【1409】 待ってました蔦子さんは  (MK 2006-04-26 19:14:48)


「大丈夫。三年生じゃないんだったらいつか会えるって。」
 そう言った祐巳さんの言葉に気が楽になって笑ったのは事実だけど。その後も気がつくと姿を探していたのも事実な訳で。



 カシャッ。
 小気味いい音が響く。レンズの向こうにいるのは勿論少女。
 喜んでたり、笑ってたり、走ってたり、欠伸してたり。
「今日もいい写真をお願いします。マリア様。」
 そう眼前のマリア様にお願いしてみたりして。
 ここは、リリアン女学園の正門から続く公孫樹並木の終着点、マリア様が佇んでおられる丁字路…の近くの茂みの中。
 生徒が登校してくる時間より少し早く登校し、そこで他の生徒が登校してくる様子をカメラで撮るのは私の日課となっていた。
 私がカメラを構える時に常々思っていることは、その人の心まで写し込みたいということ。同じ表情を見せていても、「何となく」違うと思うことがある。その「何となく」の部分を写真で表現出来ないものかなと考えている。
「おっと、次の子が来た。」
 私はカメラを構える。新しい写真が撮れることに喜びながら。

 季節は春。桜が満開となりつつある頃であり、今日は新入生が登校してくる初めての日だった。つまりは入学式の日。
「お、あの子は外部の子かな。」
 高等部には中等部からそのまま入ってくる過半数の子の他に、外部から受験して入ってくる子もいる。中等部から入ってくる子は「リリアンの雰囲気」なるものに既に馴染んでいるから、纏う空気みたいなものが違うと直ぐに外部の子だと分かってしまう。外部の子にしても、リリアンに憧れを持って入って来るので馴染もうとしているような、そんな雰囲気を持っているはずだけれど。
「んー、なんとなく他の子と違うなあ。」
 周りを拒絶しているような感じ、それ程強くはないけれど。望んでリリアンに入った子ではないのかな。
 真っ黒い髪を襟と眉の所で揃えた典型的なおかっぱ頭。意思の強そうな目元。日本人形が歩いている、と表現してもいいかも知れない。
「志摩子さんとは対象的ね。」
 そう思って、西洋人形が歩いているよう、と表現されることもある友達を頭の中で並べてみる。結構、画としても面白いかもしれない、とにやけてみる。
 カシャッ、カシャッ。
 リリアンとは異なる空気を纏った子、それも面白いとばかりにシャッターを切る。

 くすくすくす。
 今度は「リリアンの雰囲気」に馴染んでる子が三人ばかり。仲良し三人組なのだろうか、おしゃべりしながら登校してくる。
「特徴的な髪型…。」
 としか表現しようのない目立つ子がいる。いや、私の目には自分から目立つ空気を纏っている子という風に映った。感じた、と言い換えた方がいいかもしれない。中までは分からない、ただそんな気がした。
 栗色に近い色の髪を顔の両側で縦ロールにして垂らしている。小柄な体の割りに強い光を秘めた瞳をしていた。
 惹きつけられる。そんな気持ちでシャッターに指をかける。同じ気持ちで写真を撮ってしまう子が友達にいるっけ。見た目は平凡、でも何故か私がシャッターを切る機会は多い。
 カシャッ、カシャッ。
 春から夏って感じの子だな、と思いながらシャッターを切る。

「こちらもまた目立つねえ。」
 そう微笑む私の目線の先には、他の子たちよりひときわ背の高い子。今年の一年生の中では一番高いんじゃないかな。
 その子におかっぱの子と同じような空気を感じる。いや、さっきの子よりひときわ強いかもしれない。私は、他を拒絶するような意思をその表情から感じ取った。
「いい笑顔しそうなんだけれど。」
 祥子さまに似ている、艶やかな長いワンレングスの黒髪を腰の辺りまで流していた。
 ついっと、気の強い瞳を他にやる。
 カシャッ、カシャッ。
 私は、いい顔だとばかりに瞬時にシャッターを切る。

「あれ。」
 次の子にレンズを向けた時、私は思わずそうつぶやいていた。見たことが、いや会って話もした子がレンズの向こうに見えた。
 とくんっ。
 今日は入学式だから来るのは一年生だけのはず。とするとあの子は…。
 とくんっ。
 ふわふわした淡い栗色の髪に、きらきらした瞳でマリア様の前にやってくる。
 とくんっ。
 静かにお祈りを捧げると体育館の方へ向かって行った。
「あっ。」
 しまった。考え事しながら見ていたら、そのまま写真を撮らずに見送ってしまった。
 気づいた時には、彼女はもう見えなくなってしまっていた。
「はー、私ともあろう者が。」
 少女を前にシャッターを切らずに見送るなんて。いや、そういう時も偶にはあるけれど、今のはいい顔が撮れたのに、と盛大にため息をついて後悔した。

「ここらで上がるかな。」
 さっきの失敗が尾を引いて、いい画が撮れない。新入生の集団も過ぎたし、フィルムもなくなるし、と普段よりも早目にその場を立ち去ることにした。
「ん〜〜〜〜〜っと。」
 茂みから少し離れたところで伸びをする。長時間同じ体勢で同じ場所に留まって、シャッターチャンスを伺う訳だから、こうすると体のあちこちから小気味いい音が聞こえる。と、頭の中に一瞬さっきの子が見えた気がした。

「さっきのは、やっぱりあの子だよねえ。」
 少しだけ夢じゃないかと思ったけれど。私が白昼夢見る訳ないしなあ、と思い直す。
 さっきの子。
 バレンタインの時に一度だけ出会い、その後全く姿を見なかった子。
 小さい時のお仕事の関係で写真に写るのが怖くなって、その為、写真映りに悩みを抱えている子。
 私が写真を撮って、その写真を上げることを約束している子。
「名前は確か…ショウコさん。」
 そこまでは分かってるんだけど。あと、今日新しい制服を着て登校して来たところを見ると新入生かな。とするとバレンタインの時のはフライングか。
 そこまで考えて、ふふっと笑う。なんか可愛いなって。
 気がつくと部室の前に来ていた。さて現像、現像とドアノブに手をかけた時にお隣から声が聞こえた。真美さんも来ているみたい。ふと、ある考えが思い浮かんでお隣の方をノックした。
「真美さん、ちょっとお願いがあるんだけど。」
 なぜかその時の私は、あの子のことを知りたくて堪らなかった。

 私、武嶋蔦子と。
 あの子、内藤笙子が。

 再び出会ったのは、それから半年ほど後のこと。


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