノローグに突っ込みを入れてみる。やはり頭が疲れているようだ。
「疲れた時には甘いもの…っと。」
リビングに下りて、簡単なフルーツヨーグルトを作ってみる。…と、いつもの癖か自分の分だけにしてはいささか多すぎる量のフルーツを盛り付けてしまった。
「由乃も呼んで食べようかな。」
私の従妹、私のプティスール、私の清涼剤。そんな由乃を呼びにお隣へ行ってみる。
「あら、令ちゃん。由乃なら出かけたわよ。」
「え。」
そう叔母さまに言われて、ちょっとがっかりする。まあ、日曜日だしね。勉強してるって、お母さんにも言ってあったし。祐巳ちゃんの所にでも遊びに行ったのかも知れない。
最近、祐巳ちゃん元気ないしなー。元気付ける為に行ったのかも知れない。由乃、偉いなあ。そんな感じで思っていると、叔母さまが驚くことを言って来た。
「有馬…菜々さん、だったかしら。待ち合わせましょうとか。電話でそんなこと言ってたわ。」
「ええええっ。」
有馬菜々。去年の秋くらいに由乃が知り合った女の子。由乃がプティスールにしたがってる(ような気がする)女の子。あと、私が剣道の試合で戦った大仲の田中姉妹の末っ子。
由乃を挟んで、私の向こう側にいるような女の子だ。
「い、いつ…?」
「そうねえ。午前中だったかしら。結構早くに出たわよ。」
今頃は二人で喫茶店でも寄ってるんじゃないかしら。時計を見ながら、そう叔母さまは言った気がするけれど、私の耳には入ってなかった。
「では。……お邪魔しました。」
「ええ。令ちゃん、勉強頑張ってね。」
「……はい。」
とぼとぼ、と自分の家に戻る。すごすご、でもいいかも知れない。
「由乃ぉ……。」
数分後、そうつぶやきながら、フルーツヨーグルトにスプーンをつける私の姿がリビングにあった。と、ふと思いつく。
「そうだ。由乃が帰ってきたら、来週に食べたいおやつでも聞いてみようかな。」
そう決めて、ヨーグルトの残りを冷蔵庫に入れて勉強に戻ることにした。
来週、由乃に先約が入っていることを知ったのは、それから数時間の後のことだった。